Encounter
彼に残された道は戦うことのほかに残されていなかった。
スティーブン・バイアリイが存在していた事実を証明することは難しいことではない。
もしも彼が平和な時代に生きていたのならば、祖父の代まで続いていた建築業の跡を継ぎ、それなりに幸せな人生を送ることができただろう。
しかし世界は彼にささやかな幸せすらも与えようとしなかった。
物心がついた頃には既に人類の勢力圏は著しく制限され、ひと所に留まることの許されぬ生活を余儀なくされていた。
満足に飲める水も、十分な食料も手に入らぬ中、どうにか生き延びることができたのは、自らの糧を息子に与え続けた母の犠牲があったからにほかならない。
最大の不幸は、彼の生まれた集団がアンドロイドと戦うことを目的としていたことだった。
一〇歳になろうかという頃には基本的な武器の扱いだけを教えられ前線に立ち、劣悪な環境でもともに生き残った友人たちが次々と命を落としていく中で、彼は三〇年あまりを戦い抜いた。
戦うことを目的とした集団は当然のように疲弊を続け、疲弊した集団が被る被害は加速度的に増加してゆく。
やがて彼は一人になった。
彼に残された道は戦うことのほかに残されていなかった。
彼が生きてきた道のどこを切り取っても、一様にアンドロイドとの戦いしか見出せない。
それはもはや彼にとって変えることのできない存在意義になっていた。
今もアンドロイドと戦うため、ただ黙々と準備を続ける。
彼にとって一人生き残ったことは絶望ではなく、己の存在を証明できる希望だったのである。
彼は彼の信じるもののために戦場へ赴くのだった。
そして人と人ならざるものは邂逅を果たす。
アンドロイド居住区の外縁、国境のように流れる川を越えて、スティーブンは敵地へと侵入を果たす。
アンドロイドたちにとって事実上「外敵」は存在しないものであり、例え居住区であっても辺縁の警備レベルは厳重とは言いがたいものであった。
かつて建造物だったものの残骸に身を隠しながら、スティーブンは地形の確認のため高台へと向かう。
警戒網に掛かることもなく、頂上付近まで進むと話し声が聞こえた。
ひとつは明らかに機械処理された電子音声だったが、もうひとつはまるで人間の子供のように聞こえる。
スティーブンは本来聞こえるはずのないものを確認するため、さらに先の残骸へと滑り込む。
残骸に背を預け慎重に覗き込むと、そこには一体の女性型アンドロイドと一人の少年がいた。
スティーブンは考える。
なぜこんなところに人間がいるのか。
なぜ人間がアンドロイドと親しげに話しているのか。
なぜ少年はアンドロイドを壊さないのか。
……アンドロイドどもに洗脳されている?
ならば元凶を断てばいい。
安全装置が外れていることを確認し、アンドロイドに照準を合わせて引き金を引く。
肩に命中するが致命的な損傷には至らない。
残骸の陰から出て、近付きながら二発目を撃つ。
胸に命中しアンドロイドは後ろに倒れる。
スティーブンはそのままアンドロイドを見下ろす位置まで来て、確実に止めを刺すために狙いを付けた。
しかしそれは少年が腕に取り付いたことで阻まれる。
「邪魔をするな。アンドロイドは壊さなければならないんだ」
「僕もアンドロイドだ!」
「騙されているんだ、お前は!」
少年を振り払い、改めてスティーブンは銃口を向けるが、少年は膝をすりむいたのにも構わずその前に立ちはだかった。
怒りに震えるスティーブンは、そのまま少年の胸に強く銃口を突きつける。
灼けた銃身を押しつけられ少年は顔をしかめるが、その潤んだ瞳に恐怖の色は窺えない。
「……逃げなさい」
動けなくなっていたアンドロイドが少年に声をかける。
「いやだ! ずっと一緒にいるって言ったじゃないか!」
そう言うと少年は銃身を掴み、押し返そうとする。
スティーブンは何度も嗅いだことのある皮膚の焼ける臭いに気付き、少年が人間であることを確信する。
だがそれは、既にスティーブンにとって理解の外の出来事であった。
「お前は洗脳されているだけで、人間なんだ! それは俺たちの敵なんだぞ!」
「違う! 僕たちは友達だ!」
スティーブンは混乱を極めた。
人間とアンドロイドは敵対するもの、互いに存在を否定するもの、という根底を覆され、自らの生きてきた意味をも否定されたのである。
一方では、これまで積み重ねてきた信念が間違っているはずもない、と考えてもいる。
「違う……そいつは……俺は」
もうスティーブンは少年に話しかけているわけではない。
じりじりと後ずさり、銃を体から離すとそのまま駆け去った。
事実を受け入れることも拒絶することもできず、ただそこから逃げ出すことでしか自我を保つ方法を見つけられなかったのだ。
スティーブンが立ち去ったあと、そこに取り残された少年はアンドロイドに縋りついて声を張り上げる。
「死んじゃだめだ! すぐ誰かを呼んでくるから」
「心配する必要はありません。私はバックアップがありますから、ここで壊れても問題ないのです。だからここにいてください」
「うん、わかった、わかったから死なないで!」
泣きじゃくりながら冷たい手を握り締めた。
彼女は困ったように笑い、なだめるように語りかける。
「ああ、泣かないでください。あなたが泣いていると私は怖いのです」
少年は懸命に目から流れる涙をこすりあげ、彼女の機能が停止するまで名前を呼び続けた。