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6話

『デートとは空想である』


ジェットコースターに乗った後の空気感は盛り上がらない上に、他のアトラクションも同様。

 甘く楽しいと思っていた青春時代素直だった俺を返せ。


「ほら、春月の分」


「……ありがとう、ございます。その気遣いは普通ですけど」


手元のトレーを二つテーブルへと置く。

 春月と向き合うように席に座って、バレないように目を彼女の顔色に運ぶ。

 ご飯を渡された時の表情を視認。


「……春月。俺のことを生理的に受け付けないとか、そもそも本心からは嫌ってないだろ」


「それは、なんでですか。どこにその根拠があるんです?」


「そのトレー。そして、渡した時の表情。普通、生理的に無理な相手だったら食事ごと自らが運ぶだろ?」


指先で彼女の正面に置かれたご飯らを示す。

 

「……じゃあ、本心から嫌っていないってのはどうなんですか? ゆかはこれでも孤高先輩のこと、嫌ってますけど」


「それを本人の目の前で言うな。本心からってのは、その態度だ。本当に嫌な相手ならスマホをいじるなり注意を散らばせる」


俺がトレーを運んだ時だけじゃない。

 園内を巡った二時間。

歩くのはもちろん、待ち時間でさえスマホを取り出す様子もなく俺と会話を交わしてくれている。

 本当に嫌いな相手なら時間を会話以外別の何かで潰そうとはずだが、彼女はその仕草が見られない。


「……先輩って、意外と人の顔色見ているんですね」


「少し、事情があってな……機嫌を取るのだけは得意分野として履歴書に書ける」


愛想笑いを浮かべていると、春月の視線が俺をじーっと離すことなく注がれた。

 適当に誤魔化しつつトレーのパスタを口に入れながら、話題を逸らす。


「で、春月。これからどうする? そっちの希望があれば聞くけど」


「そうですね、ゆかは特に……あっ」


「何か思い付いたのか?」


「まぁ、そんな感じです……先輩はゆかに嫌われてる理由を知りたいんでよね?」


急に、ニヤニヤと笑みを浮かべながら身体を乗り出してくる春月。

 

「出来れば、な。今のところは本人から口を割ることも無さそうだし無理だけど」


「そう悲観しないで下さい。一つだけ、孤高先輩に提案が有ります」


「……というと?」


動かしていた手先を止めた春月は、自らの唇へ添えるように指を運ばせてつぶやいた。


「賭けごと、しませんか?」




■□■□




「ここってまさか……」


「はい、その通りです」


俺は昼食を済ませたあと、春月に連れられてとあるアトラクションの前にたどり着いた。

 目線を上げると塗装の落ちた闇色の外観に、明るい遊園地内で唯一不気味な異彩を放つ建物。


「お化け屋敷……あ、そういうことだな。俺と春月のどっちが先に驚くのかを競い合うってか?」


「そうです。でも、やっぱりそういう普通なルールだとつまらないじゃないですか……ってことで一つ追加します」


人差し指を立てた春月は、腰を折ってかがむ姿勢になると小悪魔的な笑みを見せた。

 その仕草に俺は顔が火照る。

照れ隠しに目を逸らしつつ、一呼吸置いて返す。


「追加……?」


「それは、孤高先輩がゆかに惚れたら負けです」


「その意図はなんなんだ」


「簡単なことですよ。ゆかは驚かずに先輩を惚れさせたら勝ち。逆の条件で先輩は負けです」


そして、と一拍空けて春月は言葉を続けた。


「勝者は敗者に一つだけ質問する権利が与えられる。このルールでどうですか?」


なるほど、これで俺が勝てば春月の嫌っている態度の理由を模索出来る訳か。

 しかし、一つ気に食わない。


「春月、そっちが勝って何か得があるのか? これだと一方的な賭けになるが……」


「ふふっ。ゆかはルール上、先輩に色仕掛けでからかうことが出来るんです。まぁ、楽しむついでですけどね」


「……なら、良いんだが」


眉根をひそめつつも、ここで困惑しているのは時間の無駄だ。

 首を横に振る。

俺と春月は両者の合意のもと、お化け屋敷の中に消えていった。




■□■□  




前に並んでいるペアが説明のため奥へと進んでいく。

 次で俺たちの番。

数分後、呼ばれて黒い布で中身が見えなかった部屋に足を踏み入れる。


「どうもこんにちは。今回はこのお化け屋敷に入園して頂き誠にありがとうございます」


控えていたスタッフさん淡々と屋敷のルールを解説してくれた。

 その一、お化けに触れない。

 そのニ、怖くて進まないとなった時は、リタイア部屋へ進む。

 その三、本物の幽霊に出会った時は焦らずにその場を去る。


「以上がこの屋敷でのルールとなります」


読み上げられる中で数点気になる所はあったが、知らなかったことにしておこう。

 待つこと数秒。

俺と春月は、呼ばれて屋敷内へと入っていった。






「先輩、もしかして既にビビってます?」


「いいや、こんな序盤でうじうじしてても先に行けないからな。どんな仕掛けがあるか確認している」


真っ暗闇の空間をあらかじめ渡された懐中電灯一つで、歩んでいく。

 右には長細い椅子と古びたテレビから絶え間なく流れている色の失われた砂嵐の雑音。

 左手側には、受付所と書かれた立て札が丸いテーブルの上に置かれていた。


「このお化け屋敷のコンセプトは『病院』なんですね」


「それが逆に気持ち悪さを演出しているけどな」


流石にアトラクション用に作られた建物だとは思うが、やはり夜の黒に染められた病院は怖さを感じる。

 それにもう一つ。

先程から三分程度は進んでいるのにも関わらず、お化けが誰も居らず人気の気配が無い。


「邪魔する方々もいない訳ですし、最初から攻めちゃいますかっ」


「……うわっ!?」


俺の口から言葉が漏れる。

 隣を歩いていた春月が、突然二の腕に自らの身体ごと絡みつけてきたのだ。 

 

「どうですか、先輩。ドキッとしましたか?」


「っ……そ、そんなこと無いぞ。むしろこのくらいの張り合いがなければ勝負にも成り立たないからな」


「ほぅ、言いますね」


無理やり口元の端を吊り上げ笑みを作るも、内心は当てられた柔らかな感触に意識が注がれていた。

 布切れ数枚越しに接触する女性特有のそれ。

二の腕の丁度上に乗っかるようにして当たった乳房は、ぼっち思春期男子の俺ですら野獣化しそうになる。


「す、少しくっつき過ぎじゃないか?」


「これくらいじゃなきゃ張り合いがないんですよね?」


顔を覗き込んでくる春月の表情は、悪魔のような笑顔を見せている。

 何も言い出さないでいると彼女が不意に耳元に唇を近付けささやいた。


「もし、孤高先輩が惚れて負けた宣言をするとしましょう。その時は、ゆかに告白する権利を与えちゃいます」


「……え?」


「ゆかは吊り橋効果で先輩を好きになるかもしれない……ね? この意味、分かっちゃいますよね」


耳から顔を離すと春月はニヤリと不敵に微笑んだ。

 自らの可愛さを理解した上での一手。

告白して春月を彼女にする可能性を手にするか、耐え抜いて嫌われている理由を知る権利を得る。


「……これだから、女子達から悪くも思われる訳だな」


「えっへん。可愛いは女子高校生の特権ですよ? 使わなきゃ損ですね」

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