015 許せない
不良たちが走り去り静まり返った路地裏、クッキーは一呼吸置くと口を開く。
「ようやく静かになったな...さて、今回の依頼だがこいつが依頼人の京助だ」
「よ、よろしくお願いします、京助です..って依頼?」
ぺこりと頭を下げたのは、学生らしい眼鏡をかけた少しクセのある髪型の少年。
依頼って何?と言いたげな視線でクッキーを凝視している。
はてさて依頼人が依頼した覚えがなそうだけれど...この子からお金を巻き上げるのだろうか...やっぱやばい組織?
「要するに依頼人って言うのはね、僕が見える子の事なんだよ」
「ッ!?び、びっくりするじゃんッ!」
いきなり後ろからそっと、死神が耳打ちしてきた。
死神って浮いてるから足音とかで全然そこにいますよって感じの気配が感じ取れなく、いきなり声とか掛けられるとめちゃくちゃビビる。
やっぱ本当に怖いのは幽霊とかじゃなく、そこにいるのに認知できない存在なんだと思う。
まあ純粋に幽霊もゾンビも怖いけどね。
「ごめんって、けど説明不足かと思って」
「そう思うなら事前に言っといてほしいんだけど?」
いきなり仕事だとか、メリットを教えてくれるとか言われて連れてこられて。
車乗せられたと思ったら?路地裏でウタちゃんがウタさんに、クッキーがボスに変わった。
本当に勘弁していただきたい、ホウレンソウは社会人の基本だと思う。
...まあ、私は社会のしゃの字も知らない小娘だから、理解できなと踏まえて教えなかった可能性もあるけど...
「まあ仕事って言うのは、自殺志願者に自殺させない事、つまり少し前の不和みたいな人間を救う事が僕らの仕事だよ」
「不和じゃなくてレナでいい...仕事、ね...それでどうやって稼ぐの?」
実際わからないけど国が認め、援助されているわけでもないただの慈善活動。
人の助けになりたいからという、意志だけで存続できるほど世の中甘くはない。
なら、一体コカトリスの裏には一体誰がついているのだろう。
「後払いだよ?」
「どこから支払われるの?上の機関でもあるの?...まさかあの子に払わせるわけじゃないでしょうね...」
もしそうなら、反発しざる負えない。
なぜなら私は、何も対価を支払っていないのにこうして救ってもらったのだから...
もし可愛い、とか見た目や性別でそんな風に扱われていたりしたら、怒ってしまうかもしれない。
私は、そういった扱いに差をつけるような不平等が嫌いだから。
「企業秘密かなぁ...あ、でも安心してあの子に支払わせるようなことはしないから」
...なんていうか、このコカトリスには色々と裏がありそうです。
死神に対する不信感が10上がった。
え?元々の数値?これ以上上がらないとだけは言っておきましょう...
なんて内心ため息をついてみるが
実際、どんなにルークのことを不審に思っていても、救ってもらった事実は変わらない。
これが救われた弱みだろうか、どんなに不審でもルークを害する気持ちは一切湧いてこないのだ。
「ちなみに作戦とかもろもろ聞かされてないのレナだけだから」
「え?は?...」
なに?仲間はずれなの?新参者には厳しいの?
...首絞め上げようかしら。
「今、クッキーが作戦を彼に伝えて説得してるから、今のうちに伝えとくとね」
「はぁ...できるだけ簡単にお願い」
「か、簡単にかぁ...うーんとね、彼が悩んでるのは学校全体でいじめられてるからで、そもそも虐められてる原因が、虐められてる子を助けたからで...」
あたふたしながら説明してくれているルーク。
簡単に纏めると、学校をまとめ上げる少年Aが少年Bを寄ってたかっていじめていた。
そこを少年Cこと京助君が割って入ったらしい、まったく一般人には出来ない正義感ある行動だ。
私はとても京助君に好感と共感を抱く。
「ふむふむ、それで」
「代わりに彼が目を付けられて、助けた子も一緒になって虐めてくる始末で、居場所も無い程致命的な虐め...というか最早差別みたいでさ」
見せてきたのは、複数枚の写真。
それは、あまりにもひどく学生からすれば、引きこもり退学するしかない程の絶望的な虐め。
落書きとか、物がないとか...そういうモノじゃない。
犯罪行為ギリギリの悲惨な現状の数々。
そしてそれを黙認する教師の姿、むしろ生徒と一緒になって授業中に馬鹿にする教師。
私の通っていた高校も最初はそういうのがあったけれど...流石にこれほど酷くは無かった。
一枚一枚写真に目を通していく程に胸の奥が熱を帯びていく。
形容しがたい怒りが体を満たしていく。
(ああ...これは、本当に―)
「反吐が出るだろ?」
そう、私が口にするよりも早く言葉にしたのは、クッキーやほかの誰でもない死神自身だった。
そこにはいつも通り浮かべる優しい笑顔、なのに異常なほどの怒気のような、棘が言葉に混ざっていて。
私は驚きのあまり目を見開いてしまった。
(死神も...そんなこと言うんだ)
この死神は、ただ上からの指示で人を助けているだけの情も何もない、機械みたいな奴なんじゃないかとか、すこしだけ疑っていた。
死神と、人間、どう考えても相いれない存在、人間が家畜の命に興味がないように、死神も実は人間なんてどうでもいいと思てるんじゃないのかとか...少し考えていた。
そもそも種族がまるで違うのだ、私としては死神が人助けなんて、言葉にしなくとも似合わなさすぎる。
けどそれは...私が勝手にそう勘違いしてただけ、情に厚い奴じゃなきゃ私みたいな面倒くさい人間救うわけがないのだろう。
ただ気づかなかっただけで、しっかりと人間らしい感情があるんだ。
「どしたの?」
「ん、なんでもないよ」
慌てて顔から視線を逸らすとき、わざと見つかりにくいい様に隠すように裏返してあった写真が目に入って。
「えいッ!」
「あっ、それは...」
その写真盗み取ったとき、理解した。
裏返しにしてあったのは死神なりの配慮であったこと。
「ッ!」
死神が憤慨するのも納得だった。
あり得ない、こんなことあり得て言い訳がない。
(ここまで...やるの?)
私が知る虐めってあくまでもアニメとかドラマとかで大げさに書かれてるだけだと思ってた。
したとしても、犯罪行為になる一歩手前、あってもパシリとか落書きとか、隠したり?それも十分最低な行為に違いないけど。
暴力や刃物による傷害、本当の犯罪行為に片足突っ込むような事だけは、あり得ちゃいけないんだ。
私は、自分の頭がチリチリと怒りに支配される感覚に、陰鬱に京助君のもとに歩き出した。
「―といった感じで行こうと思ってるが、どうだ?」
「えー、っとその、前も言ったんですが僕はもう大丈夫ですから...僕が死んだら迷惑になることも分かりましたので、その慣れてますし...もう僕には関わらなくて大丈ッ!?」
クッキーの作戦を聞いていた京助君は、大丈夫と、僕は慣れているからといった風に自嘲的な笑顔を浮かべていて...
私は、後ろからゆらりと近づくとその学生服の上をレナは後ろから引っぺがした。
突如としてまくり上げられる制服の下、少しやせ気味な不健康そうなその肉体、だが目が行くのはまるでブルーベリーでも塗りたくったような蒼く黒ずんだ一部分。
「ちょッ!?何するんですかッ!?」
慌ててレナから距離をとった京助は、バツが悪そうな表情を浮かべて今すぐにでも逃げ出したいような顔を浮かべるが...
レナはその肩をガッチリとつかんでいた、言葉ではなく行動で逃がさないと口にする。
「どうして言わなかったのッ...!」
「え、あ、その...これは...」
「その傷、一度殴られたくらいじゃならないよね...何があったの?」
正直に話して、そう訴えかけるように京助の目を真っすぐと見る。
逃がさないように、真っすぐに。
「その...気に喰わないって、多少暴力を受けただけです..これくらい何ともありません」
「これくらい?この傷が?...ふざけないでッ!」
「.....」
さっきまで仕事という初めての体験にビビっていた少女の豹変ぶりに、死神もクッキーたちも呆然と動けなかった。
「京助君は強いから我慢できるかもしれない、けど私は、許せない...京助君は虐められてる子を助けたんでしょ?何一つ悪い事なんてしてないじゃないッ!なのにこんな目に会う理由なんてないッ!」
そのあふれ出る感情の起伏は怒りとやるせなさを織り交ぜたもの、そんなレナの感情の言葉は確かに京助に届いていた。
(僕は...間違ってない...?)
虐められているところを助けた人にも、虐められてた時は結構つらかったし。
助けたのに、と恨みそうにもなった。
けど、結局他人を助けるような馬鹿な真似をした自分が悪いのかな、なんて納得していた...
「そう、ですか...僕は、間違ってませんか...」
おどおどしく確かめるように聞いてきた京助、その肩をガッチリとレナはつかんで、まっすぐと正しい、と言葉を投げかけた。
なにも間違いはなかったと肯定する。
「京助君がしたことは正しい、間違ってないよ。だからさ、今度は私たちに京助君を助けさせてほしい」
「いや、それは...」
「絶対に迷惑をかけたりはしない、だから私たちを信じてほしい...だめかな?」
レナが首を少しかしげながら優しく微笑むと、京助君は少しだけ頬を赤らめる。
その、男にはあまりにも有効で強すぎる可愛い笑顔に京助君が口にできる言葉は既に決まっていた。
「...よ、よろしく、お願いします...」
「うん!期待してていいからね!」
京助君のその返答に、レナは満足そうに頷き、同じように死神もまたにこやかにほほ笑んでいた。
「ほら、価値があるじゃないか」
こうやって、ただ人の為に純粋に怒り、共感し、救おうとする。
かつてレナはそれをたった一人で行いクラスをまとめ上げていた、それがいかに難しいことなのか...
死神は気づいていた、レナの正義感と優しさはそう簡単にまねできるようなものじゃなく、とても価値があるモノだという事を。
「助かった不和」
「え、そんな別に...私は...」
京助が少し戸惑ったように距離をとったタイミングで、クッキーがレナの肩に手を置く。
「俺だけの言葉じゃ足りなかった」
「ただ、私は思ったことを言っただけで...」
私がしたのは、ただ自分の感じた感情を京助君に押し付けて、許せないという意思を無理矢理押し通してしまっただけ。
こんなのただの意見の押し付け、相手の意見を自分で塗りつぶしただけだ、説得も何もない。
けど、それを分かったうえでクッキーは感謝を口にした。
「それは誰にでもできることじゃない、と俺は思うぞ。...ありがとな」
「...はいっ!」
クッキーのそのちょっとした感謝と誉め言葉に、レナは下に視線を向けた。
それは綻んだだらしない顔を隠すため。
(役に...たてたっ!)
嬉しくて嬉しくて、心臓が小躍りしてるみたいにバクバクと鳴り響いている。
今まで生きてきた生涯の中で、本当の素の私自身にはじめて言われた感謝の言葉、ありがとう。
ただ、純粋に嬉しかった。
「凄いよ!れいれい!」
「え、あ、別にそんな...」
「とても不和さんらしいお言葉でした」
「...なんかそう褒められると少し...照れ臭いです」
真司やウタに褒められ、まんざらでもなさそうなレナの笑顔。
それを見てほっと死神は息を吐いた。
(居場所、出来そうかな...)
彼女の願いはこのまま行けば確かに達成できるだろう。
その事実に、嬉しいような、それでいていずれ来る卒業の時を想うと少し心苦しいような。
複雑な感情が目まぐるしく胸中を支配していた。
「―というわけだが、どうだ?」
「はい、もうここまで来たら覚悟は出来ました。お願いします」
そんな時、クッキーが京助君と話を付け終えていた。
その内容を私は知らないけれど、ちゃんと京助君は納得してくれているらしい。
「話は決まった、んじゃ準備してくれ」
「準備?ですか」
渡されたのは、最初からずっと手に持っていた二つの紙袋。
それを手渡されたウタさんと私は...え、これ何?と聞き返す前に無駄に広い車の中へと押し込まれた。




