第167話 光が生きる街
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ホテルの部屋にあるソファに座り、ぼんやりしている栄の隣りに、百合が静かに座った。
栄の肩に頭を乗せ、手を握る。栄は百合の細い手を握りかえす。
洗いたての髪が、ほんの少しまだ湿っていて、栄のTシャツがしっとりしていく。
暫くして、百合は眠そうな声で「明日、コウ君の所、行くんでしょう?」と訊いてきた。
栄は静かに「ああ」と返す。
「連絡したの?」
「いや。サプライズで」
その返事に、百合は小さく笑い声を上げた。
「私も、一緒に行っていい?」
「もちろん」
繋いでいた手を離すと、百合の肩に腕を回し、引き寄せた。百合の頭に頬を乗せ、目を瞑る。シャンプーの香りが、鼻を掠める。
幸せな時間が、静かに流れていく。百合の寝息が微かに聞こえてきた。窓の外は、随分と暗くなっていた。
栄は百合の頭に優しくキスをすると、起こさないように抱きかかえ、ベッドの上に寝かせた。
百合の寝息を聞いていると、栄の瞼も次第に重くなってきた。部屋の電気を消し、百合の隣りに横になり、天井を見る。
薄暗い部屋に目をこらし、壁紙の模様に目を向ける。脳裏には、この三日間見てきたフランスの街並み、店内の雰囲気が映し出された。
こういう風景の中を、光は毎日生きているんだな、と思うと、何だか不思議な気がした。
同じ血が流れているのに、違う性格で、違う姿形で、違う生き方をしている。菓子というもので、かろうじて繋がっているが、もし、自分が菓子に関係ない生き方を選んだとしたら、一体、何が自分と光を繋げていてくれるのだろう。光は自分を見つけ出してくれるだろうか、と、そんな考えが頭を巡った。
いや、大丈夫。
俺たちは、兄弟だから。ずっと繋がっていられる、そう結論が出ると、静かに寝息を立て、深い眠りについた。
翌朝、栄は百合に起こされた。
「栄君、起きてよ。今日はコウ君の所に行くんでしょう?」
光の名前を聞いて、栄は両目をぱっちりと見開いた。
「今、何時?」
身体を起こしながら百合に訊ねる。
「八時半過ぎたところ」
栄は少し寝過ぎたな、と思いながら「朝食、どうする?」と言うと、百合は髪の毛を纏めながら「カフェで食べよう」と言った。
「分かった。シャワー浴びるから、ちょっと待ってて」
そう言うと、百合の頬に軽くキスをし、バスルームへ向かった。
蛇口を捻ると、冷たい水が出てきた。はっきりと目が覚める。顔から浴びる水が、徐々に温かくなる。髪と身体を洗い、髭を剃る。
もうすぐ光に会えると思うと、胸が高鳴った。母親の葬儀以来、約二年振りになる。
電話で話はするが、母親に送っていたように、光は栄に手紙や写真を送ってくることは無かった。たまには写真を送ってこいと言っても、「何も変わっていないよ」と言って、送る気は全く無さそうで、実際、送って来ていない。
バスルームから出ると、栄は百合に急かされた。
「向こうで、B&B見つけよう」と言う百合の言葉に、室内を見渡す。既に荷物が全てトランクに収められ、チェックアウトをする準備万端だった。
百合に渡された服を着て、身支度をすると、部屋を出た。ホテルを出ると、軽く食事を済ませ、メトロとRERを乗り継ぎ、光が居る町へ向かった。パリから離れた所で、光は菓子修行をしていたのだ。
一時間半程で駅に着くと、百合は記憶を辿りながら栄を案内した。留学中に住んでいたというこの町は、物語の世界と現実世界が、上手い具合に合わさった感じがした。
よく買い物をしたというスーパーや、本屋、雑貨屋、公園、教会など、懐かしがりながら通り過ぎ、ついに、一軒の小さなパティスリーの前で足を止めた。
「ここ?」
栄は微かに身震いをした。
「そうよ」
百合は、汗で湿った栄の手を取り、栄を見上げた。栄は百合の手を握り締めると、店のドアをゆっくりと開けた。
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