0. プロローグ
――流星の迷宮。
かつて宇宙から飛来した隕石によって造られたと言われる、最古の地底迷宮。その最下層は数刻前から戦場となり、そして先ほど終結した。
エルフ族の女は未だ焼き焦げ、龍の爪痕の残る地面を踏みしめる。今にも倒れそうになるのを堪えながら、伝説の龍が地に倒れる様を見届けた。
「――終わりね」
長年王者として君臨していた古龍、ペルセイド・レクスの終わりを翡翠の瞳に焼きつける。死の間際であっても、その覇気は衰えることはない。
『――見事だ、次世代の種よ』
自身の爪ほどのサイズの強者に向けて賛辞を送る。それが、かつて世界を滅ぼす大災に抗った龍の王の最期であった。
張り詰められていた覇気が消える。戦いの余韻がわずかに残る静寂の中、獣人族の少女のそわそわと尻尾を揺らした。
「わふー! ね! ね! 食べていいか? 食べていいよね?」
無邪気な声が響き、場の空気がふっと和らぐ。
無言を肯定と捉えたか、今にもかぶりつこうと龍に駆け寄る少女を一人の男が制止した。
「――ダメだ」
少女は自身の楽しみを取り上げた男の黒い双眸を、恨みがましい目で睨み返す。
「なんで」
「お前は食べ始めたら止まらないだろう。金になるものを剥ぎ取るから、少し待っていろ」
少女の頭をふわりと撫でて男は屍となったペルセイド・レクスに近づく。
「相変わらずお金にうるさいわね、レガン」
エルフ族の女はその男――レガンの行動を冷めた口調で非難した。
「レガンくんはそんな人じゃないよ。そのことはエルも知っているでしょ?」
「……冗談よ、じょーだん。悪かったわね」
「気にする事はない。俺が金を稼ぐことに執着していることは事実だ。それに、お前が伝説を前に金勘定するような人間を嫌うのはわかっている」
「べ、別に嫌ってるわけじゃ……!」
エル――エルシンドが長い耳を真っ赤にしているのを気づかず、レガンはペルセイド・レクスを見ながら幾ら稼げるか思考に耽ける。
そこでようやく、最後の仲間が声をあげた。
「提案。奥の宝物庫を見て来ましょうか?」
「ん? ……ああ、そうだな。頼む。主を倒したとはいえ、罠が残ってるかもしれないから気をつけてな」
「了承。エルシンド様も当機と共に来られますか?」
「ええ。これだけ古い地下迷宮だと古代魔道具もたくさんあるでしょうから」
古代技術で作られた自立型自動人形に連れられ、エルシンドは迷宮の主を倒したことで解放された宝物庫に足を運ぶ。
「レガンくんはどうするの?」
「まずは持ち帰る素材を厳選しないとな。これだけデカイんだ。あれもこれもと欲張れば、帰れなくなってしまう」
その場に残った人間族の女――フィオラの言葉にそう返すと、レガンはドラゴンの巨体をじっくり見ながら考え込む。
「鱗や爪、牙は傷だらけだが武器の素材やコレクターからは十分価値がある。内臓だって使い方によっては薬にもなる……どれを持って帰れば」
「アイテムボックスは全員所持してるけど、それでも足りない?」
「一つ一つが巨大すぎる。アイテムボックスでも全部入れるのは無理だ」
「そうだよね。あーあ、無限に収納出来る魔法があったらいいのにね。……ちらり」
「そんな万能な魔法はない。あったとしても俺には到底無理だ」
「冗談だよ、冗談。ふふふ」
残された二人の会話に、待ちくたびれた獣人の少女が口を挟んだ。
「なーなー、もう食っていいかー? ルー、腹ぺこー」
「ルーシェル、干し肉でも食べるか?」
「食うー!」
これでしばらくは大丈夫だろう。レガンはそう判断してドラゴンに視線を戻すと、隣からふふっと笑い声が聞こえてきた。
「……なんだ?」
「相変わらずルーちゃんには優しいね」
「見た目はともかく、あいつの中身はまだ子供だからな」
「じゃ、子供好きだね。相変わらず。今回の報酬もまた孤児院に全部寄付するの?」
「そこまで善人じゃない。攻略にかかった分は回収させてもらう」
「私は十分、君は善人だと思うよ」
それから程なくして、持ち帰る素材の厳選を終える。そのタイミングで宝物庫に行っていた二人が戻ってきた。
「……大量だな。それ全部宝物庫にあったのか? ヴィータ」
「肯定。さすがは古の迷宮といったところでしょうか。ご主人様にもひとつプレゼントして差しあげましょう」
「ああ、ありがと……なにこれ?」
「説明。当機を模した人形です。これを当機だと思って大切にしてください」
「ここの魔道具じゃないのかよ……」
突き返そうかと思ったが、ちっちゃくて可愛かったので貰っておくことにする。そう思い人形を懐にしまい込むレガンにエルシンドが話しかけた。
「まだまだ魔道具があったのだけど、アイテムボックスを使ってもいいかしら?」
「好きにすればいい。俺の目的は金だが、お前の目的はそれなんだろ」
「……よく覚えてたわね。興味ないと思ってたわ」
「何をだ?」
「私の目的のこと。貴方、子供しか興味持てないんだと思ってたから」
「お前のことだ。覚えていないわけないだろ」
レガンのその言葉にエルシンドの瞳孔が開き、心臓がドクンと大きく跳ねる。だが、彼女はそれを悟られまいと顔を背け冷たく返す。
「ふ、ふぅーん? まあ別に、覚えていようが覚えていなかろうがどーでもいいけど?」
「そっちに何かあるのか?」
「なんでもないっ!」
こうなってしまってはしばらく会話は出来ない。レガンはこれまでの経験からそう結論づけた。
エルシンドを放っておくことに決めたレガンは、早速素材を剥ぎ取ろうとペルセイド・レクスに刃を突き立てる。ポタポタと滴り落ちた血が地面に染み込むとまるで脈打つように光り、熱を帯びた空気が辺りに満ちていく。
――瞬間。肌を刺すような魔力の奔流が広がった。
『――次世代の守護者よ、来たる大災に備えろ』
重々しく響いたその声に呼応するかのように、レガンの足下に深紅の魔法陣が浮かび上がる。
「――――っ!」
エルシンドが魔道具を取り出し、フィオラは魔法剣を掲げ、ルーシェルは地面を蹴り、ヴィータは戦闘モードに移行した。――が、あと半歩遅い。
――紅い光が辺りを満たす。
刹那、レガンは地面が崩れるのを感じた。足元がぐらりと不安定になり、まるでなにかに引き寄せられるかのような感覚に陥る。
彼の周囲の空気が圧迫され、強大なエネルギーに巻き込まれた。
「――レガンっ!」
エルシンドの悲鳴のような声を皮切りに、レガンの気配がブツリと途絶える。世界が紅から元の色に戻った時、彼女らに訪れたのは静寂。
そこに居たはずの仲間が消え、古の王龍は役目を終えたとばかりにボロボロと肉体が崩れ始めていた。
――後日、難攻不落と称された流星の迷宮の踏破と、その偉業を成し遂げたパーティーの一人が失踪したという二つのニュースが王都で報じられた。