1話 邂逅
ラブコメ、頑張りました。
『青春なんて言葉は存在しない』
偽りなく自身の高校生活をまとめた結果に導かされた一言。
友達と遊んで過ごし、各々が恋心を灯し始める高校生。
二年生にもなる時期にはクラスから数名のカップルが誕生する。
「ま、元々こっちから青春なんてのはお断りだ」
騒めきあう教室内で俺は一人、机にうつ伏せで寝ているフリをする。
こうすることによって、話しかけるな周囲に放つことが出来るのだ。
『ねー、この後駅前のカラオケ行かない?』
『まじいいな、それッ。やっぱ青春って感じするわ俺たち』
『あーし、今日バイト入ってるからパスするわ』
午後十五時を時計の針が差している。
この時間は六限が終わり、帰りの連絡事項を伝える先生待ち。
「やぁ諸君、席につきたまえ」
ガラガラ、と扉が開かれると同時に響く女性の声。
軍服のような服を身に纏いながら、ひらひらとした意味のないように思えるローブを揺らす。
「今日は随分と賑やかだね」
とても先生とは思えないような口調に服装だが、彼女こそがこの教室『2-5』を受け持っている担任。
会話に花咲いてた者達は彼女の存在に気付くと、自らの机位置に戻っていく。
「よし揃ったね。それじゃ、今日の連絡事項は……」
「ふぁ……眠たいな」
俺も彼らに見習うべく木の板に付けてた顔をゆっくり起こさせると、漏れ出るあくびに手を仰ぐ。
ここは窓際席の一番後ろ、適当に聞いていてもバレない。
先生の話し声を耳に流しつつ視線を左に動かすと夕刻の光が、窓越しに射し襲ってくる。
「おーい……おーい、『孤高殿』ッ。私が喋っているのに上の空とは良い度胸しているね?」
「あっ、その……すみません」
「……放課後、職員室集合だよ?」
はい、と首を倒しつつ答える。
教壇から鋭い眼光でこちらに視線を向けてくる先生に加えて、三十何名のクラスメイトから注がれる瞳。
「今日は運が悪い日だな……うん、最悪だ」
■□■□
「……ということで、今日は見逃す。しかし、次は許さないからね? 分かったかい、孤高殿」
「『東雲』先生、先程はすみませんでした。明日からはちゃんと話を聞きます」
会話を交えながら担任東雲先生の容姿を瞳に映す。
細くキリッと整えられた双眼に、短く切られた髪の毛。
一言で表すと美人なのだが、彼女には少しこじらせた欠点があるため生徒間では『残念美人』と呼ばれている。
「よろしい、では今後はこのようなことが無いように努めたまえ」
「はい。自分も尽力します」
空調の効いた職員室から廊下へと足を踏み込む。
季節は春。
つい最近春休みを挟んで学校に登校し始めた時期だ。
「っと、予定よりも少し遅くなったな。さっさとカバンを取って帰るとするか」
小走りで教室まで行き荷支度を済ませて、先程昇った階段を今度は逆に降り。
歩いていると、時折聞こえる体育部の練習声が虚しい校舎に響き渡る。
この時間帯だと校舎には、部活に所属する生徒以外は基本帰路に着くので静まり返っているのだ。
「気分治しに寄り道でもするか」
下駄箱へは直接行かず、一階にある教室から人気の離れた場所に進む。
カタカタ、と反響する足音。
周りに目線を巡らすと、使われていない部屋や古びてほこりが認識出来るほどの室内が。
「ここは現在、使用されていない区画なんだよな。俺にとっては誰もいないから返って良いんだがな」
廊下の行き止まりまで歩むと、振り向いて来た道を帰ろうと一歩踏み出す。
がしかし、隣の教室から突然扉のスライドした音が鳴り響くと同時に、一声放たれた。
「いきなりで悪いけれど、私の部活【孤独部】こと文芸部に所属して欲しいの……いえ、しなさい、よ」
「……っは?」
■□■□
それからややあって。
薄暗い室内の中で、俺は一人座らされていた。
「……で、一体何用なんだ?」
正面に対峙する女を睨みつけながら、先を進めさせる。
ほこりかぶった室内は日当たりが相乗して嫌に居心地が悪く、無言の空気は時間を刻む針の音だけが響くばかり。
「あのな、俺もこう見えて忙しいんだ。早くこの状況を説明してくれないか……?」
「……そう、ね。ごめんなさい、順序をちゃんと踏むべきだったわ。こんな半ば強引に中へ入ってもらって……」
先程の口振りとは裏腹に、しっかりと謝ってきた。
まぁ俺も短期になりすぎたかもな。
ゴホン、と咳払いする。
「それで、さっきも言ったが何用だ。そっちの事情がいまいち分からない。どうして急に……?」
怪訝な視線を向けると、女性は反応するように頷く。
室内が暗がってよくは見えないが、伸ばされた髪の毛にモデルのように完璧な鼻作りと顔立ち。
桜色の唇に、雪結晶のように白く透き通った両瞳はまるで俺を冷静に分析しているように感じさせる。
「そうね、一から話すわ。私は今年度から新たな部活【孤独部】こと文芸部を設立しようとしたの」
「【孤独部】……?」
名前からして不気味としか言いようがないな。
目の前にいる女子生徒のセンスを疑うぞ、これ。
「そう。でも、部活を設置するためには場所と人員の確保が必要なのよ。場所は空き部屋のここに決めたのだけれど……」
「人員が足りない、と」
「その通りね。あいにく私は友達付き合いの範囲が狭いから、誘える相手も居なくて……」
真剣な眼差しでうなる彼女。
それはそうだろう、こんな異様な部活名を付ける者と仲良くなりたいとは誰も思わないだろうな。
吐息混じりに肩をすくめると、俺は一つ質問する。
「それで、その人員ってのは何人必要なんだ?」
「……三人よ。今日一人確保出来たから、残りは後一名なのだけれど、困ったわ」
「あれ、一人いるんだな。って、あれ……その一人ってまさか俺のことじゃないよな?」
「あら、結構貴方頭の方は早く回るようね」
俺が困り果てた顔色したのを感じ取ると、彼女は再び言葉を紡いだ。
「ふふっ。女性から頼られたら普通、紳士な男性は受け入れるものよ。私、貴方のこと気に入ったわ。名前は?」
「……二年五組。『孤高 千冬』だ」
「じゃあ、これから貴方のことを孤高君と呼ぶわ……私も一応。二年一組『直雪 今宵』よ」
「えっ……直雪って、その名前……」
聞き覚えのある。
クラスメイトが前に噂話をしていた。
直雪今宵こと【氷結の花】。
この学校で男子に一番告白されている女子生徒。
そして誰に対しても自分の意見を強要する高飛車な生徒であり、校内の女子生徒で一番嫌われている人物。
「ご明察。宜しくね、孤高君?」
言って、無人の教室内で手を差し伸べてくる直雪。
その姿を捉えて俺はなぜだか予感がする。
彼女の出会いは、これから俺の私生活に影響を与えていくだろうと。
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