勇者が死んだ
勇者が死んだ。唐突に。呆気なく。
私たちに幸せな将来など無かった。
どこからとも無く現れた強大な魔物、【魔王】と名付けられたそれは、大陸中の魔物を支配し人間国家に対し宣戦布告した。人間と魔物の全面戦争の始まりだった。
人間国家は連合軍を組織し魔物に対抗したが、連合軍には魔王に勝てない理由があった。それは兵士の生産力の差だ。膨大な魔力で魔物を生み出し続ける魔王に対し、人間の兵士は育つのに二十年はかかる。そして大人が兵士として戦地に向かえば向かうほど、子どもを育てるのが難しくなる。戦力の削り合いだけでは人間の敗北は確定していた。
連合軍の主要国であるアリスティア神聖国は最後の手段に頼ることにした。
【神母アリス】に祈りを捧げ、助力を乞うたのだ。
神母アリスは祈りに応え、一人の男児に力を授けた。それが【勇者】だ。勇者はすぐさま神殿に迎え入れられ、魔王を倒すための鍛錬を始めた。
勇者の神殿入りと同時に、【騎士】【魔法使い】【聖女】の素養を持つ子どもたちが集められた。
子どもたちのうち、魔法使いとして認められたのが私だ。私は勇者、騎士、聖女の三人と共に、鍛錬の日々に明け暮れた。鍛錬は厳しいものだったが、三人と過ごす日々は楽しいものでもあった。
一番年少であった勇者が成人したその翌日、ついに私たち四人の勇者パーティーは魔王討伐の旅に出た。旅は長く苦しいものではあったが、パーティーの能力と結束力を高めた。
先にくっついたのは年長である騎士と聖女の二人だった。前に出て魔物を牽制するという役割上怪我の多い騎士と、それを治す聖女がくっついたのは自然な流れではあったのだろう。だが二人から恋人になった事を伝えられた私と勇者は戸惑った。それも当然なことで、私たちは勇者パーティーだし、人間の進退とか大陸の平穏とかかかってるのに、呑気に恋愛模様を繰り広げられても困るのだ。
なんて、あれこれ二人に言い募っていた私だったが。
結局私と勇者もくっついた。魔王を倒せるのか、無事生きて帰れるのかなんて不安をこぼす臆病な私と、そんな私に大丈夫だよ、俺がなんとかするよなんて笑って励ます勇者。私たちが恋人になったのも自然なことだったのかもしれない。
私たち勇者パーティーはより結束力を増し、互いを大切に思う気持ちと、共に生き続けるという覚悟を持って、魔王のもとに辿り着いた。
魔王との戦いは呆気ないものだった。決着はすぐに着いたのだ。
魔王がいくら強大な魔力を持とうが、神聖な力を持つ勇者に一対一では敵わない。魔物を生み出し勇者を囲もうにも、騎士が魔物を抑え、私が魔物を焼き払い、聖女が傷付く三人を回復する。
私たちの連携に魔王はなす術も無く、勇者の全力を込めた剣の一振りによって魔王は倒れた。
魔王を倒した私たちは、アリスティア神聖国へと凱旋するためアリスティアと隣国との国境の街で休息を取っていた。
宿で食事を取りながら、これからのことについて四人で話し合っていた。俺たちが恋人同士になったことを報告するついでに魔王を倒したことも報告しようか、なんて勇者の冗談に、騎士が笑い聖女は呆れ、私はなんだか恥ずかしくて赤くした顔を伏せた。
次の瞬間だった。ガタン!という音を立てて勇者が立ち上がった。
信じられないものを見た、とでも言うように目を大きく見開き、口から溢れるように血を吐き、倒れた。
私も騎士も何が起きたか分からず動けずにいたが、聖女はすぐさま勇者に対し、解毒と解呪と治癒と様々な魔法を放った。それでも勇者は変わらず口から血を流し倒れたまま。
それを見た騎士が警戒するように周囲を見渡し、次に勇者の食事が盛られていた皿を見た。毒だ、とつぶやいた。
勇者に向かって回復魔法を放ち続ける聖女を止めた騎士は、勇者を担いで部屋に戻る。聖女が騎士を追う。それに遅れて、ようやく動けるようになった私が部屋に入る。
部屋のベッドに寝かされた勇者の口に、騎士が何かを注ぎ入れている。最初はそれが何か分からなかったが遅れて気付く。解毒薬と回復薬だ。
勇者は神母アリスから神聖な力を授かりし者だ。その力は魔物を倒すためだけのものではない。騎士より軽装でも傷付きにくい身体で、毒や呪いにも高い耐性があった。
私は勇者が薬を飲んでいるところを見たことが無かった。
聖女は三人の治療を優先して薬を飲むことが多かった。私と騎士は聖女の負担を減らすため薬を飲む事もあった。でも勇者は私たちの誰より強くて、聖女の回復魔法を待つ余裕があった。なのに。
騎士が勇者に薬を飲ませても何も変わらなかった。
勇者は既に死んでいた。
蘇生の魔法なんてものはない。私も聖女も使えない。神母アリスが許さない。聖女はアリスに祈り始めた、どうか奇跡をと。騎士がつぶやいた、勇者は報われるべきだと。それでも変わらない。勇者は死んだのだ。
私は現実を受け止めきれず意識を失った。




