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【完結】光の或る方へ  作者: 星野木 佐ノ
6 不穏な気配

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第143話 光の訪問

いつも読んで頂き、ありがとうございます。





 カレンダーが十月に捲られた。


 光は美月が仕事へ向かう前に家に来た。

 美月は光を家に上げると、美夜の部屋のドアをノックする。


「美夜、コウが来てくれたよ。少し、話しをしたいんだって」


 美夜の部屋からは何の音もしなかった。

 美月は後ろに立つ光を見上げると、小さく頭を振った。

 光は美夜の部屋の前に立つと「中西」と名前を呼んだ。


「Lisの事、心配してくれてるって聞いたよ。……こっちは大丈夫」


 光は考えるように一呼吸黙ると、再び顔を上げドアに向かって話しかけた。


「また明日来るよ。ケーキ、中西が好きなの持ってきたから、後で食べて」


 そう言うと、光は玄関に行き靴を履いた。


「もう帰るの?」


 美月はケーキの箱を持ったまま、玄関口に立ち、靴を履いている光の背中を見下ろした。

 光は立ち上がり「また明日来るよ」と言って、家を出て行った。


 美月は美夜の部屋を振り返った。

 固く閉ざされた扉は、美月であっても、なかなか開けさせてはくれない。

 食事もまともに食べられておらず、食べても吐き出す始末。美月が寝た頃に、風呂に入っている音が聞こえ、まともに顔を合わせていなかった。

 美月はケーキを冷蔵庫に仕舞うと、玄関へ向かった。


「仕事に行ってくるね」と大きな声で言い、玄関を出た。

 玄関を出ると、美月の心の中と同じ、どんよりした曇り空が頭上に広がっている。

 恭が言ってくれた言葉を思い出す。



『お前は十分、美夜の支えになってると思うぞ』



 美月は自信がなかった。今こそ、支えになりたいのに、どうすればいいか何も浮かばない。


「恭兄、私、本当に支えになってるのかなあ……」


 美月は小さく息を吐き出すと、自転車を担いで階段を下りていった。




 光は毎日のように訪問した。

 昼間の休憩を割いて毎日一時間、美夜の様子を見に来たのだ。

 美月が仕事は大丈夫なのかと聞くと、光は何てこと無い顔で「平気だよ」と言った。


「うちはまだまだ。出来たばかりの小さい店だからね。三年目でやっと、お得意様といえるお客が定着しだしたけど、暇な時間は暇なんだ」


 明らかに嘘のように聞こえた。その証拠に、光の目の下には、日を追う事に隈が色濃くなっている。

 これからの時期、どんなに小さな店だからと言って、夏に比べれば忙しいはずだ。

 美月が遊びに行っていた時期ですら、それなりに客も入っていて、決して暇な店のようには思えなかった。

 それでも、自分が光に頼んだのだと思うと、嘘をついてでも、約束を守ってくれる光の優しさに、美月は心から感謝した。


「私、もう家でなきゃ行けないから、お茶とか飲みたかったら、自由に台所入っていいからさ」


「うん。ありがとう」


「じゃあ、行ってきます」


「いってらっしゃい」


 美月は自転車を担いで家を出て行った。

 光は玄関のドアを閉めると、家の中に上がり、美夜の部屋のドアを三度ノックをした。


「中西、来たよ」


 相変わらず何の返事もないドアを寂しげに見つめる。小さく息を吐き、ドアに背を預ける様にして、その場に座り込んだ。ドアの向こうに耳を澄ませながら、ぼんやりとリビングに目を向ける。部屋の窓から、柔らかい秋の日差しが差し込んでいる。

 静かな、午後だった。





最後まで読んで頂き、ありがとうございます!


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