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雛形破壊の美少女と書物旅行  作者: 藤沢淳史
2/22

第二巻 不思議な少女と不思議な場所


「どちら様かな?」


 入口以外の唯一の扉が開くと、そこには見ることがなかった異色があった。

 小さな足音と共に、透き通る声が耳に入る。

 すらりとした細身の体に、トルコ石のような艶やかな水色の髪。妖精のような風采に思わず視線が止まる。


「僕の顔に何かついているのかい?」


 不思議そうに見つめる瑠璃色の瞳は吸い込まれそうになるほど美しい。扉を閉め、動かない物体の視界が若干大きく映ろうとも、目線は相も変わらず空中でぶつかり合う。

 この世に生まれてからこれほどまでに、絵になり、ラノベの題材にできそうな人物に遭遇した事はなく目を輝かせていた、焼き付けようと必死に。


「……そんなに見つめられても反応に困るし、ましてや身分不詳の方にやられると少し不愉快なんだが」

「あ、あぁ……悪い、ちょっと事情で」


 眉間に皺を寄せ強めた言葉に、はっと我に返り、視線を明後日の方向へ避難させる。

 自作の作品の参考にしていた、とは言えるわけもなく口ごもる。


「そう、それで君はどこの誰かな?」

「いや……まぁ……通りすがりの者ですけど……」

「そうか……なら、このままお引き取りを」


 表情は変わらないが、冷たい瞳が大和にに向けられる。

 手の動きは背にある扉から出るようにと促している。棘が刺さるような声調に思わずたじろいでしまう


「まさか……見ず知らずの人を中に招き入れるお人好しだと思ったのかい? そんな人は本の世界にしかいないよ。普通なら声を上げて助けを求めるところだよ」


 確かに……

 内心で思い馳せる。冷静に頭を働かせたら、この状況がどれほど深刻であるか理解できたからだ。見ず知らずの人が勝手に部屋に上がっている様子は、下手をしたら警察の出動を要請されてもなんら不思議ではない。お引き取りをとは言ってはいるが、このまま警察にでも通報されたら、明らかにお世話になってしまう。


「――ってそうだよ、これ。扉前に置いてあったから……」


 足先を変えようとした時に思い出す、訪れた目的を。現状、不審者になっている汚名を晴らすための一手でもあった。


 会話によって存在感が消えていた本を差し出す。


「ん? おぉそれは、落としていたのか。見つからないと思ったら」

「歩いていたら扉前で落ちているのを見かけたから、落としたのか捨てたのかは知らないが、見て見ぬふりを決め込むのもどうかと思って。」

「捨てるなんてことはしないさ。丁度読み返したいと思っていた所だったからね。もう一度手に入れるか悩んでいた状況でもあったから」

「ということはあんたもこれ、読んでいるのか?」


 かなり読み込んでいるのか?

 会話文から想定し、一度なくしてももう一度買いにいくような意欲があるほど気に入っているのではないかと推理し、踏み込んでみた。

 もし話が合うなら……と淡い期待を込めた。


「その口ぶりは……君も読んでいる事になるね」


 今まで冷徹であった視線から、温かみを感じられるようになった。どうやら互いに読了していることがわかると警戒心が薄れていく。


「この本は結構面白くてね、今までの常識を覆しているというか、定型文に捉えていなくてとても興味深くてね」


 その言葉に腕を組みながら深く頷く。


「確かに一番衝撃を受けた作品だわ」

「ほぉ……ただの不法侵入野郎かと思っていたが、案外話が合う人だったとは少し予想外だ。何せこの本は、あまりに定型を破壊しているがゆえに異端児扱いを受けているから世間的な評判が良くない。良心的な感想を述べる同士が欲しかったところだよ」

「分かり合える者もいるもんだな。この物語の凄さを理解できる人は少ないし、ましてや異性からなんて思ってもいなかったわ」


 気持ちが少し高ぶった。


 ネット上でも少数派である肯定組。ネットでも大絶賛する者もいるが、大方こんなのはラノベじゃないと否定し、挙句の果てには発売した出版社に文句を言う輩も出てきているほどだ。掲示板では論争が起きており、激しい口論が繰り広げられている。


「へぇー……君、面白いね。少し君自身に興味を持ったよ。この本を好ましく思っている人物に会える機会なんて無さそうだしね」

「そりゃ、どうも。面白い事なんて何もないけどな。けど人数がいない点については同感だ」

 

 少しでも聞こえの良い事をネットに上げれば、すぐさま反感を買い執着心持った方々が、まるで光の速さで反論を書き込む輩がいるため表立って公表することができない。そのため同士が顔を合わせることは貴重な機会であった。


「少し話をしたいところだが、念のため自己紹介くらいしてもらっていいかな。このご時世何が起こるかわからないし、一応の礼儀ということで教えてもらっていいかな?」

「まぁ、そういうことなら……大和千里だ」

「なるほど、どうもありがとう」

「いや、あんたの名前は?」

「僕は教えるとは一言も言っていないよ。君の名前を聞いただけだからね」

「いや、こっちが名乗ったんだから、普通は名乗るだろ? それがあんたも言っていた礼儀ってもんだろ」

 

 礼儀の定義は人によって差はあるかもしれないが、少なくとも名を名乗られたなら、名乗り返すのが適当なのではないかと異論を上げた。


「軽々と本名を教えることができる世の中じゃないと思うけどな。検索すれば探し出すことも出来る世の中になっているからね」


 淡々と大和の言葉を流すように理由を話す。その内容に思わず、顔がムッとした。

 自分はただただ言わされていただけなんだと。

 その様子を見かねて、反論するかのように続ける。


「そもそも初対面の人物にいきなりタメ口ってのも、どうかと思うけどね。礼儀のれ文字もないじゃないか」

「って言われてもな……どう考えても女子大学生ぐらいにしか見えねぇしな。同年代だろ、どう見たって」


 あるいは少し大人びた高校生か。

 いずれにせよ真面目に働いている社会人には到底思えないし、そもそもこんな場所に小屋を建てていること自体、普通の人ではできないだろう。


「その言葉は少し心外だね。それに、そもそも僕は男とも女とも告げていないよ。君が勝手に僕を女として見ていただけでは?」

「それはそうだが……」


 反論の余地がないことはわかるが、疑いの眼差しを彼女の服装に向ける。


「上半身も下半身も特に突起している部分は無いからね。男性と捉えるか、女性と捉えるかは君の自由だよ。それとも中性にするかい? いずれにしても構わないけどね」


 その場で供覧させるように旋廻する。揺れるロングスカートと靡く髪が脳を女性だと強制的に判断させてしまう。ラノベ展開であれば男の娘という線も無いわけではないが、彼の常識と偏見が目の前にいる人物を女性に確定させたのは難しい話ではない。


「で、そもそもここは一体何なんだ?」


 性別の話を継続したところで本人が明かさない以上、答えが出てこないので流れを変えた。

 家というにはあまりにも小さすぎるし、そもそも鳥居が敷地に住宅地を建てるという発想は考えられない。管理人となれば話は別になる気もするが、彼の選択肢には印象という観点から存在しなかった。

 ストレートに思った事をぶつける事にした。


「そうだね、その質問の返答は少し難しい所があるよ」

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