第10章
「今さらだけどさ、瞬は川の絵、どうなったんだよ」
ある時、美術室で瞬に聞いてみる。
「本当、今さらだな。・・・・・・俺も、忘れてたけど。うん、まぁまぁの出来だと思うけど。特によくもなく、悪くもなく。光は?」
「俺も、そんなところ。美湖はよっぽど感激したらしいけど」
美湖が家に来た時、もちろん川の絵も見たわけだが、本当に激賞だった。特に空が好き、とかなんとか言って。空がメインだとか、この時間の空が好きだとか話してた時に美湖はいなかったわけだから、特にお世辞というわけでもないと思う。
最近、案外誉められることは悪くないと思うようになってきた。
今は、下書きも何もなく、だからといって案が出るわけでもなかったので瞬と窓際で話している。
互いに家で描いた絵のこととか言いあいながら。
「光ってさぁ、人描いたことある」
瞬の問いに、俺はうなずいた。
「この間」
頭に思い浮かべたのは、あの天使。天使は人かと聞かれると迷うが、絵のジャンル的には人の絵になるはずだ。
「誰?」
「天使」
「へ?」
瞬が窓枠から体を起こした。
「そりゃまた、なんで」
なんでって言われても。─────思い浮かんだからだよ、そりゃ。
「なんか、出てきたから」
思った通り答えると、納得したのかしないのかという顔をした。
「・・・・・・暇だな」
瞬がつぶやく。
「帰る?」
「帰ろか」
美術部とはかなり自由な部活なので、することがないなら帰ってもいい。というか、週に1回、気が向いたときに顔を出せば誰も文句は言わない。「あくまでも趣味を尊重する」部活なのだ。好きで絵を描いてるんだから、下手でもなんでも楽しけりゃいいじゃないか、みたいな。
「ちょっと、やることないんで失礼します」
先輩たちに声をかけて階段をおりる。
「美湖ちゃんは。先帰ったの」
瞬が聞いてくる。俺はうなずいた。
「犬にも慣れたって。ていうか、1週間くらいで犬が吠えるのやめるから怖くなくなったらしいよ」
初日、「1週間もっ」とショックを受けていたが、案外すぐだったね、と今朝笑っていたばかりである。
家に着き、玄関を開けようとすると美湖が向こう側から歩いてきた。持っているものからすると、買い物の帰りか。
俺が手を振ると、美湖も振り返してきて走ってきた。「走ってきた」といっても荷物が重いようでかなりよたよただ。
その姿を見て、なぜかあの場所が思い浮かんできた。あの場所はというと、俺が気に入っている場所の1つだ。綺麗で、木に囲まれている大きい池。初めて行った時は本当に感激した。美湖なら、きっと純粋に喜ぶはず。
息を切らして、美湖が笑った。
「本当、これ重すぎて」
「そんなに疲れて、よく持って帰ってこれたな」
からかい口調でそう言うと、「そんなに力ないわけじゃないんだから」と返ってくる。
「あのさ、次の土曜、暇」
と聞いてみると、うなずいた。
「多分美湖が喜ぶと思うところがあるんだけどさ、一緒に行く?」
最後まで言い終わらないうちに「行く」ともう一度うなずいた。
「喜ぶって、どんなとこ?」
「それは、まだ」
そう言って、俺は付け加えた。
「これで、晩ご飯の分はチャラな」
美湖が「へっ?」と声を上げる。
「別に、気にしてなかったもん」
「お前がよくても俺がダメだったんだよ」
ふぅーん?と美湖は首を傾げた。本当にこいつは疑問形が多い。
「まぁ、そういうわけだから、とりあえず。じゃあ、明日な」
土曜といえば、明後日だ。