第174話 考えごと
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暫くして、光が水の入ったコップを三個お盆に乗せてリビングに入ってきた。
相変わらず顔を赤くしていて、また珍しい光景が見られた。それを見た百合が、茶化すように「今日は、コウ君の色んな表情が見られる、珍しい日だわね」と、言って笑う。
栄は差し出された水を受け取り一口飲むと、「明日、何時に仕事だ?」と訊ねた。
「あ、そうだ。言い忘れてた。今日、ハル兄が来たって、職場のみんなにあっという間に知れ渡ってさ。そしたら、明日は休んで良いって言われたんだ。特別休暇だって。その代わり、ハル兄にみんな会いたがってて。明日、ハル兄達はどうするの?」
栄が「明日は……」と答えようとすると、百合が「はい、はい!」と、勢い良く手を挙げた。
「なんですか?百合さん」
栄は百合にどうぞ、と手を差し出す。
百合はにっこり笑って、「明日は、コウ君にハル君を貸し出します!」と、高らかに宣言するように言った。
沖田兄弟は、きょとんとした顔で百合を見る。
「兄弟水入らずで、どっか出かけてきたら?その代わり、五時まで。延長しても五時半までには帰ってきて」
栄と光はお互いの顔を見て、すぐに百合に目を向けた。
「百合は、どうするの?」
と訊ねた栄に、「留学中お世話になった友達の所に遊びに行ってくる」と答えた。その答えを聞くと、栄は「わかった」と言い、光に顔を向け笑みを浮かべる。
「コウ、明日はデートだ」と嬉しそうに言い、「何を着ていこうか迷っちゃうわあ」と、裏声を出し、百合の口調を真似て言った。
百合と光はうんざりした顔で栄を見る。そして、気色悪いだの、何だと批判の声を背中に受けながら、風呂に入りに向かった。
栄がバスルームから出ると、部屋の中は薄暗く、ソファ近くにある間接照明が付いているだけだった。
光はソファに寝転がって、その明かりの下で本を読んでいる。
「風呂、出たよ」
栄が声をかけると、光は本を閉じながら返事をした。
栄は、風呂に入る準備をしている光の背中に向かって「悪いな、ベッド使っちゃって」と、小さな声で言う。
光は振り返りながら「気にしないで良いよ。泊まれって言ったのは俺だし」と微笑み、おやすみ、と言葉を残すと、バスルームに入っていった。
栄はロフトに上がり、百合の隣りに静かに腰を下ろす。薄暗がりの中にある壁を、黙ったままじっと見つめた。
「今日は、ずっと考え事してるのね」
静かで、穏やかな声が耳に届く。
寝ている百合に顔を向けると、百合は身体を横にし、栄を見ていた。
「ごめん、起こした?」
「ううん。起きてた」
百合は囁くように言った。
栄はベッドの上に横になると、頭の後ろに手を回し、低い天井をじっと見つめ、何も話さなかった。こういう時、百合はうるさく詮索をしたり、話しかけたりはしなかった。ただ、黙って側にいる。しかし、今日は違った。百合は静かに栄に話しかけた。
「ねえ、ハル君」
「ん?」
「明日、コウ君の成人のお祝いをしてあげない?」
「成人の祝い?」
「そう。あの子、成人式、帰ってこなかったでしょう。私たちも、お祝いの電話だけだったし。二人でご飯作って、お祝いしよう。ハル君の得意な天ぷらとか作ってさ」
百合は楽しそうに弾むような声を出した。栄はどこか上の空のまま、「そうだな」と同意をする。百合はそんな栄をじっと見つめ、不意に「ハル君は、【ハイエスト・レリッシュ】好き?」と訊ねた。栄は、突然の質問に少し驚いた顔をしたが「好きだよ」と普通に返事をする。
「ハル君は、絶対に【ハイエスト・レリッシュ】の社長になりたいって、思ってる?」
「え?」
その言葉に、栄は驚いた顔をして頭を上げ、百合を見た。
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