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雛形破壊の美少女と書物旅行  作者: 藤沢淳史
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第十巻 初級イベントを初心者に推薦できない理由


「今、主人公のジュンが向かっている森にてクエストを行うわけだが、ここで物語が大きく動くことになる」

 

まるで警察が尾行するかのように、二人も一定の距離を保ちつつ後ろから付いていく。


「初クエストになるし、確かに状況を大きく進展してるな」

「この後の展開を簡潔に紹介すると、まず向かった森にて、ある一グループに遭遇し仲間に加わることになる。クエスト進めていく内に罠に掛かった獣人を見つける。獣人について多少のいざこざはあったが、ジュンの仲間として連れて帰るも、獣人と一緒にいることで悪い噂を流され風評被害を受ける。耐え切れらくなった先のグループからの裏切り。このような展開になっている」

「随分な急な展開になったな。して質問があるんだが」

「まぁ、当然あるだろうね。細かな個所を飛ばして?い摘んだ内容になってしまったからね。何でも聞くがいい」


 腕を組みながら自信満々に、受け答えをする態勢が整っていた。


「まずは仲間についての詳細を教えてくれ」

「一般的なグループだ。剣士と弓矢使いの男性が二名。武闘家の女性が一名だ。心優しいメンバーだったが、獣人を連れた主人公が加わったことでパーティー内に対する誹謗中傷や罵詈雑言を浴びる。心が疲弊し耐えきれなくなり豹変し、主人公と獣人を売ろうとする」


 資料を眺めながら淡々と求められた回答を話す。


「意外と、しっかりと作りこまれた内容だな」


 大和は心の中で感心していた。

 裏切りの理由も、ちゃんと理に適っており、今の所ストーリーに不可解な個所は見受けられない。


「じゃあ次は獣人の扱いだが、この世界では扱いが悪いのか? さっきの話だと獣人がいるから不遇な扱いを受けたように思えるが」

「その解釈であっているよ。この世界の獣人は虐げられている。所謂奴隷って言葉が当てはまるのかな? 特に、この辺りの人々は敏感らしい。一般的には首輪をつけるのが常識的だが、主人公は嫌がり対等として扱っていたことが問題になった。また仲間になったパーティーも、この辺りに来るのは初めてだったらしい。この辺は、多くの異世界物語にあるから捻りがないね」

「確かに異世界系統の物語で見かけるのは同感だ、奴隷制度に獣人。定番だからしょうがないとは思うが……」


 頭の中に思い浮かべるだけで多数の作品が簡単に見つかる。有名どころであろうか、なかろうか諍い無しに見受けられるのは、それほど慕われてきたという証でもある。


 彼女が渋い表情で資料を睨みつけている時点で察しは付いているが、様子を伺うために視線を向けた。


「……絶対に気に入らないだろ、みたいな視線を向けられても僕の意見は変わらないよ。まぁ君の想像通りだし、物申そうとはしていたけどね」                  


 文言が確率しているような言い草に多少の不快感を覚えたのか、不満そうな表情を露わにした。だが展開が容易に思い描く事が出来ていたので留意することなく話を進める。


「あれだな、獣人が少女っていう設定が気に食わないんだろ?」

「確かにそれも一理あるね」


 一度首を縦に振り終えると、体を向け真っすぐな瞳が大和を見つめていた。曇ることなくただ自身の価値観を分かち合いたいとばかりに。


「だけど僕が思うには奴隷制度が一番峻烈だと思っているよ。奴隷とは無縁だった日本から転生してきた途端に、素直に受け入れ尚且つ奴隷は美少女の事がこの作品以外にも見受けられる。

さらに疑問点がある。歴史的に考えれば獣人は人類を敵とみなさないか?」


 声には熱が籠り、答えを求めるように顔を近づけた。


「……顔が近いわ。熱が入ると毎回こうなるのかよ」


 力づくで押し返す。行為に抵抗がない大和にとっては慣れておらず、顔を背けるのが精一杯であった。そんなやり取りの最中に提示された疑惑に考えが浮かばなかった。


「首輪をつけられていないが主人公は奴隷を奴隷として扱わず、優しく接するだけで惚れられてしまう展開を多々見てきたが、こんなものを平気で執筆するなんて正気の沙汰を疑うよ」

「ただそれを求めている層が一定数いることは事実だと思うぞ。現にアニメ化されていたりするし、ネット投稿作品も上位にそんな作品を見たことがあるぞ」


 異世界転生系の作品において多々ある設定の一つである奴隷制。その設定について物申した。まるでその存在を作ること自体が極悪でもあるような言い草で、その口調には強い物を感じとることができる。


 だが彼女の考えとは裏腹に、そのような作品は一定数存在しているという大和の発言も間違いではない。メディア化されているという事は需要があることの紐付けにもなっている。


「確かに執筆していた人間が言うことは説得力が違うね」

「その話はやめてくれ。もう一度言うが今は書いてないからな」


 冷かしの眼差しを向けられ思わず頬が紅く染まる。反論するための文章は短く威力はない。

 そんな様子を見ては、明らかに楽しんでいた。その証拠に口元が柔らかく、口角が上がっていることだ。


「まぁ、君を揶揄うのはこの辺にしといて、奴の動きが早まったよ」

「……色々と言いたいことあるんですけど」

「その意見は申し訳ないけど却下させてもらうよ」

「元々受理するつもりなんて端からねぇだろ」


 和らいだ表情が言葉への返答であった。


 二人のストーカーに気が付くことはなく、ジュンは目的地へと向かっていく。

 その先に、待ち構えるように現れた森の中を進んでいく。


 生い茂る木々は見守るように高々と連なり、森の香りなどという芳香剤とは比べ物にならないくらいに爽やか香りが鼻孔をくすぐる。肌に当たる湿った空気が程よい体感気温にさせている気がしていた。いるだけで自然と体力を回復させてくれるのではないかという気を起させるほど居心地の良さ。

 町から少し離れた所に位置しており、コビエヌ森林と呼ばれている。


 物語の世界では比較的大きい森という立ち位置である。

設定上、低レベルのモンスターが出現するため、なりたての冒険者がお世話になる場所でもある。


「この森で物語の重要な獣人と出会う事になっている。罠に引っ掛かっている幼いケモ耳少女を助ける事になっているね。ちなみにだが、この森どころか近辺では獣人は住んでいない設定になっている」

「そんな場所に唐突に獣人がいるっていう設定も些か強引な気もするな……」

「出来事が行われる毎に重要な人物の出現は致し方ないかな。どの物語でも序盤に出現しているから、さすがの僕でもそこは割り切っているよ。ただ妙に似た接点があるのは疑問の余地があると思っているよ、特に異世界転生系はそのような傾向になりやすいと思っている」


 気づかれないように小さな声で話をしながら、ジュンの動きに合わせるように彼の後方に付く、起こる出来事を目に焼き付けるために。


「そういえば物語の方はどうなんだ? 展開が変われば出来事も変わるって言っていたよな? 最初の出会いが潰れたから何か変わっているのか?」

「一部を書き換えたことで物語に変動が出てき始めているのも事実だね。本来であれば助けた少女と共に採集クエストに向かうことになっていて、そこで主人公であるジュンの魔法能力の才が一般人とは比べ物にならないほど膨大であることが発覚する。だが僕達の改変によって彼は単独での行動の為、根本的に魔法の使用方法が判然としていないことになっているね」


 物語に確実に変革が起きていた。

 二人の白熱した議論が行われている間にも、着実に変化が生まれていた。


「そこで、主人公の能力が高いことがわかるはずだったのか」


 悲嘆に暮れる思いを抱きながら苦笑いを浮かべる。これが見知った人であれば胸が痛む思いをするかもしれないが、物語の人物と割り切っていたのかどこか他人事であった。


「細かな点で彼自身の魔力の才に気づく片影はあったらしいが、そこらへんに関するイベントは全て吹き飛ばしたからね。自分の力が他人と比べて強大であることの片鱗は見えてくるとは思うが、少なくともそれは今ではない事になるだろう」

「知識無し、情報無し、あるのは上限の最大まで上げられた己の力のみ。しかしながら自身の才には未だ気づいていないって状態か」

「何とも面白い状況だと思わないかね? 最高の状況を作り出したと言えるね」

「完全に楽しんでいるな……」


 癒しの晩酌をするような満面の笑みは、この状況下を残すところなく堪能しているよう。


「寧ろ君に問いたいよ、これを楽しまずにどう楽しむんだ?」  

「別に俺は楽しむために来たわけじゃないからな。執筆の参考になるかなって思って来ているからな」

「……そういえばそうだったね、完全に抜け落ちていたよ。それだと今の成果はどうかな? 君が求めている物は手に入っているのかな?」

「まぁ……ぼちぼちってところか? 情景描写は参考になりそうだが、ストーリーに関しては奇抜過ぎて判断に迷うところだわ」


 気の抜けた返事の後に続く感想の問いに、感じたままを直球で言葉にする。少し皮肉を交えていたが一切気に掛ける様子はない。


「資料を見ると、彼の魔力が高いことの片鱗が見えるが、それは獣人が関係しているとの結論に至るらしい。獣人についての知識を持っている人が誰もいないためだ。助けた少女がいれば彼女が色々と知っているため、また展開も変わるみたいだ」


 森の中で散策を続ける主人公の後をつけながら、時は進んでいく。

 のどかな森は奥に進もうがのどかであり、空気も景色も変化する様子はなかった。

 そのためイベントの発生は起こらず、ただひたすら認知されぬよう足を動かすだけ。


「モンスターの一体すら遭遇してないとは……」


 流石に歩きだけでは活力は漲らず、思わず愚痴が零れてしまう。

 確かに貴重な体験をしている実感はあるし、執筆の参考にもなるだろう。

 だが、かれこれ三十分は経過していただろうか。状況もこれといって進展がしないため飽きがやって来た。


「なぁ、本当にクエストを受けているのか? ただ散歩しているわけじゃないよな?」

「クエストを受注しているのは間違いないと思う。それがどのくらいの時間を要するものなのかはわからないし、もしかしたら改変した影響が出ているかもしれないね」


 背筋を伸ばしながら歩く姿はまるでモデルのよう。疲労から猫背になりつつある大和とは対照的であり、モチベーションも姿勢に表れていた。


「だけどここらでクエストを受注している他のパーティーの方々と出会うイベントがある。一つは友好的で仲間になるパーティー。もう一つは敵対的であり後に重要なイベントの引き金を引くことになる」


 ようやくか……。

 疲労という文字が見え始め、足の裏を押されているような痛みが襲ってきていた。

 

「仲間になるパーティーは低レベルで主人公と同じ採集のクエストだが、もう一方の敵対側はレベルが高い。ここでの記述は『森の中には主と呼ばれる強大なモンスターが存在している』らしく、その主を倒すことで手に入る巨額な富を目的として森の中に入っているそうだ」

 

 記述されている資料を指でなぞりながら、冷たい目線を浴びさせる。読み上げていた時には眉を顰め、不愉快そうな表情をしていた。

 彼女だけでなく大和も同様に不快感を醸し出していた。


「そんな強敵みたいな奴を出すなよ。それだと初心者の為の森じゃなくねぇーか?」

「同感だ。強い敵がいるのであれば、そこは既に高難易度のクエストになる。初心者狩りもいいところだよ」


 乾いた笑みを浮かべる。

 主がいるからこそ彼らのような高レベルのパーティーが森にいるわけであるが、そんな強敵が存在するのであれば初心者が安易に近づいてはならないだろう。

 的確な発言の後、直ぐに話題の人物たちを見つけた。


「噂をすれば、そこにいる団体さんだ。装備品も周りに比べれば良さそうな物を装着しているだろう。ここで少し口論になるようだね。特に低レベルと高レベルの派閥に別れてね」

「口論? 何か口論する題材でもあったか? そもそもレベルも違うし、森にいる理由も別だし何もそんな――」

「おっと、その口論が始まるみたいだ」

 

 まるでコソ泥のようにパーティーの近くの茂みに身を潜めた。

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