第8話 甘い香り
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美夜は、青年の申し出に戸惑いながら、まじまじとその顔を見た。
「え?でも、二万円近い物なのに……いいんですか?」
「きみ、学生でしょう?一万七千は厳しいんじゃない?まあ、七千円でも痛いか……」
青年は、何を見てそう思ったのか、美夜を学生と思っている様だった。そうではないと言おうとしたが、青年が「それに」と言葉を続けたので、口を閉ざし、言葉を待つ。
青年は本を袋に入れながら、美夜をチラリと見た。
「この本を、本当に欲しいと思っている人に買われていくのは、嬉しい」
独り言の様に静かにそう言うと、袋に入れた商品をそっとカウンターに置く。その丁寧で柔らかな仕草と、青年の言葉に驚きながら、小さく頭を下げる。
「ありがとう……ございます」
少しの罪悪感が過ぎるも、それ以上は何も言えなかった。
もしここで、この不思議な青年の好意を無碍にしたら、買えなくなるのではないかと思ったのだ。美夜は、大人しく一万円札をトレーの上に置く。
釣り銭を待っていると、青年が「ケーキは好き?」と聞いてきた。
「え?」
唐突な質問に、美夜は何度か瞬きをし、青年を見つめると、青年は淡々とした口調で言葉を続けた。
「この上で、カフェやってるんだ。コーヒーか紅茶頼んで、このチケット渡せば、ケーキがタダで食える。まあ、ケーキが嫌いでなくて、時間があれば寄ってみなよ。今ならラストオーダーに間に合う」
青年は店内にある時計をちらりと見てから、釣り銭と一緒に名刺サイズのチケットを美夜に手渡した。細く長い、色白の綺麗な指先。男性にしては、しなやかな手をしている。釣り銭を渡すのに腕を伸ばした青年の身体から、仄かに甘い香りが漂ってきた。その香りに、美夜は自分でも驚くほど心臓が強く跳ねる。
自分の鼓動に驚きつつ、美夜が礼を言うと、青年は今度は、はっきりした笑顔を見せた。
「ありがとうございました」
その笑顔に、美夜は一瞬、目を奪われた。自分の顔が赤くなるのを感じ、「どうも」と小さく言うのが精一杯だ。直ぐさま背中を向け、店を出て行った。髪が邪魔してよく見えなかったが、眉目秀麗の青年だった。その笑顔が、美夜の鼓動を尋常じゃない速さにしたのは確かで、店の外で数回の深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
気分が落ち着くと、手元にあるチケットに目をやる。
「行ってみようかな……」
美夜は、後ろを振り向き、書店の入り口から少し離れた右手側にある階段を見上げた。
白い壁。青い屋根。
不思議と、吸い込まれる様な気持ちになる。
ゆっくり足を進め、階段を登った。
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