003 超常の存在
2052年9月19日、時刻は夜8時を過ぎた位。
まだ秋になったばかりという事もあって、少し肌寒い。
「は?」
超常現象、アニメの中にしか存在しないだろう異常な存在を目の当たりにした私の口から出た第一声は、涙も吹き飛ぶ思ったよりリアルでガチ目な、「は?」
「だからなによ...自殺の邪魔しないでもらえる?」
普段は優しい声音で、敬語交じりの言葉を使う私だけど、今は相手を威嚇するような厳し言葉遣いに変わる。
まあ、そんな声や言葉遣いになるのも私が本気で泣きそうに泣てたのにただの山門芝居っていうのと...勇気をもっての自殺を邪魔されたから、なんだと思う。
その声に少しビクッと震えた少年は、ビルの屋上に降り立つとおろおろと少し戸惑っているように口にする。
「いや、だから僕死神、正真正銘本物だよ」
「そう、だから?」
「え、えーそう返されてもなぁ...本当に今どきの子は怖いなぁ...僕みたいなの見るのって初めてじゃないの?」
「はじめて見たわよ、けどだから何って感じ...死ぬ前に珍しいもの見たなって、感想しか出てこないわ」
「なんか冷めてるなぁ...普通の子ってもう少し驚いてくれたりするものなんだけど...」
やれやれ、とでも言いたげに首を振る死神は「それにしても」と付け加え、至近距離で私の顔をまじまじと見はじめた。
「ふーん...」
元々自殺を止められてムカついていたのでキッと睨み返すが、死神はどこ吹く風だ。
空中に浮きながら少年はじっくりと少女の顔を見つめる。
それは高校の男子たちが使ってくるような色目じゃなくて、まるで観察しているような視線。
流石にこんなにも長く見つめられると、恥ずかしくなってきて...
「な、なによ...何かついてる?」
「ん?よくわかんなくて」
本当に分からなそうに首をかしげる死神に、つい素で聞き返してしまった。
「何が?」
「自殺する意味が分からないなって」
「はぁ?あんたに何が分かるってッ!...」
「深くは分かんないけど...君が可愛いってことはよくわかる」
「なッ!...」
腰位まで伸びている甘栗色の髪に、奇麗で整っている顔つき。
容姿端麗とはこういう人の事を言うのだろう、と死神は一人納得してしまう。
なんていうかアイドルとかやっていても、驚くどころかむしろ納得してしまいそうな程だ。
「だから分かんない、どうして自殺しようとしたの?見るからに人間でいう勝ち組なのに」
顔が良ければ人生どうにでもなる、というのは言い過ぎだとしても...彼女位容姿端麗ならば金持ちと結婚だって夢ではない。
学校でもこれだけ可愛ければモテるだろうし...死神には彼女は何が不満で自殺を考えるのか分からない。
「別に...あんたには関係ないでしょ...」
「関係は無いかもだけど...あ、言っとくけど、死んでも異世界転生とかできないからね?アニメの見すぎだから」
「分かってるわよそれくらいッ!あんた私の事馬鹿にしてんのッ!?」
「い、いひゃいっ!ごめんごめんって!」
「ふんっ!」
無理矢理引っ張った頬を、ちぎるようにして離した彼女はどうやら拗ねてしまったらしい。
一応怒っている感じらしいけど、なんていうのか...この前、知り合いが教えてくれた...そういう系な感じがする...
「...ツンデレ系?...」
「なに?なんか言った?」
「いえ、なんでも~...」
聞かれていたっぽいのでとりあえずそっぽ向いてごまかすことにした。
人生経験豊富な死神さんは、こういう手合いの女の子は怒らせると怖い事は知っているのだ。
「てか、あんた死神なら私をその、あの世?に連れてってよ、死神なら簡単でしょ?こうズバッと...あ、出来るだけ痛くないやつで」
「注文多いなぁ...君さ、死神を何だと思ってんの?」
「知らないわよ死神の事なんて...初めて見たし、そもそもなんで私の自殺を止めるわけ?死をつかさどる神でしょ?」
「まあ、そうなんだけど...僕はほかの死神とは毛色が違うというか...」
年相応っぽく困ったように微笑みながら死神は頬を搔く。
「そんなの知らないわよ、さっさと私を殺しなさい!痛み無く!」
「う、あ、酔うッ酔っちゃうからッ」
彼女はおもむろに少年の服を掴むと無理矢理ゆすってくる。
実はこう見えて車酔いが激しいタイプなんです...車乗った事なんてほとんどないけれど...
「てかさ、自殺って...どういう意味か分かってるの?」
「...分かってるわよ...」
「なら、自殺なんてやめてもらえない?」
そう少年は自殺を辞めろ、なんて簡単にいうけれど...何も私の事を分かっていない。
私がどれほどいらない人間なのか、知りもしない奴にそんな事言われても、何も響かな...
「こっちの仕事が増えるじゃん?」
けど帰ってきたのはあまりに自己本位な返答で、驚きのあまり変な声が口から漏れた。
「へ?」
「自殺者を冥界に送るのってマジでめんどくさいんだからね?」
「...あんた..まさかそんな理由で自殺を...私を止めたの?」
「...まあ、そんなところ?...」
おどけた様子で首をかしげる少年に彼女は、本気で殺意を怒りを感じて...
『パンッ!』
...手が出ていた。
夜空に響いた弾ける音にほんのりと紅くなる少年の頬。
「.....」
「私がッ!私がッ...どれだけ考えて苦しんで...怯えて...それでようやく死ねそうだったのにッ!死神だか何だか知らないけどッ!そんなくだらない理由で...止めないでよッ!」
嫌になる、こんなに苦しんで決意したのに、邪魔されて...
まだ私は苦しまなくちゃいけないの?
そんな疑問が胸の中で浮かんで、その現実から逃げるように彼女は走り出した。
ビルの階段を駆け下りていく、それを死神の少年は呆然と、あっけにとられたように固まっていた。
「あーあ、泣かせた~」
けたけたと笑い声をあげるのは、少年の胸から飛び出した蒼白な火の塊。
その火の塊は、絶賛女の子による涙という武力に対し、少しだけ罪悪感を感じた死神の傷を抉ってくる。
火の塊が笑って喋る、そんな異常現象に疑問を持つものはこの場にいない。
「あんな可愛い子に嘘ついて泣かせるなんて罪作りな男だな」
「うるさいなぁ...」
嫌そうな顔を浮かべながら手すりに体を預けて下のアスファルトを見る。
目元をぬぐいながら必死に駆け抜けていく彼女の姿を見つめてこれからどうするか考えてみるけど。
その回答を優秀な火の塊は提案してくる。
「どうする?追うか?」
「まあ、追うよ...これが僕の役目だしね」
苦笑いのようなものを浮かべながら、死神は躊躇なくふわりとビルから飛び降りた。