第30話 理想と現実(1)
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栄は美夜から預かった履歴書に目を通し、「へえ」とか「ほお」と言い、光に話しかけて確認をさせた。その間、美夜は緊張しながらも、栄の顔をじっと見て様子を観察した。そんな中、昨日感じた「違う印象」が何だったのかに気がつく。先週は顎髭は無かったんだ、そう思っている自分に、こんな時に何を考えているのだと苦笑いしそうになる。
不意に栄が「なるほどね」と履歴書をテーブルにそっと置いた。
「この菓子屋さん、結構、大手の会社ですよね。正社員だったのに、どうして退職を?」
栄は履歴書に書かれた、前職の部分を指さして訊いた。
美夜はテーブルの下で手を握り締め、「はい」と声を出す。少し掠れた声に、一気に緊張感が増した。
「私が働いていた所は……殆どが機械で作る、いわゆる大量生産型のケーキ屋で……。初めは、仕事を覚えることで必死でしたが、働くにつれて、自分が本当に作りたい物ではなくて……。働けば働くほど、違う気がしてきたんです。そんな時、焼き菓子の賞味期限の改ざんが行われていることを知ったんです。焼き菓子の日付シールを、店の方で変更されていたんです。製造の私たちが貼ったシールを剥がして、日付を変えて販売していたんです。その時、今まで腑に落ちなかったことが何か、気が付いたんです。普通なら、袋に印字される所を、なんでうちの会社はシールなんだろうって。それで、全てに合点がいって。上司に、改ざんが行われていることを伝えると、利益が出ればいいじゃないかって、言われたんです。ばれなきゃ良いじゃないかって……。それが、許せなくて。……それで、会社を辞めました」
美夜は話しを終えると、すぐにしまった、と思った。面接であるにも拘わらず熱くなり、長々と前職の不満を語ってしまったこと、そして、その言葉遣いは面接向きではないこと。
栄と光は顔を見合わせ、苦笑した。
「……なんだか、どこかで聞いたような言葉が一部あったな……懐かしいな」
「だね」
二人は、美夜が失敗したと頭の中をぐるぐると反省の言葉が並んでいることもつゆ知らず、苦笑いをしていた。
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