004 満たされている日々
あれから結局追いかけたはいいが、彼女の姿を見失ってしまい、何処に住んでいるかも知らない死神ははるか上空で朝が訪れるのを待っていた。
彼女の服装は、何処のかは知らないけれど学生服だった、引きこもりでないなら明日の朝には出てくるだろうと思っての行動だ。
とはいえ...自殺しようと考えている子が普通に学校に通えているとも思えないけれど...
「んー、おっ...いたいた」
社会人のほとんどが忌々しく思う朝日が闇を消し飛ばして、空の雲を認識できるくらいの時刻、多分7時くらい。
道路を見下ろしながら昨日の彼女の姿と制服を探しながらふわふわと飛んでいると、それらしい後姿が目に入る。
ただ...死神の予想とは違い...
(...友達?...)
話しかけようか、とも思ったけどなにやら友達?だと思われる少女と話していたので、一先ず空気を読んで、気づかれないように後ろからついていくことにした。
といっても浮いているので足音も何もない、なのでできるだけ近づいて、自殺する理由の情報収集がてらこっそりと会話に耳を傾けた。
「―でさ、その歌がめっちゃ面白くてさ」
「え、そんなに?後で送ってよ」
「うん、送っとくね~...―あ、そういえば数Ⅰのプリントやった?」
「やったよ~...あ、待って!やばッ!」
自殺志願者の友達は、言われて思い出したのか慌てて自分のバックを漁り...ショックを受けたように固まった。
「プリント...家に置いてきちゃった」
「あははッ!ツナは抜けてるなぁ...」
「もう笑わないでよ~...どうしよ、取り入った方がいいかなぁ」
「数学の名倉、怒ると長いよ~」
「うぅ...取りに入ってきます、先行っててレナ!」
「は~い、走って転ばないようにね~」
「分かってるー」
慌ててかけていく友達に、朝自殺を行おうとした彼女ことレナは優しい笑顔で手を振って見送り...
姿が見えなくなった途端、その顔から張り付けたような笑顔が消えた。
「友達に何かご不満が?」
「ひゃッ!?」
耳元で小さく息を吹き込むように言葉を口にした死神は、レナの初めて見た可愛らしい声に満足げに頷き...死神の顔面を正確に、バックが殴りつけた。
一つ言っておくと、高校生のバッグの中に入っているのは固い教科書に固い水筒である。
「ぐはッ!?」
「え、あ、ごめんなさ...ってなんだあんたか...」
相手が死神であると分かった瞬間、殴ってしまった時の殊勝な態度は何処に行ったのか道路に倒れる死神をまるで通行を邪魔するごみでも見るかのように見てくる。
「なんだあんたか...じゃないよッ!」
「いきなり耳元で声かけてきたあんたが悪いの、不審者だと思ったじゃん」
「そっちが辛気臭い顔してるから、僕が元気づけてあげようと思ったんだよ!」
「てかなんでついてくるわけ?やっぱ不審者ていうかストーカー?」
なんて言いながらバッグに手を突っ込んでスマホを手にしたレナは、何かを打ち込んでいる。
「辛辣だなぁ...言っとくけど警察に連絡しても無駄だからね」
「ちッ!」
「そこまでッ!ねぇッ!そこまで僕の事嫌い!?」
「嫌いって言うか...うざい」
「うぐッ...」
確かに現在進行形で付きまとってはいるけれど、昨日あったばかりの相手にそこまで言うだろうか...
やはりあの言い方はあまり良くなかった、むしろ逆効果だったかもしれないと少し反省。
「てかさ、本当になんで私に付きまとってくるわけ?私がどう死のうが、いつ死のうが勝手でしょ」
「それをされると困るから僕が付きまとってるんだけど?」
「はいはい、じゃあ自殺しない約束する、それじゃさよなら」
「そんな雑でいいわけないでしょ!...それに本当に自殺する気が無ければ分かるようになってるからね」
「...どうやって?」
「僕が見えるかどうかだよ、本気で自殺する気が無い人は僕と喋れないし僕に触れることもできない、まあ例外もいるといえばいるんだけど...」
「.....あれ?急に死神が見えなくなってきた」
「唐突過ぎる...嘘つくとセクハラするよ」
「うっわ、変態...私以外に見えないとか...身の危険を感じる」
自分の身を抱きしめて慌てたように距離をとってくる。
なんていうか...この娘話が上手い、上手すぎてペースに飲まれてしまって話が進まない。
溜息を吐きながら、ちゃんと話を聞いてもらうために真剣なまなざしでレナを見つめた。
「すこし真面目に聞いてほしいんだけど、僕がどうしてこんなところにいるんだと思う?」
「嫌がらせ?」
「はぁ...君の自殺する理由を解決するためだよ」
「...あんたに何が出来るのよ」
「本来死神である僕なら、君の願い次第で、相応の対価さえ払ってくれれば何でもできる、出来てしまう」
人間が欲するもの、金か?男か女か?地位か?名誉か?力か?能力か?知識か?それらすべてを対価次第で叶えられる、という死神の言葉にレナは緊張した面持ちで「対価は何を払えばいいのか」と聞こうと喉を鳴らして...
あっけらかんと死神は否定を付け加えた。
「まあ僕はそんな死神らしいことしないけどね~」
「はぁ?」
「だって君の願いなんてどうせあれでしょ?友達が少ないとかでしょ?見るからに性格きついもんね~」
死神は今までの悪口の仕返しだとばかりに、言葉を滑らせる。
「.....」
「友達だってあのさっきの人のよさそうな子だけだろうし...可哀そうだね」
憐れみの視線を向けて嘲笑うように口元を手で押さえながら口角を吊り上げると...彼女は、静かに挑発的に笑っていた。
「ふ、ふふふふッ!馬鹿ねあんた、見てなさい!この私が生きている学校を!」
自信ありげなその蒼い瞳に、死神は虚勢だろうと鼻で笑う。
自殺という逃げをしていた奴に、今を生きれているはずがないのだから...
―という考えはどうやら幻想だったらしい。
ここがどこの高校なのかは知らないが、自殺志願者が通っている学校だから虐めなり問題があるのだろうと考えていた。
けどそれは違った、一年生のクラスに入っていったことからまだ始まって半年も経っていない高校生活だというのにレナがいるそのクラスは笑顔が絶えず、その中心的存在にレナが君臨していたのだ。
いうなればスクールカーストの頂点に居座っている。
そして驚くべきことは...
「へぇー、新作出てたんだ~」
「うむ、今作のは神作確定ですぞ潮崎氏」
「そういえば例のアニメは見たでござるか!」
「全部見たよ~最高だった、今度感想送るね」
オタクたち、学生で言う陰キャと仲良くしゃべり。
「この本見ましたか?」
「うん見たよ~」
「こっちの本も最後のどんでん返しが凄くてッ...こんどお貸ししますね」
「ほんとッ!それ読んでみたかったんだよね~」
「あの、ここ教えてもらってもいいですか?」
「ん?どれどれ~」
もの静かな、完璧にタイプの違う女子生徒と本の貸し借り、賢そうな女の子に逆に勉強を教え...
「麗奈~今日の帰り皆でカラオケ行くけど来る?」
「うん、行く行く~」
「え、麗奈ちゃん来るの?マジでいい所見せねぇとッ!」
「お前じゃ無理だっつーの」
「期待してるよ~男子諸君?」
果てにはカースト上位のイケイケ軍団とも仲良くしゃべり遊ぶ約束まで...
「全く、そろそろ席についてください、授業を始めますよ?」
「分かってますよ~」
「貴方はいつも楽しそうですね」
「でしょ?これが私の自慢だからね」
入ってきた厳しそうな女性教師にさえも笑顔をともせる彼女。
教室内にふよふよと浮かびながらそんなレナ(本名を麗奈というらしい)を見てみれば、目が合った。
その顔には、どう?とお世辞にもあるとは言えない胸を張り馬鹿にするような笑顔を浮かべている。
確かに僕は、この少女の事を甘く見ていたのかもしれない。
これだけ他人と仲良くすることが出来て、更には色んな人から求められている。
容姿にも恵まれていて、友人に恵まれていて、授業風景を見るに勉強もできる。
あの様子じゃ将来に不満も、不安もないのだろう。
何も、何もこれ以上求めようがない、これ以上求めるのはもはや傲慢だ。
では、そんな彼女は―
「ねぇ、ここ分かる?」
「んー、えーっと...多分Cじゃないかな?」
―彼女は一体、どんな悩みを、苦しみを抱えているのだろうか?
こんなにも恵まれている彼女が、どうして死に逃げようとするのだろうか?
...僕には理解できなかった。






