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私が神になった日々

 昼休み、教室の窓際でぼーっと外を眺めていた。


 グラウンドでは男子がサッカーをしている。風が気持ちよさそうに吹いて、空はなんだか妙に青い。 ふと、その視界の隅に、ぺらりと風に揺れる何かが見えた。


 ピンクの……ハート?


 あれ、ノート……?


 好奇心が勝ち、私は教室を抜け出して校庭へ向かう。すぐにそれは見つかった。


 ピンク色の、ハート型のノート。

 表紙には、とっても可愛い文字で、こう書かれていた。


 ──LOVE NOTE──


「は?」


 裏表紙も見たけど、落とし主の名前はなし。表紙をめくると、最初のページにびっしり書かれた注意書きが目に入った。


・名前を書かれた人間は、三日以内に誰かと恋仲になる。

・名前を書くときは、相手の顔を思い浮かべながら、正式な名前で記入すること

・その恋は確実に成就し、やがて将来を永遠に共にする関係へと発展する。

・相手は指定することも可能。対象は男女問わない。

・指定しない場合。対象にとって可能な限り違和感のない相手が選ばれる。

・一度書かれた名前は、二度と書くことはできない。

・恋愛成就までの過程(出会い方・セリフ・出来事)も細かく指定できる。

・指定がない、または不備がある場合、「一目ぼれ」での恋愛が自動生成される。

・自分自身の名前は書けない。


 ふざけてる……けど、なんか、丁寧で本気っぽい? このフォントもかわいいし……いやいや、なに真顔で読んでんの私。


 でも、気になっちゃったんだもん。

 そこで私は、ある友達の顔を思い出した。

 由香。最近クラスのイケメン、レンくんに夢中な子。


 ……書いてみる?


 私は試しに、『佐伯 由香』 『東雲 蓮』

 『図書室で本を取り違えたことから会話が始まり、思わぬ共通点で盛り上がる』

 と、書いてみた。


 ──翌日。


「ルナ!聞いて聞いて!」 由香が満面の笑みで駆け寄ってきた。

「昨日、図書室でレンくんと話しちゃったの!信じられないよね!? しかも、好きな作家が一緒だったの!」


 ……えっ。


 私、言葉を失った。


 ……本物?


「……これは、本物……!!!」


 背筋がゾクッとした。

 これが、もし本当に使えるものだったとしたら──

 私は、好きな人と結ばれる運命を、“書いて”作れるということ。


 その瞬間、頭に浮かんだのは、


 ──真澄。


 幼なじみ。家が隣で、小さい頃からずっと一緒だった。いまや同じ学校、同じ学年。でもクラスは別。 ずっとそばにいたのに、恋だと気づいたのは最近。


 私は迷わず、ノートを開いて彼の名前を書こうとした。

 久遠 真澄くおん・ますみ──それが、真澄の本名。


 けれど、ペン先を走らせる前に手が止まる。


『久遠』……だめだ、自分の名前が書けないんだった。


 そっか、相手だけ書いても、誰と恋に落ちるかはランダム……最悪だ。

 ノートを閉じて、私はしばらく呆然としていた。


 でも、次の瞬間、ふとひらめいた。

 ……なら、真澄の近くにいる女子達を、全部誰かとくっつければいいんじゃない?


 真澄の周りには、魅力的な女子がなぜか多い。

 黒髪ロングで大人っぽい文芸部の先輩、

 金髪で人懐っこい帰国子女の留学生、

 なにかと真澄に突っかかってくるツンデレの後輩、

 男友達みたいに気軽に接してくるボーイッシュなクラスメイト。

 あきらかに真澄を意識してるその態度、私は見逃さない。


 ノートを開く。


 私は一人ひとりの名前を丁寧に書き、彼女たちの恋をプロデュースし始めた。

 もちろん、真澄以外の相手で。 ノートのページはどんどん埋まっていく。

 まるで私は、世界の恋を操る神様みたい。


 そう、私は決意した。


「私が、この新世界のエロースになる!」


 これは──恋に恋する少女が、神のノートを手に入れてしまった話。


 ──御門ルナの物語である。



 日頃の妄想もあってか、私は彼女たちに、どれもこれも少女漫画みたいな出会いを提供していた。

 ちゃんと、全員分、愛し合う二人の名前をしっかり書いた。ランダムなんてありえないと思ったからだ。


 たとえば——


 図書館で手を伸ばした本が偶然重なって、触れ合い、目が合った瞬間に始まる恋。


 雨宿りで入った神社で、偶然出会った他クラスの生徒と運命めいた一目ぼれ。


 文化祭で喧嘩していた二人が、ステージ裏で本音をぶつけあってそのまま告白。


 校庭で拾ったハンカチを返したら、実は幼いころの初恋相手だったという奇跡。


 保健室で熱っぽく見つめ合ったその一瞬が、気づけば恋のはじまりだったり。


 深夜の図書室で二人きり、ふとした沈黙のなかにやってきた小さな恋心……。


 そういう、“物語みたいな恋”を全部プレゼントしてあげた。

 そしてふと気づけば、学校全体がカップルだらけになっていた。


 当然、騒ぎになった。 校内では、付き合い始めた生徒たちが毎日のようにラブラブしているのが目撃され、教師たちはざわつき始める。

 ついには生活指導の教師が、朝礼で「節度を持った交際を!」なんて言い出した。


 青春を穢すとは、何事か。


 私は怒りを覚えた。こんなにも尊い恋たちを“風紀”だの“秩序”だのという枠に押し込めるなんて許せない。


 ……ならば。


 私は、彼らにも愛をプレゼントした。 ただし、ちょっとだけ過激に。

 風紀を盾に他人の恋を抑えつけようとする教師──だったら、自分たちの恋の業火に焼かれてもらおう。


 妻帯者の数学教師と、新任の若い養護教諭。 朝の打ち合わせで交わした視線がきっかけで、秘めた情熱が燃え上がるように。

 真面目すぎる国語教師には、隣のクラスの家庭科教師との何気ない会話をきっかけに、禁断のメッセージ交換が始まる展開。


 いっそ、逃げ道をなくしてやった。

 職員室の空気は微妙にピリつき、恋と嫉妬と罪悪感で混沌としはじめる。


 でも、それでいい。


 教師たちが自分の恋に夢中になれば、生徒の恋を邪魔する暇なんてなくなるから。


「計画通り!」


 笑いが止まらない。 だめだ、まだ笑うな。

 まだ真澄は私のものになっていない。

 いいの。焦らなくて。

 邪魔な女は、違う男とラブさせればいい。

 これから、じっくりと、ゆっくりと……関係を深めていけばいい。


 私は愛の力を、この手に握ってるんだから。



 ──そう思っていた、矢先だった。

 放課後、真澄と知らない女が一緒に帰っていくのを見て、私は焦った。


 ……誰? 知らない子だ。


 いてもたってもいられず、私はノートを取り出し、急いで二人の元へ駆け寄った。


「あの、ちょっといいですか……! えっと、あなたのお名前……」


 驚いた顔でこちらを見るその子が、少し戸惑いながら答える。

「……しらかわ、さら、です。 えっと、今日転校してきました。」


「漢字……教えてくれない?フルネームでちゃんと知りたいの」


 不自然なくらい食い気味に聞いた私に、彼女は一瞬戸惑ったようだったけれど、やがて口を開いた。


「えっと、白いに……運河のほうの河。紗は、絹の紗に、良いの良……です」


 その瞬間、私は彼女の顔を焼き付けるように見つめて、ノートに名前を書き込んだ。真澄が何か言っているが、今は聞こえない。


『白河 紗良』

『久遠 真澄 以外の誰かと恋に落ちる』


 名前と最低限の事だけ書いて、息をのんだ。

 相手の名前を書く余裕なんてなかった。


 だって、彼女の顔が、今まさに真澄の隣にあったんだもん。


 ノートを閉じた、その時だった。


「あの、あなたの名前も教えてほしいです」


「え…えっと、御門ルナです」


「ルナさん。私、今あなたに一目惚れしちゃったみたい。好きです」


 ──えっ?


 おかしい。おかしすぎる。

 でも、ノートのルールを思い出す。

 相手が未記入の場合、対象にとって可能な限り違和感のない相手が選ばれる。

 そして、男女問わず有効。


つまり──


 彼女の相手は、私。


 そして、私の胸が、バクン、と跳ねた。

 見つめ返されたその瞳に、どうしようもなく吸い込まれるような感覚があった。

 ドキドキが止まらない。


 まって、それって……つまり、


 白河さんは、私に恋してる!?


 ──真澄以外の全ての生徒が、すでに誰かと恋に落ちているこの学校で。

 “女性にしか興味がない”紗良が、なるべく自然にひと目惚れできる相手。


 それは、名前を書き、ノートを閉じた、その瞬間。

 その場にいたルナしか、いなかったのだ。


 そうして、ノートは静かに、たしかに、私を“選んだ”。

 ──世界でいちばん自然な、恋の相手として。



 あの時から、白河さんのことが頭から離れない。


 あの目。あの声。あの笑顔。


 私が仕掛けたはずの恋に、私が落ちるなんて。


 なのに今では、もう彼女しか見えない。


 ──そう。


 たぶんもう、私は彼女しか愛せない。

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