第20話 月の傘
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百合がいなければ、今の自分も、今の兄弟関係も、何もかも、今ここに存在していなかった。百合は、栄にとって掛け替えのない大事な存在だった。
その大事な存在を、忘れる事など出来ない。例え五年だろうが十年だろうが、栄は百合を裏切ることは出来ないと思っていた。
雪の言い分も、わからない訳ではなかった。
確かに、この先、女同士でしか話せない事が出てくるだろう。それでも、今の栄には、百合以外の女性と共に暮らしていく、という選択肢は無かった。
「ねえ、考えておいてね」
布巾を干し終えた雪が、栄の肩を軽く叩いた。
栄は我に返ったように「あ、はい」と、ぼんやり返事をする。その返事を聞いた雪は、眉間に皺を寄せ、「ちゃんと聞いてくれてたの?」と仏頂面で言ってきた。
「聞いてましたよ。食事会の話しでしょう?まあ、あくまで、いい人がいたら、の話しですよね?」
雪はどこか納得いかない顔で、「まあ、そうだけど」と言い、店の鍵を閉めに、厨房を出て行った。
栄は小さく息を吐き出すと、裏口のドアを開け、外に出てた。階段に腰を下ろし、スラックスの後ろポケットから煙草を取り出す。一本手に取り、首を回すようにして空を仰いだ。
雲の間から、金色に輝く月が見えた。月を囲うように、夜の虹が見える。
『月が傘被ってる。明日は雨ね』
耳の奥で、百合の声が響いた。
「雨か。嫌だな……」
栄は呟くように言う。
『なんで?大地にとっては恵みの雨よ。それに、雨が降ると、東京の空気が綺麗になる』
栄は小さく笑うと、首を下ろし、手に持っていた煙草に火を付けた。
ゆっくり息を吐き出し、その煙の行くへを見つめる。煙はあっと言う間に闇に紛れて、肉眼では見えなくなった。
今でもはっきり百合の声が耳に残っている。目を瞑れば、百合の姿が瞼の裏に映る。
栄は両足を抱えると、その腕の上に額を乗せた。
「無理だよ……」
声は、誰の耳に届くことなく、煙草の煙同様、静かに闇の中に消えた。
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