第十四巻 学生生活をやり直したいと思ったら大人の印
次の瞬間に瞼を開ければ、別の明るさが瞳に映った。
「……失敗して外に出てきたのか?」
小屋の薄暗さから一転し、あらゆる物を貫通するような強い光。
作られた太陽は強い光を放つ電球のよう。小さな温かみを帯びた風が肌を透き通す。物語の中といえども自然の体現は存在であった。
「いや、この場所は既に物語の中の世界だ。一度、時を止めるとしよう」
大和が周囲を見渡し始めたタイミングで、気持ちがいいほどの高い音が鳴り響く。
現在地をある程度、確認できたところで口を開いた。
「あんまり、学べるものも多くなさそうだから戻っていいか? 街中なら、別にここじゃなくても良くないか?」
見渡す限り何の変哲もない住宅街。
空気も周りの騒音も、歩く人も、朝方にはよく見る光景で新鮮味は感じられない。
はっきりと言ってしまえば、どこでも見れる景観に残念そうに睨んだ。
「言い忘れていたが戻れる権利を持っているのは僕か、物語の原作者だけだ。つまり今の君に権限は与えられていないね」
「なんでここにいない原作者が権利を持っているんだよ。どう考えても付ける対象者が違うだろ」
大和が自由に出入りできる権限が無いことが判明し、脱力した腕をぶら下げながら周囲を今一度目に入れる。
「今回物語は学園物になっている。君は学べる事が無さそうと言ったが、それくらい現実とのギャップを感じていない証拠なのではないか?」
「確かに……リアルと遜色がないぞ」
前回時に景観は原作の力量によって変化することを耳にしていた。前作時も特に違和感を覚えることなく過ごしていたが、今度は今いる場所が現実世界と錯覚してしまいそうなほど本物と差異が無い。
道路に電柱、落ちているゴミや電線も抜かりない。塀を凝視すれば細かな線まで再現されている。
「ちなみに僕達の目の前に立っている、赤い屋根が主人公の住んでいる家になっている。見ての通り一戸建てであり至って平凡な物だ」
「インターフォンやら門やら表札やら手が込んでるなぁ。これ押しても反応あんのか?」
あまりのリアル差に再び感心し、心を痒がらせる。
「公開されている話数の中で、物語中に使用されている物は実用可能だ。時間軸は止めてあるから、中に入って内装を確認することも出来るが……するかい?」
資料に目を通しながら門を開き、迷うことなく玄関を少し開けた。
「……なんか空き巣に入る不法侵入者みたいで嫌だな」
物語の世界とは言え、泥棒が忍び込むように僅かに隙間を覗いている仕草に良い印象を持てず率直な感想が漏れた。
「一応の家族構成は両親二人と妹の四人暮らし。両親は仕事でほとんど家には帰らない。二つ年が離れた妹がいる設定になっているようだ」
「家の中は平気かな、素材は一応あるからな」
「なら主人公が通う学校に行くとしよう。幸いな事に彼の家から歩いて行ける距離の高校に通っているそうだ」
「また歩くのか……ワープ機能とか書き足して、作れないのか?」
肺の底からため息をついた。
前回時の森での歩きが頭の片隅に過り、思わず体が重くなる。
「ワープ機能を使えるような世界観にしてしまったら、物語そのものが崩壊してしまうよ。ジャンルは学園のラブコメディなのだから、異能物ではないからね。僕らは出来ないことはないが爆発の可能性がある。それでも良いならするが、どうする?」
「すっげぇ、物騒なワードが聞こえたんだが……爆発ってなんだよ」
突拍子もない言葉に、感想が思い浮かばない。
日常生活では絶対に使用しないワードに思わず耳を疑った。
「原理はわからないが、ボーンって爆弾を受けるようなイメージだよ。幸い学校までは歩いても平気な距離だから、安心して歩いてくれたまえ」
歩く方向を教えるかのように指先を指し示す。
「あんたの話は、どうにも信用できないんだよ。俺を弄んでいるしか思えん」
「僕に対する評価が低いことが良くわかったよ。だが距離的に近いのは事実であり、嘘はついていないから安心してほしい」
不審の眉を寄せる大和の事は気にせずに、止まっていた時を進める為の指を鳴らした。
午前八時から始まる物語の旅路。
既に通勤ラッシュ時間は過ぎ去り住宅街は静まり返っていた。
「さすがに、この辺りの掃除機の音やごみ捨ての人とかの細かさはないか」
「そんなことをいちいち記述している作品は無いと思うけどね。主人公がいないなら尚更だ。あくまで僕らは異物なわけなのだから」
この場に動いているのは二人だけ。
主人公が登校中のため、二人がいる場所の記述はなされていない。そのため、形成されている建物は存在するだけで、何か行動を起こしたり音を出したりすることは無い。
「つか、今回の物語について、あまり教えて貰っていないよな。タイトルすらわからないんだが」
「今回の物語は『青いノートの忘れ物』というタイトルになっている。先程言ったが学園ラブコメになっている。何の変哲もない主人公、板橋葵が通う学校に突如として現れた転校生によって、彼の日常が変わってゆく、という物語だ」
資料を読み解きながら大和に伝える。
「転校生パターンか……まぁありがちな設定は否めないが、タイトルから内容が想像できない分、前回よりかは楽しめそうかな?」
異世界転生物であった前回の物語のタイトルは『異世界最強能力者 ~最弱と思われ裏切られたが、隠しステータスによって最強になったので魔王を倒す』というもの。本のタイトルだけで、ある程度の内容の把握が出来ていた。
それに比べれば今回は、タイトルから内容を想像するのは簡単ではない。
「ちなみにヒロインについてはどうなんだ? 一番重要な所だと思うんだが」
「ハーレム系はキャラが命とも言っても過言ではないからね。転校生に幼馴染、血のつながりがない妹やアイドルに生徒会長などなど。ギャルにツンデレ、一途な甘えん坊にクーデレ等々の考えられるキャラや属性を敷き詰めたオールスターの出来上がり、ってところかな」
「言い方が料理でも作ってるような言い回しだな、資料じゃなくてレシピでも見てんのか?」
独特な言い回しに思わず眉を顰め資料を覗き込む。
開かれているページには、主要人物についての説明書きがなされている。
その中で、彼女はある人物に目を付けた。
「……妹が必ず存在する設定も壊したいと思わないかい? ブラコンかツンデレの二択だけで構成されていて、いずれも家事が上手な役回り。さらに血は繋がっていないという訳あり物件だ」
板橋葵の妹である、板橋楓という人物に視線が注がれた。
「物件って家じゃないんだから……俺らは不動産会社か何か?」
「属性付きは多々あるのは理解できるが妹に求めるのは、と僕は進言するけどね」
「よくある血のつながらない家族の設定で何とかするんじゃないのか? その辺の設定は俺も悩ましい問題だったからな。後付けで過去に一悶着あったりするのも鉄板だしな」
妹の存在を頻繁に使用していたことを直ぐに思い出す。自身の物語にも事あるごとに登場させていた為、役割の重要性は理解しているつもりである。
投稿サイトには、むしろ妹キャラがいない作品を探す方が難しい、と大和が感じるほどだ。
彼女の破壊活動の対象は直ぐに別の所に移動した。
「幼馴染の存在も消しておこう。家が隣で高校も一緒なんて、あまりにも作者の願望が入りこんでいると思わないか?」
続けてとばかりに類似している議題を上げてくる。妹の次は幼馴染、これもよく使われている設定である。しかし相違点があったのは大和の反応であった。これまでと一変して幼馴染の単語が出た瞬間に表情が引き締まった。
「いや、幼馴染キャラは確実に残しておいた方がいい。確かにハーレム物の幼馴染キャラは最後に勝つ作品は少ないが、長年の付き合いによる絶妙な距離感からなさえる会話のやり取りは、どんな男も虜にするようであって――」
早口で聞き取りづらいが、やけどしそうなほどの熱が入っていた。
否定的な意見を申す彼女に真っ向からの対立の姿勢を見せた。全面戦争を展開することになっても己の価値観を貫き通すつもりでいた。
「……確かに需要は多いみたいことがわかったよ。著名の方の作品でも、よく見受けられた事は僕も読んでいて思っていたよ」
何かと厭世的な思考の持ち主の彼女が、素直に意見に賛同した。
熱の籠った言葉を送り出した大和も、一瞬驚きを隠せずに二度ほどゆっくりと瞬きをした。まるで現実であるかを確かめるように。
「素直に認めるんだな、確実に反論すると思ったが」
「そこまで意固地ではないからね。先程の妹キャラもそうだが、不快感があるのは間違いないが、人気であることは間違いない。それに君が幼馴染系統が好きってことも理解することになるとは」
「否定はしない。そんな幼馴染が欲しかった」
「……君は好意的な物に対しては、えらく素直で姿勢が強いんだね」
やれやれと言わんばかりに両手を上げ、首を数回横に振った。その行為の後に向けられた視線の痛さは我慢することが出来たのか、彼の表情と心情はぶれていないようだ。
幼馴染キャラに情熱を見せている大和に反比例するように、冷静な口調で説明を続けた。
「物語は他人と関わりを持とうとしない主人公が、ある日クラスにやって来た転校生によって日常が変わっていくというストーリーだ。これまで薄味の人生を送っていたが、帰宅途中に襲われている転校生のギャルこと、金田美紀を助けたことで、彼女から好意を抱かれるというものになっている」
「まぁ、ハーレム物なら在り来たり設定だな」
言葉を交わす中、頭の中では類似した設定の物語を模索していた。
「ギャルと触れ合って行く中で様々な女の子達との関わりが増えていくそうだ。これまた多々から好意を向けられるパターンのようだね。この点に関して言ってしまえば、前回の異世界転生の物語でも見受けられる設定になっているね」
「学園物に恋愛はつきものだからな。俺もそんな青春をしてみたかったなぁ」
どこか遠い空を眺めるように感慨深くなる。
「君の幻想を聞かされるのはごめんだよ。さっさと今回の主要舞台である、主人公たちが通っている設定の『青柳西高等学校』に向かうことにするから」
扱いが面倒くさくなる前にと歩くペースを意識的に速めた。自分の世界に入る類似の展開が前回の道中でも起こっていたので、そうなる前にと対策を講じていた。
大和が自分の世界から帰り、学校に向かう彼女に気が付くのに一分は掛かっていた。
「ちなみに今回のヒロインである、金髪で如何にもなギャルの金田美紀が転校してくるパターンだ。ツインテールの髪に、着崩した制服、男子の皆が二度見するほど釘付けになる体型……だそうだ」
ドスの利いた声が文末で漏れる。
資料を忌々しそうに妬める目からオーラが発せられていた。
「資料を睨んだところで、何か起こるわけじゃ無いぞ」
眉間に皺を寄せ、まるで軽蔑する者を見るかのように資料に目を通していた。
前回の時点でも女性としての体に威厳があると敵対することを露わにしていた。何らかのコンプレックスを抱いている事は、もはや大和にとってはわかりきったことである。
ただハッキリと口にしてしまえば、何をされてしまうかわからないので、嫌みの仕返しをしたいという気持ちをグッと噛み締め抑制する。
二人が、それぞれの気持ちに葛藤しながら進めること数分、景色を楽しむ事もなく歩を止めた。
住宅街から少し離れ、広々とした場所に作られていた。
一言で言うならば一般的な公立高校。少し年季の入った校舎からは学生たちの話声が漏れ出していた。
「さてと、目的地に到着したわけだが、外観は見ていくのかい?」
「いや外観は画像を見れば何とかなるから、別に平気だ」
正直な所、見たことがあるような景観であったため、感じることが出来るものは少ないと判断した。
大和が断りを入れるやいなや、敷地内に足を踏み入れようとする彼女に声を掛ける。
「おい、そんな堂々と中に入る気か?」
何の躊躇いもなく校舎内に侵入しようとする。
「何を危惧しているかわからないが、ここは現実じゃないことは理解しているかね?」
「それはそうだが、前回は森の中で隠れて事が出来たが、今回は学校の中だから流石に厳しんじゃないか? 周囲の目線は沢山あるし、授業中に起きるイベントは流石に難しいだろ」
前回時とは明らかに違う点。物語の中心は教室内であるため、どうしても他人の目についてしまうこと。教室は尚更、校舎内に入ることすら人の目に入ってしまう。
明らかに今回の方が視界に捉えてしまう確率が高いことを危惧していた。
「難しい? 周りに同化していれば怪しまれる可能性も低くなるし、学園物語の出来事の中心は敷地内で起こる事じゃないか。その他の場所もあるが、それは校内の出来事が引き金になって発生するイベントじゃないか」
「同化って生徒にでもなるのかよ」
ポツリと独り言のように呟いたツッコミ。だが思わぬ返答が帰ってくる。
「その通りだが?」
「えっ……」
信じ難い言葉の返しに思わずに耳を疑った。




