第五巻 誰もが一度は憧れる魔法陣
「丁度都合の良い物がこちらにある、ついてきてくれたまえ」
最初に出会った時に出てきた扉に手を掛けていた。出入口以外の唯一の扉を潜ると、視界に入った物に思わず目が大きく開いた。
「なんだ……この大きな地球儀を横から半分にしたような機械は? プラネタリウムでもするのか?」
床面積の大部分を占めており壁沿いの棚も相まって、体の不自由はないが窮屈に感じ取ってしまう。軽く目を擦っても目に映る物に変化はない。
ノートパソコンが一台とスキャナーのような機械が、小さな机の表面積からはみ出るように置かれていた。部屋には大きな機械を合わせると三つ。
「この機械が君の手助けをしてくれると、僕は思っていてね」
指していたのは大きな機械の方であった。音も無く、赤色と青色のボタンの二種類だけが目に映る。薄暗い部屋の為、ボタンから発せられている光が存在感を一層際立たせていた。
「なんだそれ、勝手に小説でも作ってくれるのか? 全自動小説執筆マシンみたいな?」
手助けの言葉に反応し、夢のような発想が構築されていた。手軽に執筆してくれる機械があれば、この上なしと若干の期待をしていたが、返答は違った。
「勝手に物語が出来てしまえば、作家という仕事は無くなると思うけどね」
「それもそうだな。……で、結局それは何なんだよ」
「君は執筆する時に実体験があった方が書きやすいと思わないかい?」
「質問を質問で返すのかよ。まぁ……あった方が言葉にしやすいし、その気持ちがわかるからリアリティーが増したりするから、あるに越したことはないと思うけどな」
もったいぶる発言に僅かながらイラつきを覚える。何故そのような質問をしたのか意図が全く読めず、さらには機械と何の関係性があるのか。
「今から君のスランプから脱却するための手助けをしようと思う。先程の質問に君はリアリティー性があった方が良いと言ったから、この機械で実際に体験してもらおうと思う」
「体験? どっかのライトノベルみたいに機械でも被ってバーチャルの世界でモンスターと戦うってか、デスゲームに巻き込まれるのは御免だぞ。それにそんな体験、今ここでしなくても――」
「その回答は少し間違えているね。確かに、ここではない架空の世界に行くことは正解だ。ただ、被り物はしないし、体験するのはライトノベルのストーリーだ」
言葉に被せるようにして正す。
しかし発言された意味を理解するのに情報と時間は足りておらず、大和の頭にはハテナマークが増えていく。
「ちょっと何を言っているのか、さっぱりわかんないんだが。ラノベのストーリーを体験って、そんなサービスやゲームがあるなんて聞いたことないぞ」
「理解が難しいことは僕も承知の上だし、百聞は一見に如かずだ。僕が口で説明をするよりも、さっさと体験してもらった方が得策だね」
大和の理解が及んでいないことがわかると、赤く光っていたスイッチを迷うことなく押した近くのノートパソコンの起動音の方が大きいほど、機械は静かに稼働し始める。機械とパソコンの両方を操作し、程なくしてから口が開かれる。
「都合よく開いたページにあったからこの物語にしようと思う。異世界転生の物語であって、過去のコメント見る限りではそこそこな反応だから駄作ではないだろう」
「おいおい、一人で何を進めてんだよ。結局何も明らかになっていないし、俺の質問に対しての回答は、また置いてけぼりかよ」
独りで作業を進めていることに対して抗議の意を表明するも、構う事も無く淡々と機械を操作していた。
「チェックも済んだことだし行くとしようか」
先程よりも光が強くなったボタン。先程とは別である青いボタンを今度は押した。
「あいにく、こういう時の掛け声とかは準備していなくてね。雰囲気が少し薄れるかもしれないが我慢してほしい」
「何を言って――」
ボタンが押されるや否や黄色く光る魔法陣のようなものが二人の足元に現れる。
何が起こっているか、これからどうなるのか。何もかも理解できていない大和の言葉が言い終わる前に二人は明るい光に包まれる。片方は不安と驚きを持ちながら、もう一方は楽しみながら。腕で眩しさから目を守ろうとした次の瞬間には、部屋の中に二人の姿は消えていた。