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雛形破壊の美少女と書物旅行  作者: 藤沢淳史
8/22

第八巻 曲がった性格は、叩いても治らないし、叩いた分だけさらに曲がる

「じゃあ登場人物も、文章も、この世界そのものも改変出来るってか?」



 一度頷き肯定の意味を示した。

「資料に記述されていることに対して手を加えても変えることが出来る」


 試しにと言わんばかりに、何処から取り出したのかわからないペンで、資料に何かを書き足した。すると目の前で止まっていたジュンの服装が、制服から紫色のダサイジャージへと変貌した。


「このように資料に書き加えることで、物語に干渉したり介入することが出来る。勿論のことだが原作には何ら影響を与えることはないから存分に楽しめることが出来る」

「……もう神の分類だな。チートや最強なんて可愛いもんだな、こりゃ」


 驚きと呆れを通り越して思考が停止する。

 ツッコミを入れたい所は山ほどあるが、適正な回答が返ってくるとは思えず胸の内に仕舞うことにした。

 この世界では自分たちは神に値する。思うがままに物語を手直しすることができ、思う通りのストーリーを築き上げる事ができるからだ。


 ただ、それでも心に引っかかる物がある。


「だけど、勝手に改変するのは……なんか気乗りしないな」


 何時間と掛けて作られた一つの作品は、人によっては芸術に捉えてもおかしくはない。それを外部の人間が、物語の内部に潜り込み進行状況を変えるというもの。自身の傑作である物を面識のない人物によって変えられることについては、あまり好ましくないと大和の心情が申し上げた。


「君がここに来た目的を忘れてしまったのかね? 定石通りで、人気の無い作品をそのまま堪能したところで何を得られるっていうのかい? それで得られるのであれば、こんな事をする意味がないし、現実世界でやればいい。感じたことや体験したことがない、それでこそテンプレートを破壊するようなストーリーを実際に体験した方が良いと思う。それに少しは君に付き合う僕が楽しん……意見を出しても良いと思う気がするけど?」

「今、楽しむって言おうとしなかったか?」

「気のせいだよ。誰もくそったで、甘ったるい展開をぶち壊したいなんて微塵も思っていないよ」

 

 構文によって認定の印が押され、確実に面白がっていることが証明された。彼女の趣味嗜好が何となく把握した瞬間でもあった。大和は彼女の性格の一つにサディスティックがあると認識し、無意識に体が震えていた。


「この先にある町まで行ってから、時間を進めようと思うが異論はあるかい?」


 提案されたことに対して懐疑的な視線を向けるも、表情一つ変わることのない端麗な顔があるだけ。

 その様子を見かねて、肩をすくめるも足を動かし始め、一歩下がった距離から付いていく。


(絶対に女だろ、こいつ……)


 歩く後姿を見て大和は内心思っていた。

 すらりとした細身の体、背筋がピンと伸びており、その姿はまるでモデルのようである。

 服装によって露出した肩部分はまるで山頂に降り積もる雪のように白く、無駄な肉が一切ついていない。髪から伝う香水の匂いは鼻孔をくすぐらせる。

 これで男を否定するのは少し無理があると思わせるほど麗しい体である。


 後ろを歩いているため自ずと視線が入ってしまい、意識してしまうのは男であることの宿命であろう。

 そんな視線に気づいていたのか、ふと立ち止まり振り返った彼女の口元は笑っていた。

 彼女の無言の圧力を受け、口を紡いだまま頬や首筋が紅潮していた。


「何を見てようが僕には構わないが、見えてきたよ。主人公が最初に訪れる町……というより都市に近いね」


 刺された指の先には大きな門が待ち構えるように設置してある。奇襲されても壊れないような作りであり大きな石を重ね合わせ作られていた。また他の場所からの侵入を阻むように壁が町を囲んでいる。いわゆる城壁都市である。


 町に入るには門を潜りぬければならず、前に門番が数人と入国の許可を待つ人々の列がなされている。

 どれも止まっているため置物にしか見えないが、実に様々な人が存在していることがわかった。


「原作では都合の良いように身分証も主人公補正で手に入っていることになっている。まぁ僕たちはそんなものは必要ないから、さっさと潜ってしまおう」

「なんか……かの有名なテーマパークでアトラクションに早く乗れるチケットを持っているみたいだな」


 辿り着いた国では入国審査を行い、許可が降りなければ入ることが出来ない。

 現実世界で海外旅行に行った時と同じように、身分を証明することが出来なければ入国できないことは当たり前である。


 だが時間が止まっている世界では、門を潜るための審査や許可を手に入れる必要はない。二人を止められる者など存在しない。

 問答無用、躊躇することなく列の横を通り過ぎ、止まっている入国管理人を脇目に簡単に町の中に入ることが出来た。


「おぉ、ゲームで見たような町中だな。これはスゲーな」


 目を輝かせながら周囲を見渡す。

 いくら作られた世界であろうと、出来の悪い世界だろうと、普通なら体験すらしえない環境に思わず少年心がくすぐられる。絵に描いたような中世の欧州のような雰囲気、それに加えありふれた世界観ではあるがゲームと類似している点に足取りが軽くなるように興奮気味であった。


「こういった外見、景観、見栄え、格好は原作者の力量で再現される。粗略であったり説明不足であれば相応の出来になる。だが今回の再現度を考えれば原作の力量は無難なものだと言えるだろう」


 大理石が敷き詰められた道やレンガの家々が立ち並んでいる。アニメで良く見る風景に、創作されている所をふまえると小説の出来はまずまずといったところか。


「さてと、町の中に入ったところだし、そろそろ時間を進めようと思う。停止させている人たちが何事もなかったかのように動き出すから注意してほしい。特に目の前には立たない方がいいだろう、急に動き始めるからね」


 時を進めるための指が高々と鳴らされた。

 何事もなく一斉に動き始める。まるで全てに生命がやどったかのように。


「お、おぉ……」


 それまで無音無出来事だった世界が生まれ変わる。人々が行き交い、商売のための活発な掛け声、透き通るような空気が全身を伝う。まるで異世界に来たことを歓迎するかのように。


 すれ違う人たちの中には剣や杖を持った、如何にも冒険者らしい姿の方もちらほらと見受けられる。

 高鳴る鼓動を抑えることが難しく、童心のように走り回りたい気分になっていた。

 そんな大和を尻目に、一人資料を見て書き換える為の作業を黙々と行っていた。


「言い忘れたが主人公にはなるべく直接関わらない方が賢明だ。特に会話は交わさない方がいい」

「あん? どうしてだ?」


 物語の中心人物に関与すれば簡単に改変されるのは言わずもがな。


「直接主人公に関われば、まず僕たちの事が記録される。そうなれば物語に必要な人物と認識されてしまうかもしれないし、主要なイベントに関与するかもしれないだろ? 君が改変を嫌がるなら尚更だ」


 そこからゆっくりと説明を始めた。


 改変のやり方は主に二種類、文章を書き替えるか、主要人物との接触のどちらかだ。

 前者は、自らの手で原文に加える要素書き換えることで起こる、能動的作用に近い。

 後者は、人物に関与することで、その人物が書かれた物語とは別の行動を起こす、受動的作用に近い。

 言わずもがな、コントロールしやすいのは前者である。後者は関わった者の行動によって紡ぎ出されるためランダム要素が高いため、突拍子の無く、予想外な展開が起きる可能性もゼロではない。


 しゃがみながら説明を受ける。

 その上で大和は、率直な疑問をぶつける。


「だったら、その都度書き換えればいいのでは?」


 どんなことが起こったとしても全て上書きしてしまえば問題は解決する。もはや神と位置付けてもおかしくはない能力なので、極端な話をすれば死亡したことさえもなかったことに出来る。死亡した事実を書き換えるか、そもそもの直前までの出来事を改善するか、方法はいくらでもある。主人公に出会い、物語の根本が多少ずれたとしても、書き換えるだけで何とかなるのは間違いない。

 

 そのことに気づいた彼は、この提案を推奨したのか疑問でならなかった。まるで国会の厳しい質問のように投げかけた疑問の返答は簡単なものであった。


「……そんなの書き換えている僕の手間が増えるじゃないか」

(なるほど……これは本音らしいな)


 不貞腐れた反応と共にお餅のように頬が膨れる。まるで小学生が拗ねたようであった。面倒くさそうな展開に思わず深いため息が、大量に空気が含まれた肺から吐き出される。


「……細かいことは任せるわ。好きなようにしてくれ」


 投げやり気味にポロリと漏れた言葉で、表情が一瞬にして入れ替わる。


「僕たちが認識されなければ物語を思うように管理することができる。許可が下りたので、少し不審かもしれないが物陰に隠れながら遊んでいこう」

「おい、遊ぶって言ったな。もはや訂正すらしなくなったな」


 聞く耳を持たず、背負っていた錘がはじけ飛んだほど軽い足取りになっていた。まるで何も知らない無邪気な子供のように一瞬見えてしまった。そんな様子がどこか羨ましくも思った。


「何も知らずに、のこのことやって来たようだね」

「何だか俺らが悪役のように感じるのは気のせいか? 敵が言うようなセリフだぞ、それ」


 まるでヒーローを倒すように罠を設置し待ち構えるようなセリフと、物陰に隠れ観察する行動は敵役そのもののようである。

 相手はこちらの世界にやって来たばかりなので、周りの景観に興味を持っているのか、一歩一歩踏みしめて歩を進めているように見受けられる。

 建物と建物の間に潜伏し始めて十分ほどたった頃、ターゲットの姿を目視することが出来た。

 既に目的が遊びになっていることについて、大和は口を紡いでいた。


 一人が入るのにギリギリの幅の場所で、二人は掲げた資料に目を通す。

 隠れている場所の一つ奥の曲がり角に入ることで起きるイベントが書かれている。何かを悟ったように立ち入り、チンピラの数人の男に襲われそうになっている女の子を救出する、と記載されていた。


「定番パターンだな、路地裏で襲われている女の子を助けるイベントは」

「ここで主人公のジュンは女の子を助け、助けられた女の子は主人公に興味、後に好意に変わる感情を持つ。またこの出来事がきっかけで後に行動を共にすることになる……と」


 資料を読み上げる彼女の顔は明らかに渋い物であり、誰が見ても何を考えているのかが理解できる。


「絶対に壊したいって思っている顔だな」


 思っていることを口に出すと、目を丸くして驚いていた。


「僕の感情を読めるのかい? そんな能力を持っているとは君には脱帽したよ。確かに都合の良いイベントだし、何せ面白くない」

「俺にそんな能力は持ち合わせちゃいねぇーよ」


 少なくとも嫌気が前面に醸し出されており、誰でも感知できそうな負のオーラを放っていた。傍近にいれば誰でも発動できる能力に、驚愕している事が理解に苦しんだ。


「まず、ボッチでコミュ障の男が暴漢な人に立ち向かえると? そんなことが出来るなら元いた世界でマシな人生を送れていると思うけどね」

「確かに……それもそうだな」


 主人公のジュンは異世界に来て、まだ一時間も経っていない。にもかかわらず性格や人柄が変わるとは思えない。深く考えた後、見解を是認する。彼女の主張に思う節があったらしい。


「さらに助けられただけで興味を持つとか女もどうかと思うけどね。普通は感謝の感情のみが頂点に立つはずだ。これだけで好意を持つなど、他の物語でも見たことがあるけど、余りにも都合のいい解釈で吐き気がするよ。迷子設定もよく見かけるが余程のチョロインとみたね。わざわざ危ない場所に入るということは自己管理能力が圧倒的に低いということだからね」

「その捉え方を聞くと耳が痛いな……」


 目を逸らし、脳内に甦る自身の黒歴史の作品を無理やり仕舞い込もうとする。かつてそのようなヒロインの活用を作り上げたことに明確に覚えがあったからだ。だが客観的に捉えるなら取違いというわけでもない。


「で、どうすんだ?」

「そうだね……、そもそも襲われているのが男にしよう。新たな境地を開拓するかもしれないし、何せ美少女がいるという都合の良い展開だけは避けないといけないからね。そしてここで簡単に倒すことが出来ても面白くない。能力や自身の力加減が制御できず、危うい状況下に陥るも何とかしのぎきる程度の方が味気があると思う」


 サディスティックを全開に噛ます彼女に、思わず目を細めて引き気味になってしまう彼。


「そんなに主人公の事が嫌なら、ここで亡くなったことにすればいいんじゃないか?」

「その手を行使してしまったら物語が終わってしまうよ。終焉を迎えた世界では何も創作されないし、何も修正ができない。即ちこの体験も終了となる、それでもいいのかい?」

「そういう風になるわけか……つか、俺の為の体験じゃないのか?」

「新鮮な体験をしているだろ。異世界の雰囲気に加え、ありえないような展開を僕が作っているじゃないか」


 既に当初の目的である、大和の創作が上手くいくよう体験することは消えかけていた。

 変わりに彼女の欲望が全開で進んでいく。

 最も、この本の世界で行動することが出来ること自体、貴重な体験であり、景観は特に学べることが多いため文句は最小限に留めた。


「なら書き換えて物語を進めるとしよう」


 迷うことなく指が進み書き直していく。小型のライトのように資料が一瞬光を放った。

 ジュンが二人に気が付くこともなく通り過ぎると、その後をまるで探偵のように尾行し始める。


 資料を書き換えた通りに物語は問題なく進んで行き、ガラの悪い連中との戦闘が始まる。まるでスポーツ観戦をしているように少し遠くの位置から黙って事の行く末を眺めていた。数分後に終了した際には体中に傷が出来ていた。救出した少年に連れられ歩き始める二人の後ろを、異世界には似合わない奇態な二人がつけていた。


「……見ていていい気分じゃないな、これ」


 まだ関係性を持たない赤の他人、さらには物語とはいえ人が殴り合い傷ついていく姿に少しばかりの痛みを感じていた。


「へぇ、君は以外と善人の心を持っているんだね。環境が少し変化したからって何かの期待を思い、転生した先で必ず特別な力を授かっているだろうという傲慢な思考。そして転生前では自身の不甲斐なさに絶望していたというのに、場面が変わった途端に人が変わるように考えが変化する自意識過剰の自己陶酔。潜考能力が非常に幼くて甘い人が、何の苦労も無くして好き勝手に生きていこうとしているんだ。これくらいの苦難は受けてもらわなければ、必死に生きている人と比べたら割に合わないと思うけどね」

「どんな教育を受けたらそんな思考に陥るんだ。親の顔が見てみたいわ」


 偏った見方に思わずため息が漏れる。呆れて発した何の変哲の無い言葉。だがその発せられた文に何を思ったのか歩が止まる。


「……そうだね、僕も見てみたいよ。どんな反応するか楽しみだ」


 まるで近くにいて遠くにいるようなどこか虚ろの目線を向けられていた。口元は笑っているようにも見て取れるが、どこか悲しげで寂しそうで今にでも崩れてしまいそうなものであった。

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