第六巻 主観は誰でも持ち合わせているもの
閃光によって体が何かを感じることはない。暖かさも冷たさも、色彩も感じることない。それもそのはずで、包まれた光の中に期間はまさに一瞬であったからだ。
触れていた足元の感触が硬くなっている事に気づいた事と、眩しさから解放されたことで、恐る恐る腕を下げ瞼を開ける。
「なっ……なんだ、ここ……」
「ここは先程の本の世界だ。つまりは物語の中に入り込んだわけだ」
雲一つない晴天の空では何やら大きな鳥類が鳴き声を上げながら飛び、足元の地面は石で整備されている道。周りには住居や電柱、自動販売機といった物はない。どこまでも広がる草原が続いていた。文字で表すなら大草原が当てはまる場所の中にポツリと立たされていた。
「なんだか反応が薄いなぁ。目が飛び出るようなリアクションを期待していたんだけどなぁ」
暫くしてから残念そう呟いた。
「……驚きで声が出ねぇんだよ」
突如移り変わった目の前に景観に、脳と心が追いついていなかった。澄んだ空気が体を伝うことで、存在している事が真誠される。
「既にわかっているとは思うが、一言でいうならば別世界だ。そして今僕たちがいるのは町に繋がる草原の中だ」
「わかるか! お前の適応力に俺がついて行けると思うなよ」
冷静に現状や現在地が理解できている彼女に対して、大和も表情では冷静さを保っているように見られるが、心の内では荒波が立っていた。
(まるでアニメや漫画で見るような世界観じゃねぇーか)
見知らぬ土地に来て数分も経っていないが明らかに日本では見られない景色という事だけは理解していた。僅かに吹いた風が草を靡かせる。そしてその風から感じた暖かさが偽造品でないことを示すには十分すぎる物であった。
広がる世界は現実離れしているが視覚に問題なし。
鳥類のような鳴き声が耳に届くため聴覚に問題なし。
辺りに緑が広がるが雑草のような耳に刺す臭い存在せず、微かなアロマのような匂いが感じられるため嗅覚に問題なし。
接している足から感じる硬さ、肌に触れる暖かな空気が感じられるため触角に問題なし。
口の中で増加している唾液の味に変化が無いため味覚に問題なし。
夢でないことが認識された瞬間であった。
「身を持って体験してくれたと思うが、そろそろ本題に入ろうか」
「ちょっと待ってくれ、何となく頭が追いついてきたが結局どこなんだよ、ここは」
「だから先程も言っただろう。ここはライトノベルのストーリー上だ。もう少しかみ砕くと文章で構築された世界の中に僕たちが入り込んだわけだ」
「……何なんだ、その無茶苦茶な話は。驚きを通り越すと呆れが出てくることを今体感したわ」
頭に腕を当てながらため息が漏れた。かみ砕いて説明してくれたようだが、全く持って理解が及ばない。
「細かいことは進めながら話をしていくから、頭の整理と内容の把握をしといてほしい」
「……ようは現状を飲み込めってことかよ。納得は出来ないが仕方ねぇもんは、仕方ねぇ……か」
「因みに、機械の事についての疑問点には僕も回答が出来ないから、そういう物だと捉えて欲しい。進み具合は本を読むのと同じく一ページから進んで行くことになる」
半ばやけくそ気味に、大和は現状を飲み込んだ。
「今僕の手に持っているのはこの世界、ラノベの設定資料がある」
「一冊のラノベの世界を旅しているような感じか」
「タイトルは『異世界最強能力者 ~最弱と思われ裏切られたが、隠しステータスによって最強になったので魔王を倒す』だね。タイトルだけで内容の大筋を得ることができる代物だ。……もっと工夫できなかったのかね、安直すぎるし面白みがない。最近のライトノベルには、そういった一目で内容がわかるようなタイトルが増えているのは残念で仕方がない」
いつの間にかに手にしていた紙を読み進んで行く。会社が使うような大きさの紙が本の厚さになっていた。吐き出すように辛辣の言葉を最近のラノベ業界に向けて言い放つ。
「そういうのが、カッコイイって思ってる人もいるんだよ。それにネットじゃタイトルで興味をそそらなければ閲覧してくれねぇんだよ。ネット小説から出版する物が内容がわかるタイトルになっているのは仕方がないと思うが」
「……なるほど。君もカッコイイと思っている内の一人だということを覚えておくよ」
「い、今は書いてないからな! 昔だからな! 若気の至りってやつだ!」
「若気の至りとは……君は自分のことを幾つだと思っているのだ? まぁ、そういうことにしておくよ」
大袈裟な反論と呆れた口調が会話の全てを物語っていた。大和が反論した時に、目を逸らした事と、早口になった事が決定的な証拠。
そんな二人のやりとりを温かく見守るように、陽の光は明るく照らしている。
「先程も言ったが、ここに来た目的は今後のラノベの参考になればと思っている。体験することが出来ないであろう世界観、リアリティを重視するなら持って来いの状況だ。町までは歩いて数十分の距離だが、瞬間移動することも出来るが……」
「このまま歩きで行ってもらっていいか? この情景描写を目に焼き付けたい」
「構わないとも。何せ君の為にこの世界に来ているのだから、君の赴くままに」
まるで主人に尽くすメイドのような言い方に、大和は違和感を覚えるが口に出すことはしない。
数分、歩を進めると、これまで誰一人ともすれ違わなかった道に突如として人影が現れた。景観に合わない制服姿の男性。何やら周りを見回しているのか、その場で動かず首だけが動いていた。
「そこに石のように突っ立っているのが主人公だ。名前はジュン、ありがちな黒髪に平均的な身長と体重。前世界では友達がおらずコミュニケーションがうまく取れない人物だ。高校二年生だが自身の部屋に引きこもり、ゲーム三昧の日々を過ごしていた。久々に登校した帰り道で、トラックに轢かれて転生したという見事なクソ野郎テンプレという設定だ」
指を指しながら、負の感情が籠った言葉を投げつけるように話す。
「それはテンプレ……なのか? 俺が買っているラノベにはそんな設定は見かけなかったぞ?」
「確かに書籍化されている物には少ないかもしれないが、一巻で完結する電子書籍のみ販売しているタイプや、ウェブサイトで投稿されたものにはよく見受けられる物だと僕は認識している。特に何の前触れも無く、赤い帽子を被りキノコを食す配管工のオッサンが亀にぶつかって消えるように、序盤に主人公が亡くなるパターンが非常に多くて飽き飽きしているよ。残機がないのだから慎重に扱ってほしいね。命をなんだと思っているのだ」
「いや、途中からラノベの話はどこいったんだよ。完全にゲームの話に移り変わってなかったか?」
冷静なツッコミを受けるも彼女の話は終わらない。
「かの有名ゲームに例える事が出来るほど、多く存在しているということだ。僕の個人的な主観にはなるがタイトルの長い電子書籍だけで発売されている書籍や、題名だけで内容が把握できそうなネット小説に多い傾向だと思う」
ニュース番組に出演する専門家のように個人の意見を述べる。ただ話の中身が的確なのかは大和にはわからず頭を捻る結果になった。
「要は簡単に現世との別れを告げて別世界に転移、もしくは転生して人生をやり直そうとすることについての僕の見解だ。売られている以上、それなりの需要があるのは理解している。だがウェブ上はあふれかえっていると思う。この世界もその内の一つで、サイト特有のポイントも皮肉だが高い方に分類される」
「あんたの好みのジャンルに異世界転生が入ってないだけだろ。好き嫌いは自由だが、共有を求めるのは止めといた方がいい」
確かにそうだね、と顎に手を当て少しの時間、考える間が生まれてから素直に言葉を受け取った。その反応を見て胸を張るように得意げな気持ちを持っていた。今までの会話は彼女の手のひらで踊らされているようであったため、理解を得たのは小さな初勝利を掴んだと同じ事に大和の中ではなっていた。
「作品のレベルが上がれば僕も言うことは無い。低クオリティだと、この機械で形成される世界にも影響が出てしまう。一度体験したが最悪な気分になった記憶があるからね」
どこか遠くを見るような目は、輝きが失われていた。余程思い出したくないほど痛い目にあったことは誰が見てもわかるほど。
「俺が言えた義理じゃないが、確かに酷いと思ったことがある作品は何度か見たことあるわ」
「初めてネット上に投稿したのなら大目に見るが、何十もの作品を作り、打ち切りが決まった漫画のように急展開で終幕させ新たな物語に移る輩もいる。そういった奴の作品に限って成長していないから地雷を踏んでしまう可能性が高いんだ」
長年携わるベテランのように、己の経験を学ばせるように語る。その内容に大和の過去の記憶に思い当たる節があったため、頬を?きながら目線を僅かに逸らした。悟られないように曖昧な返事をしながら。
「っていうか、投稿サイトの作品も見てたら膨大な量にならないか?」
誰でも簡単に自分の作品を発信出来るようになった現在、多くの小説を投稿サイトが開設されている。一日に多くの作品が誕生したり更新されたりしているのは周知の事実。
「その点については問題ないよ。僕も端から端まで見ているわけじゃない。酷い作品を作った作者ブロックしているから。それに原理はわからんが、あの機械によって消された作品も見ることが出来るから、時間や日にちに気にすることなく好きなタイミングで読んでいるから苦ではないね」