第3話 電車移動
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時計の針が十時を回った頃、美月がフィットネスクラブに電話をかけ、美夜は洗濯物を干しながら、耳を澄ませていた。
「はい、じゃあ、今日の二時頃ですね。……わかりました。よろしくお願いします。……はい、失礼します」
美月は電話を切ると、「やばい、写真がない」と言いながら、自分の部屋に入り、すぐに出てきた。
「ちょっと、証明写真、撮ってくる」
そういうと、玄関へ向かった。
美夜は慌てて玄関へ向かうと「ちょっと、待った!」と美月のTシャツを引っ張った。
「なに?」
美月は驚いた顔で振り向き、美夜を見る。
「なに、じゃないでしょう?証明写真なのに、そんな格好で行くき?せめてシャツくらいかえたら?」
美月は自分の格好を見下ろした。
意味のない英語が書かれた黄色と白の長袖Tシャツを着て、細身のジーンズ。焦げ茶色に染めている短い髪は、一部、寝癖も付いている。
「だめかな?」
「だ、め。ここは田舎じゃないんだから」
美夜の一言に、美月は口角を下げ、小刻みに頷いた。
靴を脱ぎ、自室へ入ると、すぐに出てきた。
「美夜、白いシャツ貸して」
一時過ぎ。
二人はアパートを出ると、途中まで一緒に歩いた。
住宅街を抜け、ここ三日間、利用していたスーパーの脇を通り、コンビニを通り過ぎる。暫く歩くと、バス停が見えてきた。
バス停近くまで来ると、美月はマウンテンバイクに跨り、バックパックを肩にかけ直す。
「じゃあ、行ってくるね」
「健闘を祈る!」
美夜のその言葉に、美月はわざと生真面目な顔をし、敬礼をした。
美夜は美月を見送ると、美月が行った道とは反対方向へ歩き出し、バス停へ向かった。
三月の柔らかい日差しが降り注ぐ中、初めての近所散策に、心なしか緊張していた。だが、知らない街を歩くことは嫌いではなかった。ロングスカートの裾が、楽しげに揺れる。
ひとまず駅に向かおうと思い、駅方面へ行くバスの時間帯を調べた。バス停には、バスを待っている人が数人いる。美夜はバスの時刻表をスマホで写真を撮り、一番後ろに並んだ。バスは二分ほどでやって来た。バスに乗り込み、一番後ろの席に座り車窓から街の風景を眺める。
桜並木の中を走り、美夜は食い入るように眺めていると、あっと言う間に過ぎていったが、それでも満足だった。田舎で見る桜と同じだと思うと、なぜだか今朝感じた空気の重さは、気にならなくなった。
バスは十五分ほどで駅に到着した。バスを降り、腕時計を見て、何かを考えるように小さく首を傾げる。今から銀座へ向かうのは大変だと思い、近場を回ることにした。目的地までの切符を買うと改札を抜け、ホームが何番線か確認しようと上を向いていると、後ろからぶつかってきたサラリーマンがいた。サラリーマンは謝りもせず、むしろ、美夜を睨み付けて立ち去っていった。不快に思いながらも、自分が行くホームへ、人の流れに合わせて歩き出す。二時過ぎでも、ホームに人が多くいることに、美夜は驚いた。朝早い時間や、遅い時間になると、どれだけの人が集まるのだろう。どこから来て、どこへ向かうのだろ、そんなことを思っていると、電車はすぐにやって来た。
電車に乗り込むと、車内の中央あたりに進み、手摺りにつかまる。都心よりも少し外れていることもあり、窓の外の風景は住宅街ばかりで、都会という雰囲気はあまり感じなかった。しばらく電車が進むと、突然、灰色の風景が広がり、高いビルが次から次へ現れ、車内も次第に人が増え始めた。
目的の駅に着くと、「すみません」と声をかけながら電車を降りた。ホームの外れに行き、メモを広げ、自分が行きたいケーキ屋がどこなのか確認する。場所を頭にたたき込むと、メモを鞄に仕舞い、目的地へ歩き始めた。人が多く、思うように前に進めない。初めて東京へ来た、四日前を思い出す。あの時は、電車に長時間乗っていたことや、東京に着いた、と言う緊張から、どうやって歩いて、どうやってあのアパートまで向かったのか、正直、良く覚えてはいない。ただ、美夜よりも好奇心旺盛の美月すら、美夜同様、憔悴しきっていたのを覚えているくらいだった。
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