第十七巻 学園生活でもっと遊ぼう
授業開始直後でも転校生が来た熱狂から、どこか落ち着かない教室でソワソワした空気が流れていたが、指が鳴り終わると一瞬にして雰囲気が変化した。
男子の大半が瞼の裏側を見ていて、起きているのは主人公の板橋葵を含めても片手で足りてしまう人数。女子も半数は頭が揺れている状況に移り変わっていた。
お昼休みまで、あと数分の時刻まで進められていた。
「え? 今変わったのか?」
授業中とは思えないほど静寂に包まれていた教室では、担当の教師が小言を言いながら黒板に文字を書いていた。
そのため大和の声も自然に擦れているような小さな声を出していた。
「大丈夫だよ、そんな小さな声で話さなくても。書き換えの時に僕らの声は聞こえないように記述をしといた…………その早く言えよ、みたいな視線を僕に送るのは止めてくれないか?」
何も変わることのない彼女の声量と会話の内容から、遊ばれたように感じた大和からの視線攻撃に、眉間に皺を寄せ不快感を提示した。
「なぁ、いつもやってるが、その指パッチン仕様は何でもできるんじゃないのか?」
「前にも言ったが過去に戻ることはできないが、物語を早送りすることは出来る。言うなれば一方通行という表現が近しいと思う。改稿したものを反映させる時に使うルーティンみたいなものだよ」
お決まりの方法が露わになった瞬間に、授業終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
その音が目覚まし時計の変わりになっているのか、皆が一斉に夢の世界から帰還する。シンクロするように頭や目が動き出した。
既に教師は注意することに諦めを覚え、颯爽と教室から出ていった。
死んでいた教室が、チャイム一つで生き返るかのように活気で溢れかえる。
「昼休みか……別に腹が減ってるわけじゃないんだけどな」
「目的を忘れてないかい? 時間通りに昼食を食べることが、君がこの場所にやってきた理由なのかい? 昼休みに起きるエピソードで大事な場面があるから、この時間に飛ばしたというのに。第一声が昼食の事とは……」
ため息を吐き出すように呆れてしまう。
「ひ、昼休みつったら飯食うのが初めに思いつくことじゃんか。出来事があるんだったら、サッサと起こそうぜ」
「起こすという言葉は見当違いだよ。出来事が起きることは決定事項なのだから」
大和の言葉に文句をつけながらも、二人は席を立ち教室を後にする。
活気あふれるのは教室内だけでなく校舎の至る所で確認される。それは廊下も例外ではないということだ。
「しっかし……本当にばれてないんだな。俺らの事を不審な目で見る奴らがいない気がするな」
廊下で生徒たちに何度もすれ違うが誰一人とも大和達を怪しむ者はいない。首を横に振ろうとも構う輩は現れず、完全に生徒として同化していた。
「規模によって大小はあるかもしれないが、君は高校時代の同級生の名前と顔を全て一致させることなんて出来るのかい? そもそもここは架空の世界だから心配するだけ無駄だと思うけどね。モブキャラは腐るほどいるし、僕らは沢山いる中の一部でしかないのだから」
すぐ隣で口を挟み、ここが現実ではないことを諭す。
「ちなみに、今脇を通った人物は生徒会長らしいね。数話先で主人公たちとの関りが出てくるらしいが今の所、障りは無いみたいだね」
「え? 今通った人?」
急遽話題が変わり、思わず声を上げてしまう。
彼女と壁に挟まれている大和には、すれ違う人がいたのかが認識するのは意識していなければ厳しいため、後ろを振り返る。
「ん? その通った人というのは私の事か?」
気の抜けた大和の声に返答が入る。
振り返ると、立ち止まり真っすぐな瞳で大和を見つめている。
「私に何か用か?」
「あ……いえ、何でもないです」
「そうか、何か困った事があれば生徒会が力になるからな」
力強く、頼りになる言葉を残し再び歩き始め、角を曲がり後姿が見えなくなったところで、資料を取り出した。
「宮澤蓮、一言で表すなら天資英明。全てにおいて完璧であり、才が故に二年生で生徒会長に上り詰めた。女性にもファンが多くファンクラブなるものも出来ているらしい。曲がった事が嫌いな真面目さんだ」
すれ違った人物こと宮澤連の簡単なプロフィールを読み上げる。
「いきなり、変なことを言うなよ。おかげで変な目で見られてたぞ」
「それは君の見た目に問題があるんじゃないかな?」
揶揄う言葉に大和の眉がピクリと反応するも、グッと奥歯で噛み締めて無視を選択する。
「なんで、主要人物のキャラとこんな所で出くわすんだよ。絶対に記述されてないだろ、しかも俺達と出会うなんて」
「……改変したことで生まれるイレギュラーには、僕もお手上げだからね。記述されている場所や時間以外にも、この物語の世界は存在していることになっているのだから」
改変後の出来事、記述されている場所以外での人物の動き。機械によって作り出され、記述の通りに進む世界ではあるが、現実と同じく人物には心が灯っているといっても過言ではない。
「要する、全てをコントロールするのは難しいと」
「改変のやり方次第では不可能ではないが、結果的には独裁政権のようになってしまうからね。そうなれば登場人物の自主性が失われるから、意味がなくなってしまう」
当初から訪れている目的、それは大和の小説執筆の参考のため。
全てを意のままに操れることに価値は無い。不規則で予測出来ないイベントを見ることが一番、学を得ることが出来る。
「ただ真面目なキャラは行動が読みやすいとも言えるかもしれないね」
「そんな真面目なキャラが重要ってことは、その会長と転校生のギャルが対立しているってパターンが絶対あるよな」
「ご名答、さすがの慧眼をお持ちだね。実を言うと今日の放課後に対立のイベントが発生するらしい」
パチパチと貴族が叩くような、ゆっくりとした拍手で正解を称えた。
「そのやり取りには興味があるな。なぁその現場に――」
「あんな脂肪の塊を体に二つを生やした者たちの不毛な争いは、目が腐ってしまう可能性があるから、大事を取ることにして先に消しといたから安心してほしい」
表情上は笑っているが、醸し出された赤く纏ったオーラが大和の言葉を遮る。わかりやすいほどに目の敵にしていたと考えると思わず、やれやれとばかりにため息が出てくる。
確かに彼女が嫉妬するほどの魅惑の山があるのは事実。
嫌悪感を醸し出していたので、空気を入れ替えるように話題を変える。
「性格が対の二人が絡むとなると、風紀や校則について揉め事があるのがお決まりのパターンだよな」
「そうだね、髪型や着こなし、メイクなどの身だしなみから態度まで、これから先も一悶着あるみたいだね。ただ他の学園物語でもそうだが、普通に赤や青色といった明るい色に髪を染めている人物がいるのはどうかと思うけどね」
どんな物語でも色彩豊かな髪色が登場するのは珍しくない。
自身の疑問と見解を世に提示するかのように述べた。
「まぁ現実世界の日本人はあんまり似合わねぇし、外国人の方が圧倒的に似合っていると俺は思うけどな」
「髪に色彩を求めてはいけないかもしれないね。アニメや漫画の世界だからこそとマッチしていると思っているよ」
申し上げた彼女を今一度、視線を上へと移す。
「人の事、言えた義理じゃねぇーと思うけどな」
「さぁてね、誰の事を言っているのか皆目検討つかないよ」
腰にまで伸びた髪の色は鮮やかな色であるが、言っている事とやっていることは合致していないのは明白である。痛い所をつく口撃だが何食わぬ顔で話題を逸らし避けることに成功する。さらに手で髪を靡かせ、得意気な表情と視線を見せると再び歩き始める。
「つか、俺らはどこに向かってるんだ? 重要なイベントがあるって言ってたよな」
段々と人気がいない場所に向かっていることに気づいた大和は、懐疑を口にする。
「あぁ、学校の屋上で発生するイベントだ。ボッチな主人公はいつも昼食をとる際に、他の生徒の目に映らないようにするために利用しているが、転校生の金田美紀がサボり場所として屋上にいるところから物語は動き出す」
階段を上る際に放たれた行先に感嘆の声を上げた。
「屋上なんて、今時入れる場所なんかあるのか? 俺の時でさえ小学校で数回くらいだぞ」
「確かに学校が主要場所の物語は、屋上でのシーンは良く使われている傾向だね。けれど実際問題、屋上に入ることが出来る学校は少ないと思うね」
小さな共感の頷きを二度ほどしたところで、階段の終わりと屋上へと繋がる扉が現れる。
「それで、俺らも屋上に来たと。確かに屋上に入る経験は貴重かもしれんな」
物音を立てないように慎重に扉を開けると、眩い光が二人を襲う。
晴天の光を間近で感じることが出来そうな高さによって、肌から滑らかに伝わってくる風。
そして高いが故に騒音を感じることがないほど、静かで落ち着きのある空間になっている。
扉から一歩踏み出しただけでも、多く外の世界を理解することができた。
「で、ここからどうすんだ? さっきの話からだと主人公とギャルしか、この場にいないんだろ?」
「ここで普通に物語を描いたとしても面白くないから、少し改変するとしよう。実際のシーンを見ることは出来ないが仕方ない」
何か案があるのか大和を校舎内に入れさせると、資料に何かを書き始めた。
しばらくしてから、扉からガチャンと重苦しい音が鳴り響く。
「なんか……鍵が掛かったような音がしたが?」
ドアノブを回し、開けてみようとするもピクリとも動かない。先程まではスムーズに開閉することが可能であったが、それが嘘のように感じるほど固く重くなっていた。
「ネット上でよく見かける使用にしたよ。ある特定の行為をしなければ鍵が開かないシステムにさせてもらったよ。」
「それって……あれだよな? 子供を作るための行為をしなければ開かない部屋とか、唇を合わせないと開かない部屋ってやつだよな」
聞き覚えのある説明に、大和の鮮やかな記憶が掘り起こされる。
イラストともに投稿される物を幾つか見てきたことがあるからだ。
「あぁその通りだ。俗に言うと、〇〇しないと出られない屋上にアレンジしてみたよ」
「それらって、ある程度の関係性が出来ているキャラ同士が陥らないか?ほとんど初対面の奴らが出来るはずがないだろ? しかも高校生同士だぜ」
「おっと、早とちりはよしてほしいな。どんな条件をクリアしたら開くのかは、まだ一言も口にしていないからね」
確かにクリア条件が何なのかは口にはしていない。物語の中とはいえ常識は少なくとも守ってほしいと大和は内心で強く思った。
「では、僕達は教室に戻るとしよう。彼らがどのような事柄があって戻ってきたのか表情を見て楽しもうじゃないか」
湧き上がる楽しみを抑えきることが出来ず、満面の笑みを浮かべながら階段を降り始めた。
「つか、あんたは書き換えた本人だから、何をしたのかわかるだろ」
「そうだね。どんな行為も、その後の二人の行動も、書き換えた資料の中には既に結論が出ているからね。君に事の顛末を教えてしまったら学べなくなるからね。表情や仕草から、人物の内心を考えるのも勉強になると思うよ」
「そんな高度な事、出来るか!」
大きな声でのツッコミは、階段を通り越して廊下にも響き渡った。
そんな大和の反応を堪能するように、彼女の表情からは満足そうに思える。
「ちなみに、まだ授業開始まで少し時間があるがどうするかい? 教室に戻り時を進めることも出来るし、君が望むのであれば校内を見て回ることも出来るが?」
「……なら探索に行きたいわ。高校に潜入にするチャンスなんて無いし、校舎内を見れるのは貴重な体験になりそうだしな」
様々な教室に出入りする大学とは違い、決められた教室内で過ごす高校。学校の規模によって例外も出てくるが、少なくとも大和の中では大きな違いの一つとして認識していた。
そんな高校も卒業し、何事も起こることがなければ高校の校舎内を見て回ることなど貴重な時間である。
「全てを見て回るほどの時間はないから、物語の重要となる場所へと赴こうと思う」
「あんたの力で時を止めたら、全部回れる気もするがそんな気は――」
「あると思うかい?」
「ですよねー」
面倒くさがり屋の彼女が、わざわざ手間のかかる方法をするとは思ってもいなかったが、念のため尋ねるも無意味な行為に終わった。
近場で物語の中で使われる、重要度が高い場所へと案内される。
まずは、先程会長にも出会った生徒会室。
「学園物語では必ずと言ってもいいほど出現する生徒会と、その教室。和気あいあいとした会話や仲の良いシーンなど多くの出来事が生まれる場所だ」
扉の上部には生徒会室の文字が刻まれている以外は、他の教室との区別できる代物はない。
窓から中の様子を伺うことが出来るが、中に人はいない様子であった。
「よく話の中で生徒会が何かを実行させる力を持っているのも審議に値すると思わないかい?勝手に部活を創設させたり、教師に相談なしに物事を決めたりすることが本当に出来ると思うかい?」
「それは激しく同意するわ。実際にどんな活動しているかなんて、高校時代の時には考えてもなかったからな」
大和の脳内にはそのような記憶が皆無であり、類を見ないほど気持ちが賛同した。
生徒会の人物との関わりがある人や興味を持っている人でなければ、その活動内容がどのようなものなのかを理解できないであろう。そもそも興味を持つ人間がいるかどうか、少なくとも彼は興味を持たない生徒の一人であったことは言うまでもない。
「本当に生徒会に力があったら面白そうとか、そんな風な学校だったら楽しそうだとか、自身の願望の一つかもしれない。組織や団体みたいな構図があれば物語は作りやすいからね」
「そういや廊下の真ん中をまるで病院の回診みたいに歩く姿とかアニメや漫画でよく見るけど、実際にそんな風格やら威圧感を出しているところなんか実際に見たことねぇーよな。でもあったら確かに面白そうだな」
生徒会の権力が教師よりも高いことは、あるあるの一つとして上げられるも、現実に起こりえることは決してないことである。
「超が付くほどの偏差値が高い会長だったり、会長の座を世界征服のリーダーか何かと勘違いをして狙う者、癖しか取り上げるものがないほどキャラが立っている人物だったり、普通の人物が存在しない印象を受けるね」
「そのくらい強い個性があった方が書きやすいからな」
若干の偏見もあるが、個性豊かな特徴を兼ね備えた人物が所属しているという印象を彼女はお持ちであった。
ただ執筆側の大和には、同情するような素振りで個性豊かなキャラ達には同情していた。
「取りあえずの所は生徒会のメンバー全員を女子生徒に変えることにしたよ。血みどろの女達の戦いが繰り広げられる……ドロドロした昼ドラマみたいで面白そうだと思わないかい?」
「どんな劇場を起こさせようとしてるんだよ。別の物語だろ、完全に」
学園ラブコメ系と話を聞いていたが、余りにも接点がなさそうな要素を追加されたことで、別ジャンルに成り代わるのではと、気がかりになった。
「生徒会をいじったついでに生徒の事にも触れておきたいと思うが、君の高校時代には特徴的な人物はいたかい?」
「特徴的? そんなこと聞かれても、この物語に出てくるほどの人物はいねぇーよ。普通の公立の高校だしな」
特段思いつくような人がいないことを伝えると、心の底からの溜息が返答で帰ってくる。期待外れとでも言うように。
「やはり対人の関係が構築していないと、作品作りにも影響が出るということがよくわかったよ」
反撃を上げたいところだが、事実でもあることが大和の怒りを一層引き立てることになる。
実際の所、友達がいなかったわけではないが沢山いたというと事実とは異なる。また卒業後の今に連絡を取り合ったことはない、そんなレベルであるからだ。
「ラノベには特段、優れた能力を持つ人物が登場する。何も取り柄が無さそうに見えても、秘めたる力や過去の事柄も絡んでくる。逆にマイナスの力を持つ者も然りだ」
力説を始める。かけてない眼鏡を指でクイッとあげるような、自身の考えを口に出す。
「それに身分を付け加えるなら学園長の娘がいたり、スポーツの代表選手がいたり、アイドルまでいる始末だ。それなのに普通の公立高校って、どう考えても起こるはずが無い事案じゃないか。仮に今あげた例に当てはまる人物が一人しか在籍していなくても、メディアが大人しくしているはずがないと僕は思うけどね」
「その辺の設定に無理があるのは理解できる。私立高校なら確かにあってもいいとは思うけど、普通の公立高校になんか、特にスポーツ関連の人は来ないよな」
無名に近い学校に、全国的にも名の知れる人物が在籍している漫画は幾つか読んだことがあるため、彼女の言い分もよくわかる。
「私立の学校がスカウトするならまだしも、金も設備も劣る公立校に来るのはおかしな話だと思うぜ」
「熱血的なスポーツの物語なら周りに代表候補や年代別の代表選手がいてのおかしくはない。また専門学校なら抜きんでた特技を持ち合わせている可能性も否定できない。だが物語はどこにでもある極めて普通の学校のことが多い。その辺に関しても合理ではないと思うんだ」
キャラ付けのために特徴的な記憶や過去に何かを受賞した経験。将来を渇望された人材が、普通の学校に通っていることが、彼女にとっては許せない設定の一つであった。特に主人公の周りに集めることも彼女のヘイトを集める要素でもある。
「なので今回は、それを利用させてもらうとしよう。物語に登場するモブキャラ達全員を将来の代表候補にしてみよう。四六時中校内には取材陣やスカウトの方々が訪れるような学校なんか面白そうじゃないか?」
余りにも常軌を逸してるような提案に、呆れを通り越して言葉も出てこないほど唖然としていた。
書き換えを終えるとすぐさま変化が訪れたことを体感する。先程までは生徒や教師しかいなかった廊下に、取材をしに来たであろうメディアの方々が何人も行き来していた。
昼休みで騒がしかった廊下は、取材陣が加わり人数が増えたことで騒音が増していた。
「もう、滅茶苦茶じゃねぇーか。ただのスポコン物語に成り代わってるじゃん」
学園ラブコメの世界観にスポーツジャンルが混ざり合った世界。主人公達も部活動に励むのであれば問題は無いが、主要キャラにスポーツは関係なく周りの方々が汗を流しているという異様な設定が生まれていた。
「どうだね、この狂った世界観は」
「おかしいを通り越して意味がわからんぞ。スポーツが有名な学校にギャルの転校生がやってきて、主人公達とのラブコメが始まる物語なんて設定がカオス過ぎるぞ!」
創造された世界に対し、楽しみの笑みを含めた者と驚嘆する者。
両者の反応の違いは教室に戻ってからも継続されることになる。
先のやり取りで昼休みの時間が残り僅かとなり、二人は主人公達のクラスへと戻った。すると、ここにも改変の影響が多く見られた。
「……まるで別のクラスじゃん」
生徒達を見た時に大和が発した。
まず生徒達の体格が一目見ただけで変化しているのがわかるほどだ。
膨れ上がった筋肉はアスリートそのもの、幾度も激戦を乗り越えてきた顔つきは歴戦の戦士と同類、そして目には見えないものの肌が感じるとるオーラは強者のみが放てる代物。
重箱のようなお弁当箱で大量にエネルギーを補給する人や、机の下でハンドグリップを握り握力を鍛える人。そもそも部内の集まり教室内にいない人。授業開始まで一分を切った教室内で起こっていた。
「……なぁ俺ら完全に異分子になってねぇか?」
「別に気にすることは無い。それに僕らと同じような貧弱の子が戻ってきたじゃないか?」
席に座るなり、彼女は後方の扉を指さした。
誰にも存在を悟らせないよう俯きながら主人公の葵が入ってくる。
顔を真っ赤にし、何かを思いつめるように歩く彼を視界に入れた途端に、大和の頭の中では様々な事案が駆け巡る。
「あんた……平気なんだよな、彼は」
「その発言の意図がわからないが、現に彼は歩いているじゃないか。どうやら少しウブだったみたいだね」
「そして肝心のギャルは――どうやら戻らねぇみたいだな」
大和の発声したタイミングに合わせるように、授業開始の鐘が鳴り響く。
ギャルこと金田美紀の様子を見て、何があったのか探ろうと考えていたが当の本人が教室に戻ることは無かった。
「っていうか、この後はどうすんだよ。原型が無くなった作品から何を学ぶんだよ。俺は学園やら世
界観を学びに来たんだぞ。スポーツのジャンルを書く可能性なんて皆無だぞ」
「なら寧ろ好都合じゃないか。これを機に新たな知力を得て創作の幅を広げるといい。どうせ君の事だから、これまでの人生において運動とはほとんど皆無な人生を送ってきたのだろう。それなら今回の体験を活かすことは大事になってくるとは思わないかい?」
辛辣な言葉が大和の怒りを湧きたてるが、反論の余地がないため拳をギュッと握ることで発散させる。
「好都合も何もねぇーよ。つうか元に戻せ。俺の学びにプラスになんねぇーよ」
「それは、これから決める事ではないのかい? まだ何も始まってもいないじゃないか」
「何も始まらないし、何も得られない。頼むから元に戻してくれ」
「全くしょうがないな。書き換えによって面白そうな展開が資料に書き込まれたというのに」
(完全に目的が楽しむ事になってるじゃねぇーか)
重い腰を上げるように、露骨に苦い表情を浮かべながら既に書き換えられた資料にもう一度手を加えた。
すると瞬時に異質であった教室が元の状態に戻った。
体の大きさも、顔つきも、オーラも全てが改変前に元通り。
「この状態のどこがおもしろいというのかね。君の嗜好もよくわからないよ」
戻されたことに不満を吐きつつも、聞こえないふりをした。
「やっぱり、普通の学校の方が断然、現実味があっていいわ」
異室から解放されたことで、心なしか緊張感も薄れたような気がしていた。
「まぁ君がそういうのなら仕方がないのだろう。しかし面白いものが見れると思ったのだが」
「もう、いいだろその話は。それで、この後の授業はまたとばすんだろ?」
しつこく引きずる彼女の話を振り切る。不服申し立てをしそうな表情で抗議を表していたが、お構いなし。
「……そうだね、君の言う通りにするとしよう。君の先見の明は正しい、この後は普通に授業があって放課後に、先程話した生徒会長とギャルの対立が見られる。その出来事が少し前まで進めたいと思う」
時間を進めるため指を鳴らそうとした時だった。
「……つかさ」
後数ミリでも動いていれば、音が鳴るというタイミングで大和が気が付いた。
「ん? どうかしたのかな?」
止めに入った声に不思議そうに首を傾げる。
一方の止めた張本人は、辺りを確認するかのように見回してから口を開いた。
「もう授業始まってんのに、なんで話をしている俺達の事は完全に無視されてんだよ」
いつの間にか、教室には教師が入ってきており黒板に文字を書いていた。
元に戻った生徒たちは、二人の事が見えていないかのように気にする素振りも見せない。隣席の生徒達にすら見向きもされていない
まるで存在そのものが消えているような対応に大和は疑問を抱いた。
「それは僕がそういう風に書き換えたからだよ。教師は耳と目が悪く、僕達の話し声は耳に届くことは無く、視界に捉えることもない。勿論生徒達にも同様な仕様を施している」
あっさりと回答を返す。
「そんな仕様にしてんなら早く言えよ、もしかして最初からそんな風になっていたのか?」
「さぁ、いつからだろうね。そんな細かいことはいいじゃないか、それよりも重要な出来事があるのだから、時を進めるとしよう」
高鳴る音はすぐに周りの状況を一変させた。
授業開始直後の教室は授業終了直後へと移り変わる。
「ここから学園ラブコメ……というよりハーレム物語の本領発揮というわけになるね」
資料を見つめながら、淡々とした口調で伝え始める。
ハーレムということで、当然のことながら主人公は複数の人物から好意を受けることになる。
主人公の板橋葵に好意を抱くのはギャルに生徒会長、幼馴染に加え別クラスでアイドルの女子生徒、さらには一学年下の後輩だ。あぁそれと、消した妹を合わせるなら計六人の争奪戦だ。
「ってことは現時点では妹がいないから五人ってとこか。ハーレム物語の人数としては妥当か、或いは少し少ないかな? 途中から増える可能性はあると思うが」
大和のこれまで読んできたラノベ、見てきたアニメや漫画の経験から推測された。
好んでハーレム物を読んできたわけではないが、目にする機会が少ないわけでもなかったからだ。
「これだけの人から一斉に好意を受けているのは異常だと思わないかい?」
「現実でもモデルさんや芸能人は若くからモテるってのは、聞いたことあるから別に不思議な事ではないんじゃないかな、とは俺は思うけど」
彼女の素朴に自論を展開した。
特段、多くの方から好意を受けることは大和自身は経験がないが、テレビで武勇伝や自慢を語る際に『学生時代はファンクラブが出来ていた』などと言う人物もいるので起こりえないわけではない。
「それに唐変木の主人公もどうかと思うけどね。あれだけ好意を寄せてくれるのに見知らぬ振りが出来るなんて酷烈すぎるほど残酷なことをしていると思うけどね。挙句の果てに、『恋愛については良くわからない』なんてほざきだすんだ。最低最悪で卑劣で低劣な下等生物だと思わないかい?」
「……全てのハーレム主人公に謝っといた方が身のためだと思うが」
粗暴な言葉の連発に思わず謝罪を進める。それほど攻撃的で見下しているような物言いであった。
「いやいや、謝るのはハーレム野郎の方じゃないか。沢山の女子に手を出しているんだ。その中から一人だけを選ぶなんて無責任じゃないか。物語によっては思い出したかのように一夫多妻制を行使してくるんだ。登場させたヒロイン達を悲しませたくはない気持ちはわかるが、その生半可な根性はどうやったら生まれるのだろうね。どれほど欲求不満なのか想像がつかないよ」
「その熱の入りよう……そこまで嫌いなのか?」
彼女の真剣さに、思わず確かめるよう訊ねる。ただ大和の言葉に耳を貸さず、そのまま続けていた。
「それに重要な部分だけ耳が悪くなって、『えっ何だって?』とか口にする輩は読んでいて腹が煮えくり返るよ。その耳と口に爆竹を仕込んでやりたいくらいだ」
「……まぁ、聞こえたら物語は終わるからしょうがないだろ」
右手首を動かす仕草はスナップが効いていた。目の中に憤怒の塊が映っている気がしたが、見てはいけない物だと思いそのまま会話のキャッチボールを終わらせる。
「赤面しながらもじもじさせて、小声で大事な事を言うヒロインの方にも問題はると思うけど……ただそこは可愛らしさをアピールする場でもあるから難しい所になるね」
「そこは割り切るしかないんじゃねぇーのか? 全てを現実的に捉えたらラノベにする意味がないし、そういうも含めて読者側が求めていると思うぞ」
「その意見は一理あるが、結果的に告白するのが遅くなって他の方に負けるパターンを何度見たことか。特に長年片思いだったキャラが多く傾向に陥ると見ている」
どのような調査を行って、そのような結論に至ったのかは大和にとって知る由もないが自信満々に論結を下していたので、それが正しい認識だと乱雑に頭の引き出しに入れ込んだ。
どこの誰かわからないラノベの主人公に文句を垂れつつ、足を運んだのは生徒会室前の廊下。
屋上へと繋ぐ階段は一つしかなく、生徒会室の窓から人の行き来が確認出来るほどの近さ。屋上へと最短で向かうのであれば必然的に通らなければならない箇所である。
二階に生徒会室はあるため、別の階段を使い遠回りをすれば通らずに通過することが出来る。
ただ面倒くさがり屋の金田美紀は、そんな煩わしいことはせずに屋上から帰宅しようとした所、待ち構えていた生徒会長に捕まった。
現場に到着した際には、既に数人ではあるが立ち見のギャラリーが存在していた。
「風紀を正す者と乱す者の激しい口論だ。頭が固く、クソが付くほどの真面目な生徒会長と風紀や校則なんて破るためにあるものだと思っているギャルの対立だ」
世紀の対決を見守る実況席の立場のように解説が入る。
「破廉恥でサボり魔な転校生が風紀を乱しているとの事で指導が入るが、それに真っ向から反論し口喧嘩に発展するという流れだ」
良くわかる現状報告を受け、視線を口論真っ只中の二人に向ける。
「初日から授業を欠席し制服は正そうとしない。既に悪い噂が貴様に立っているぞ」
「ねぇ、あんた……そのしゃべり方疲れない? そんな堅苦しい生き方して楽しいの?」
「貴様に私の人生に口出しする権利は無いし、話を逸らすな」
「それに、制服のボタンは律儀に全部閉めてるってダサくない? あたしがいい着こなしの仕方を教えてあげるよ」
二人の会話の着目点が違うため、話は中々前には進まない。
見かねた大和が、
「これ……終わるのか? 終着点が見えないのだが」
ボソボソと独り言のように呟いた。
「それについては問題ない」
快活な表情を浮かべながら、資料を読み進める。
「別件で少し学校に残っていた主人公が、彼女達の言い争いにおいて引き合いに出されるということになる。それを上手いこと使ったギャルが逃げ出すことに成功することになっている」
「ギャルとの関わりがある主人公が巻き添えを喰うことになるのか……よく書かれるシチュエーションだが、考えてみると気の毒だな」
「ちなみに、そこの廊下から歩いてくる主人公の板橋葵が見えるだろう? ……さて、君はどうしたい?」
「え……何、その問いかけ」
主人公に対して哀れに思っていた大和に囁かれた悪魔の言葉。
ただでさえ厄介ごとに巻き込まれる事が確定している世界線で、面倒なことを追加させようとしているのは流石という言葉しか思いつかない。
「ただただ改変しただけなら機械は元の方へと戻ろうと改変する。それでは面白くないだろうし斬新なアイデアは生まれてこない。ならば修正が不可能になるくらいに改変すれば、誰も閃いたことがない未知なる領域に踏み入れるかもしれないじゃないか」
希望と願望が入り混じった言い方を聞いて顔をしかめていた。
「運命に翻弄されるってこういうことをいうのかねぇ」
「少なくとも彼らから見た僕達は神様みたいな扱いだと思うけどね。どんな出来事にも干渉することができる。最もその事実を知らないだけで。もしかすると僕らも誰かの物語という名のレールを歩かされているだけかもしれないけどね。それも彼らと同じく、僕らは知る由もないということは変わりないね」
「そんなこと言われると、世界を信じられなくなるわ」
自分の人生は誰かによって作られている。そんなことを考えてしまったのならば、キリがない論争へと発展するだろう。誰も証明することが出来ない話になってしまうからだ。
「僕らも知らぬ間に改変されていると考えたら、それこそ面白い作品が出来るんじゃないか?」
「そこまで行くと何が何だかわからんし、考えるだけでも恐ろしいわ」
「埒が明かない話をしていたら、どうやら運命に導かれたようだね。板橋葵が口論に引っ張り出されたようだ」
帰宅するために階段を使おうとするも、前に論争している二人がいたため別ルートへ向かうために足を運ばせようとした瞬間に捕まってしまい駆り出されてしまった。それもギャルの金田美紀の援軍として。
「ほらね、こいつがあたしのことを証明してくれるから」
「い、いや……あの……そ、その……」
この場から逃げ出さないように金田美紀が腕を絡ませ、板橋葵の背中に乗っかるようにして口論を続けていた。
状況が呑み込めないまま参戦することになってしまった板橋葵の脳内は、背中に柔らかい感触が当たり葛藤している状況で、何も考えられない状況に陥っていた。
「あたしたち、あんな事をした仲じゃん」
「――っ!」
金田の発言によって、一気に耳まで真っ赤になった葵。
そのまま追撃のように、葵の肩に首を置きながら彼の上半身を人差し指でゆっくりとなぞり始める。色っぽい吐息が葵の首筋に当たり、体がビクリと反応していた。
見えない鎖で繋がれているかのように、葵の体は動かすことが出来なくなっていた。
一連の流れの中で顔を赤くしたのは葵だけではなかった。
「なっ……ふ、不純だ! 破廉恥な事は認めん!」
「そんなことを言っても、かーお。とっても赤くなってるじゃん。もしかして変なことでも考えちゃったのかな?」
生徒会長こと宮澤蓮の脳内では、良い子が見ることが出来ない想像が作り出されており、口をパクパクとさせていた。
「にゃははー、じゃ、あたしは帰るねー」
それを好機と捉え観衆の間をスルリと抜け出し、その場から去ってしまった。
周りの野次馬もすぐに消え失せ、残されたのは主人公と生徒会長、それと異物の二人。
「なぁ……」
「どうかしたのかな?」
「対立の場面……見逃してないか?」
「君が、どの場面を捉えているのかはわからないが、少なくとも激しい口論の場面が当てはまるのだとしたら見逃していると言ってもいい」
思い当たる節があり、大和は深いため息を出した。
「して、次のイベントは何があるんだ」
見られなかった事に対して喪失感が体を襲い、肩が重くなった大和は気怠そうに問いただした。
「この場面が終了するところで話数が切り替わるところになる。次なるイベントは、また教室でのやりとりになるね」
「そうなのか」
「物語はまだ序盤だから、見せ場らしい見せ場はあまりなかったのもしょうがない。大きく物語が動き出すのは五話目からになるので少し退屈になる。ここで切り上げても問題は無いがどうするかね?」
「あぁ、そうだな。なんか疲れたから戻ろうか」
彼女の提案に一度考えるも、戻る選択肢を取った。ここまでの間で疲労が蓄積されていたからである、肉体的よりも身体的の疲れになるが。
「――そうだね、これで終焉としよう」
「あぁ? ……まぁそうだな」
前回と同じく指を鳴らすと、直ぐに景色が廊下から小屋へと移り変わった。見覚えのある世界へと帰還したのだ。
「やっぱり、どういう仕組みになっているのやら」
その場で大和も真似して指を鳴らしてみるも変化は生まれない。そもそもカスカスの音なので、正確には音が鳴っていないのだが、本人はそのことに気づいておらず鳴らしていると思っている。
「ここで、やっても無意味だよ。物語の世界からではないと意味がない。もっとも君は技術のレベルが足りてないと思うけどね。さてと、お土産の完成だ」
そう言った彼女の手元には、これまた前回と同じく紙の束の存在があった。それも前回と分厚さを比較すると倍くらいの量になっていた。
「なんで、こんなに多いんだよ。そんな数になるほど改変した覚えはねぇーぞ」
「直接関わったのは少ないかもしれないが、その先の物語に影響している部分もあるからね。それに僕達の登場している場面も追加されているからね。まぁモブキャラ扱いだから名前や容姿などの細かい所は記述されていないと思うけどね」
あまり意味のない登場の仕方に、彼女の言葉の途中で上りかけていた期待度が一気に下がった。
渡された紙の重さは、膝が少し曲がってしまうほど。
「ただの重りを渡されただけにしか……思えないんだが」
「一度、読んでみるといい。新たな発見と出会いが待っているかもしれないよ」
「変な売り文句だな。怪しい店のキャッチコピーみたいだ」
率直な感想をぶつけ、重たい荷物を抱えながら大和は小屋を出た。
「また煮詰まった時には来るがいい。もっとも歓迎するかどうかは別話にはなるけどね」
そんな彼女の言葉よりも、腕への負担が大きくツッコムことは出来なかった。




