第143話 光の訪問
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カレンダーが十月に捲られた。
光は美月が仕事へ向かう前に家に来た。
美月は光を家に上げると、美夜の部屋のドアをノックする。
「美夜、コウが来てくれたよ。少し、話しをしたいんだって」
美夜の部屋からは何の音もしなかった。
美月は後ろに立つ光を見上げると、小さく頭を振った。
光は美夜の部屋の前に立つと「中西」と名前を呼んだ。
「Lisの事、心配してくれてるって聞いたよ。……こっちは大丈夫」
光は考えるように一呼吸黙ると、再び顔を上げドアに向かって話しかけた。
「また明日来るよ。ケーキ、中西が好きなの持ってきたから、後で食べて」
そう言うと、光は玄関に行き靴を履いた。
「もう帰るの?」
美月はケーキの箱を持ったまま、玄関口に立ち、靴を履いている光の背中を見下ろした。
光は立ち上がり「また明日来るよ」と言って、家を出て行った。
美月は美夜の部屋を振り返った。
固く閉ざされた扉は、美月であっても、なかなか開けさせてはくれない。
食事もまともに食べられておらず、食べても吐き出す始末。美月が寝た頃に、風呂に入っている音が聞こえ、まともに顔を合わせていなかった。
美月はケーキを冷蔵庫に仕舞うと、玄関へ向かった。
「仕事に行ってくるね」と大きな声で言い、玄関を出た。
玄関を出ると、美月の心の中と同じ、どんよりした曇り空が頭上に広がっている。
恭が言ってくれた言葉を思い出す。
『お前は十分、美夜の支えになってると思うぞ』
美月は自信がなかった。今こそ、支えになりたいのに、どうすればいいか何も浮かばない。
「恭兄、私、本当に支えになってるのかなあ……」
美月は小さく息を吐き出すと、自転車を担いで階段を下りていった。
光は毎日のように訪問した。
昼間の休憩を割いて毎日一時間、美夜の様子を見に来たのだ。
美月が仕事は大丈夫なのかと聞くと、光は何てこと無い顔で「平気だよ」と言った。
「うちはまだまだ。出来たばかりの小さい店だからね。三年目でやっと、お得意様といえるお客が定着しだしたけど、暇な時間は暇なんだ」
明らかに嘘のように聞こえた。その証拠に、光の目の下には、日を追う事に隈が色濃くなっている。
これからの時期、どんなに小さな店だからと言って、夏に比べれば忙しいはずだ。
美月が遊びに行っていた時期ですら、それなりに客も入っていて、決して暇な店のようには思えなかった。
それでも、自分が光に頼んだのだと思うと、嘘をついてでも、約束を守ってくれる光の優しさに、美月は心から感謝した。
「私、もう家でなきゃ行けないから、お茶とか飲みたかったら、自由に台所入っていいからさ」
「うん。ありがとう」
「じゃあ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
美月は自転車を担いで家を出て行った。
光は玄関のドアを閉めると、家の中に上がり、美夜の部屋のドアを三度ノックをした。
「中西、来たよ」
相変わらず何の返事もないドアを寂しげに見つめる。小さく息を吐き、ドアに背を預ける様にして、その場に座り込んだ。ドアの向こうに耳を澄ませながら、ぼんやりとリビングに目を向ける。部屋の窓から、柔らかい秋の日差しが差し込んでいる。
静かな、午後だった。
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