第三巻 不思議な人は、そもそも常識を持ち合わせていないから不思議な人である
「難しい? その返答の仕方だと門番か何かでもやらされているのか?」
「いや、ここは僕の物で間違いはないよ。別荘ではないが、同様な物と捉えてくれて構わない」
「……俺の疑問に答えてなくないか?」
「それが僕の答えだね」
煮え切らない回答は大和の求めていたものとは遠く、一層疑念を増やすことになった。
ただそれ以上追及しても口を割りそうな雰囲気は無く、彼女の都合が良さそうな表情から致し方なく胸の内に秘める事にした。
「これ……本棚の中身、全てラノベじゃね?」
彼女がしてやったり感を醸し出されていたので、払拭するように再び話題を変える。
見慣れた本の背の色。見かけたことのある本のタイトル。物によってはキャラクターの一部分が書かれているのも目に付いた。
「そうだね、この部屋にある本棚の中身は全てライトノベルだ」
「おいおい……大手の中古本屋よりも断然種類が多いだろ、これ」
部屋の広さはさほどないが、それを凌駕する高さがある。十四段ある棚の中には一般的な文庫のサイズ、上から二段目までは大判の物が並ばれている。一瞥したところ全て綺麗に巻数順に陳列されていた。
視界を移動させてもカバーの色は直ぐに移り変わることは無く、レーベルや原作者の名前が不気味なくらいに綺麗に揃えられている。
「君は……ライトノベルの肯定派かな? その無邪気な子供のような目をしているから、少なくとも悪いようには捉えてないと思っているんだが」
警察が疑いの目を向けるように、ライトノベルに視線を運んでいた事に対しての質問を投じた。
「肯定? いつ俺が拒絶したんだよ」
身に覚えのない反応に頭の整理が出来ていない。
「昨今に置いて、ライトノベルと聞いただけで嫌悪感だす人もいるからね。特に世の中はそういう風潮にあると僕は思っているよ」
「まぁ毛嫌いする人の存在は否定できないが……俺は新規の作品が出れば毎回チェックしてるぞ。そんな奴が嫌いだと思うか?」
「それは素晴らしい心がけだ」
大和の言葉に顔が明るくなる。機嫌が良くなったことは一目瞭然。
「人気作品から、単巻のマイナー作品まで、ありとあらゆるラノベがここにはあるからね。むしろ無い作品を探す方が困難とも言えるよ。気になる物があれば見ても構わないよ」
「いいのか? さっきまであんなに警戒してたのに」
「そうだね、嗜好が同一な人には心が広いからね」
にこやかな笑顔を浮かべていた。ライトノベル好きとわかって態度が軟化したのは誰が見てもわかるほど。
四方八方をラノベに囲まれており、まるで壁そのものがラノベによって構成されているようで、気が圧倒されてもおかしくはない。それがラノベを詳しく知らない人であれば。
無作為に一番取りやすい場所にあったラノベを手に取り、状態や中身を確認する。どれも手入れがされているようで、折れ目や汚れは散見されない。発売から年月が経っている物も新品同様に白く日焼けは見られない。
何冊か手に取った確かめた所、あることに気が付いた。
「すげぇ……ってこれもしかして全部初版なのか?」
中古の本を漁る時に基準の一つとして、大和は何版なのかを注視して詮索している。特に初版は数が少ないため貴重品として大事に扱っている。
「あぁ、たぶん全て初版だと思うよ」
「マジか……そりゃたまげたわ」
「一つ気になったのだが、何故君はラノベに関して興味があるのかな?」
「そもそも、まぁ一応は……書いているからな」
「おぉそれは素晴らしい。因みにどのレーベルで、どんな作品を書いているのかな?」
書いている、の言葉に目を輝かせ、ずいずいと顔を近づけてきた。距離が無いに等しく少しでも動かせば唇がくっついてしまいそうになるほど。
「いや……デビューは、まだ……していない」
いきなりの動作に驚きが生まれ、自分の置かれている状況を理解した大和の頬は赤く染まり、視線を逃げるように逸らした。その様子を数秒見つめ、堪能したところで元の距離に戻る。
「なるほど、デビューがまだという事は……君はラノベ作家の卵というわけだね」
「……まぁ名目上はそういうことになるな」
少しバツが悪そうに眼を背けながら答えた。
その卵はいつまでも羽化しない。もしかしたら中身は食用で、腐っている可能性だってある。マイナスの思考が過りとても複雑な気分になった、本当に卵といってもいいのかと。そんな自虐を抱え込みながらも表には出さなかった。出したところで何か変わるわけでもないからだ。
「第一印象は土地開発で無理やりこの場所を破壊しに来た業者の一人かと思ったよ。その上ふほう侵入をするものだから、どう料理してあげようかと思っていたが、案外話をするものだね」
「おいおい、人を見た目で判断するなよ」
初見から異様な印象を持たれていた事に抗議する。さらにと後半部分に怖いことを言っているのは聞かなかったことにした。
「それを君が言うのかい? 最初に口にしたのはそっちの方じゃないかな?」
待ち構えていたと言わんばかりに繰り出された反論に、ぐぅの音も出なかった。確かに真偽はわからないが見た目で判断していたのは大和の方だからだ。
その様子に上機嫌そうにクスリと顔を和らげる。
「まぁ話を戻そうじゃないか。君はデビューを夢見る者ということになるわけだが、いささか出来前の方はどうなのかな?」
「聞かなくてもわかるだろう。プロならこんな所で油売ってないで執筆しているよ」
ため息が交じり、内心どこか割り切っていた。
実際、今回の落選の気持ちが未だに引きずっており、心の底は晴れ間が伺えない。
「確かにその通りだね。だけど僕が聞きたいのはそこじゃないよ。最近の執筆具合や、賞にも応募しているとも思っているから、どこまで選考に残ったのか。出来る限りでいいから聞かせて欲しい」
「……何でそんなに興味があるんだよ、――って、さっきから近いんだが」
瞳の奥を覗き込むようにして顔を再び近づかせる。
「ただのスキンシップじゃないか。それで僕の質問の返答はどうなのかな?」
「……近年の成績は数回、一次選考は通ったことはあって二次は一度だけ。過去を合わせれば二次は大体十回ってところ。最近はまるっきりダメだ」
「その言い方……つまりはスランプに陥っているのかな?」
「まぁ、言い方は的にはそんなところだ」
創作意欲もネタも枯渇していることを考えれば間違いではない。元々実力が無いのに陥るものがあるかは不明だが。
「ちなみに、君の作家としての名前を教えてもらってもいいかな?」
「えぇー……、何か嫌な予感がするんだが」
本名を名乗った時のように手のひらで踊らされるような予感がして気が乗らない。骨折り損になるだけにしかならないと思っているからだ。
「ふふ、そんなに警戒心を露わにしなくても大丈夫だよ。単に僕が気になっただけだし、それにもしかしたら君の作品を読んでいるかもしれないよ。なにせここにはありとあらゆるラノベが存在するからね」
「いや、だから俺、まだデビューしてないから単行本なんて発売できてないし、同人誌の類も出していないからな」
「まさか、発売している物だけしかないと思っていないかい? 奥の部屋でネット上に登録されている物も閲覧することが出来る。極論を言ってしまえばデータとして認識されている物であれば全て拝借することが出来る。つまりは君の作品も投稿していれば見ることが出来るんだよ」
得意げに胸を張った。ただし体の一部が飛び出したり強調されることは無かった。
「大体、あんたに見せたところで何の得があるっていうんだい。ただ揶揄うためなら絶対に見せないけどな」
「損得を尊重するとは……だが君の意見も一理ある。僕がただの一般人であれば、僕の意見はただの見解でしかないし、一人の感想に過ぎない」
一度呼吸を整えてから話を続ける。
「ではもし、僕が出版社との繋がりがあると言ったら、どうするのかな?」