第104話 デート
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
駅に着くと、辺りを見回した。駅で待ち合わせ、とは言っていたものの、どこの前でという指定はなかったからだ。
美夜は腕時計を見た。時間には、十分ほど早く着いている。
きっとまだ来ていないのだ、と思った美夜は、駅の中には入らず、通りに面した壁際で待っている事にした。
大した時間を待っている訳でもないのに、時間の進みが遅く感じる。何度も時計を見ては、何分経ったか心の中で呟いた。
そうやってカウントしていると、次第に心臓の動きが速くなってきた。徐々に手に汗をかき始め、美夜は鞄からハンカチを取り出す。
「ねえ、誰か待ってるの?」
急に視界が暗くなったと思い顔を上げると、若い男が二人、美夜を囲う様に立っていた。
美夜が驚いて何も言えずに居ると、二人の男は顔を見合わせてアイコンタクトを取った。
「ねえ、彼氏、来ないんでしょう?さっきからここにいるよね?」
服をだらしなく着崩した男が、嫌な笑みを浮かべて言ってきた。
「俺ら、今から映画行くんだけど、君もどう?」
もう一人の顔の黒い男が言った。ガムを噛み、にやけた顔を近づけてきた男を、美夜は嫌な顔をして「退いてください」と言い、避ける。
「退いてくださいだって。君、かわいいよね」
先に声を掛けてきた男が、一歩美夜に近づく。美夜は鞄を胸元で抱え、顔を伏せた。
「ちょっと、僕の連れに何かご用?」
美夜を囲んでいた男達は素早く後ろを振り向く。聴き馴染みのある声に、美夜は顔を上げて声の主を見た。
栄が「お待たせ」と微笑み手を振る。
美夜が泣きそうな顔をすると、栄は美夜の腕を掴み、「走るよ」と言い、男達の間から連れ出した。
男達は追っては来なかったが、栄は相手から見えない場所まで走り、大丈夫と思えた所で走るのを止めた。
栄は美夜の腕を放すと、近くにあった手摺りに寄りかかった。
二人は切れた息が落ち着くまで、ひたすら呼吸を整えた。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ……」
「大丈夫だった?怖かったでしょう?」
栄は息を切らしながら言う。
美夜は頭を横に振ると、「大丈夫です」と答えた。
栄は安心したように微笑み、顎を引いた。
息が整うと、「いやあ、三十近くなると、なかなか上がった息が落ち着かないわ」と苦笑した。
美夜は笑い声を上げ「二十三でもそうですよ」と答えた。
「じゃあ、二人とも運動不足って事か」
栄は苦笑し、頭を掻いた。
美夜は改めて栄を見た。
胸元のシャツを掴んでパタパタと風を入れ込んでいる栄の格好は、白のポロシャツにグラファイト色をしたシアサッカーのジャケットを羽織り、ブラックジーンズを履いていた。
シンプルな格好だが、とても良く似合っている。
「そろそろ行こうか。どこか行きたい所とか、ある?」
栄は美夜を見ると、優しい眼差しで問いかける。
美夜は小首を傾げ、考えるように左下に視線を向ける。暫くして「取り敢えず、お腹が空きました」と答えると、栄は小さく吹き出して「そうだね」と同意した。
二人は少し歩いて、大通りまで出る事にした。
「知り合いがイタリアンレストランをやってるんだけど、そこでいいかな?」
「はい」
美夜は栄の隣を歩きながら、周りの風景を見た。駅の反対側に来るのは初めてだ。小さな雑貨屋や、お洒落なカフェが点々と目に入る。
「ここだよ」と、栄はドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
店員の感じのいい元気な声が響く。
店内は、厨房が見える様になっていて、栄は厨房の中の一人に声をかけた。
「なに、珍しいじゃん。どうしたの?」
栄と同い年ぐらいに見える男性は、栄を見るなり嬉しそうに声を上げた。
「デートよ、デート」
栄がにやけながら答えると、栄の友人は美夜に目を向けた。
「これはこれは、また若い子連れて。犯罪じゃないよね?」
美夜は顔を赤くして俯いた。それを見た友人は「かわいいね、真っ赤だよ」と楽しそうに笑う。
「あんまり苛めないでよ。この子は、うちの従業員で美夜ちゃんって言うの。美夜ちゃん、こいつは、俺の高校時代からの友人で、徳山」
栄に紹介された徳山は、好感の持てる笑顔を美夜に向けた。
「はじめまして、ここの店長の徳山朔也です」
「はじめまして、中西美夜です。よろしくお願いします」
美夜が徳山に挨拶をすると、「美味しいのを作ってあげるから、いっぱい食べていってよ」とにこやかに言った。
最後まで読んで頂き、ありがとうございます!
「続きが気になる」という方はブックマークや☆など今後の励みになりますので、応援よろしくお願いします。




