神の奇跡とその代償
意識を失った私は夢を見ていた。
先ほどまでいた宿の部屋ではない。青い空に輝く太陽。何処までも続く広い草原。なるほどこれが明晰夢かと、不思議なほど冷静に理解した。
見渡した限り草原には何も無いように見えた。だが唐突に椅子が二つ現れた。驚いて瞬きをしたら、片方の椅子に少女が座っていた。気怠げに、面倒くさそうに。
少女が口を開き、【座りなさい】と私に声をかけてきた。私は何故か自然と少女の言うことに従った。
私が椅子に座るのを見た少女はまた口を開く。
【あなたに力を与えるわ。効果は二つ、勇者が旅立つ日の前日まで時を戻し、それまでの記憶を引き継ぐ。代償は二つ、あなたが力を使う度に寿命と能力を少しずつ失う】
私はすぐに三つのことを理解した。
勇者は一度では救えないのだ。何度も力を使い、時を戻す必要がある。
そして力を使う度に勇者を救うのは難しくなる。私の持つ能力を失うからだ。
最後に、この力には期限がある。使う度寿命も失うから。
理解した上で、私はすぐに決意した。例え私の持つ全てを失おうとも、勇者を救える可能性があるのなら、私が諦めることは無い。
少女は私の心を読んだかのように【ああ、そう】と気怠げにつぶやき姿を消した。
次の瞬間、私の前には勇者が座っていた。隣には騎士と聖女もいた。青い空も広い草原も無い、神殿の一室。旅立つ前日に四人で昼食を取りながら話をしていた最中だった。
ああ、先ほどまでの出来事は夢では無かったのか、なんて思った。私に話しかけていた少女は神母アリスなのだろう。
勇者が死んでしまった事実は無くなり、時は戻ったのだ。
勇者がいる。目の前にいる。それが嬉しくて、そして怖くなった。また勇者を失うのが怖い。未来で起きる出来事を話せば、私の気が狂ったと思われるかもしれない。それでもいい。勇者が死なずに済むのなら。
私は口を開こうとしたが、出来なかった。自分の意思で未来の出来事を話せないようだった。
神話の一説を思い出す。曰く、神母アリスは面倒事を嫌う、と。神母は我らを見守る優しさと、我らの怠惰を嫌う冷酷さを併せ持つとも。ああ、これは神母による制限なのだ。既に勇者に力を授けたのだ。私にまで力を授けたとなっては、愚かな人間が我も我もと騒ぎ出すに違いないと神母は思われたのだろう。
つまり私は一人孤独に、残酷な運命に立ち向かわなければならない。不安で泣き出しそうなのに泣くことも出来ない。神母がそれをお許しにならないのだろう。
泣くことすら出来ずとも、不安は顔に出ていたのだろう。勇者が大丈夫か、と声をかけてくれた。
私は大丈夫だよと笑った。優しい勇者に嘘を吐いた、隠し事をした。それが悲しくて苦しくて、また泣き出したくなった。




