第181話 ワインの贈り主
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光と栄が店に顔を出すと、ジョエルがにっこりと微笑み、レジ下から何か袋を出した。
『これ、マリアンヌから。朝来たんだよ。居ないって言ったら、これ置いていった』
光はうんざりした顔をすると、袋を受け取って中を覗いた。栄は横からちらりと中を見ると、ワインのボトルが一本入っていた。
『今度来たら、受け取らないでいいよ。全部断って』
ジョエルは口をへの字にして、おどけるように肩を上げ、両手の平を上に上げた。
二人は店を出て、当てもなく歩き始めた。カフェでコーヒーを買い、二人は自然と公園に向かって歩き出す。
「マリアンヌって、誰だ?」
栄はにやつきながら訊く。
光はあからさまに嫌な顔をして「別に」と答えた。
「いいじゃん、教えてくれたって。彼女か?」
「ぜんぜん違うよ」
公園に着くと、二人は空いているベンチを見つけて座った。
「マリアンヌは、友達の友達。前に、ちょっと、買い物に付き合ってくれって言われて、付き合ったんだ。で、何回か食事したりしてたら、いつの間にか彼女面し始めて。友達に、つきあってんだって?って言われて、寝耳に水でさ。違うって言ったら、店まで押しかけてきた……」
光は疲れ切った顔で話しをしていた。
「体の関係は?」
「ないよ、一度も。そんな素振りもした事ない」
「キスも?」
「誓って、ない。彼女に興味もない」
強く言い切るその言葉に、本当に嫌なんだなあ、と栄は他人事のように光の横顔を見た。
「で、もう絶対、買い物も食事もしないって、付き合う気も無いって、はっきり断ったんだ。でもさ、来るんだよ。なぜか……」
光は日本の女子に限らず、海外にも通用するのか、と、栄はのんきに考えていた。
日本にいる時も、誕生日でも何でもないのに、何かしら貰って帰ってきていた。突き返しても、下駄箱やらロッカーに入っていたらしく、その辺に捨てると恐ろしい目に遭いそうだから、と言って、持って帰ってきていたことを思い出した。
栄は光にばれないように口元を両手で押さえ、声を殺して大口を開け、笑った。
「もしかして、昨日飲んだワイン、その子からの?」
「うん。前に、何の種類が好きだって訊かれて……。その時、はまって飲んでたワインの銘柄をいったら……」
そう言って、ワインが入った袋を目の高さまで持ち上げた。
「ハル兄が来てくれて良かったよ。三本も消化できた」
光は困ったように微笑んだ。
「半分、ストーカーだな」
「だね……」
そう言うと、深く長い息を吐き出した。
「今、彼女いないのかよ?」
栄は幾分にやつきながら訊いた。
「今は居ないよ。半年前に別れた」
「なんで?」
栄は心底驚いたように訊いた。
光は心なしか面倒臭そうに顔を顰めると「この仕事に集中したかったから」と答えた。
「そもそも、はじめから付き合う気はあんまりなかったんだけど。でも、その子も菓子作りをしていてね。他の店の子なんだけど……。意見があったんだけどさ……。でも、次第に、何かが違って来たんだ。向こうは恋愛を楽しみたいと思うようになって、俺は菓子作りに専念したいと思うようになって。そこで、意見が合わなくなってきたというか……。まあ、当分、彼女とか要らない」
栄は「なるほどねえ」と相槌を打った。
「ところでさ、話違うけど、お前の上司、怖いな」
ミシェル氏を思い出しながら言った。光は笑いながら「でも、本当は凄くいい人だよ」と応える。
「ええ、どこがあ?お前だって緊張してたじゃん」と、疑いの声を上げると「人見知りなんだ、ミシェルさんは」と、苦笑した。
いい歳したおっさんが人見知りも何もないだろう、と栄は思ったが、「ああ、そう」と返事をした。
「腕は本当に良いよ。弟さんは、ロンドンの方にある支店で働いてるんだ。主にパンを作っていてね。ホテルやレストランに卸してる。うちも、レストランに卸してるけど」
「へえ、凄いな」
栄は素直に感心した。そして、ふと頭を過ぎったことを口にした。
「あのミシェル氏は、ゲイか?」
その言葉に、光は飲んでいたコーヒーを勢い良く噴き出す。栄は飛び退きながら「うわ、汚ねぇな」と、ハンカチを光に渡した。光はハンカチを受け取り、咳き込みながら「ハル兄が変なこというからじゃないか」と怒り睨み付ける。
栄は「あはは」と感情のこもっていない笑い声を上げ「で、どうなの?そこんところ?」と、懲りもせずに訊ねたことに、光は呆れた顔で兄を見つめたのだった。
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