第113話 反省会
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
光が厨房に戻ると、丁度、雪が休憩を終え、裏口から入ってきた。栄はすぐに雪に店を頼み、光を呼び出して裏口から出て行った。
事務所に入り椅子に座るなり、「あのな、コウ」と諭すように話しかけた。
「今日の客は極端な人だったけど、これからはもっと色んな客が増える。店の売り上げが上がってるということは、それだけ人も増えてきたんだ。それだけ、お前の菓子が色んな人に知られてきたって事なんだよ」
光は不機嫌な顔で窓の外に顔を向ける。
栄は息を吐き出すと、再び話し始めた。
「最初から喧嘩腰じゃなくて、穏やかに話せば、分かってくれる人だって沢山いる」
「あの客はそうじゃなかった」
栄は、ああ、もう、と心の中で舌打ちをすると「そうだね」と穏やかに言った。
「でもな、ああいう客ばっかりじゃない。それ以上に、常識的は客は沢山いるよ」
「そうかな」
「俺はそう思うよ」
光は栄に顔を向け「俺はそう思わない」と真剣な顔で言った。
「俺は、何件もケーキ屋に行って食べて歩いてるけど、その度、我が侭な客を見てきた。今日みたいな客も多くいる。その度、思うんだ。店が大きくなればなるほど、店員が折れる。クレームを恐れるんだよ。何度も謝ったりしてさ。下手すると、金はいらないとか言う店もあるんだ。可笑しいよね。パティシエの意志はどこにもない」
「うちの店は大きくしないよ」
「わかってる。でも、うちが繁盛して、店員が増えて、ああいう客が来たとき、うるさいから我が侭聞いてしまえってなるのは、嫌だ」
栄は苦笑しながら「それは無いよ」と言った。
「大丈夫。お前が面接すれば。お前は人を見る目があるだろ?」
光は笑わずに真剣な眼差しで栄を見つめる。
栄は笑うのを止め、手を組み、前屈みになった。
「例えどんな店員が来ても、俺がお前の誇りを守るから。さっきだって、俺はあの人にケーキを売る気は、これっぽっちもなかった」
そう言って指先を少し摘む仕草をして見せる。
「ハル兄は甘すぎる」
「お前は激辛過ぎだ」
その言葉に光は小さく微笑んだ。
「コウ。お前は心配しなくていい。大丈夫だから、お前はお前の菓子を作ってくれ。大丈夫。俺は父さんみたいには、ならないよ。絶対に」
栄は真っ直ぐに光を見つめ、誓うように言った。光はその瞳を見つめる。まるで栄の心の奥底を覗くような瞳で。栄はその瞳から、絶対に目を逸らしてはいけない、と思った。ほどなくして、光が先に目を逸らした。
「わかった」そう言うと、椅子から立ち上がった。
「ごめん。もう少し……喧嘩腰にならないよう気をつけるよ」
ぼんやりしていたら、聞き逃すのでは無いかと思うほどの小声で言った光に、栄は心の中で笑う。
「直すよ、じゃないの?」
「気をつける、よ」と、強調して再度言う。その言い方に、栄はため息を噛み殺す。
「はいはい。そうしてくれると俺も助かるよ」
栄は苦笑すると、光と共に事務所を出て二階へ戻った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
「続きが気になる」という方はブックマークや☆など今後の励みになりますので、応援よろしくお願いします。




