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7話

闇色が支配する空間に二つの足音が木霊(こだま)する。

 

「……雰囲気は完璧だけど、人員不足なのか? お化けがまた数人しか出てきてないぞ」


「そもそもお化けって、人って数えるんですかね」


柔らかな感触と、甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。

 俺の腕に抱きついている春月は中間地点までの間、驚く素振り一つ見せなかった。


「で……これはどっちに行くべきなんだ?」


足取りを止める。

 目の前には、左右に分岐した道のり。

ここに来るまでに一度階段を登ったのでどちらも渡り廊下の部分だろう。


「奥も暗くて見えませんね……それじゃあ、左側へ行きませんか? なんとなくですけど」


「ま、両方とも最後には同じゴールにたどり着くだろうしいいか」


軽く返事を飛ばした俺は、身体の軸ごと方向変換する。

 

「ん……?」


カタン、と微かに物音が鳴る。

 がしかし、隣の春月はそれに気付いた様子も無い。


「どうしました孤高先輩?」


「あ、いや……なんでもない」


足を進めながら首だけ背後に回すと、先程の分岐点にあった右側の通路が視認出来ない。

 暗くて見えないだけか、と胸内で呟き視線を戻す。




■□■□




「ばぁッ!」


「……」


「……」


廊下を歩いていると、突然横の扉が開く。

 中から腐った緑色に穴の空いた服をまとったゾンビが飛びて出て来た。


「怖いですか、先輩?」


「まったく。という以前に、このお化け屋敷自体のクオリティーがな……」


手を前に出して後を追いかけてくるゾンビに目をやる。

 この屋敷の病院という雰囲気作りは良いのだが、やはりいまひとつ決め手に欠けるというか。

 そんなことを考えていると、不意に春月の足が止まった。


「……せ、先輩。あの子」


彼女の目線をたどると少女が部屋の前で座っていた。

 春月と頷き合い、その場まで行ってみる。

そして、顔が見れるように俺は膝まで下ろした。

 

「ぐすんっ……おにぃちゃん、おねぇちゃん。助けて……」


「これもアトラクションの一つなのか……? それでどうしたんだこんな所で」


「……この扉の中に、クマさんのぬいぐるみを落ちて来ちゃったの。でも、私の力が開かなくて……」


少女の背中には病棟の一室を開くドア。

 既に色落ちていて触るのをためらったが、先に進むことを考えると時間の無駄。

 腰を上げて春月と一緒にスライドさせると、四つのベッドが目に入る。


「あ、これなの……!」


「結構可愛いぬいぐるみさんなんですね」


手前のベッド上に置かれていたクマ人形に手を伸ばした春月は、そのまま少女へと渡した。

 

「ありがとうなのっ。これは凄い大事なお人形さんなの……良かった」


「それはそれは。これからも大事にするんだぞ?」


「うん! ありがとう、おにいちゃんにおねぇちゃん」


鼻歌を打ちながら胸元にクマを抱き寄せた少女。

 春月は彼女に近付くと、微笑みながら呟いた。


「そのぬいぐるみさんは誰から貰ったんですか?」


「……そ、それは」


「おい、春月……」


うつむく少女の様子からして触れて良い話題ではない。

 目配りするとすぐさま部屋から出ようと、ドアノブに手を掛けると同時に二つの声が聞こえた。


「ごめんなさ――」


「おねぇちゃん。この部屋にいたおねぇちゃんから貰ったの。でも、すぐに居なくなっちゃった」


急に発せられた重い言葉に空気は静まる。

 その中で、再び少女は唇を動かした。


「……みんな、みんなこの部屋に来て人形さんをとってくれるの。もっとお喋りしたいのに、なぜかすぐにどこかへ消えちゃう」


「みんな……?」


「うん、みんな。おねぇちゃんも、おにぃちゃんも。ぜーんぶいなくなっちゃう」


顔を伏せたままで話す少女の表情は読み取れない。

 だが、俺はここで一つ異変に気が付いた。

足が動かない。

 まるで接着剤で足元と床を貼り付けたように、身体全体が金縛り状態に陥っている。

 春月に目を移すと、彼女もまた動揺の顔色が見えていた。


「……だからね、決めたんだ。私、おねぇちゃんもおにぃちゃんも――捕まえちゃえばいいやって思ったの」


刹那、背筋に刃物で撫でられるような悪寒が走る。

 何か様子がおかしい。

そう思った時には、既に意識が闇に落ちていた。




■□■□




「……ぱい。先輩、孤高先輩っ」


「っ……ん?」


どんよりとした脳内から呼ばれる名前。

 まぶたを開くと、蒼白色をした顔の春月が俺を覗き込むようにして視界に入り込む。

 

「どう、したんだ……?」


「どうしたじゃないです。早く起き上がって下さい」


真剣な眼差しで見つめてくる春月。

 かかんだ姿勢から若干見えた谷間に視線が進むのを制して、俺は立ち上がった。


「もうどうなるかと思いましたよ。こちらの配慮不足でしたね、どうもすみませんでした」


声のする方向に振り向くと、そこには入口で屋敷の説明を行ってくれたスタッフさんが居た。

 そしてなぜか頭を下げながら。


「これはどういうことなんだ、春月」


「……それが、その」


「はい、私共の整備不足で本来右手に曲がる分岐点をお二人様は左側へ進んでしまいまして……」


顔を上げたスタッフさんは、とてもバツの悪そうな表情をしながら俺たちの顔色を確認する。

 すると、はぁとため息を吐きながら再び頭を下げた。


「ど、どうしたんですか?」


「実は、あの先には……」


「病棟なんてなかったらしいです。ただの行き止まりなんですよね?」


「はい……この屋敷にはたまに、その。今回のような事例が起こんです」


言葉を失った。

 それじゃあ、俺と春月があったあの少女は……。

次の瞬間、全身の毛が立つ。


「先輩……これは二人とも負け、ですかね」


「確定だな……否定しようがない」


その後、スタッフさんに何度も謝られてお詫びとしてファミレスの食事券を握らされた。


「……とりあえず、歩きましょうか」


「そう、だな……」

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