転生ヒロイン、ライバル令嬢の相談役になるらしい
久々の異世界恋愛もの?です。
書き方迷走中。
「ねえ、お母さん。あの二人って誰?」
私がそう母に尋ねたのは、八歳の夏のことだった。
年に一度開かれる王都の夏祭り。華やかに飾られた大通りには所狭しと露店が並んでいる。
香ばしく焼けた肉の匂い、蜂蜜をたっぷりかけた菓子。少し洒落た装飾品や、花、服まで、ありとあらゆるものが売られている。そこにどこからともなく聞こえてくる笛や太鼓の軽快な調べが、祭りを盛り上げている。
母と二人で暮らす私にとって、年に一度のちょっとした贅沢ができる日だ。
焼きたてのはちみつをたっぷりと塗ったクッキーの美味しさに感動していた私の視線の先には、明らかに浮いている美しい一組の少年と少女がいた。
「あの二人?」
「ほら、あそこ」
少年は目深に帽子をかぶり、ごく普通の白いシャツに茶色のズボン、少女も質素なワンピース姿だ。
服装だけ見れば裕福な商家の子供にしか見えないけれど、帽子からこぼれる金髪や、その所作が、彼らが貴族であることを物語っている。
そんな二人の会話が漏れ聞こえてくる。
「エドワード、待ってくださいませ!」
「ほら、早くしないと売り切れるぞ、ヴィクトリア」
きゃらきゃらと笑いながら人混みを小走りで進む二人は、傍目にも愛らしいが、その名前を聞いた瞬間――ぞわり、と背筋を冷たいものが走った。
「……え?」
頭の奥で、何かが弾ける。
知らないはずの光景が次々と浮かんでくる。見慣れない部屋、光る板、その中に映し出された美しい少年たち。
そして――
『お姉ちゃん! せっかく買ったんだからやってよ!』
『恋愛ゲームでしょう? 私、興味ないんだけど』
『やれば絶対ハマるから!』
『分かった、分かったから。攻略サイト見てもいい?』
『なんで最初から効率を求めるの!?』
「………………」
「リリー?」
母の声で我に返った。
「どうしたの? 顔色が悪いわ」
「…………お母さん」
「なあに?」
「私、ちょっと座りたい」
「まあ! やっぱり人混みに酔ったのね」
違う、もっと酷い。なぜこのタイミングで、という疑問をはじめ、いろいろな考えが頭の中を駆け巡ってうまく整理できない。
まともに歩けなくなってしまった私は、母に支えられて連れられて広場の端にあるベンチへ座らせてもらった。
まさか、という気持ちと共に、これが異世界転生というやつかと妙に納得している自分もいた。
前世、私は日本という国で、ごく普通に働いていた女性だった。大学を出て、そのまま商社に就職した。特徴と言えるかもしれないのは、恋愛に興味がなかったことだろう。
友人たちが彼氏や好きな人がどうこうと一喜一憂しているのが不思議だった。そんな私なので、もちろん恋人はいなかった。別に男性嫌いだったわけでもない。ただただ、興味がなかった。
むしろ趣味は多かった。一人で映画を見るのも好きだったし、一人で旅行するのも好きだった。
休日に本を読んで過ごしていても、寂しいと思ったことはないし、おひとり様が受け入れられている時代で良かったと心から思うくらいには、快適に生きていた。
そんな私とは正反対に、妹は恋愛ものが大好きだった。
少女漫画、恋愛ドラマ、恋愛小説、そして乙女ゲーム。恋愛と名の付くものはなんでも好きだったし、恋人が途切れない子だった。
そんな妹が猛烈に勧めてきたのが、『ロイヤル・ガーデン ~恋する乙女と六つの花~』という乙女ゲームだった。
内容は王道も王道。平民として育った主人公が、実は男爵の庶子だったことが判明。
母親の死をきっかけに男爵家へ引き取られ、貴族令嬢として学園へ入学し、そこで王子をはじめとした美青年たちと出会い、恋に落ちる。
よくある話すぎて、微塵も興味がなかった……すまん、妹。
妹は、エドワード殿下は王子様の中の王子様だとか、騎士団長の息子であるウィリアムは不器用なところがいいとか、魔法の天才であるオリバーは孤独を知ると見方が百八十度変わるとか。
そんなことを延々と聞かされた気がする。残念ながら、覚えているのはストーリーそのものではなく、好感度を上げるための攻略情報ばかりだ。それでも、プレイして感想を聞かせろと妹が言うので、渋々重い腰を上げて、全キャラクリアはした。
ただし、私が覚えているのは、『エドワードは赤い花より白い花を好む』『ウィリアムは褒めるより頼る』『オリバーには曖昧な質問をしない』というような内容だけだ。
とにかく効率よく周回するため、攻略サイトを見て、ルートと分岐セーブポイントを確認し、最短で全ルートをクリアしたからである。
『お姉ちゃん! ゲームを作業にしないで!』って、妹に怒られた。
申し訳ない。私には最後まで作業だった。
そして今。私はベンチから、祭りを楽しんでいる少年少女を見ている。
エドワード、ヴィクトリアという名前。金髪に、空のように澄んだ青い瞳――いかにも王道の王子様らしい少年。
その隣には、鮮やかな紅茶色のふわふわした髪と、ペリドットのような明るい緑の瞳を持つ少女。
間違いない。第一王子エドワード・アシュフォード。
そして王子ルート最大のライバル令嬢、ヴィクトリア・ハワード公爵令嬢。
ゲームでは、主人公に嫉妬して何度も嫌がらせをしてくる少女で、最後には悪事が発覚して婚約破棄。
国外追放――まではされなかったと思うが、確か領地の修道院に送られた、はず。普通に考えて酷いと思う。
目の前では、そのヴィクトリアが笑っている。
「エドワード、そんなに買ってどうするのです?」
「みんなで食べればいいだろう」
「食べきれませんわ」
「ヴィクトリアも食べろ」
「太ってしまいます」
「少しくらい太った方がいい」
「まあ!」
ころころと笑うヴィクトリアは可愛いし、普通に仲がよさそう。というより。
「…………子供じゃん」
「リリー?」
「なんでもない」
まあ当たり前か。私だって八歳なのだから。
ゲーム開始までまだ何年もある。今のヴィクトリアはライバル令嬢でもなんでもない、ただの女の子だ。
その女の子が、将来――婚約者を突然現れた男爵令嬢に奪われる。
「嫌だなあ……」
「リリー、本当に大丈夫?」
「うん。ちょっと嫌な事思い出しちゃったの」
母に誤魔化しつつ、私は小さくため息をついた。
別に正義感に燃えているわけではない。ヴィクトリアを救わなければ、と使命感に目覚めたわけでもない。
……もっと、単純な話だ。
私は恋愛に興味がない。
王子様にも興味がない。
攻略対象なんてもっといらない。なのに将来、向こうから寄ってくるらしい。迷惑でしかない。
しかも、そのせいで今目の前で楽しそうにしている女の子が不幸になる。
誰も得をしない。
「……ゲーム、始めなきゃいいんじゃない?」
思わず呟いた。そうだ、簡単な話かもしれない。
前世で読んだ物語では、よく「ゲームの強制力」なんてものがあったけれど、絶対にゲームと同じになるとはまだ決まっていない。それならば、ゲームのヒロインだからといって、ゲーム通りに生きる義務などない。
王子に会わない、と言うか平民が会うことはほぼないし。攻略対象にも近づかない、学園にも行かない。
そうと決まればゲーム開始の阻止に向けて動けばいい。
「よし」
「何が?」
「なんでもないよ、お母さん」
私は母の手を握った。
この時の私は、本気でそう思っていた。
乙女ゲームの物語など、私には関係ない。そもそも私に攻略の意思がないんだからと。
そう、思っていたのだ。
◇
あれから二ヶ月、私は前世の記憶を整理しながら、普段と変わらない平穏な毎日を過ごしていた。
王立アカデミーは初等舎と高等舎、各三年の合計六年制。十二~十四歳の間は貴族の基礎としたマナーなどの再確認、またこの期間は爵位に囚われずに学ぶ期間とされている。
ゲームが始まるのは、後半にあたる高等舎――十五歳からだ。十五はこの国における成人、デビュタントを終えたあとの教育期間で、貴族として家の名を背負いつつ学ぶ期間とされている。
今の私は八歳、ゲーム開始までまだ七年ある。
現在の私、リリー・ベネットは母、エマ・ベネットと二人、王都の平民街で暮らしている。
母は仕立屋で働いていて、裕福ではないが、食べるものに困るほど貧しくもない。そして父親はいない。
あまり認めたくはないけど――血縁上の父親はいる。これまたド定番なことにお貴族様で、私はいわゆる庶子。婚外子だ。
血縁上の父親は、ジョージ・カーター男爵。
母が若い頃に働いていた屋敷の主人一家の長男であり、戯れに使用人である母に手を出した鬼畜。
さらに定番なことに母は奥様に睨まれ、メイドを辞めることになり、その後妊娠が発覚した。そして私と母を放っていた男爵は、ゲーム内では母が病気で亡くなったあとに現れる。
『お前を我がカーター家の娘として迎えよう』
そんなことを言っていたような気がする。
今思えばかなり上から目線の上、今更何様だと小一時間問い詰めたいところだけれど、そこからヒロインのシンデレラストーリーが始まるのだ。私としては全力でお断りしたい。なにより母が亡くなるとか、簡単に言わないで欲しい。
「そもそもお母さん、元気なんだよなあ」
「うん? リリー、何か言った?」
「ううん」
台所では母が鼻歌を歌いながら夕食を作っている。
ゲーム開始まで、あと七年。ヒロインは高等舎から入学したから、数年、長くても七年経つ前に母が死ぬ。正直想像もつかないし、そんなの認められない。母が亡くなった原因の病名も覚えていない。
というよりゲームでは、母は開始時点ですでに故人だった。しかも数行の紹介があっただけで、ビジュアルさえもなかった。母は主人公の境遇を説明するための設定でしかなかったのだろう。
物語のスパイスとしても弱い、くらいの扱いだったことにも、ちょっと腹が立つ。
「……絶対、死なせないからね」
「えっ?」
「なんでもない!」
「最近、本当に変よ?」
それについては否定できない。前世を思い出した八歳児、しかも前世は三十代の大人だったんだから、思考や言動が影響されているだろうとは容易に想像がつくし、変だと思われても当然だろうとは他人事のように思う。
なにはともあれ、母の健康に気を配ることにした。
まずは健康第一で、食事、睡眠、働きすぎていないかどうかに気を付けよう。ちょっとでもおかしいと思ったら、医者。
そして、男爵には近づかない。というか、私たち親子のことってどのくらい把握されているんだろうか?ワンチャン王都を出ることも視野に入れた方がいいかもしれない。
◇
数日後、母のお使いで王都の平民街にある商店街へ来ていた。
目の前を歩いている、見覚えがある少女。
今度は変装していないので令嬢らしい、上品な薄青色のドレスにきれいに整えられた紅茶色の髪もそのままだ。侍女を二人と、少し離れたところには護衛らしき剣を下げた男性が数人。
ヴィクトリア・ハワード公爵令嬢だった。
「……関わらない、関わらない」
私は小声で唱えて道の端へ寄った。
ゲーム関係者には近づかない、こっちは平民なので貴族、しかも高位貴族と関わることなんてない。ヴィクトリアの方は見ずに私はそのまま堂々と道を歩いていく。
ヴィクトリア一行とすれ違う。
……よし、何も起きなかった。そう思った直後。
ひらりと、白いものが、目の前に落ちた。
私の足元にあるのは、刺繍入りのハンカチだった。綺麗だし上質だけど、使用感がある。きっと大事に使っているのだろうと想像できてしまった。
後方を見ると、ヴィクトリアたちは気付かず歩いている。
見なかったことに――。
「あーもう! これは駄目でしょ!」
乙女ゲームから逃げたいからといって、大事に使っているものを、見なかったことにはできない。
と言うより、私の倫理観的にここで無視はありえないし、放っておいたら誰かに盗まれることは間違いないだろう。気が重い、気が重いけど……行くしかないか。
ため息をつきながら、覚悟を決めてハンカチを拾って走り出す。
「すみません! あのっ!」
一行が止まり、護衛の男性が素早く私とヴィクトリアの間へ入った。頭の上から厳しい目つきで見てくる大柄な男の圧に思わず震えてしまう。
こ、怖い。ヴィクトリアは公爵令嬢だし、こっちは平民だから分かるけど、子供相手に威圧しないで欲しい。
「あ、あの、これ!」
私は慌ててハンカチを掲げて見せる。
「落としました!」
騎士の横から顔を出していたヴィクトリアが目を丸くする。自分のポケットを確認し、「まあ!」と声を上げた。
「わたくしのですわ」
「どうぞ」
「ありがとう」
護衛を押しのけて、ヴィクトリアが直接受け取る。
公爵令嬢なのに、意外とフランクで驚いた。大丈夫なのか? いや、私はなにもしないけどさ。
ヴィクトリアが嬉しそうに、刺繡部分を触っているのを見ると、やっぱり大事なものだったみたいで、良かった。
ふとヴィクトリアと目が合う。
「あなた、どこかで……会ったかしら?」
一方的にヴィクトリアを知っているけれど、やましいことはない。二ヶ月前の祭りで、私は見られていないはずだし。
あのとき私は遠くから見ていただで、目が合った記憶もない。
内心の動揺がうるさいが、抑え込んで首を振る。
「初めてだと思います」
「あら、そうかしら」
「はい」
「……そう」
納得していなさそうなヴィクトリアの反応に、早く帰りたくなる。むしろ逃げよう、すぐ逃げよう。
「それでは」
「あ、待って」
私は頭を下げて、行こうとしたのに手を掴まれてしまった。
振り払うわけにもいかなくて、逃げられなかった。どうして……。
「せっかくだもの。何かお礼を」
「いえいえ、結構です」
「でも」
「拾っただけですから」
本当にいらない。むしろこれ以上関わりたくない。
そう思っている癖に、ヴィクトリアの持っていたバスケットが目に入る。白い花。乾燥させた、小さな白い花は確かハーブだった気がする。しかも、過去のシーンで出てきたものだと、なぜか確信できる。
「……その花」
「これ?」
ヴィクトリアがバスケットの中を見せてくれる。
「香草店で買ったの。お茶にすると、とてもいい香りなのよ」
「ああ……」
やっぱり。エドワードルートの序盤に、確か選択肢があった。
『殿下に贈るなら、どちら?』
赤い薔薇と白いカモミール。
正解は――カモミール。それは、過去にヴィクトリアが差し入れして以来エドワードが愛飲していたエピソードがある。
「殿下に差し上げるんですか?」
言ってから後悔した。
ヴィクトリアの目が見開かれる。侍女と護衛は目つきが鋭くなる。やらかした……。
「……どうして?」
そう、冷たい声で聞いてくるヴィクトリアの顔が見れない。
「どうして、殿下に差し上げるものだと思ったの?」
「…………」
逃げたい。ものすごく逃げたい。
でも、逃げるためになんと言い逃れしないと。
「勘です」
「勘?」
「……はい」
「あなた、殿下をご存じなの?」
「いいえ」
これは嘘ではない。
「では、なぜ?」
「白い花がお好きだと聞いたことがあるので」
「誰から?」
ああ、ダメだ。どう誤魔化せばいいのか。
「…………風の噂です」
「噂」
「はい」
「どこから出た噂?」
「知りません。なので、風の噂です」
何を言っているんだ私は。そんな日本の慣用句なんて伝わらないだろうと自分にツッコミたい。
ヴィクトリアがしばらく私を見つめている。この沈黙の時間が怖い。
ふにゃりとヴィクトリアの表情が崩れて、くすりと笑った。
「変な子」
「よく、言われます」
最近は母に。
「でも、そうなの。エドワードは白い花が好きなの?」
「たぶん」
「知らなかったわ」
本当にやらかした。ヴィクトリアが少しだけ寂しそうな顔をした。
これ以上余計なことは言うまい、と私は口を閉じた。
もう帰ろう。余計なことを言うな。
そう自分に言い聞かせているのに、悲しそうなヴィクトリアを見ていられない……。
「……殿下は」
言いながら、また後悔する。でも、放っておけない。
毒喰らわば皿までとも言うし! 女は度胸よ!!
「褒められるより、一緒に何かをした方が喜ぶと思います」
「一緒に?」
「はい。お茶を差し上げるより……一緒に淹れて飲むとか」
「…………」
「あと、殿下は甘いものが苦手です。蜂蜜は少なめで」
「そうなの?」
「たぶん」
「それも風が教えてくれたの?」
「……はい」
もうそれで通そう。それでいいや。
目が遠くなりそうなのを、必死でヴィクトリアに向ける。これ以上のリスクは取りたくない。もう、十二分に自分の首は絞めたと思うけど。
「風です」
ヴィクトリアは目をぱちぱちさせたあと、またくすくすと笑った。可愛い。
「分かったわ。試してみるわ」
やめて、忘れて。私の発言ごと忘れてほしい。
「ありがとう。風の子」
私はその日、家に帰るまでずっとこれが正しかったのかと悩んだ。でも、悩んでも答えはないし、無罪放免されたので良しと、しよう。
うん。もう言っちゃったことは取り消せないからね。忘れよう。
◇
ヴィクトリアとの会話を忘れた頃、物凄いインパクトと共に、彼女が現れた。
「リリー・ベネットさんはいらっしゃいますか?」
公爵家の家紋を堂々と掲げた、見るからに豪華な黒塗りの馬車が我が家の前に止まり、これまたお仕着せの服なのに物の良さが分かる凛とした侍女が玄関をノックして訪ねてきた。
「…………」
私は窓からそれを見て、これからなにが起きるのだろうかと血の気が引いた。同じように血の気の引いた母がどもりながら、家の中へと案内している。
……せめて、母だけはお咎めを受けないようになんとかしないと。
「リリー!? あなた、ハワード公爵家の方と何かあったの!?」
「お嬢様のハンカチ、拾ったの」
「ハンカチ!?」
「あと、ちょっとだけお話した」
「何を!?」
「……風の話」
「ええ? どういう内容?」
うん、私にも分からない。というか、思い出したくない。
やがて、我が家の狭い居間へ、とても似つかわしくない可憐で豪奢な少女が入ってきた。
「リリー!」
ヴィクトリアだった。
当たり前のように……名前を知っている。そりゃそうだろ、とは思うけど! 貴族様怖い、公爵家怖い!
「あなたのおかげよ!」
「何が、でしょうか?」
「エドワード様とお茶をいただいたの!」
「はあ」
「あなたの言った通りだったわ!」
ヴィクトリアが興奮気味に話し始める。
贈り物として渡すのではなく、一緒に飲まないかと誘ったこと。白い花のお茶を淹れ、蜂蜜を控えめにしたこと。
するとエドワードはとても喜んだらしい。
『ヴィクトリアとこうしてゆっくり話すのは久しぶりだな』
などと、にこやかに言われたという。
「それでね、来週も一緒にお茶を飲む約束をしたの!」
「それはよかったですね」
「ええ!」
満面の笑みだ。本当に……可愛いな、この子。
ゲームではもっと、きつい印象だった。眉を吊り上げてこちらを睨むように立ちはだかる。
『エドワード様に近づかないでくださる?』
とか言っていた。
でも今目の前にいるヴィクトリアは、好きな男の子と次の約束ができたことを喜んでいる普通の少女だ。
「それで、お礼がしたくて」
「いりませんよ?」
「どうして?」
「本当に大したことしてませんから」
「わたくしにとっては大したことなの」
困った。
「欲しいものは?」
「特には」
「お菓子は? 宝石や、ドレスは?」
「お菓子は好きですけど、宝石もドレスもいりません」
ヴィクトリアがむっとした。
ドレスや宝石なんて貰っても、平民の我が家では困るだけなのだ。盗まれても困るし、着ていく場所もなければ宝石なんて手に余り過ぎる。
「何かあるでしょう?」
「ないです」
「あるはずよ」
「ないですって」
妙に頑固だ。お互いに譲らず、空気がピリついた時、母が入ってきた。
「リリー、お茶を――」
ヴィクトリアが母を見る。私も母を見る。
緊張に笑顔が強張っている母は、私とヴィクトリアの視線にビクリと怯えている。そして、思い出した。母は数年後に死ぬ。
母が死んだら、私は男爵家へ連れていかれ、ゲームが始まる。
母が部屋を出たのを見計らって、ヴィクトリアの方を見た。
母を確実に守るために、貴族を、公爵家を利用する。そう、覚悟を決めた。
「……一つ」
「あるのね!」
ヴィクトリアの顔が明るくなる。
「はい。お願いがあります」
「なにかしら? どんなことでも、よくってよ!」
八歳の公爵令嬢に頼んでどうなる。
一瞬そう思った。でも、ヴィクトリアの後ろには公爵家がある。公爵家なら、男爵家は逆立ちしても敵わないはずだ。
「私と母を、ある人から守ってほしいんです」
ヴィクトリアの表情が真剣になった。
◇
そこから先は、私の予想を大きく超えた。いや、むしろ完全に想定外だった。
あの日、確かに私はヴィクトリアに事情を話した。
自分の血縁上の父親がカーター男爵であること。母は一方的に解雇され、現在は母と二人で暮らしており、男爵と接点はないこと。そして、将来も決して関わりたくないこと。
もちろん、『母が死んだら私を引き取りに来ます』とは言えない。
だから――
「もし今後、男爵が私たちに関わろうとした場合、公爵家に助けていただけないでしょうか」
とだけ頼んだ。
ヴィクトリアは真剣に聞いてくれた。侍女にも頷いたあと、強い目で私としっかり視線を合わせた。
「わたくしの手には余るようですわね。お父様に相談するわ」
「お願いします」
それだけだった。
私は別に、男爵をどうこうして欲しいとは言っていない。
ましてや男爵家を潰してほしいなど、一言も言っていない。
なのに二ヶ月後、カーター男爵家はなくなった。
「…………は?」
私は新聞を握りしめていた。
貴族向けではない一般紙にも載るほどの事件だった。
カーター男爵家は税務不正や公金流用など、複数の不正が発覚した結果お取り潰しとなった。らしい。
血縁上の父親、そして男爵家は阿呆ではなかろうか……。
「うわぁ……これは、ない」
後日、公爵家に招かれて説明を受けた。
「あなたのことを調べる過程で判明したそうよ」とヴィクトリアはしれっと言う。あまりの超展開に、私は魂が抜けるかと思っているのに。
ちょっと恨めしい。
「私、守ってほしいって言っただけなんだけど」
「ええ」
「潰れても仕方ないことしてたけど」
「そうですわね」
「本当に偶然?」
「お父様がそうおっしゃっていたわ。『これはリリー嬢の依頼とは別件だ』って」
「……別件」
別件で実父が滅んだ。まあ、いいか。うん。
「大丈夫?」
「はい。ちょっと、本当にちょこっとだけですが複雑なだけです」
父親への情はない。会った記憶すらないのだから、ただの他人だ。
だが自分が相談した直後に実父が爵位を失い、罪に問われたとなれば、さすがに寝覚めの悪さはちょっとある。
「でも」
ヴィクトリアが私の手を握った。
「もうあなたとお母様を勝手に連れていける人はいないわ」
「……はい」
「もし困ったことがあったら、わたくしに言って」
「ありがとうございます」
ヴィクトリアが笑った。
私はその顔を見ながら思った。この子、本当にいい子じゃない? なぜ悪役になった?
って、言うまでもなく私か。婚約者を奪われそうになったから、しかない。でも、普通に考えれば公爵家の力を使えば男爵家なんて即潰せるだろうに、そうしなかったからあのゲームは成立していた。
それはつまり、ヴィクトリアはゲームのご都合もあったんだろうけど、ヒロインと正々堂々と対決していたんだろうと思うと、やっぱりヴィクトリアは優しいし、可愛い。この子を傷付けるのは、ダメだ。
「絶対やめよう」
「なにを?」
「なんでもありません」
エドワードはヴィクトリアに任せよう。任せるも何も婚約者なのだから、本来それが普通だ。
そこで私は、ふと思った。
エドワードの好みをヴィクトリアに教えた結果、二人の仲が良くなった。
「……ふむ?」
「どうしたの?」
ゲームではヒロインが攻略対象を攻略する。そのための選択肢を、私は知っている。
なら、その情報を攻略対象の婚約者に教えれば……。
「私、攻略しなくていいじゃん」
「こうりゃく?」
「こっちの話です」
目の前が、開けた気がした。
そう、私は攻略対象などいらない。
ライバル令嬢たちは婚約者を奪われたくない。
ならば利害は完全に一致する。彼女たちに攻略してもらえばいい。
うん、そうだ。攻略対象は、婚約者に任せよう。
◇
それから、ヴィクトリアは定期的に私の家に来たり、公爵家に呼び出してはエドワードのことを話すようになった。
攻略対象はライバル令嬢たちに攻略してもらおうとは思っていたけど……そこそこの頻度で来るな。おかげで母もだいぶヴィクトリアには慣れてきたようで良かった。
そうこうしている内に私は気付けば九歳になり、今日もヴィクトリアはちょっとふて腐りながら話していた。
「エドワードが最近、剣術の稽古ばかりしているの」
「放っておいていいですよ」
「でも……」
「殿下は一つのことに集中すると周りが見えなくなるタイプです。そこで無理に構ってもらおうとすると面倒くさがられます」
「では、どうすれば?」
「稽古が終わった頃に飲み物でも持っていけばいいんじゃないですか」
分かりやすくヴィクトリアの目がキラキラした。この素直さが可愛いけど、令嬢としてはどうなんだろうとは思う。
「なるほど!」
「ただし毎日は駄目です」
「どうしてっ!?」
今度は叱られた子犬のようにしょぼんとなる。分かりやすすぎる。
「殿下、たぶん自分でできることを世話されすぎるの嫌いなので」
「……本当にエドワードのことをよく知っているわね」
「風の噂です」
「まだそれで通すつもり?」
実はもう無理かもしれないって思っている。でも、それ以外に私の知識の元を説明しようがないのも本当だ。
それに、助言はだいたいうまくいった。
三度目の時、ヴィクトリアが言った。
「リリー、友人の相談にも乗ってくれない?」
「嫌です」
「まだ内容も言ってないわ」
「嫌な予感がするので」
「婚約者とうまくいっていないのですって」
「本人同士で話してください」
「それができないから困っているのよ」
「私は平民で婚約者どころか恋人もいませんよ」
「でも、わたくしより恋愛に詳しいでしょう?」
「恋愛経験ゼロですよ?」
「嘘」
「本当にないですよ?」
こうしてヴィクトリアの友人という名の相談者が数日後、やって来た。
結果から言えば、うまくいった。否……うまくいってしまった。
その令嬢は婚約者に嫌われていると思い込んでいた。
だが話を聞いてみれば、単なるすれ違いだった。
「手紙の返事が、驚くほど短いんです」
「具体的にどの位ですか?」
「挨拶以外は、一文あるくらいです」
「ふむ。会ったときの態度はいかがですか?」
「普通に物腰柔らかで、エスコートも丁寧です。お話も豊富で、いつも楽しませくださいます」
「贈り物などはいかがですか?」
「誕生日には毎年、お茶会にはお花をいただいています」
「真面目な方なのですね。嫌われてないと思いますよ? プレゼントもお嬢様が喜ばれる内容なのでしょう?」
「はい。でも……手紙が!」
「うーん。文章を書くのが苦手なんじゃないですか?」
「えっ」
「だって、お会いした時はお相手も楽しそうにされているんですよね?」
令嬢を焚きつけて、お茶会で確認させてみたら、本当に手紙を書くのが苦手だったらしい。手紙を書こうとすると色々思い浮かんで書こうとするけれど、こんなこと書いてどうするんだ、と思ってしまい書けなかったんだとか。
問題解決して何よりだったけど、正直に言えば恋愛知識ですらない。ただの話し合いである。
それなのに……。
「リリー様のおかげです!」
「いや、何もしてないです」
「いいえ! リリー様にご指摘いただいて、見直したら全て上手くいきましたの!」
そして彼女をきっかけにヴィクトリアは時々別のご令嬢の相談者を連れてくるようになった。
それから、数ヶ月――。
「……今日、三人?」
「ええ」
ヴィクトリアが楽しそうに答えた。
「明日は二人よ」
「増えていない?」
「評判になっているの」
「なんの?」
「あなたへの相談」
「……なんで? ほぼ話を聞いているだけなのに」
「ふふ、それがきっと大事なのですわ!」
私の抵抗も虚しく、相談者は増えていった。
恋愛・婚約・縁談・家族・友人と内容も多岐にわたるようになってしまった。
もはや、ゲーム知識とは何の関係もない話も持ち込まれている。むしろそっちの方が多い。
なので当然、分からないことばかりだけど無責任にはできない。
私は預言者ではない。なにか特殊な能力もなにもない、ただの九歳児だ。
ゲームに登場する攻略対象ならともかく、知らない人間の好みなど分かるわけがない。
だから聞いた。細々としたことまで、質問した。
どんな人なのか。
何が好きなのか。
普段どんな話をしているのか。
相手は自分をどう扱っているのか。
そうして話を聞いていると、意外なほど本人が答えを持っていることが多かった。
もしかしたら、私案外カウンセラーに向いているのかもしれない。
「ふむふむ……それ、直接言えばいいのでは?」
「無理です!」
「なんで?」
「恥ずかしいからです!」
「じゃあ諦めます?」
「嫌です!」
「なら頑張りましょう」
「リリー様は鬼です!」
「どうしろと……」
恋愛というのは面倒くさい。改めてそう思った。
相談者を宥め、煽て、その気にさせるように鼓舞して帰らせるときに、ふと自分はなにをやっているのだろうかと悩むこともあった。
でも……
「うまくいきました!」
そう言って笑う彼女たちを見るのは、嫌いではなかった。
◇
そんな感じで、気付けばハワード公爵家を後ろ盾に持ち、貴族令嬢たちから圧倒的支持をされていると噂される相談役になっていた。
十二歳になる頃には、公爵邸の一室が私の相談用の部屋として用意されていた。
さらに、ハワード公爵家専属として使用人待遇にもなっていた。
「……どうしてこうなったんだろう」
机の上には、本日の相談予定表。
午後一時。伯爵令嬢、婚約者との関係について。
午後二時。子爵令嬢、縁談について。
午後三時半。侯爵夫人。
「夫人? しかも侯爵夫人?」
「ご主人とのことで相談があるそうよ」
ヴィクトリアが平然と言った。
「対象年齢がおかしくない?」
「あなた、評判なのよ」
「十二歳ですよ? しかも平民ですよ?」
「知ってますわ」
「夫婦生活なんて知らないですよ?」
「話を聞くだけでいいそうよ。なにも知らないリリーの率直な意見が聞きたいらしいわ」
「…………」
私は机に突っ伏した。
紹介制、かつ完全予約制。内容や相談相手に応じて、料金が設定され、給金が出る。
私は公爵家の使用人ではないけど、ヴィクトリアの話し相手兼相談役としてハワード公爵家と契約している。
母は『八歳の頃から不思議な子だとは思っていたけど……』と遠い目をしていた。ごめんなさい。娘にもよく分かりません。
そんな母が去年流行病にかかった時、私はとうとうこの日が来てしまったのか、と絶望して動けなくなっていた。
「リリー? ごめんなさいね、返事が無いから入ってしまったわ」
「ヴィクトリア……? あ、ダメ、母さんが病気なの! うつったら困る!」
「なんですって!?」
ヴィクトリアは止める私を押しのけて、寝込んでいる母の様子を見ると病気がうつるとか心配する事もなく、迷うことなく私たち親子を公爵邸へ連れて帰ってくれた。
気付いたら、公爵家の客室で、公爵家の侍医による治療で母は助かった。
涙が止まらなかった。母が死ななかった。しかも私たちはただの平民なのに、ヴィクトリアは高位貴族並みの待遇にしてくれた。そのご恩を返すために母は回復するとメイドとして公爵家に仕えている。
母は使用人なのに、私はなんだろう? と、思わなくはない。
「でも、リリー」
「うん?」
「わたくしは嬉しいのよ」
ヴィクトリアが微笑んだ。
「あなたと友達になれて」
「……急になに」
「言いたくなっただけですわ」
「そう」
「リリーは?」
「なにが?」
「わたくしと友達になれて嬉しい?」
私は少し考えると、ヴィクトリアが不満そうな顔をする。
「そこはすぐ答えるところでしょう?」
「嬉しいよ」
「遅い!」
「考えてから答えた方が誠実じゃない?」
「こういうときは即答するものなの!」
「面倒くさいなあ」
「リリー!」
怒られた。でも、私は笑っていた。
ゲームのヴィクトリアは嫌いだった。
正確には、好きでも嫌いでもなかった。攻略の邪魔をしてくるキャラクターだから面倒だった。
今のヴィクトリアは違う。
少しわがままで、かなりお節介で、エドワードのことになると急に面倒くさくなって。でも、優しい。
大切な友人だ。
きっと、ゲームの中では知ることのなかった、等身大の彼女。
「ところでリリー」
「うん?」
「仕事をお願いしたいの」
「予約ならいつも通り任せるよ」
「わたくしじゃないわ」
「じゃあ誰?」
「友人よ」
「……嫌な予感がするんだけど」
ヴィクトリアが笑った。いつもの朗らかな笑顔じゃない、令嬢の笑み。
絶対に面倒な話だ。
「来年から、わたくしは王立アカデミーへ入学することは知っているでしょう?」
「…………」
ギクリと固まった。
知っている。もちろん知っていますよ、王立アカデミー。
『ロイヤル・ガーデン ~恋する乙女と六つの花~』の主な舞台。その初等舎。
そして……本来ならば、私が攻略対象たちと出会う場所。つまりは、行きたくない場所の筆頭!!
「リリー?」
「知らない」
「嘘」
「そんな場所は存在しない」
「するわよ」
「王都にはない」
「あるわ」
「今年取り壊された」
「昨日見たわよ」
悪あがきも許されない。
「それでね」
「嫌」
「まだ何も言ってないわ」
「絶対嫌」
「だから聞いて」
「聞いたら負ける気がする」
「友人が困っているの」
「…………」
ずるい。
「婚約者との関係が、最近うまくいっていないらしくて」
「相談所に来てもらえば?」
「本人は大丈夫だと言っているの。でも、どう見ても大丈夫ではないのよ」
「ヴィクトリアが連れてきて」
「それができれば苦労しないわ」
「じゃあ諦めよう」
「リリー」
「…………」
ヴィクトリアが私の手を取った。
「一緒にアカデミーへ入ってくれない?」
「嫌」
「即答しないでくださいな!」
「絶対、嫌!」
私は立ち上がった。
あそこにはエドワード、ウィリアム、オリバー、そして、名前を忘れかけている攻略対象たちがいる。
ゲーム開始から逃げるために、私はここまでやってきたのだ。
父親の男爵家はなくなり、母も元気だ。
公爵家の庇護がある。
相談所という仕事があって、さらに私はただの平民だ。アカデミーは基本貴族のための学園で、平民は貴族のスポンサーによる特例でもない限り入学できない。
つまり、ゲームのヒロインになる理由など、どこにもない。
完璧に逃げ切った。そのはずだったのに、敵は意外なところにいた。
「ちなみに、その友人って誰?」
聞くな、私。聞くんじゃない。
「シャーロット・グレイ侯爵令嬢よ」
「…………」
知ってる。
「婚約者は?」
「ウィリアム・ブラウンよ。騎士団長のご子息の」
知ってる!攻略対象その二!
「最近、ウィリアムが剣術ばかりで、シャーロットのことをまったく構わないの。シャーロットは気にしていないと言うけれど、そんなはずないでしょう?」
「…………」
「お願い、リリー」
私は天井を仰いだ。
ウィリアム・ブラウンの攻略情報を思い出す。
騎士団長の息子で正義感が強く、口下手。女性の扱いも苦手。面倒な奴で、褒められるのを嫌がる。なのに頼られると弱い。
幼馴染であるシャーロットを大切に思っているが、完全に妹扱いしている。
ゲームでは、ヒロインが訓練中に怪我をしたところを助けてもらうイベントがあった。そこから距離が縮まる。
そしてシャーロットとの関係が悪化して――。
「……駄目じゃん」
「え?」
このままだと、ゲーム通りになる未来しか見えない。
いや、私はウィリアムに近づかなければいいのか? 本当に? シャーロットはどうなる?
私がいなくても、二人の関係はすれ違ったままになるのでは?
ゲームではライバル役として描かれたシャーロット。
でもヴィクトリアと同じなら……彼女にもきっと、なにか事情がある。
そして私はウィリアムの攻略法を知っている。物凄く気が重いけど――。
「…………仕事なんだよね?」
ヴィクトリアの顔が輝いた。
「ええ!」
「公爵家からの正式な依頼?」
「もちろん!」
「相談所の仕事として?」
「そうよ!」
「……なら」
私は大きく息を吐いた。
本当は嫌だし行きたくないし、関わりたくないけど!
「一緒に一回行くだけなら、いいよ」
「本当!?」
「一回だけだからね!」
ヴィクトリアが私に抱きついた。
「ありがとう、リリー!」
「入学じゃないからね!」
「お父様には伝えておくわ!」
「ヴィクトリア!? ちゃんと聞いてる?」
お願いだから、人の話を聞いて!
って、敢えて聞く気がない奴ですね! このお嬢さまは!!
こうして、乙女ゲームから逃げるために、攻略対象の婚約者たちを応援することにした私は、巡り巡って乙女ゲームの舞台へ、自分から足を踏み入れることになったのである。
――ただし、勘違いしてはいけない。
私はヒロインとして行くのではない。恋愛をするつもりもない。攻略対象など一人もいらない。
私はただの相談役。依頼されて、仕事をしに行くだけだ。
攻略対象には、それぞれふさわしい相手がいるのだから。
私は彼女たちに、攻略方法を教えてあげればいい。
そう、簡単な話だ。
この時の私はまだ知らなかった。
ゲームの攻略情報というものが、現実の恋愛では、まるで役に立たないこともあるなんて――。
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