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雛形破壊の美少女と書物旅行  作者: 藤沢淳史
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第一巻 物語はいつも非現実から始まる


 このページを何度見たことか。

 探せど探せど彼の目に「片瀬恭一郎」の文字が映りこむことはない。マウスホイールのスクロール時になる音が虚しく部屋に響き渡り、落胆し傷ついた心に塩が塗られる。

 

このような経験をするのは初めてではないが慣れるものでもない。抱えていた自身の夢の可能性が、一気に握りつぶされるように苦しく残酷な現実であった。


「……俺って才能ねぇーよな」


 吐き出した溜息は今の自分を鏡で映したかのように重く、暗いものだった。

 下唇を弱くだが噛み締めた。


 思い出したかのようにデスクチェアの背もたれに凭れかかる。上半身の体重を預けたことで長年の使用によって劣化した個所からミシリと音を立てるが、そんな音を拾う余裕を持ち合わせていない。


 苦節約十年、ここまでの道のりで歓喜の瞬間が訪れたことは無い。

 中学時代から執筆を始め、大学生になってからもその手を止めることはしなかった。いずれは受賞できる、そうどこか自分に言い聞かせながら時は進んで行った。


 だが結果は散々なものであった。受賞どころか最終選考に残ったことはおろか、三次選考すら残った事はなかった。初めて賞に応募したのは高校生になってからで、当時に比べれば一次選考を通過する格段に多くなっていた。だがそこから進展した作品は両手で数える程度であり、今回の作品の結果で数える指が一本増えただけであった。


「はぁー……」


 再び吐き出された溜息は煙草の煙のように充満する。重く暗くなった空気と混ざり合い、雨のように落選という文字が体に降り注ぐ。

 絶対の自信と、もしかしてとの希望が毎日を過ごすための活力になっていた。だがその活力はパソコンの画面に映った二文字の現実により、まるで流れ星のように一瞬にして消え去った。


「気が……乗らねぇなー」


 落選のショックか、やる気の問題か、或いはその両方かもしれないが、彼の脳は働かず指は動かない。パソコンの画面との睨めっこから創作されるものは何もないが、無心に眺める時間は止まらない。

 本来であれば気持ちを強引に切り替えて直に次作に取り掛かっているが、今回は躊躇う理由があった。


 パソコンのページですら切り替えるのをゆっくりとさせるほど気が重たい。


 大学三年生という肩書が彼の首をきつく締め上げる。既に真夏を通り過ぎ、葉の色も茶色に抜け落ち、布団から出られなくなる季節になっていたからだ。


「見たところでなぁ……」


 つき纏う不安を払いのけるように独り言を呟く。


 真っ白な画面から、色とりどりの画面に移り変わる。目線の先には新卒募集やエントリー受付中の文字が並んでいたが、頭は未だに新人賞のページから離れられない。


 花のある大学生活を送る希望を入学当初から捨て、全てをライトノベルの執筆に捧げてきた。そのため大学卒業後の進路など頭の隅にしか置いてこなかった。同年代の子達は今頃必死になって説明会やインターンに参加していただろう。その反面彼も必死になって執筆を行ってきた。もしこれが実り無事に作家としてデビューの道が確立していたなら話は別になっていただろう。だが現実は時間と労力を奪い、残ったのは落選した思い出と黒歴史に残る作品だけ。


 ただ、何もしてこなかった訳ではない。ウェブ上で企業説明会を視聴し、就活サイトにも登録をしている。パソコンのデスクトップ画面にも関連するファイルが映っているのが証拠でもある。だがあまりにも熱の入りようが違っていた。本気でラノベ作家になりたいと思う気持ちと同等に、同年代の子達はどうしても入りたい企業を熱心に研究してきたであろう。


 タイムリミットは既に背中を捉えていた。それが足枷にもなっており、最近は頻繁に脳内をうろついている。このままはっきりと諦め社会人として生きていくのか、もしくは執筆活動を続けるのか。或いは仕事を行いながら執筆をするのか。いずれにしても働くとなればそろそろ力の入れ具合を執筆から移し替えなければ、就職できない可能性も出てくる。


 大学生という現実は日を重ねるごとに、じわりじわりと首を絞めてくる。己の夢を追いかけることに罪はない。しかしながら身辺に迷惑を掛けることに罪の意識はあった。仕事で自宅を開けがちな両親に、ラノベ作家になりたいと一度も口を割ったことは無い。


「どうすっかな……」


 打ちのめさせる思いに駆られ、自身のすべき行動が何なのかを見失っていた。

 パソコンのファンの音が静かな部屋に唯一の音が発せられ、次に響いたのは椅子から立ち上がった時の物音だった。顔を上げた勢いが、ふと壁に掛けられているカレンダーに目が入るきっかけになる。今日の日付が赤く染まっていることを思い出すのに、ほんの少しの時間を要した。世間には影響があるかもしれないが、大学生になってしまえばさほど関係が無いことがほとんどである。


 投稿サイトで自作の作品の更新も、いつもであれば落選した日に合わせ公開していた。サイトの方はいつでも夢があり、例え落選した作品であろうと出版関係者の目に留まる可能性はゼロではない。極小の可能性かもしれないが、時間と労力を掛けた作品をそのまま無かったことにする勇気は持ち合わせていなかった。


 公開した後は、落選の悔しさをバネにし新たな作品作りと勤しむのが通例であるが、今回は作品こそ公開したものの、憔悴しきった自身の気持ちを奮起させることが出来ず、新たな物語は生み出せなくなっていた。


「外……出るか、確かネット商品の支払いもあるし」

 人生に迷った時に旅をする方もいるが、そんな行動力や勇気を持ち合わせているわけでもない。外出する理由は決まって二つ、大学関係かネット商品の支払いか。


 急転直下の行動は自身を取り巻く環境から逃れる術でもあった、一時的な現実逃避にしか過ぎないが。

 上着のポケットに手と財布を突っ込むスタイルは支払いのためにコンビニに行く格好として確立されている。グレーのパーカーはお気に入りではないけれど、決まって軽装時には選ばれている代物であった。

 

快晴の天気と違って心は曇天模様。肌寒くなった空気が露出している顔に突撃してくる。片道五分程度の道のりは単純明快。


「……気晴らし程度にはなるよな」


 だがこの日は何かを求めるように別の道を選んだ。虚ろな目でじっと道を眺めた結果、最短距離とは程遠いルートを選択することにした。

 普段、運動をしない彼にとっては貴重な体を動かす時間。歩くだけでも嫌な現実から目を背ける事

が出来ると思っていた。


「……懐かしいな」


 進路を変更してから数分、住宅街に現れたそぐわない建物。

 石の階段にこびりついた土、手すりも無く高齢者が登るには少し厳しい傾斜、待ち構えるよう佇む小さな鳥居。幼い頃は怖くて近寄れず、時が過ぎるほど記憶の中からすり落ちていった。そんな場所を一目見れば記憶が溢れかえってくるほど何も変わりはない。人気は一切感じられず周囲に散乱するのはペットボトルや缶といった飲料類、雑誌やノートは色あせており、煙草の吸殻は原型をとどめていない。落ちているゴミも最近捨てられたものはなさそうだった。


「中学の時に以来か……こっちはあんまり行かないからなぁー」


 記憶のタンスから微かに思い出を引っ張り出す。中学の通学路で通っていたが、駅とは真逆に位置するため、利用する機会が失われていた。

 感動するような景観なんてあったものではないが、何を思ったのか無意識に足が階段に触れていた。


 敷地内に入ればすぐ右手に子供が遊ぶ用に作られた滑り台が一つ、二人掛けのベンチが二つ。木々に囲まれた場所に設置されていた。一目見ただけで異物と捉えることが出来るくらいに、この場にあることが不自然に思えることが出来る。


 その先で先端が欠けた石灯篭、お賽銭箱、小さな社を発見する。何年も人々から忘れさられたように手が付けられてなく箱の上部には落ち葉が重なり合い、まるでお金を投げ入れるのを拒んでいるようであった。それに反抗するように五円玉を投げ入れる。形だけのお参りに意味を持っているのかは懐疑に値するが、それでも自身の将来が少しでも良くなればと願いを込めた。沈黙の時間はゆっくりと過ぎていく。


「意外と題材になりそうな所だなぁ」


 視線を周囲の様々な場所に目を向けると言葉が漏れる。辺り一面を凝視し改めて感じ取った。どこかのアニメの一部分を切り取ったかのように、その風景を属目していた。

 既に頭の中はラノベの執筆についての事で埋まっていた。数十分前まで悩んでいたことが嘘のよう。とはいえ将来の展望に希望が見えている訳でもなく、まして今後をどう過ごすのかを決断した訳でもない。それでも目に入れているだけでどこか心が落ち着くような気がしていた。


「なんだ? 道になっている……のか?」


 積もった落ち葉、統制することを放棄した草木。だが誰かが通ったような細い道筋が出来ており、砂利がはっきりと視界に捉えることができる。来た道を戻ろうかと考え一歩足を踏みしめた時、ふと気が付いた。


 まるで一本の道筋を作るかのように木々が間を作っていた。記憶の隅から隅まで散策するが、一欠片も相応な物を掘り起こすことが出来ない。


「こんな所、通った記憶はねぇなー。最後に来たのっていつだっけ?」


 最後に足を踏み入れた時期すらもあやふやな事を考えれば、いつの日に新たな増設されていたとしても何ら不思議ではない。数年の年月が経っているのだから。


 興味本位で覗いてみるが、道中は直ぐに曲がり角があり先は目視することができない。

 この先には何が待ち受けているか期待と愚案が入り混じった感情が生まれていた次の瞬間には未知なる領域に足を踏み入れていた。硬い地面を歩くと小さな砂ぼこりが生まれ、穏やかに吹く風がまるで向かい入れるかのように背中に当たる。左右は木々で生い茂っていた為、何かが出てきてもおかしくないという一抹の不安が頭によぎったが、それに勝る好奇心が彼の足を進める動力になっていた。


 乾いた落ち葉の踏みしめる音が周辺に鳴り響く。人一人通ることが出来る道を歩いて曲がり角に二回ほど遭遇した後だった。


「な、なんだ? ここ?」


 突如として開けた場所が現れた。

 木々が生い茂っていた道中に現れた屋敷に、過剰に唾を飲み込む。まるで小屋の為だけに開けていると言っても違和感がないが、周囲に人気はない。


「お屋敷……なのか? それとも管理人でも住んでいるのか?」


 住居というよりは別荘に感じられたが、こんな場所に別荘が作れるわけがない。小さな子供が秘密基地を作った可能性も建物が立派過ぎて可能性は無いに等しい。二階建てのように思える高さだが横幅は相応とは言い難いほど短く、壁の色は所々は抜け落ちていた。


 不気味にも感じ取ることが出来るが、それよりも興味が勝りゆっくりと近づいていく。踏み込む時になるべく落ち葉の音が鳴らないように細心の注意を払いながら。

 屋根付きで正面の入口と思わしき場所に辿り着いた時、足元に何かがぶつかる感触があった。


 目線を向けるとそこには一冊の本が見つめるように置いてあった。見覚えのある表紙であったため被っていた砂を払い落とすと、現れたイラストと文字は彼の記憶に新しい物だった。


「これ……一週間くらい前に発売された最新巻じゃね?」


 背表紙も確認すると見慣れたキャラクターが描かれていたことで確信に変わる。

 一部ではアニメ化間違いなしと謳われ、先週に四巻が発売されたばかりのライトノベル。熱狂的な信者によって続いているとも言われている。


 突如現れた謎の美少女と双子の少年が紡ぎ出すストーリーと文法は常識を外れていると揶揄され、多少売れているのは、かの有名なイラストレーターの力によるお陰様だと批判もある。だが、そんな作品を興味本位で読み始めると、見たことのない手法に心を奪われた。続きが気になって夜も眠れないほど熱中するようになった。


 それほど推している作品が地べたに置かれている事に、外の寒さも相まって顔が若干赤くなっていた。単に落としてしまったのなら問題はないが、自らの意志で落としたのなら話し合う必要があると思案していた。

 話が合う者なら語り合いたいし、そうでなければ魅力を伝えたいという自分勝手な理由が行動に変わった。


 人差し指を丸め、手と扉に衝撃が走らないように軽くノックをする。小屋の見た目からボロボロの可能性も考慮した結果である。


「反応……無しかよ」


 耳に入ったのは、唯一素肌が飛びでている顔にぶつかる冷たい風の音だけだった。

 流石に加減をし過ぎたと思い、二度目の今度は辺りに音が飛び散るように強く叩いたが、結果が裏返ることはなかった。


 ガラス付きの扉で中の様子を伺うことができるが、少なくとも近くに人がいることは確認することができない。


「あ、空いてんのか……いくら人気のない場所だからとはいえ不用心だな」


 ドアノブに手を掛けた時の軽さは、鍵という概念が失われ壊滅しているのではないかと思うほど。まるでサスペンスドラマの刑事さんのように、ノックからの流れ作業になってしまったが、幸いにも

小屋への突入の道が開かれた。


「す、すいませーん」


 骨董品を扱うかのように、恐る恐る扉を開ける。手に握りしめる本の返却という強い使命を持って。

 足を踏み入れると微かに軋む音が耳に入り、足元が沈むような感覚が背筋を伝う。不法侵入という概念が頭の中をよぎったからだ。


 ほのかに鼻に残るノスタルジーな匂いは、まるで古本屋のようだ。日の光を遮断しているのか、明度は低く薄暗い部屋で、外から入って来た影響で目の調節が追いついていなかった。

だが暗順応が起こり部屋の内部が視界に入った時、急激に目が丸くなる。


「すげぇ……」


 言葉が出ないとはまさにこのことであった。まるで壁の役割を果たしているかのように、天井に高さが到達している本棚。それが囲むように四方八方どこをみても埋め尽くされている。聳え立つ壁のような迫力に思わず圧倒されそうになる。唯一の家具は木製の丸テーブルと椅子が一つずつ。そのテーブルにも重ねられた本の数々。


 その景色を焼き付けようと目玉が右往左往。金縛りにあったかのように体はじっとして身動きをしていない。目に映る光景がとても貴重な体験に感じ、瞬きという仕草が消えると同時に目には輝きが灯っていた。


 そんな自分の世界に入り込もうとする瞬間だった。

 人気すら感じられなかった小屋から、ほんの小さな足音が鼓膜に突き刺さった。


「誰かいるのかい?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです! [一言] 追ってまいりますので、執筆頑張って下さい!!!
2023/06/06 22:21 退会済み
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