風の日
晴れの日も悪くない。
雨の日には情緒がある。
雪の日には静けさがある。
けれど、心から好きな日は、風の日だ。
風の日だけは、視野がふいに遠くまで届く気がする。
いつもは数メートル先で止まる目線が、その日は地平線の彼方へと向かっていく。
街を歩く人の群れ
遠くのビルの影
曲がり角の向こうの空
それらがどこへ向かい、何色に変わっていくのか、視線は、まだ訪れていない未来へ、無意識に踏み出している。
そしてその仮想の未来へ向かって私は歩いていく。
風が吹くたびに、思考は透き通り、身体は軽くなる。
風に乗って、目に見えない星々の呼吸が身体をすり抜けていく。
未来と今と過去が交差する場所。
それが、いま、ここなのだと、風が教えてくれる。
たとえば、電線の鳴る音に耳を澄ませたときや、
落ち葉が一斉に空へ舞い上がる瞬間。
そんなとき、日常の向こう側にある世界の構造が、ふと垣間見えることがある。
見慣れた景色の中に現れる新しい視点。
木々の色付きや生き生きとした美しい造形が、
ずっとそこにあったことに気付く。
風の日は、三千世界の真髄に、そっと触れられる日だ。




