011 それぞれの事情
リビングを抜けた先、トイレの近くにあった階段を下りていく。
特に、どういった説明もなく連れてこられたのは、どういうわけか一つ下にあるバーだった。
...って、いやいやいや...
「どうして家の中にバーが?...」
「元々ここはオシャレなバーの上にできた、シェアハウスだからな」
そのオシャレな空間、奥のカウンターには何というか...黒いグラサン!スキンヘッド!こわもて!と、圧倒的な悪役三拍子そろったラスボスがいた。
(ラスボスが...家の中の、それもバーに立ってる...)
絶対数人は殺してる...
レナはめちゃくちゃ失礼なことを考えていた。
「ようクッキー」
「...うす」
「ん、そっちのお嬢ちゃんは...新顔か」
強面のおじさん?...怖いからお兄さんという事にしておく。
お兄さんは私に声をかけてきた、それも流暢な日本語だ、正直肌の色的にも外人だと思っていたのだけれど。
にしても怖い、グラサン越しだけど確実にみられているのだけは分かる。
まさに蛇に睨まれたカエルの気分。
「え、えっと、私は潮崎麗奈です、よろしくお願いします」
「それは...どっちの名前だ」
「どっち?...私、一つしか名前ないですけど...」
二つめの名前って何だろうか。
クッキーさんみたいにあだ名的な事を指しているのだろうか...
私にもあだ名、まあ友人からは色々と呼ばれていたし、さっきも青髪の女の子にレイレイとか呼ばれてたし...それの事かな...
(はッ!まさかそういった裏の世界での名前的な意味!?)
やっぱりここヤバイ場所なのだろうか...
急に不安になってきた。
「あ~マスター、まだ潮崎は名付けられてない」
「そうだったか...その様子じゃルークに何も説明されなくて、優助の坊主に説明を頼まれたクッキーがレナの嬢ちゃんを仕方なくここに連れて来たってところか?」
「なんなんマスター?エスパー?」
まるで見てきたかのように告げるマスターに戦慄するクッキー。
だがレナは、更に疑いを強くした。
(これ、実はマスターに隠しカメラで監視されてるんじゃ?...)
人は見た目で九割の印象が決まるというが、レナにはマスターが完璧に悪役に見えていた。
「嬢ちゃん、口下手なクッキーに変わって俺が説明してやろう。座ってくれ、あ、ジュースでいいか?アルコール類の方がいいなら出すが」
「...いえ、未成年ですから」
「そうか...ちなみにクッキーのおごりだ」
「おい、それ俺のセリフ」
と、レナの言葉を聞くよりも早くマスターは慣れた手つきで、ワインのようなボトルを複数グラスに注ぎ、シェイクしてレナの前に置く。
「ノンアルコールのマスターおすすめカクテルもどきだ。クッキーは...」
「...ブラックコーヒー」
「いつも通りだな、ほれ」
元々ストックしてあった、缶コーヒーを取り出し投げ渡す。
カシュッと音を立てて開けると、一気にグイッと飲み干し一言。
「にげぇ...」
「甘党なのに無理して飲むからだ...」
呆れたようにマスターはそう呟く。
「さて、じゃあ本題に入ろうか。レナちゃん」
「はい」
「君は、死神、ここではルークと呼んでいるんだが...彼に、救われたんじゃないか?」
「救われた....まあ、そうです」
結果的は、確かに私は死神に救われた。
救われた...はずだ。
居場所が欲しいとは言ったけれど、こんな知らないところに置いていけと言った覚えはないけど。
「ここにいる奴らは皆、死神に願ってしまった罪人、現実に居場所がない奴ら...もしくは」
そう言いながらマスターはそっと視線を、レナから少し離れた場所に座るクッキーに向ける。
不愛想に缶コーヒーを、顔をしかめながら飲む姿に苦笑いながら口にする。
「ルークに救われ、恩義を返そうと自らの意思で残る者達だ」
「恩義...?」
「皆、感謝してるんだよ、あいつにな...」
「そうなんですか?クッキーさん」
なんて言いながら、席を立つと距離の近い隣に座る。
じとーと見つめると、バツが悪そうに顔をそむけた。
「俺は、なんだ...別にそういうのじゃない...」
そんなこと言いながら、空になった缶コーヒーを机の上に置き席を立った。
「後は頼んだマスター...やっぱ俺は、部屋に戻る」
「おう」
「.....」
特に何も言わずに、上の階段を登っていった。
「悪い事聞いちゃったのかな...」
確かに自分の過去を勝手に詮索されれば気分がいい物じゃなかったのかもしれない。
私も、自分の過去を詮索されれば多少は嫌な気分はするし。
「気にしなくていいよ」
「...優助さん、いつの間に...」
いつの間にか、少し離れた席に座っていた優助さんは、優しく微笑んでいた。
「あいつも、そういうつもりで言ったんじゃなかったと思うよ、ただ...そんな簡単な関係じゃないんだ」
そういった優助さんの瞳には、とても悲しいものを見るかのように濁っていた。
ただそれも本当に一瞬の間だけ、瞬きでもすればいつもの穏やかなイケメンスマイルを浮かべる優助さんがそこには居た。
「あまり、詮索しないでやってよ...あ、マスター僕にもブラックコーヒーもらえる?」
「クッキーのストックだぞ?」
「一本位バレないですよ、俺だって人生の苦さを噛みしめたくなる時もある」
「クッキーにそっくりだな」
「受け売りですよ」
苦笑い、そのブラックコーヒーを見つめる瞳に浮かぶ後悔。
一体、優助さんはクッキーの何を知っているのだろうか、一体何の罪を背負っているのだろう。
(...なんでこんなに悲しいのだろう...)
分からない。
空虚な何かが胸を締め付けていた。
「どうかしたか?嬢ちゃん」
「...大丈夫です」
「まあ、そうだな話を戻すが...そんな罪人の集まりなわけだが、ここでは仕事をしている」
「仕事ですか?...」
「俺はバーテンダーのマスターだが、優助やクッキー、上の奴等は皆別の仕事をしている」
「仕事って...社会的な意味じゃなくてですか?」
その質問にはどう答えるべきかと、マスターが言葉を詰まらせた。
悩んでいる、考え込むようにしているマスターに助け舟を出すように答えてくれたのは優助さん。
「まあ長い目で見ればそうなるのかな。
僕たちはね、罪滅ぼしといってもいいのかもしれないけど、昔の僕達のような自殺者を救っているんだ。
君もその一人だったけど、君は死神に願う前、出るものが出ていなかったし、別の死神がマークしてる訳でもなかった...というより、偶然見つけてルークが勝手に向かったんだよ」
話がよく分からなかった。
全く、優助さんの言う仕事の意味も話の内容も...ただ一つ気になるのは...
「出るものが出るって...えっと?」
「人間の中に潜む、"欲望"という名の化け物がね...」
何の話なんだろう。
よく分からず首を傾げた私に、優助さんはただ苦笑いを浮かべるだけだった。
「いずれ分かるよ」
その言葉を今は聞き返さなかった。
いずれ分かる事らしいし...というかそれよりも...
(何これ...凄い美味しい)
何気なく口にしたマスター特製オリジナルブレンドノンアルカクテルは、びっくりするほどおいしくて、何が入ってるんだろう?という事の方が気になっていた。
「レイレイいる~?」
「は、はい、いますっ!」
上から降りてきたのは名前を知らない青髪のロリさん。
「お待ちかねの死神さんが帰ってきたよー」
「伝えてくれてありがとうウタ、じゃあ続きは...本人に聞こうか」




