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死にたい私たちの救済  作者: ゆづにゃん
異常な彼女と不思議な死神
6/18

006 薄っぺらい人間

「.....」


「どうした麗奈?そんな顔して」


「い、いや...何でもないよお父さん」


焦点のあっていない目を擦って、もう一度目の前の人間の顔を見る。

その表情は、私が生まれてから初めて見たといっても過言ではない程の穏やかな笑顔。


(.....怖い...)


その向けられる初めての笑顔に身の毛もよだつような恐怖を感じる。

今まで子供の時から暴力等そういったものは何も受けたことは無かった、一度道路に蹴り飛ばされた事があったが...あくまで私は生きているし過去の出来事だと割り切っている。

ずっと侮蔑と差別的な目で見られ続け暴言という見えない拳に殴られ続けてきた。

普段の父は、私の事を最悪な過去の産物として、腫れものでも見るかのような顔をするのに。

なのに、どうして...?

胸にあるのは、意味が分からないという恐怖と、またいつあの表情に戻ってしまうのだろうか?という怯えだった。


「それより友達と遊んで来て疲れただろう?お茶を入れてあるから飲むといい」


「う、うんありがとう」


机の上にあらかじめ置かれていたガラス製のコップには麦茶がナミナミ注がれている。

家族からの優しさ、私が絶対に得られないモノにただ恐怖が募っていく。


「最近あいつは帰ってきてるのか?」


あいつ呼び...多分お母さんの事だろう。


「帰っては来てない、けど...お金はちゃんと入れてもらってる」


「そうか...」


何気ない非日常の会話の一言、一文字に異常な程緊張し喉が渇いていく。

折角父が入れてくれたのだから、と気を遣うようにコップを手にした。

その時麗奈が重い願っていたのは、先ほどまではみじんも感じていなかった期待だった。


もしかしたら父は、私の事を必要としてくれていて、家族関係をやり直しに来てくれたんじゃないか...


なんて夢を思い描いていた。

そんな脳内お花畑を展開させていた麗奈は、その液体を何の迷いも、疑いも、不信感さえもなく口元に運ぶ。

その時麗奈は気が付いていなかったのだ、後ろの父親の狂気を感じるほどの醜悪な顔に...

何も知らずに麗奈はコップに口を付けようとして...


「ッ!?え...」


口を付けるその前にそのコップは空中で突如として、割れた。

それはもう明らかに不自然に...

コップは粉々に砕け、床に落ち液体は麗奈の服に付着する。


「な、なんだったんだ今の...」


「わ、分かんない...けど」


そのあり得ない現象に戸惑い困惑する麗奈は、一先ず自分の濡れた服を見下ろした。


「とりあえず風邪ひいたら不味いし、服着替えてくるね」


「あ、待て麗奈ッ...」


リビングから飛び出ていく麗奈、咄嗟に引き留めようとした父親の言葉を振り切って濡れた服を恥ずかしそうに自分の部屋へと駆けていってしまった。


「ちッ...くそが...」


机を静かに殴りつけて、一人残された父親のぼやきがリビングに響く。

笑顔の仮面を脱ぎ捨てた、本来の男は面倒くさそうに顔を歪め、煙草を取り出して口にくわえた。


「上手くいきませんでしたねぇ」


そう言って隣の部屋から出てきたのは奇抜な髪型をした青年。

その瞳は濁り、歪んだ表情を浮かべている


「にしてもなんだってコップが...これガラス製だよな...」


「あーあ睡眠薬ぱぁになったんだけど...これ結構値張ったんだぜ...」


後から出てきたのは明らかに麗奈の父とは釣り合っていない、イケイケな見た目の青年たち。

...青年とは言えないかもしれない、なんていうか明らかに汚れている、見た目も精神も性根も...不良の成れの果てとでもいうべきだろう...裏の世界の人間だ。


「てか澤木...一応聞いとくがお前本気か?一応自分の娘だろ」


「知るかよ、あいつは俺にとっての人生最大の汚点だ」


麗奈が抱いていた思いはその一言で簡単に壊された。


「ッ!.....」


その一言が階段から降りてきた麗奈の胸の内を大きくえぐる。


「はっきり言って消しちまいたいんだよ、出来ることなら記憶からもな...あんな女とのガキなんて存在するだけで気味がわりぃ」


口から煙を吐き捨てる、その父の言葉はどんなに美化しても誤魔化しようのない本音だった。

それは、先ほどまで都合のいいように勘違いしていた麗奈にも理解できた。


(私は...何を勘違いしていたんだろ...)


父が、私が生きている事を望んでる?そんなわけない、必要とされるわけがない。

今まで、子供のころからずっと言われてきたじゃないか「なんで生まれてきたんだ?」って...

それなのに浅はかな私は、少し父がまともに喋ってくれたから勘違いして馬鹿みたいに可愛い服にまで着替えて...

これじゃあまるで道化じゃない...


「あ..れ...」


いつの間にか涙が零れていた。

何度目か分からない涙、もうとっくに枯れ果てていたのだと思っていたけれど...

少し優しくされるだけで、これかぁ...


(ああ...もう、死にたい)


いっその事誰か、私を殺してよ...

これ以上私に恥をかかせないで、これ以上私に希望なんて、夢なんて見せないで...

希望も夢も、私にとってはただの毒だ。

毒に侵され苦しみながら死ぬくらいなら、いっその事楽になってしまいたい...

これじゃあまるで介錯のない切腹をさせられている気分だ。


(ああ、けど死んだら死神に迷惑か...あ、あははは...)


結局私は、生きても死んでも迷惑をかけ続けるのだ。

迷惑をかけたくないのなら腹に刺さった刃に、痛み悶えながら苦しむ続けなくてはいけない。


(それならいっその事...()()()()()()()()()()()()()()()()()...)


麗奈の胸に宿るのは深い深い絶望。

それは誰かに対してではなかった、自分に対しての深い絶望。

こんなにも弱い自分に対して...それに、結局誰にも自分が必要とされなかったことに対しての...

絶望が麗奈の首を絞め上げて...今にも私という存在を締め上げようとして来る。

そんな私の耳に、本当に都合のいい言葉が聞こえた。


「今すぐ逃げて」


それを口にしたのは私なのか、それとも幻聴なのか分からない...

私は視線を下に落としたまま顔を上げることはしない、今は見たくなかった。

一人という孤独な世界に埋もれていたかった。


「レナの父親は...レナを何処かに売る気だよ」


「例えそうだとしても...最後に役に立てるなら...悪くないわ」


「...君は...どうしてそこまで!...」


聞き覚えのある声をした幻聴は、私のその言葉にありえない!とでも言いたげに呟く。


「だって...私、誰からも必要とされなくて...苦しくて...けど、最後に求められてるんだもの...嬉しいの」


本当にそれが彼女にとっての幸せなのだろうか...

今僕は、このまま彼女をおいて離れていくのが正しいのだろうか?...


「そんなわけない!それが幸せなわけがない!...それはただの妥協だろ!?」


いくら肩を掴んで揺らしても彼女は話を聞いてくれる気配はない。

もうだめなのかもしれない...けど、そんなの僕が納得できるわけがない。


「ごめんレナ...僕は納得できない」


今の彼女には言葉は届かない、少しでも意識を戻すためには...

少しでも時間を置くこと...だから今は逃げてもらう。


「走って"逃げろ"」


彼女の顔を両手で押さえると、無理矢理顔をあげレナの涙で揺らめく瞳を睨みつけ、そう命令を下した。





「にしてもあの女が300万ねぇ...確かに整った顔立ちしてやがるが...ガキだぜ?」


「買い手はアメリカの日本人好きの変態だ、といっても最初は150万だったんだがなぁ...右目をほじったら倍プッシュだってよ」


「うへぇ...欠損趣味かよ」


「まあ今まで金払ってきたんだ、精々返却してもらうさ」


下卑た男たちは怪しく笑う。

それは人の皮を被った金欲の塊、。


「睡眠薬は使えなくなったが...まあ、いいだろ...睡眠薬使わなくたって相手は女一人、簡単に...ん?...ッ!?」


玄関から少しだけ物音が聞こえ、一瞬だけ視線をそちらに向ける。

澤木と呼ばれる麗奈の父が見たのは麗奈が靴を履いて家から出ていこうとしている姿だった。


「待てッ!麗奈ぁぁあッ!!」


叫ぶ父親、だが麗奈は振り向かず外へと飛び出した。

重苦しいドアの閉まる音が響く。


「クソがッ!捕まえろッ!」


「ちッ!めんどくせぇなぁッ!」


「手間かけさせんじゃんねぇよ!」


慌てて家から飛び出していく男達、全力疾走で麗奈を追いかけようとしたその時...

家前で誰かのわざと伸ばされた足に引っかかり全速力で走っていた勢いのまま道路に倒れたこんだ。


「うがッ!」


「なんだてめぇッ!邪魔すんじゃねえッ!」


明らかに麗奈の行動を邪魔する為にやったとしか思えない行動。

暗闇の中、照明塔がその少年を照らしていた。

気味が悪い程白く染まった髪に、吸い込まれそうな蒼い瞳、黒いロングコートを羽織った少年は...

確かに、笑っていた。


「人間は、欲の為なら他人を傷つけることも厭わない」


けど彼女は確かに苦しんでいた、例え自分が悪くないのだとしても。

人間として、彼女の方が異常で、目の前の男たちの方がまともなのだろう。


「はぁ?何言ってんだお前、学生か?....てかなんで笑ってやがんだこいつ、気持ちわりィ...」


「てかどけよッ!殺すぞッ!」


男たちの怒号が飛ぶ...

彼らは慢心していた、相手はただ一人の人間、それも学生くらいのガキだ。

絶対に負けるわけがないと、思い込んでいた。



―本当に相手が人間かどうかも分からないのに...



「それがどんな関係の人間なのだとしても、だ」


彼女はこんなろくでもない父親をそれでも尚気にしていた、こんな親の為に死を選ぼうとさえしていたのだ。

それはどれだけ凄い事だろうか。


「クソがッ!てめぇのせいで見失ったじゃねかッ!」


「サンドバッグにした後、服むしってネットに画像流してやるッ!!」


「正義のヒーローごっこのつけだなぁ?学校生活もこれで終わりだなぁ!?」


「おら死ねやッ!」


憤りを隠さず振りぬかれるその拳は、その怒号に煽り文句は...


「だから僕は、そんな薄っぺらい人間(キミたち)は大嫌いだ」


血と悲鳴が簡単に塗りつぶした。





「何してるッ!速く麗奈を追いかけ..や..がれ...」


色々と関係者に根回しをしていた麗奈の父が、慌てて家から出てきた時に見たのは...


「あぎゃぁぁぁあッ!?」


「う、腕が...腕がぁぁぁあッ!?」


「悪かったッ!もうあのガキからは手を引く!だからぁ!...ぁぁぁぁあッ!?」


消えかけた照明塔が薄っすらと照らす、血まみれの鎌を手にしている少年と血の池に倒れている人間の姿。

しっかりと目視できないその暗闇の中、唯一父親が確かに見たものは...


「あ..ぁぁぁぁあッ!...悪魔ッ...」


爛々と輝く、人とは思えない程惨忍な()()()と...









―美しい三日月だった。










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