第二十一巻 過去の回廊を辿って
普通の人ならば怒られているため真っ先に向かうはずだが、そもそも大和は自分がどこにいるのかも断定できていない。そのため指定された場所に向かうのは困難を極めるのは至極当然のことである。
そのため指定された部屋を見つけ出すまでに、見知らぬ場所をうろつき、に十分程度の時間をかけて発見した。
様々な場所を徘徊したことで、ようやく発見した目的の場所。
他の扉とは違い明らかに醸し出しているオーラがある。
「職員室みたいなところか、はたまた校長室ってところか?」
扉に付けてある表札には、異世界なのに日本語で文字が書かれているため見分けることが出来た。ただ異世界の雰囲気がぶち壊しなことは否めない。
怒られることが前提のため、恐る恐るノックをするが反応がない。
返事がないので再びドアを叩いてみるも無反応。
(確かこの後の展開は……)
ドアノブを握る手が少しだけ力が強く入る。霧のかかった脳内から、呼び起こされる過去の記憶。
開けた瞬間、視界に映ったのは緑色の景色だった。
この物語の世界に入りこんだ時と同じ場所、つまりは森の中であり、そして例のカメシモと呼ばれる場所である。
二度目の急激な展開だったが、
「これが第三話ってことか……」
大和は予期していたように落ち着きがあった。
(話数の切り替え……ってことは謝りにいかずに、そのまま伝説の精霊を探しに行ったってことだな)
現在の状況を飲み込み、どのような事が行われたのかを記憶から探し当てる。
反省の弁を述べるのではなく再び探しに行くチャンスだと踏んだのか、森へと足を運んでいた。
「どうやら第三話は再び森の中ってことだな……それはいいんだが、次は何処へ向かうのか、それとも何かしら起きるのか?」
急展開を話数の進みと捉えるも、その後の進展はどうすれば正解なのかがわからない。
第二話であろう教室での一幕は、導かれるように他の方々の関わりがあり、現在の居場所についた。
だが、今は一人。何かしらの出来事が起こるまで待機するか、行動しなければならないのか。重要な選択肢とも取れる。
(主人公が行くべき道を俺が進んでるってことになるよな)
物語の中で、大和自身が中心にいるような扱いを受けていることに疑問が生じていた。
これまでの経緯から考えるに、話数の進みの瞬間は全てに大和が関わっている。
そのことを念頭に置くならば、現時点での主人公が進むべきストーリーを大和が代わりに行っているとも捉えることが出来る。
(うっすらとだが、この森の中を歩いた気がする……そもそも、話数の切り替えがあったってことを考えるなら、ここまで自分の足で来たってことになるからな。いきなり誰かが登場することは考えにくい)
朧げな記憶と、一つの根拠を自身に言い聞かせるように足を動かした。
いつ捻ってもおかしくないほどの足元の悪さに四苦八苦しながらも、変わらない景色に嫌気がさしてきた。そして、思い出したかのようにあることに気が付いた。
「……そもそも進む道はあっているのか?」
前後左右、東西南北などわかるはずもない。ましてや急に飛ばされて森に入ったのだから、出入り口の方向なんて確認できるはずもない。徐に歩を進めてきたが、次のイベントが起こるトリガーの手順は踏んでいるのだろうか。
動かしていた足を緩め脳内で考察を始める。そのことにより足元への注意が散漫になったのか、はたまた日頃の行いが悪いからなのか、
「痛って!」
理由はどうであれ痛みを感じたことに違いはない。
足を滑らせ、見事にお尻から着地した。
「クソッたれ…………あれ、この展開、確か……この衝撃で――」
突拍子もないダメージに文句を垂れながらも、痛みと衝撃で刺激された影響か、何かを口走ろうかと喉から言葉が出る瞬間だった。
「がっ!」
頭に走った衝撃は頭蓋骨に響き渡るほどの威力。
転んだ時の衝撃によって生まれた僅かの振動が、大和の真上に生えていた木の実が重力に負けて落ちてきた。もっとも大和へ与えたダメージの大きさから木の実というよりかはリンゴに近い代物ではあるが。
「なんで、こんな物が降ってくるんだよ」
痛みの仕返しとばかりに、攻撃をされた物体を手に持つと、そのまま八つ当たり気味に投げ捨てた。
(でも転んだあとの追撃……やっぱり間違いないな! この物語は俺の記憶に残っている!)
溢れ出る記憶の欠片が正しいことが証明された。思った通りの世界の動きになったことで、確信が持てるようになっている。
「さて、どうするか。ここの記憶は……って、今どこの場所にいるかなんてわかんねぇーし。そもそもの話だが、東西南北を逐一記述しているラノベなんて存在するか!」
怒りをぶちまけるように叫んだ。主人公が歩くたびに『南西方向に向けて歩き出した』などと記載する小説は、大和の知る限りでは存在しない。少なくとも、思い出せる限りでは、この物語には存在しない。したがって自身の進むべき道は何処なのかがわからなくなっていた。
(待てよ……冷静に考えるのであれば、さっきの俺への痛さイベントが関係するんじゃないか? 無意味なイベントを起こすとは思いきれないし、少なくとも俺が書くならそうする)
熱くなる頭を冷ますように塾考する。
自身の考えを用いながら、どのような手が最善になるのか。また作者が、どのような物語にしたいのかを、正解を探るようにして考えていた。
(そうなれば転んだ周辺に、もしかしてヒントが――)
足元を取られた周辺に何か手掛かりがないかと探し始めた。
地面や草木など考えられるところを隈なく捜索すると、
「あ、あれは……」
草木の隙間から見えた景色に違和感を覚え、すぐさま向かっていった。
「な、なんだ? ここ?」
突如として開けた場所が現れた。
木々が生い茂っていた道中に現れた屋敷に、過剰に唾を飲み込む。まるで小屋の為だけに開けていると言っても違和感がないが、周囲に人気はない。
「前にも、こんなリアクションしたな……」
どこか似ているような雰囲気を醸し出している小屋に、覚えのある自身の感情。ただ今は目の前に現れた小屋に意識が向いており、記憶の棚に伸ばす手は無かった。
伸ばしたのはドアノブに。今にも外れてしまいそうなドアノブに手を掛ければ、勝手に扉が開くほどの半壊ぶり。
「開いてんのかよ……中入るぞー」
既に躊躇いという感情が消え、堂々とした態度で小屋の中に入った。
中には空っぽの棚によって壁が形成されているともいえる作りで、壁に沿う形に棚が綺麗に並べられていた。そして中央には小さな丸テーブルと木製の椅子が一つずつ。
不気味なほど大量の棚に囲まれているように配置されているテーブルに、大和の視線は向いた。
「鉛筆と紙? これが何かのヒントに?」
ボールペンほどの太さだが、ギリギリ正常に握れるほどの長さの鉛筆と、数十枚に束ねてある紙。
「どこかで見たような形やデザイン――」
ここ最近の記憶に引っかかった。だがそれが何なのかは引っ張り出せない。
次に束ねてある紙に注視する。
「汚ねぇ字だな、こりゃ」
思考を研ぎ澄まし紙とのにらめっこをすれば読むことが出来そうである。
気を取り直して紙をテーブルに置こうとした瞬間だった。
手から流れ落ちるかのように滑り、持っていた紙がヒラヒラと宙に浮遊する。数秒後には、まるで導かれるかのように地面に落ちた。紙が落ちた前には隠されたかのように棚の後ろから僅かに扉が見えた。
「こんな所に扉があんのかよ」
ゲームでいうところの隠し扉の存在。
だが、この存在にふと記憶が過る。
「つか、この部屋に確か……」
呼び起こされた記憶に思い当たる節があった。
この先の展開、閉ざされた扉の先に姿があるはず。
ゆっくりと慎重に、まるで寝ている人を起こさないように、物音ひとつ立てないように扉を開けた。
だが、そこには誰もいなかった。
誰もいないどころか、空っぽの棚が幾つかと木の椅子が置いてあるだけで、広々と感じる空間が作り出されており、窓が一つ付いている以外には何もなかった。
「確か伝説の精霊とは、ここで出会うはずなのに」
自身の思い出してきた記憶にと、現状の展開にズレが生じていた。
この小屋にて起こるイベントが起こったとは言い難い。
「物語に齟齬が出てきている? もしかしてあいつが改変をしたのか?」
可能性の一つが頭にちらついた。
何度も良い展開を無くしてきた彼女であるならば可能性が高い。幾度も主人公の重要なシーンやかっこいいシーンを無くしてきたのだから、今回だって重要なシーンに何かしらの手を加えていても何ら不思議ではない。
「そもそも伝説の精霊様ってのは――」
この物語のキーマンであろうキャラクター。伝説の精霊という曖昧な情報だけが頼りな現状。どのような外見で、どのような性格で、どうしたら現れるのかもわからない。
「待て、この物語って結局どうなるんだっけ? 終わりから逆算すれば……ショートカットもできるのでは?」
所々、思い出す場面があるが物語の全てが、記憶から蘇ることは無い。断片的であるがいえにもどかしい思いもあった。
「ダメだ……思い出せねぇ。記憶に残る限り中学の時が最後だからなぁ」
最後の記憶は五年以上も前。その間に様々な作品を読破し執筆してきた彼にとって、この物語は一部にしかならない。それを一言一句、思い出すというのは不可能に近い。
この作品について何かしらのヒントが書かれてないかと、一度汚いと決めつけ読んでいなかった紙に目をやる。
あまりの解読難易度に思わず眉がピクリと動いた。
背景はわからないが殴り書いたと思われるほど濃い文字、反対に寝落ち三秒前と捉えることが出来そうなほど細く薄い文字。またサインのように一筆書きなのか、一文字一文字が繋がっている文章。もはや古代文字を解読するようなものであった
「これは……時間が掛かりそうだな」
鉛筆を握りしめ、何も書かれていなかった紙の裏面に読めた箇所書き出していった。大和の字も紙に書かれていたのと同じように綺麗さは褒められたものでもない。
「…………あれ?」
読めない部分は、その前後の文章や文字の相関性から断定し、何とか文章として存在できるようにと善戦し、読んでみるとあることに気が付いた。
(これって……この物語の資料じゃないのか?)
大和の記憶と資料が結合し、一つの答えが導き出された。
解読された資料を読んでいけば、朧げな記憶を補完するように埋め合わさっていく。
(――やっぱりか。俺の考えは正しいか)
資料に目を通しながら、心の中で呟いた。
文章や記述された文字を改めて読むと答えは自ずと出てくる。
「とりあえずは、物語の先へと行くしかないのか……」
資料と鉛筆を手に持ち小屋の外へと出る。物語の進行上、現在この小屋に用が無いことがわかったからだ。
ながらスマホならぬ、ながら資料で目を通していた。
だが、そんな無防備な人間を見逃さない者もいる。
途端に、目の前の草木がガサガサと動き出す。先程まで大きな物音など無かったため、いきなりの事で心臓が飛び出すほどの驚きを体感することになった。
「おいおい、いきなり何なんだよ……こんな展開は覚えがねぇーぞ」
音がした方向への警戒を強くする。予想だにしない物語の進展に焦りが強くなる。
注意を向けながら慌てて資料を確認しようとするも、先に目に入ったのは文字ではなく生き物の方になった。
毛並みは黒色の四足歩行。一歩動くたびに、地面が振動しそうなほどの巨体。鼻から白い息が出てきそうなほどの興奮状態である。
誰がどう見ても、熊でしかない。自分よりも背丈が大きい生き物に唖然とした。




