MATIAT
◆「思想を持つ機械/(Machine With Thought)」開発計画レポート
記録者 Methods And Techniques of Instruction Android only for Tocca AN‐21
第一日
擬似ニューロリンクにより被験体(以降トッカと呼称)に接触。
個体と認識しうる自我を確認するが、不明瞭。
意識レベルが低くコンタクトには至らず。
要経過観察。
第六〇日
前日から引き続きトッカとの接触を継続中。
観測後初めて指向性の意識を確認。
しかしそのほとんどはノイズで判別できず。
第一八四日
情報体である私を認識できる模様。
言語に不備は認められるものの経過としては良好。
第四一九日
自己の名称を「トッカ」であると理解したことに続き、私を「マティア」と呼称するようになる。
必要性のない状態で私を呼ぶことが増えた。
言語能力としては、意味のある文節を構成するまでには至らない。
第五七五日
知的欲求が発達。
理解が及ばないことについて説明を求めるようになった。
当初の予定からは全体として二二一七時間の遅延だが、明日から初等教育プログラムを開始する。
第六九三日
本日をもって初等教育プログラムを終了。
現在までの理解度は九七%、誤差の範囲内と認識。
学習は順調に進行したものの遅延を挽回するまでには至らず。
学習期間の延長を申請。
本格的な教育プログラムを開始。
第七五六日
当初の予定では本日中に第二段階へ移行するはずであったが、本日から導入した圧縮言語への対応に難あり。
調整により解決。
遅延したプログラムは翌日以降暫時消化する。
第八三五日
本日から第三段階へ移行するため外部インターフェースに切り替え。
起動シークエンスは正常に実行された。
ソフトとハードの適合に若干のずれを申告されるも、感覚神経は正常に作動している模様。
慣熟行動により補正可能な範囲と判断する。
しかし慣熟行動中、初めて指示を無視。
確認を取ったが動作不良の類ではなく、理由はトッカ自身にも不明とのこと。
感情的挙動らしきものを確認。
第八六五日
正式起動後初の性能テスト。
記憶力、記憶容量ともに水準を大きく下回る。
ただし通常のコンピュータではありえない経路での回答が散見された。
また、単純でありながら選択肢の広い設問に対する情報処理速度において突出した結果を残した。
テスト終了後、トッカは疲労のため休眠状態へ移行。
本日の予定は全て消化しているためそのまま覚醒させずに帰宅しようとするが、帰途についてすぐに目を覚ました。
私の体が硬かったせいかもしれない。
第一〇七五日
七回目の性能テスト。
今回は単独ではなく、他のアンドロイドとの対比比較形式で行われた。
基本的に前回までの結果と同様の傾向を示したものの、正答率で一四パーセント、処理時間は三秒程度のマイナスが見られた。
事前のチェックでは異常は見つからなかったが、平時に比べて心拍数の増加が顕著になり、動作にも精彩が見られない。
その後トッカから予定帰還コースの変更を提案され、問題が認められなかったため受理。
経路から外れ、整理区画辺縁部にある水路沿いの高台にて休憩する。
トッカはこの場所を気に入ったらしい。
正確ではないが目視によるデータを分析したところ、通常よりも表情の変化が著しく、きわめて高いリラクゼーション効果をもたらしているようだ。
この環境を学習に導入することができれば効率が上昇するのではないだろうか。
外出の際には可能な限りここを訪れたいと希望されたが、効率面、安全面から無条件で容認するわけにはいかない。
しかしなぜか私はこの案件に了承のフラグを立てている。
早急なフルメンテナンスを推奨。
第一一四二日
人類史の学習要項第三日。
三〇日前から導入した環境による効率化は現在のところ目立った成果を上げていない。
学習の進捗度は四パーセント遅れているが、それは最近になってトッカから疑問の提示が増加しているためである。
疑問の内容が感情的と推察されるものであるのはいい傾向だが、私がそれを本当の意味で理解できる日は来るのだろうか。
しかしそれはトッカが教えてくれるという。
私はその時を待つことにする。
◆
今日の報告書をまとめ、調整ルームへ向かいます。
既にトッカはユニットの中で休眠状態に入っていました。
私もその隣で総合端末に接続し、ボディの冷却処理とデータのバックアップを並行しながら、休眠状態へと移行します。
『おやすみなさい、トッカ』
翌朝。
活動を開始した私がはじめに行うのはトッカの食事を用意することです。
栄養素を完璧に配合されたスープを温め、テーブルに運んでいると、トッカは定刻どおりに目覚めて席に着きました。
「おはようございます」
「おはよう。ねえマティア、聞いてほしいことがあるんだ」
「それはもちろん聞きますが、エネルギーの補給が最優先ですよ」
ひとまずは素直にスープを口にしていましたが、どうしても言いたいことなのでしょう、スプーンを動かしながらも話し続けます。
「昨夜思いついたんだけど、人間がアンドロイドを認めることができなかったのは、怖かったからじゃないかな」
表現が端的で要領を得ませんが、おそらくは理解できないものに恐怖を感じる、という人間の本能についての考察だと思われます。
それは私も知っていることではありますが、理解しているわけではないので、正誤についての言及はできないのです。
「私には判断する材料がありません。恐怖というものは感情がなくては理解できないものですから」
「ロボットだって自分が壊されそうになったら怖いんじゃない?」
「それが我々には理解できないのです。例えボディが破壊されてもバックアップが残されているので、個として消滅するわけではないからです。むしろその感情があってはロボットとして不完全と言わざるをえないでしょう」
「でも僕は怖いよ」
「それはあなたがバックアップを残せないからですね。自己保全という意味では人間たちが使っているコンピュータよりも脆弱ですから」
「……じゃあなんでこんなふうに作ったんだよ!」
そう叫ぶとトッカは椅子を蹴り倒してリビングを飛び出していきます。
その後は学習の時間になっても調整ルームから出ようとせず、私の呼びかけにも応答しないまま午前のプログラムの時間は終わってしまいました。
なぜこんなことになってしまったのでしょうか。
私の発言を振り返ってみても特に理論的な破綻は見当たらず、考慮するべきはトッカの「心情」であろうことは疑いようもないのですが、私にはそれが何かわかりません。
今の私はトッカに何をしてあげられるのでしょう。
完全解は得られません。
それでも私は不完全な答えを胸に、調整ルームの前に立ったのです。
「トッカ、あの高台へ行きませんか?」
応えはありません。
「そこで一緒に話をしましょう」
二分三六秒後、音もなくドアが開くと目を赤く腫らしたトッカがうつむいたまま立っていました。
私が手を取ると一瞬だけ硬直したものの、すぐに強く握り返してきます。
「行きましょうか」
私とトッカは、手をつないだままふたりで歩きだしました。
今日の報告書は長くなりそうです。