8話
お化け屋敷を出た俺たちは、春月の誘いによって観覧車へと足を運んだ。
対面するように向き合う二人。
「孤高先輩……先程はすみませんでした」
「春月がなんで謝る?」
「その……ゆかが行こうなんて言ったからです」
視線を落とした彼女は、申し訳なさそうな表情を見せる。
「俺だってその提案に乗った側だぞ。春月が悪い要素はどこにもない。強いて言えば、運が悪かったってことだな」
片手を椅子に乗り上げて横に首を動かす。
茜色が一面覆った空模様に、街全体が芸術作品のように美しさを輝かせている。
「……先輩は、優しいんですね。ゆかとは違ったんです、ね」
「どうした……?」
毛色の異なる声。
同時に、春月の雰囲気が変わったように思えた。
「勝負はゆかと先輩、二人とも負けです。つまり、嫌っている理由を離すと言っているんですよ」
「いいのか? それはまた別の形で再びやれば……」
「どちらにしても、ゆかは先輩に酷い態度を取ったんです。その説明責任は私にありますから」
力の抜けた口調。
すると、上の空に目をやった春月は乾いた唇を開く。
「ゆか、中学校の頃にいじめられてたんです」
「……え?」
「それもクラスメイト全員から。理由はこの前の時とは違ったんですけど……意外って顔、しないんですね」
突然の告白に俺は戸惑いの色を隠せなかった。
春月が、中学校でもいじめられてたのか?
「いや、そうでないけど……まぁ良いか。それで、その時の理由はなんだったんだ?」
「……陰湿だったんですよ、ゆか。誰とも話さず、ただ教室内で本を読んでた。それが、気に障ったんでしょうね」
「陰湿……?」
嘲笑うように口元を緩める春月の瞳は、夕焼けに当てられて涙がキラキラと光っていた。
「そうです、最初は机の上に落書きだったり。でも、どんどん過剰になっていって卒業間近には、クラスから居ない存在として扱われていました」
「親や教師には相談したのか……?」
「はい。でも、どちらもめんどくさい出来事に首を突っ込みたくないのか、適当にあしらわれましたね」
「……」
今の春月からは想像も出来ない姿だな。
しかし、一体何を思ってこの過去話をしたんだ?
俺の考えが顔に出ているのか、彼女は苦笑いして再び語りだした。
「話の意味ですね……そんな過去のゆかと孤高先輩を重ねてたんです。あの、自分自身でも嫌気が刺す姿に」
「俺と春月はあの時、初めて出会っただろ。陰湿とか、過去とか。なぜ当てはめられたんだ?」
「……だって、先輩」
次の瞬間。
微かに眼光を強めた春月の双眼が、俺の二つある瞳を射抜くように貫いた。
そして、短い髪をなびかせると彼女は唇を上下に動かす。
「人に絶望、してるじゃないですか。期待も、関わりも全て。あの時、直雪先輩だけが助けに来てくれたこと。それに、孤高先輩の瞳は曇ってますから」
「っ……」
春月が言い放った言葉に、俺は無言で返した。
「高校に進学する時は変わろうって思ったんです……髪型も口調も雰囲気も。自分の過去を捨てたんですよ」
「……」
「分かるんですよ。孤高先輩はまるで過去のゆかを写していますから……だから、嫌いだったんです。忌々しい自分の姿を見ているようで」
一つ一つの言葉が。
耳元に入り込むでいく。
夕凪に当てられた春月の横顔は、今も哀愁が漂っていた。
■□■□
服の隙間から差し込む春の寒さ。
明るい色がだんだんと黒に染まりつつある空の下で、並んで帰り道を進んでいた。
「今日は色々とありがとうございました、孤高先輩」
「あぁ……いや。俺の方こそ休日を使ってまで誘いに来てくれてありがとうな」
横を通る車音が、二人の間に流れる沈黙をかき消す。
直雪が作ってくれた機会だったのに、結局最後まで春月を部活に取り入れることが出来なかったな。
そんな反省じみたことを脳裏で考えていると、突然一台の車が道路脇に停車。
「ようよぅ、そこのにぃちゃんにねぇちゃんのカップル。ねぇちゃんの方、俺たちと一緒にこれから遊ばねぇかぃ?」
「……誰か分かりませんが、こんな所でナンパは控えた方がいいと思いますが。下心丸見えですから」
近寄って来た男たちは全部で四名。
どれも金髪にチャラそうな服装を着ていて、あまり良い感じがしない。
即座に春月を隠すように前に出た俺は、牽制混じりに呟く。
「男はいらねぇんだよ。失せろガキ」
「……すみませんが、今日は後ろの彼女も怯えてるんで。ここは大人しく引いてもらえると――」
「うっせえんだよッ!」
刹那、腹部に鈍い音と共に痛みが走った。
膝から崩れ落ちる瞬間に、男の一人が殴り掛かってきたのを把握する。
「先輩ッ……!」
「こんな弱っちぃ雑魚なんて置いといて、俺たちとねぇちゃんは遊びに行こうぜ?」
横たわる俺をよそに、男たちは無理矢理春月の手を掴み車へと乗らせようと迫る。
もしここで彼女を逃しても、俺にとっては関係ない。
だが、身体はそれを否定した。
「っくしょぅがァァ」
「っ……がはぁっ」
伏せた状態で車乗しようとした男の足取りに、蹴りを食らわせる。
見事に一人転倒。
だが、それに逆上男たちは血相を変えて襲いかかって来るその瞬間に。
三者の声が響いた。
「そこの君たちッ! 何をやっているんだい、喧嘩は我々警官の管轄だ。今すぐに両者共に辞めてもらうか」
■□■□
「すみません、今回はありがとうございました」
「先に手を出したのはあちらだからね。これは正当防衛の範囲内だよ。勇気ある君の行動で、そこの女の子は救われたんだ」
少しのややあって、すぐに俺たちは解放された。
パトカーは先程の男達を乗せて暗闇へと消え去っていく。
「先輩……その、またありがとうございました」
「……気にしないでくれ。俺はただ、自らの意思で行動しただけだ」
身体に目立った傷はなかった。
幸い、明日にでも治るレベル。
そんな程度なのに、春月は微かな声で謝った。
「ゆかは勘違いをしていたんですね」
「何が、だ?」
「……孤高先輩は極力人との関わりを持とうとしていなかっです。それは今も同じ……でも、先輩は変わろうとしていました」
「……」
痛む腹部を手で押さえつつ春月の顔色を瞳に映す。
彼女は微笑むと、俺の片手を取った。
「先程、男達が来た時に先輩はすぐさまゆかを庇ってくれました。それだけじゃない。昼間のプレートだって、全て私を思っての行動ですよね?」
「……」
「人と関わりたく無い先輩が、ゆかに気を遣おうとするのはおかしいです。つまり、私と同じように過去の自分と決別したいんですよね?」
「……ダサいな、後輩の女の子に今更気付かされて」
乾いた笑みを浮かべた俺は、自嘲気味に嘆く。
だが、春月はゆっくりと首を横に振る。
「違います。先輩の過去に何があったかは知りません……でも、ダサく無いです。むしろ、今の孤高先輩は――」
夜空を見上げた春月は、もう一度俺に視線を戻して呟く。
「凄くカッコいいです。だから、ゆかも先輩が変われるように……手を貸しますよ」
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