第14話 ギリシャ
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沖田栄は、食器を片付け終えると、ぼんやりと店内を見回し、先ほど女性客が見ていた写真に視線を留めた。
不意に、目の前に写真とは違う、真っ青な海の風景が広がる。暑く眩しい日差しに、目を細めるようにして、記憶を辿り思い出の中へ旅を始めた。
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「コウ、待たせたな。店の準備が整ったよ」
栄は、フランスで菓子修行をしている弟の沖田光に電話をした。
受話器の向こうで「ああ」と、安堵とも、溜め息とも、歓喜とも取れるような声が漏れてくる。
光が店を作ろうと、栄に話を持ち出してから、二年半が経過していた。
「待ったよ、すっごく。長くて待ちくたびれた」
光は冗談めかして言った。
「仕方ないだろ、兄ちゃんだって頑張ったんだから、これでも早い方だぞ?労って欲しいぐらいだ」
「はいはい、ご苦労様でした。どうもありがとう。これでいい?」
光は、笑いながら形式通りの言葉を言っただけで、感情は込められていなかった。栄は、むっとしながら「なんだろう、この腹立たしさ」と、文句を言う。
光は笑いながらも、「本当、感謝してるよ。ありがとう」と改めて言った。その言葉は、先ほどとは違い、温度が感じられ、栄の心に温かく響き、胸の奥をきゅっと締め付ける。
栄は照れを隠すように「おう」と言うと、咳払いをし、話題を変えた。
「ところで、俺は来月まで働くことになってる。お前はいつ頃に帰って来られそうだ?」
光はしばし考えると、「早くても再来月になると思う」と答えた。
「わかった。じゃあ、その間に、一週間くらい、休みは取れるか?」
「一週間?どうだろう……たぶん、大丈夫だと思うけど、なんで?」
「ギリシャへ行こう」
「また、突然」
「いや、前々から思ってたんだ。店内に写真も飾ろうと思ってな。あと、イギリスにも行きたいんだ。ブックフェアがあるらしい。そこで掘り出し物の本も見つけなきゃいけないし。五月末には、アメリカでもブックエキスポとかいうのがあるらしい」
「なに、随分詳しいじゃん」
「宇野って、覚えてるか?」
「ああ、ハル兄の同級生?」
「そう。あいつが、洋書の卸業者にいてな。色々教えてくれた。あいつの所で仕入れて売っても良いけど、取りあえず、自分達でも見てみたいじゃないか。招待状が無いと入れないらしいけど、その招待状は、宇野が用意してくれるって」
「なるほどね。わかった。じゃあ、休みが取れそうだったら電話する。いつぐらいが良いの?」
「来月末以降だな。イギリスのブックフェアに間に合えば、いつでも」
「そのブックフェアは、いつやるの?」
「あぁ……。いつだったかな。悪い、今メモが手元に無い。また後でメール送るよ」
「OK。じゃあ、そのブックフェアの日時で休みを取れるようにするから。また連絡する」
「ああ、またな」
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