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雛形破壊の美少女と書物旅行  作者: 藤沢淳史
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第四巻 ちっぽけなプライドが邪魔をする


「ではもし、僕が出版社との繋がりがあると言ったら、どうするのかな?」


 ごくりと唾を飲み込む音がする。

 出版社という言葉に大和の体が敏感に反応した。今か今かと餌を待っていた魚のように食いついた。先ほどまでの空振りのように嫌気がさしていた態度から急転した。


「それ……本当なのか?」

「さてどうだろうね。断言はしてないよ、とでも伝えておこうか」


 揺さぶりをかけるかのように口元が緩んだ。ここまでの言動から面白半分の可能性であることは高いと判断している。だがもし本当ならばデビューに向けて大きなチャンスを得れる機会であり、名を売るには絶好機である。

 迷いが頭の中で蠢き思い悩む。それでも微かな望みに掛け、恐る恐る口を開ける。


「じゃ、じゃあ……か、片瀬恭一郎って言うんだけど……」

「片瀬……恭一郎」


 その名を復唱し顎に手を当てた数秒後、瞠目するように目を丸くして絶句した。

 まるで長年探し求めていた宝物を発見したかのような驚きように、大和もその仰天ように疑問を覚えるほどであった。

 動揺と驚愕で目の中で揺らいでおり動かなくなってしまうほど。思わず視界に手を上下に振る。


「おい、大丈夫か? そんなに俺のペンネームで驚く事か?」

「――いや、失礼。こちらの事情でね。……もしかして今日、その名前で投稿していないかい?」


 一度、コホンと咳ばらいをして感情を落ち着かせた。

 彼女の言っている事に対して首を縦に振る。


「いや、申し訳ないんだが、新着小説の欄をあさっていた時に偶然見かけてね。いきなり完結まで投稿していたから記憶に残っていたよ」

「へぇー見かけ――ん? 今なんて言った?」


 口は止まることなく、喉から音声が繰り出される。


「一分ごとに一話を更新していて、五話を約十万字。ジャンルは異世界転生だったかな?」


 語られる物には思い当たる節がある。


「み、見たのか……あれを」


 当然のことながら投稿したことで誰かに見られることは当たり前である。

 だが、それは匿名で作者も読者も顔がわからないネット特有の形式であるからこそ、見せられる物であって、知人に読まれた場合は想定していなかった。


 体中が水に濡れたように流れる汗は焦り具合を表していた。見る見るうちに大和千里の顔が赤くなっていくことを気にせず、彼にとっての爆弾発言を投下。


「確か主人公の名前も君と同じ千里で――」

「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 まるで最後の言葉は言わせないとばかりに、部屋が揺れ動いてもおかしくない叫び声で打ち消した。次に顔から火が出るように熱く赤く染まり頭を抱えて蠢いていた。頭をかきむしったと思えば、両手で顔を覆い、トレーニングかのように交互に足を上げている。


 その滑稽さに旨味を感じたのか、嘗め回すような視線と下唇をぺろりと舐めた。


「そういえば、見た目も身長も君そっくりだったような気がするんだけどなぁ」


 曲げた人差し指が顎に触れ満足そうに不思議な笑みは彼にとって恐怖でしかなかった。


「き、気のせいです、気のせい気のせい」


 全身から垂れ流れる脂汗とか細く早口で出された言葉は、彼の言葉の信憑性が限りなく低い事を意味し、視線を明後日の方向に向けたことが嘘であることの決定打になることを悟り追撃を開始する。


「巨乳で美人なエルフに膝枕をしてもらったり、髪の匂いを嗅いだり、確かラッキースケベを催して色んな事をしていたね。あまりにも露骨で胸焼けするほど気味が悪いと思っていたから印象に強く刻み込まれているよ」


 傷口に塩を塗り込むように書かれていた内容を口に出すと、殺虫剤を掛けられた虫のように悶えていた。その場でゴロゴロと転がるように。


「もう少し堪能したいが、そろそろ君への砲火はやめるとしよう。楽しみとデザートは後に取っておくのが僕の流儀だからね」


 一通りの反応を堪能し満足感で腹を満たした。まだ味わう気でいるのは言うまでも無く、一欠片も残さず完食するつもりらしい、それまで耐えられるのかはわからないが。


「少し真面目な話をしようか。君は昨今のラノベ業界についてどう思う?」


 一度息を大きく吸ってから、先程とは打って変わって真剣な面持ちになった。雰囲気や空気から大事な事だというのを体が察した、が心の切り替えは出来ていない。


「……別に異世界でチヤホヤされても良いと思うけどな」

「君の趣味や性癖には面白さがあるから多少の興味を持っているが、そういう事ではない。昨今のライトノベルについて君がどう思っているのか聞きたいんだ」

「どうって……どういう意味だ? まぁ本そのもの売り上げが落ちている世の中だから厳しいってことかなら理解はしているつもりだが」


 近年は電子書籍やアプリの影響によって本自体が売れないと言われている。また読書をする子供が減ってきているとも報じられることもある。


 それはラノベとて同じことであることは仕方のないことだと受け入れている。


「――質問を変えよう、新規のラノベはチェックしていると言っていたが、最近販売したラノベについてはどう思っている?」

「どうって……いや、やっぱり書き方は上手いなぁーとか、内容が面白いとか、そんな感じだが?」 


 一体何を聞いているのだ?

 質問の意図がよくわからず頭の中にハテナマークが浮かぶ。

 大和の言葉を聞いてポケットからタブレット端末を取り出すと徐に操作を始めると、数秒後に腕を顔の目の前まで伸ばし端末を突き出した。


「では、この作品を見てもそう思えるのかな?」

「そ、それは……」


 タブレットに映し出されていたのは、二か月前に発売された有名作品だった。

 今一番ネット上で話題をかっ攫っている作品と言っても過言ではない、悪い意味で。


「発売日から一か月たったある日に、ネット上にあまりにも酷い作品として吊し上げられた作品だ。幼稚な文章、拙い表現、多くのオノマトペに主人公の痛い言葉。次々と否定的な面が散乱し今では良いオモチャにされている作品だよ」


 のっぺりとした表紙の主人公は既にネット上ではコラ画像となりはて、大手ショッピングサイトのレビューの点数は最低評価。ある意味広く知れ渡った作品であった。


 画面を指でなぞる操作を数度、輝きを失った瞳が右から左へと動いていく。


「やはりいつ読んでも醜態をさらしているね。滑稽すぎて頭が変になりそうだよ」


 ため息を漏らすように本の愚劣を表した。まるで病人のように顔から明るさが消えていた。そのままタブレットを操作しながら大和に向かって言葉を投げつける。


「そしてそれに感化されているのかわからないが、似たようなオノマトペの連呼、読ませる気がない漢字の使い方、一ページにやたら大きなフォントサイズで枚数稼ぎ、狙った演出であれば技術力が高いことがわかるし納得もいく。だが経験値が不足しているのは明らかだし、文章力や語彙不足ならともかく小学生が書くような文体が見受けられる作品も出てくるほどだ。そんなクソみたいな作品が発売されているという事実があるのが一番の問題だと思わないかい?」

「確かに酷いのはあると思う。だが投稿サイトや個人なら、それ以上に読めない作品も幾らもあると思うぞ。それに比べたらマシって事だろ」

「個人で楽しむ分なら問題ないし僕も非難の言葉を浴びせるようなことはしない。だが最近は個人レベルならまだしも、書籍にするレベル達していない作品が多いと思う」

「はぁ……そんなに俺も読んでるわけじゃないから何とも言えんが、結局の所、何が言いたいんだ?」


 ラノベ業界の質問から始まり、現在の発売されているラノベについて大和はきちんと意見は述べた。その意見を聞いたからには何かしらの意図があるはずだが、その真理がわからず頭を捻った。

 その言葉を待ってました、と言わんばかりに一瞬だけ口元が微かに上がる。が、直ぐに元に戻ると小さく息を吸い込んだ。


「そんな作品より自分の執筆した作品の方が優れている、と思ったことはないかい?」

「――!」


 これまでよりも一番小さな声量だったが、彼の驚をつくのには十分であった。思わず唇を強く噛み締めた。


「どうなのかな? 一度でも思ったことはないのかな?」


 まるで誘導尋問をするように再び顔を近づける。対応は先程と同じように顔を背けるが事情は異なっていた。言葉の意味を真正面から見る事が出来ないからだ。


「そ、それは……まぁ、無いことはないが……」

「その答え方だと肯定を意味するね。そう考えると君は自意識過剰な所があるね。いや、自分を買い被り過ぎている方が正しいかな? 何せデビューすらしていないのに自分の作品の方が凄いと思っている。でもそもそも立っている土台が違わないかい? 世に出ていない作品はそもそも評価の対象外だというのに、自身の作品と優劣を勝手に決めつけていると見て取れるが」


 鋭い視線を向ける、まるで反論はあるかと問うように。だがその表情からは、どんな言葉が出ようが論破出来る確証を得ているのが見て取れる。自身の言葉を全面肯定するように。

 それでも彼は反論の意を唱える。


「そ、そんなの執筆している人だったら絶対経験している事だぞ! あんな変な作品を出版するくらいなら絶対に俺の方が売れるって、一度は思ったことはあるはずだ」


 自然と熱が籠り声が大きくなる、まるで自分自身に言い聞かせるように。


「でも事実として君はまだ何も成し遂げていない者だ。例えどんなクソみたいな作品が世の中に出回ろうが出版されているということに辿り着いている事実は変わらない。どんなに素晴らしい作品だろうが君はデビューをしていない」


 思わず口を噤んでしまう。強烈な打撃を腹に受けたように息苦しく声が出ない。

 認めたくはない事実だが真実は残酷である。


「ネットで酷評し、掲示板でラノベ作家になるのは簡単だとほざく輩がいるが、そういう人間ほど何も成し遂げていないどころか、ろくに読んでいない連中も多く見かけるよ。批判のコメントが的を射ておらず、抽象的な批判が多い。それらを真に受けてはいけないよ」


 ラノベ作家は誰でもなれる。一次選考は文字が書ければ誰でも通過できる。匿名の書き込みで見受けられるもの。何の根拠も無いものだが、それを真に受ける輩が多いことを危惧していた。それは作家を目指す人も例外ではない。


「確かに虫唾が走るような作品があるのも事実だ。だがそれらは企業から利益を生めると見込まれている。君との作品の違いはそこかもしれないね」

「……何が言いたい。デビューしていない俺が批判するのを辞めろとでも言いたいのか?」

「変なプライドは捨てておいた方が良い、良くも悪くも吸収出来る物はしておいた方が成長速度は速くなると思う。スランプに陥っている君へ、僕からのちょっとしたアドバイスだ。受け取るかの判断は任せるよ。比較対象にすらなっていない事実はいつも頭の隅に置いていた方がいい」


 いくら酷評されていようがネタにされていようが、販売しているという事実は覆らない。大和は未だにデビュー出来ていない。そのことを踏まえれば優劣をつける土台にすら立てていないことになる。いくら自分の作品の方が優れていると豪語したところで出版社の方々は目を向けていない。


「気に入らない作品を簡単には認めるのは難しい。僕達読者がどうこう発言するのは一般人の感想でしかないが、同業者で執筆を夢見る者であるなら、やっかみや嫉妬心からではなく純粋な目線で捉えなければならないと思う。自身の力の無さを見ない振りをして他作品を汚すのは話ならない。己の作品の姿を見てから意見を述べれば、自ずと自身の足りないものが見えてくるはずだと思うね」


 伸ばされた手のひらが大和の胸に当てた、まるで言葉を心の奥に仕舞い込むように。彼女の手のぬくもりが服の上からでも伝わり、赤子を扱うような優しい微笑みは、早くなっていた鼓動を緩やかにしていった。


 魔法に掛けられたかのように気分が落ち着いていき、肩に入っていた無駄な力と背負っていた不安が無くなったように思えるほど軽い。


「ちなみに君はどういうものを執筆しているのかな?」

「どういうのって……この前は異世界転生ものを書いていたが――」

「なら、決まりだね」


 言葉を遮るように両手を合わせ、パンッと軽い音が発せられる。

 突如として足を動かし始めた。


「丁度都合の良い物がこちらにある、ついてきてくれたまえ」

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