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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
9 百合と沖田兄弟の過去

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第171話 仄暗い思い

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 書棚に目を向け、何気なく見ていると、乱雑に置かれた幾つかのトロフィーが目に入った。栄はそれを手に取り、黙って見ていた。気がつくと、隣りに百合が立って、栄の手元を覗き込んでいた。


「すごい。コウ君、いつの間に大会に出てたんだ。一位だって!」


 百合は嬉しそうな顔で栄の顔を覗き込んだ。

 栄はトロフィーをじっと見つめ、「そうだね」と小さく微笑むと、静かに棚へ戻した。


 離れて暮らし始める前から、栄は光について、何一つ知らなかった。知っていると思っていた光は、自分が勝手に作り上げた弟像だった。だが、この数年で、やっと本当の光を知る事が出来た、と思っていた。しかし、そうではなかったのだと、改めて感じさせられた気がしたのだ。

 光は栄に「自分の存在を気づいて欲しい」と必死に頑張っているのだと、百合が以前、話した言葉を思い出す。光の存在に気づいたものの、依然として距離を感じるのは、何故だろうと。栄は書棚に置いたトロフィーを黙って見つめ続けた。



 リビングに荷物を置き、二人は部屋を出て、町中を散歩することにした。

 百合の先導で思い出の地巡りをし、途中で軽食を取り、再び思い出巡りをし、気がつけば約束の時間が近づいていた。

 栄は腕時計に目を落とし「そろそろ行こうか」と百合を見る。百合は思い出巡りに満足したようで、嬉しそうに微笑み、頷いた。



 栄と百合が店の前で待っていると、三十分ほどして、光が現れた。

 白の長袖シャツに、カーキ色のパンツスタイルで現れた光は、コック服を着ていた時よりも細く見える。袖をまくり、シャツのボタンを二つ外しているため、喉仏がはっきりと出た長い首が、余計に身体の線を細く見せるのだろうか。栄は二年前同様、ふと、光の食生活が気になった。


「ごめん、遅くなって。行こうか」


 そう言うと、光は先を歩き出した。馴れたように歩くその後ろ姿は、全く知らない人物のようで、アパルトマンで感じた距離感が、更に遠く感じる。

 そんな栄の気持ちをよそに、百合は光の隣を歩き「どこに連れてってくれるの?」と訊ねていた。


「ちょっと歩くんだけど。この先に、美味しい飯屋があるんだ。そこのシェフと友達になって……」と、光は百合に説明をしている。


 栄は二人から一歩離れ、後ろからゆっくり着いて歩いた。天気は相変わらず曇り空だったが、不快ではなかった。心地よい風が、栄の心を慰めるように優しく吹く。


「ハル兄?」


 不意に、前を歩く光が振り向いた。

 栄は眉を上げ「ん?」と聞き返す。


「なんか、元気ないね。大丈夫?疲れてるんじゃない?」


 光は立ち止まり、栄の顔をじっと見つめた。栄は光を遠い目で見返す。店で会った時は、緊張していたせいか、ちゃんと光を見ていなかった事に気がついた。

 葬式の時には、前髪が長くて光の瞳がよく見えなかったが、今、目の前に居る光は、髪を切り立てなのか、襟足がすっきりとしており、前髪も短くカットされていた。整った顔をよく見る事が出来る。

 くっきりとした二重瞼の奥にある茶色い瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。


「家に帰ろうか」


 光はぽつりと言い、来た道を戻り始めた。百合は栄の顔を不安そうに見上げ、栄の腕を取る。光の後に続き、歩き出そうとした。が、しかし、栄は一歩も動かず、百合は振り向いて栄を見上げた。


「コウ!」


 栄は大声を出し、光を呼び止めた。光が歩くのを止め、振り向くと、栄は自然な笑みを浮かべ立っていた。


「すまん。ちょっと、新作の事を考えててな。ぼんやりしてた。大丈夫だから、その友達の店、連れてってくれないか?朝からまともな食事してないし、腹も減ってるんだ」


 栄は「もう、腹鳴りっぱなしだ」と、足下をふらつかせ、倒れそうな真似をした。光は心配そうな顔を崩さず栄を見ていたが、栄が大丈夫だと言って、微笑んで見せると、安心したように笑みを浮かべ、道を引き返した。


「どんな店なんだ?」と、光に話しかける栄を、百合は黙って見つめた。栄の表情は、先ほどの暗さを微塵も感じさせず、本当に新作の事で頭がいっぱいだったのか、と思った。

 百合は「何がお勧めなの?」と、二人の会話に混ざる。三人は賑やかに夜の道を歩き出した。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
[一言] 栄にとって、光に対して勝手な蔑みの気持ちを持っていたのもあって、やはり気まずさや申し訳なさで押しつぶされそうになっていたのでしょうね…。僕も押しつぶされそうになるだろうなと思ってしまいました…
2023/01/13 22:39 退会済み
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