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母のオムライスは、まずい。

作者: ハム

壮絶でもなければ、平和でもない日常の、生ぬるい毒から抜け出すまで。



私の母は、あまり料理が上手ではなかった。

〇〇の素、のような調理キットの買い置きが山ほど。


チャーハン?もちろん「永〇園」だ。


あれらはあれで美味しいものだと思う。誰が作っても簡単で美味しくできる、立派な企業努力の賜物だ。



母の料理はとにかく「食べられればいいじゃない」という感覚なのだろう。不味くなけりゃ上等、可もなく不可もなく、美味しくもない食事。調理キットの説明書通り、その分量通りに作ればきっと美味しいのだろうと思う。それを母が作るともう台無しなのだ。



炒めすぎて煮物と化した炒め野菜、焼きすぎてパサパサにかたくなった肉、低い温度で揚げたのだろう、油っこくベッチョリとした揚げ物。麻婆豆腐にいたっては汁物と化していた。


チャーハン?1人前の小袋で3人前を作ろうとするので、うっすら味のある何かゴワゴワしたご飯だった。



それの反動だろうか、料理は早くから覚えた。大人になった今では、たまに実家に帰って作ると父が私の料理を褒めてくれる。それが母は面白くないようだ。



母は私に対してはいつも「女」だった。父が褒めると面白くなさそうなのも、まさに「女」丸出しなのだ。

帰る度に父のご飯を作るように言われる。


「お父さん、あんたが作った方がいいみたいだから!」


少しイラつきながらそう言う。

父も私も少し苦笑いしてやり過ごす。


褒めてほしけりゃ、ちゃんと手順を守って作ればいいのに、と思う。傷んだ食材使ったり、鍋をほったらかしにしたりしなければいいのに、と。料理を覚えてわかった。美味しいものを食べさせたい、美味しいものを作りたい、そう思って丁寧に料理すれば、それなりに美味しくなるのだ。



私には兄が2人いるが、この兄たちがいるとまた母の態度は変わる。兄たちの前では「優しい母」なのだ。甲斐甲斐しく世話をやいて、兄たちの好物を作って並べ、

「ほら、たくさん作ったんだから、もっと食べなさい」と「母」を演じる。


兄たちも母の料理で育っているので、好きな食べ物といえど「刺身」とか「焼肉」とか無難な物を言う。兄の子供たちが「ハンバーグ」とか「えびグラタン」とか母が作れない物を言うとどうなるか。


私が呼び出され、作らされ、私が帰ったあとに「母が作った料理」として提供されるのだ。

兄はさすがに気づいているが、お嫁さんや子供たちは知らないのでみんな黙っている。その方が平和だからだ。



私にとって、母は「母親」という感覚がない。兄にはこのように世話をやくが、私には一切しないのだ。兄の野球の応援には欠かさず行き、学校行事もちゃんと行っていたらしい。私のには、来てくれたことが無い。発表会も、授業参観も、運動会も、卒業式も。


決まって文句は「だってしょうがないじゃない!」


兄の方に行かないといけない理由があったり、

仕事が忙しいとか、あんたは1人でも大丈夫でしょとか。とりあえず「しょうがないじゃない!」で済まされていた。何もかも。小学生のあたりで諦めた。この人は私のお母さんには一生ならないのだろうと。


それどころか、親子が逆転しているんじゃなかろうかと思うほど、ワガママを言ったり拗ねたりする。兄のお嫁さんや父や姑の悪口も、私にしか言う相手がいないのだ。外面が大変良いので、私にしか汚い所を見せられないのだ。父も姑である祖母も、母がこんな事を言ってるなんて知らない。母の友人たちも、こんな母を知らない。

なんなら「こんな素敵なお母さんがいていいわねぇ、羨ましいわ」なんて言われる始末。


私にだけ本性と女をむき出しにする母。

それなのに年々私へのライバル心をむき出しにしてくる母。そして年々、老いていく母。


母、と書いていても違和感しかない。私を産んだ事は確かなので、母なのだろうけど。友達や他の人の「お母さん」とは、大きく違うのだ。例えば母の用事の為に手伝う約束をしていたが、急な熱や怪我をした事があった。母はもちろん用事を優先、私は薬を飲んで熱や痛みを堪えながらやり過ごした。臨月の時に重たい荷物を運ばされた事もあった。普通の母親なら、子供の体を労るだろうと思うが、一切無かった。

これが兄なら「あら可哀想に、いいから寝てなさい」なんて言うのだろう。



兄にとって、きっと母は「母親」なのだろう。


私にとって、母は何なのだろう?


母にとって、私は何なのだろう?



こういうのを「毒親」などと言うのだろうか。

毒にしてはまだ軽い方だろうか。


熱があろうが怪我をしようが母の手伝いをし、

散々嫌味を言われながらも代わりに料理を作って提供し、

愚痴や悪口を延々と聞かされ、その秘密を守らされ、

些細な事でライバル心を燃やされ、心無い無神経な言葉を吐かれても、仏の顔で動じないようにしていないといけないのだ。


なぜなら、私が怒ると母が大変なことになるのだ。


「だってしょうがないじゃない!」は当然と言うのだが、私が電話やメールを無視すれば、ストーカーもびっくりなくらいの返信をしてくる。何百回でも。家にも夜中だろうが押しかける。そして喚き散らすのだ。


「だってしょうがないじゃない!」と。

自分はいかに可哀想で苦労したかを語り出す。

母の言い分をまとめると、つまり私は、母に何をされても怒る権利もない、という事だ。私が怒るのはおかしい事で、母を可哀想とも思わない親不孝者のする事なのだそうだ。

しかし、私がそれを言うと「そんな事言ってないじゃない!」とまた喚くのだから、もはや理解不能である。



「あんたを母親だと思ったことはない」


思春期の頃に1度だけそう言ったのを、何年経っても根に持たれてるらしく今でも蒸し返しては恨み言を言われる。今も同じ気持ちだと言えば、発狂するだろうか?



どうしたら、私から離れてくれるのだろう?

時折考える。いっそ家族みんな見捨ててどこかに逃げてしまおうか、と。

そんな私にも家族がいる。子供たちが大きくなったら決行しようと、今はやんわり企んでいる。




そんな私でも「お母さん」を求めていた事があった。

幼い頃に、もうずっと昔のことだ。

寂しかったのだろうと思う。兄たちと同じように大事にしてもらえない事が。

私が女の子だから?末っ子だから?嫌われた理由を一生懸命考えていた気がする。何とか好かれようとお手伝いを色々と頑張って、いい子にしようとしていた。何一つ褒めてもらえた事は無かったけれど。


どれだけ考えても無駄だった。

何をどう頑張っても実らなかった。

私の努力が足りなかったのかもしれないが、

諦めてしまったら、とても楽になった。

だから、もうそれでよかった。



でも、ひとつだけ。



「お母さんの味」を諦めきれなかった。



料理が下手な母の作る、まずいオムライス。



まずいのだ。美味しくはない。

大量のケチャップでご飯はベチャベチャで、卵は焼きすぎてボソボソで。



でも、時々無性に食べたくなるのだ。

自分で作っても、全く違うものになる。お店なら尚更、美味しいオムライスでしかない。違うのだ。


私が食べたいのは、ベチャベチャのボソボソの

まずくて美味しくない母のオムライスなのだ。




兄なら作ってもらえるのだろう。

「母さん、オムライス食べたい」と、言えば。

兄のためなら母も作るだろう。



私のためには作ってくれないのだろう。

だからきっと、もう二度と食べられない。


子供の頃の思い出の味。


私の「お母さんの味」。



どうしたら諦めがつくのか悩んで、

諦めることも、諦めた。


あともう少しだけ、あの人の奴隷を演じていよう。



鎖も外れてる、逃げ道も確保してる。

もう迷ってない、腹はくくった。

いいタイミングが来るのを、待つ。仏の顔で。



正解か、不正解か、よくわからないけど

きっと不正解なんだろう。


親不孝者でごめんなさいね。

母さんの愚痴や悪口を聞いてくれる人はいないね。

裏で手伝ってくれる人もいないから、もう兄たちや人様にいい顔ができなくなるね。

そうなってもきっと、何も反省や後悔などしないであろう貴女に。



さよなら、クソババア。

元気でね。



そう言える、その日まで。あとすこし。














スッキリもしませんし、はっきりもしませんが、生ぬるい毒が故に、なかなか抜け出せない人が多いのではないでしょうか。

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