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雛形破壊の美少女と書物旅行  作者: 藤沢淳史
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第十三巻 二度目は癖になる

 たかが一回、されど一回。

 どう捉えるのか個人に差があるのは致し方ないが、貴重な体験をしたことは事実であり翌日になっても頭の中には物語の記憶で埋め尽くされていた。

 とは言っても現状の生活が何か変わるわけでもない。現実は無情で日の昇りが一回行われたに過ぎない。

 しかし今日も大和に就活の二文字は眼中になかった。手元には渡された資料、目に映るのは自分が作った物語。


「参考になるのかねぇ?」


 そう思いながら一分もかからない速さでページをめくっていく。

 内容はともかく、文章や言葉の使い方は学ぶものはあるかもしれないが、改変された原稿は元の改変されていない物を元手に作られている。そのため一度も見たことがない元の原稿と差異はあまりない。

 そのため人気があったり、或いは出版されている物ならともかく、自分と同じデビューをしていない名が売れていない作品を読むことで得る物はあるのだろうか。

 そしてそれを参考にしてしまったらどこか負けを認めるような気がして余計に受け入れがたいものであった。


「認める、認めないかぁ……」


 前に似たことを言われたのを思い出す。

 ただ昨日の話での題材はあくまでも世に出版されている物。今度は自分と同じ立場である名も知れぬ人が書いた作品に過ぎない。

 プロを目指している人ならともかく、趣味の延長上や気まぐれに書いただけの作品は読むだけ時間の無駄なのではないか。

 絡みつく自身の迷いを振り払うように一度横に首を振った。


「そういや、昔の作品のメモ代わりのノートがあったよな……」


 脳内に振動が伝わった影響か、急に脳内に思い出される。

 部屋の中で一番高さがある棚の一番下の段からノートを取り出す。

 数ページ絵を書いて下手さに心を痛めた暗黒のノートや、高校時代に宿題の為だけに使われ有り余ったページが勿体なく思い保管していた物、多数のノートにはどれも見覚えのある遺物であった。


「確かこれだよな……懐かしいな」


 その中で一つ、水色のノートを取り出す。過去の止まっていた記憶が動き出すように脳内に溢れ出てくる。

 日焼けした紙質と埃が、放置されていた年数の長さを表していた。

 ページをめくるたび脳内に閉ざされていた記憶が解放される。


「あぁ、こんな名前のキャラ作ったなぁ」


 なんでこんな名前つけたんだっけなぁー……。

 よくわからないアルファベットの羅列、知り合いの名前から模ったものや、たまたま目に入った地名から取った名前、カタカナによって作り出されるのは何とも登場しそうな名前。

 その一つ一つが視界に入るたびに当時の情景描写が掘り起こされる物もある。


「うわぁ……自分の名前も書いてあるわ。中二病全開の時に書いたやつだな、絶対」


 大和千里の文字を囲むように丸印が描かれており、この印が採用を意味することになっているのは大学生になった今でも変わらない習慣である。

 名前の次は世界観や設定の殴り書き。

 記述の重なり合いや薄さ、汚さなどで書いた本人が解読するのが困難なほど。


「もう……やめるか。自分で自分の歴史を掘り返しているみたいで嫌だな」


 溢れる思い出は、部屋に一人でいる大和を赤面させる物が多い。

 誰もいないことが唯一の救いだが、心に負うダメージは少なくない。


「そういや、中学時代に書いたノートがあったはずだと思うが……ここら辺に見当たらないってことは、奥にでも仕舞い込んだか?」


 ちらりと視線を棚に向けるも、取り出すのが困難ことが一目でわかるほど棚の中は混雑していた。

 見たことを無かったことにして執筆作業を進めようとパソコンを起動する。


「とりあえず……書きますか」


 頭の中は執筆の事だけを考えていた。

 現実的な問題である己の事については、忘れているほどに執筆に対する思いは強くなっていた。それも今日の体験によって上げられたものであろう。

 モチベーションが高く、コンディションは昨日より遥かに良好。

 真っ白な画面が表示され準備は整った。


「…………」


 文字を打とうとキーボードに指を置くも、その指は動くことなく停止していた。まるで誰かに腕を掴まれているかのように。

 頭に霧が掛かっているのか、アイデアが出てきそうで出てこない。何となく思い浮かぶものの、それを言葉として表すことができていない現状になっていた。


「なんか……こう……あと一歩の所なんだが……」


 やる気が出ず、何も出来なかった前日に比べれば進歩はしている。

 だが進行状況は何もかわっておらず白紙のまま。

 口が半開きになり、言葉を失ったかのように何も出てこず、目には白紙のページだけが映っていた。


「……だめだ、手につかん」


 肩を落とし、天を仰いだ。そこにはあるのは白い天井だが。


「気分転換する……か?」


 思い詰めたのであれば、気分を入れ替えることが大和の方法であった。

 何をしようかと、脳内を散策させていると、ある考えが思いついた。


「確かに……一番刺激が高いし、アイデアが出る可能性も否定できない」


 肘を付きながら、おでこに手を当てる。

 考え付いた場所にいる住民は一癖も二癖もある変わり者だ。自身が痛い目にあう可能性だってゼロではない。

 しかし効果は高いことは実証済みである。現に何もアイデアがなく、やる気も無かったところから、良いアイデアが出る一歩直前にまで前進したのだから。

 自身の感情の保護を優先するか、アイデアを優先するか。

 二つの選択肢を天秤にかけて――

 来てしまった。

 その言葉が、彼の心情の半分以上を占めていた。

 思わず扉の前で立ち止まり、ドアノブに手を掛けるのに躊躇していると、


「空いているよ。別に気にせず入ってくればいいじゃないか。昨日の来訪に加え、旅もしたのだから気軽に入ってくれ」


 まるで近くで見ているような指摘に思わず、体がゾクリと震えた。

 優しく澄んだ声が小屋の中から大和に向けて放たれた。

 結局の所、足を運んでしまった。

 来ていることがばれているが、念のためノックをしてからドアノブを慎重に回す。

 鍵のかかっていないことは変わらず部屋の雰囲気も差異はない。昨日来た時と変化があるとすれば人がいることだろう。


「来ると思ったよ」

「なんだ、その未来予知したようなセリフは」


 積み重なったラノベの束が三つほど、床から彼女の背丈ぐらいまで連なっていた。小さな丸テーブルに置かれたカップからは僅かながら湯気が立っている。

 読んでいた本に枝折を挟んでから、不思議な部屋の住民が顔を覗かせる。


「でも実際に来訪しに来たよね」

「まぁ……その通りだわ」

「でもこんな午前中に来るとは思わなかったよ。まぁ僕はここにいるから問題はないけどね」

「ここにいるって、一日中ずっとラノベ読んでいるとか言わないよな?」

「その通りだよ。……何をそんなに懐疑的な目で僕をみているのかは理解しがたいけど」


 冗談を言ったつもりがまさかの正解を引き当てた。

 一日中、読み続けることが困難な事は、身をもって体験した経験があるため、言葉に信憑性が感じられなかったからだ。

 昨日来た時には読んでいる姿は見ていないが、風景がマッチしているように感じた。

 本を片手に優雅に読みふける姿、まるで映画に出てくる一シーンに見えていた。

 けれども大和にはこだわりがあった。


「豪邸でパラソル付きのテーブルに飲み物を飲みながらベランダで優雅に本を読み、嗜むってのが、俺の理想なんだけどな……」

「君に僕の好みのシチュエーションを決める権利はないよ。それに外は肌寒いし、そもそもベランダという大層な代物はここには存在しないよ。ここにあるのはラノベと機械と飲料だけだからね。まぁ、僕も部屋やシチュエーションの理想が無いわけではないけどね」


 カップに口をつけて、部屋の中に備わっている物を知らせる。彼女の理想とは離れた部屋だが、優雅に飲み干した顔から不満は感じられない。


「今日もここに訪ねてきたということは、再びあの機械の力を使いたいということかな? それ以外に訪ねる理由が見つかったのかな?」

「まぁ……あの機械を使いたいってことだな」

「そうかい、では旅路に行くことにしよう」


 立ち上がり、丁寧に椅子をテーブルに仕舞う。その一連の流れは、まるで貴族のように上品である。


「今日は……意外と素直なんだな」

「なんだい、その反応は? 少し失礼な気がするが」

「いや……てっきり、『また機械を使わないといけないのは、君の実力不足なんじゃないかな』とでも言われるもんだと」


 声のキーを上げ、目の前で冷ややかな目線を大和に送っていた人物の真似をした。

 我ながらいい出来だと彼は思っていたが、本人には大変に不評らしい。


「心外だね、君のモノマネのクオリティーも、どのように君が僕を見ていたのかも良くわかった

よ。……僕の心を掌握したつもりでいたのかな?」


 心臓の個所を二度ほど指先で触れた後、その指と流れで今度は対面する大和の心臓がある個所をゆっくりとなぞる。


「お、おまっ……!」

「初々しい反応だね、慣れてないのが一目でわかるよ。これもいい経験になったじゃないのかな?」


 反射的に体がゾクッとする。恐怖ではないが恐ろしいことをされているような感覚であり、された瞬間に体が後ろに仰け反った。

 少し頬赤らめながら、鋭い目つきを彼女に飛ばしていた。


「クソみたいな性格ってことを、改めて認識したよ」

「文句は、こんな性格にした人に言ってほしいね。善良な人物にするのは苦労するからね」

「他人の責任にしている時点で、直す気は無いってことが理解したわ」

「まぁ君への身体的な実験は後にするとしよう」


 実験という言葉に眉を顰めるも受け流す。聞きたいことがあったからだ。


「その前に聞きたいんだが、あの機械は結局何なんだ?」 


 本の世界へと誘ってくれる機械。大きさと存在の主張は激しく、家具の一員として当たり前のように置いてあるが実態は謎のままある。架空の世界を旅する機械など一度も耳にしたことがない。


「さぁ?」

「何でわかんないんだよ。所有者はあんただろ?」

「わからない物はわからないよ。所有している事は確かだが、詳細を知ることができるのであれば僕だって知りたいよ」


 強く問い詰められるも、首を縦に振ることはしない。


「知らないんだったら操作方法はどうやって知ったんだよ。何かマニュアルでもあんのか?」

「そういった類は何一つ無かったね。本当に何も知らないし、この機械そのものが置いてあったからね」

「そのものが置いてあったなら、この小屋を作る前からあったってことか」


 大きさ的に考えると完成された部屋に入れるのは無理がある。人が一人通るのが限界の扉に加え、機械そのものを解体できそうにもない。

 そうなると機械が作られた場所に小屋を作った、と考えていた。


「どうだろうね。僕がこの小屋に初めて辿り着いた時から存在していよ。だから詳細を求められても受け答えに困るよ」


 やれやれと言わんばかりに肩をすくめる。だが彼女の話した内容に懐疑を抱いていた。


「辿り着いたって、言い方おかしくないか? それだと探して発見したかのような言い回しだぞ?」

「……誤解を招いているかもしれないが、厳密に言えば勝手に僕が所有者を名乗っているだけだね。誰も使用した痕跡がないし、そもそも誰も訪ねてこない忘れられた物件だろうから有効活用させてもらっているね」


 思いがけない発言に、大和は自分自身の耳を疑った。


「お前……自分が何を言っているのかわかっているのか?」

「自らの発言の意味を問われても、間違ったことは何一つ言ってはいないよ。逆に君自身が理解していないのではないのかな?」

「……努力はしてるつもりだ」


 口では答えたものの、彼女の言うことや言動を理解できるとは思えない。

 大和にとって不可解な行動を度々起こす彼女の意図がわからないからだ。


「まぁ、気を取り直して出発しようじゃないか」

「取り直せねぇーよ。聞きたくもない真実を耳にしちまったわ」


 反論の意見を出した彼の準備は、言葉とは裏腹に完了する。


「細かいことは後で忘れてもらうとして、活気を取り戻すアイデアは考えてあるから安心してほしい」

「初耳だし、そのアイデアも胡散臭い気がしてならないんだが」


 既に額面通りに受け取ることを拒む姿勢を見せ、若干体の重心が後ろに傾いた。


「前回の反省を踏まえて掛け声を考えてみた。君の心が躍り出しそうなセリフを作ってきたよ。こういう行為をすることで男の子はテンションが上がると思っているのだけれども」

「まぁ……間違っちゃいねぇーが、何でも良いからさっさと行こうぜ」


 偏った考えだが、訂正案を出すのすら面倒くさく感じてしまっていた。


「僭越ながらやらさせていただくよ。少し恥ずかしいが」


 コホンと咳払いで、間を一つ開けてから、


「無限の本の彼方へ! さぁ行こうじゃないか!」


 片腕を高々と上げ、今にも飛び立つような勢いが声に垣間見えた。


「どこかで聞いたことあるセリフとノリなんだが……」

「おや? 既に僕の考えた言葉が知れ渡っているとは。なかなか世界は狭くなったものだね」

「いや、完全にオモチャの話から取ったよな。『本』の部分を書き換えただけだよな、そのセリフ!」


 世界から怒りを買ってもおかしくはない。

 カウボーイのぬいぐるみと宇宙レンジャーの玩具が主人公の物語で聞いたことがあった。


「ちょっと何を言っているのかわからないな?」


 わかれよ……。

 首を傾げ、本気に元ネタを理解していないような表情に、心の底から言葉を捧げたいと強く思った。

 彼女の認識が真実なのか嘘なのかの区別は表情や声のトーンからでは判断ができない。ただ世界的な有名作品を知らないことはないと勝手に判断した。


「では……始めようか」

「あぁ――って、まだ俺が学びたい設定は言ってないが?」


 忘れがちになるが、大和の技術向上もといスランプからの脱却の手掛かりにするために行った。

 だが何も発言していないにもかかわらず、彼女は気にする素振りもなくボタンを押し出す。


「行ってみてからのお楽しみってことだね」

「いや……それだと、お前好みの物語を選ぶよな。絶対に俺の小説の手助けの事は二の次だよな」


 矢継ぎ早に確認を取る。だが、彼女は目を合わせることなく起動のためのボタンを押した。

 まばゆい光が二人を包み込み、眩しさに目を閉じる。


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