不死身の聖女がチート無双でループ系勇者を顔面蒼白にしましたが、全てが終わった後に「私が悪いの」と泣いて後悔しても色んな意味でもう遅いのでは?
私は勇者パーティの僧侶マリーと申します。
魔王を倒すために旅をしていますが、まずは頼れる仲間たちをご紹介します。
勇者のジャスティン様はがっしりとした身体つきの20代の男性です。
少年の頃から旅をしているそうで、鍛えた剣技の冴え渡る様は見ていて惚れ惚れとします。
女神から選ばれた伝承の勇者で『時間』を司る力を所有しています。
周りの時間を緩やかにして高速で移動したり、一瞬敵の攻撃を止めたり、神の御業とも言うべき力を持っています。ただ、必要以上に連発はできませんし、身に付けるまで相当な苦労があったそうです。特別な力には制限があるもの、ということでここぞというときに使う必殺技のようなものですね。
それ以外にも特に情報収集能力やとっさの判断力というものに非常に優れています。彼の判断は大抵の場合的を射たものであり、魔物の襲撃や罠を的確に見破るといった勘の良さもすさまじいものがあります。ときには常識を超えた予測や推測を語り、それが後になってその通りになる場面は一度や二度ではありません。まるで未来のことがわかっているようですが、あまり詳しいことは語りません。
ミステリアスな面も含めてまさに勇者様といった風情です。
次に戦士のメルさんは20代の女性です。
槍やこん棒や斧といった重量系の獲物を使いこなす肉体派であり、豊満な胸と鍛え上げた腹筋を誇らしげに見せつけてくる露出狂の気のあるお姉さんです。単純な性格で色気より食い気という感じのわかりやすい方ですね。血の気が多く戦闘では危うい場面も多いのですが、豪快でおおらかな性格の頼れる我らパーティの槍であり盾のような存在です。
そして魔法使いのエリザ嬢は10代後半のお嬢様です。
実家はお金持ちで育ちが良いこともあってか、少々他人を小馬鹿にしたところのある口調が玉に瑕ですが、本気で相手を傷つけるようなことは言わない優しい娘さんですね。
様々な攻撃魔法や防御魔法などパーティの戦略を支える魔法のスペシャリストです。ジャスティンとの絡みに行くことが多く、彼に気のあるそぶりを見せていますが、あまり相手にはされてはおらず、妹扱いということですね。メルとは性格の違いから喧嘩が絶えません。
盗賊のジョアンナさんは20代前半の女性です。
非常に軽やかな身のこなしの元大道芸人で、職にあぶれたのがきっかけで盗賊になってしまったそうです。昔はお金持ち相手に窃盗などを繰り返していたようですが、ジャスティンに捕まり更生させられた上で今ではパーティの便利屋として様々な場面で活躍しています。
鍵開けや縄抜け、危険な場所で巧みに動いては素早く任務をこなす凄腕の密偵です。
気さくな性格でエリザ嬢やメルさんの間に入っては揉め事が起こる前にいなしてくれる、配慮あるお姉さんです。
最後の私、マリーは20歳ちょうどの僧侶です。
主に回復魔法や解毒、防御魔法に強化魔法といった戦闘でのサポートを担当しています。教会から派遣されており、治癒術師としてそこそこの評価を受けています。パーティの中ではやや地味な立ち位置ですが、必要以上前に出る必要もありませんし、分を弁えて動いているつもりです。
そんな5人が現在の勇者パーティの構成員で、現在のメンバーでかれこれ3年余り行動しています。各地で魔物たちを撃破していき、つい先日は四天王のうちの一体と遭遇。これを辛くも撃退すると言う戦果を出しています。魔王軍の本拠地と思われる北の大地に近づくにつれて魔物たちの攻撃も激化していますが、今のまま順調に行けば魔王討伐も夢ではないというところでしょう。
魔王城に関する情報も集まり、いよいよ冒険も終盤に近付いているといった時期。
教会から追加の人員として『聖女』様がやってきました。
聖女アルメリア様は、非常に整った容姿をした10代後半の女性でした。
白く透き通った肌にはシミや傷ひとつなく、バランスの良い身体付きは「完璧」と一言でまとめてしまってもいい位に非の打ち所ががありません。
まるで神話の女神様のような外見に対し、性格は人懐っこく快活。
意外にお転婆な性格で、周りの想像もしないような行動をとることもしばしば。
それまではどちらかと言えば先走った行動を取りがちで、他から注意を受けることの多かった戦士のメルさんですら聖女様の前では「非常識なことはするな!」と抑える側に入っています。聖女様はどうやら田舎育ちで普段は狩りなどもされていたらしく、血にも全く動じませんし、魔物を前にしても怯えた表情一つ窺えません。
何より特筆すべきはその戦闘力です。
聖女、と言えば皆さまどのような能力を想像するでしょうか。
神聖魔法や白魔法、あるいは不治の病を癒すような優れた治癒能力や浄化能力を持った穢れなき天使のような存在、おとぎ話の中などではそんなイメージが一般的ですね。
しかしアルメリア様はバリバリの超武闘派でした。
拳に強化魔法をかけて、前線に躍り出ては魔物を素手で殴り倒します。複数体の魔物を同時に吹き飛ばすほどの威力を誇る打撃、殴打、連打、もしくは蹴り、または頭突き。聖女の力によって魔物たちは弱体化し、抵抗もむなしく次々と屠られていきます。
仲間に加入しての初戦。聖女の力を見定めようとしていた勇者パーティ一同、彼女の無双っぷりをただあっけに取られて眺めているだけになりました。気づけば数十体の魔物の山が積み重なっており、グロテスクな光景が広がっていました。半ば呆然とする私たちの前で、聖女様はにっこり微笑み「私、強い?」と子どものように首をかしげてきます。白い着衣や顔は魔物の返り血を浴びており、神々しいまでの美しさでした。
魔王との決戦を前に最強の戦力が加入した。
そこだけを見れば全く問題はなく、むしろ良いことづくめ、のはずでした。
けれどこの聖女様、天然な性格であまり空気を読みません。
魔物が現われれば真っ先に飛び出していき、止める間もなくなぎ倒していきます。ちぎっては投げ、ちぎっては投げ、時に蹴り倒しひねり潰しこねくり回しては大量の屍を量産していきます。
必要以上に解体する必要はないのですが、「この方が野生の獣たちが食べやすいよー」と積極的に地獄絵図を作っていくスタンスなのは勘弁していただきたいところです。
そして恐るべきことに、彼女はほぼ無敵なのです。
勇者様同様、神の恩寵を得た選ばれし存在なのですが、彼女の持つ力は『不死』。
文字通りの不死身の肉体を持ち、傷を負っても瞬時に回復します。毒はたちまち浄化され、手足が切断されてもくっつけば治りますし、なんなら生えてきます。
回復魔法いらずで彼女に私が治癒魔法をかけたことは一度たりともありません。もちろん怪我を治そうとしたことあるのですが「魔力がもったいないよ」とにこやかに手を振ってきます。
彼女は素早く一人で敵を殲滅してしまうので、私たちのやることは下手をすると後からついていくだけになり、ほとんど彼女のための道案内が仕事になっているフシがあります。
もちろん当初は勇者様やメルさんが前線で戦う者としてあれこれ指示をしたり、命令を聞くようにと強く言い聞かせてはいました。彼女は「わかった。従うよ」と驚くほど素直に言うことを聞き、力も抑えていたのですが、明らかに彼女の力が上手く発揮できていないのは見て取れました。
そのうち勇者様もメルさんも諦めて「好きにして良し」と言ってからは喜々として戦場を駆け回り、好き放題魔物の群れを蹂躙していきます。
呆れるほどの強さを前にしては、もはや毒気を抜かれてしまい何も言う気にはなれないと言う奴です。とは言え、魔王軍の攻撃も激しさを増す一方であり、最強の聖女様をしてもさすがにカバーしきれない局面も増えていきましたので、勇者パーティも負けてはいられません。
「あんな新参者にだけ良い格好はさせない!」と武器を手に暴れ回るメルさん。
「わたくしの魔法の力を見せつけてやりますわ!」と魔法を無駄に連発するエリザ嬢。
「楽をできるのは助かるけど、とんだじゃじゃ馬だねぇ」と少し斜に構えるジョアンナさん。
「魔王を倒すんだ、必ず」と、本来の目的に向かって一切ブレることのない勇者様。
私は戸惑いつつも「わたしの力も皆さんのお役に立ててみます!」となるべく周囲の気を削ぐことのないよう、気持ちを震い立たせていきます。聖女様の存在は結果的に私たちの士気を上げることになり、まさに破竹の勢いといった様相で魔王軍を蹴散らしていきます。これまでにない速度で快進撃を続ける一同でしたが、同時に触れなくてはいけない部分があります。
それは勇者パーティの人間関係。
これまで語った通り、私たちは勇者様を除いて全員が女性です。
別に勇者様の趣味やハーレムといったわけではありません。逆にそういった視点で見ると驚くほどに「何もない」潔癖な関係です。男性メンバーが居たこともあるのですが、セクハラめいた行動や正しい距離感を保つことが出来ず、自然と女性だけになっていったという感じですね。
勇者様は唯一の男性ですし、外見や人柄も悪くありません。当然、パーティの女性全員が少なからず想いを寄せています。けれど、そうした好意や愛情を少しでも向けると、なぜか勇者様が距離を取るのです。それはもう物理的に。
あるときメルさんがお酒の勢いで勇者様の寝室に突入するという事件が発生したのですが、なぜか寝ていたはずの勇者様は丸太に代わっていました。
ジョアンナさんが「ねぇ、この中で一番魅力的な女性は誰だと思う?」と軽くしなだれかかると、勇者様は遙か前方に移動しており、その辺の通行人の方とすり替わっていたり。
エリザ嬢が意を決して告白をしようとした場面では、お菓子で口を塞がれたり。
私も、お恥ずかしながら、少々思い余ってしまい、二人きりの密室で胸を強調した格好で迫ってみたりしたことがあるのですが、気が付くと勇者様の姿は消えており、しばらくの間戻って来なかったり。
女性陣が恋だの愛だのといった感情を向けるとたちまち距離を取り、取り付く島もないといった有様だったのです。あまりに繰り返し同様の事態が発生することもあり、さすがに女性一同「これは勇者にその気が全くない」と理解する形になっていました。
一度全員そろって真面目に話をしてみたところ、「故郷に心を残してきた存在が居る」「今は魔王討伐の事しか考えられない」といった返答がありました。
少しばかり、いいえ、かなり残念ではありましたが、そんな真面目な勇者様にある意味惚れ直したところもあり、今は諦めてすべてが終わった後にもう一度想いを伝えてみてはどうだろうかといった結論に達しました。
魔王討伐の最中に色恋沙汰で揉めたりしては本末転倒。嫌われているわけではなく、色恋を避けているというのはわかりましたし、気持ちの整理がつくとそうした感情抜きにした付き合いというのも悪くはなく、勇者パーティは極めて健全な一行として旅を続けていました。
そこへ詳しい経緯を全く知らない聖女様が現われたわけです。
勇者様は頼れる大人の男性で、非常にストイック。いやらしい目を向けてくることもなく、色恋が絡まなければ気さくでとても話しやすい方です。まるで長年付き合いを重ねたかように私たちのことを理解してくれる、それはそれは魅力的な人物なのです。
そんな大人な勇者様ですから、天然であどけなさすら感じさせる聖女様にとっては自然と好ましく感じられるのも致し方ないところでしょう。
加えて何故か、勇者様は彼女に対してだけは一定の身体的コミニケーションを許すのです。
お酒にほろ酔いになった際にもたれかかっても拒否はせず、買い物の際に手をつなぐことも許します。呼び方も「ねぇジャスって呼んでもいい? 私のこともアルって呼んで?」と親しげに愛称で呼び合ったり……。いや、この程度なら下心を抜きに頼めば私たちに対してもしてくれるのですが、特に何の理屈や説明も抜きにして聖女様は自然と勇者様の隣に居るようになりました。
当然ながら、私たちにとってはあまり歓迎すべき事態ではありません。
「あんな女が好みなのか……? あんな単細胞で何も考えていないような猪突猛進な魔物虐殺娘が。オークを引きちぎり、ガーゴイルの羽をむしり取って、ドラゴンの内臓を引きずり出すような……暴力的で野蛮で粗野で野生で育った猿みたいな奴なのに」
「メルさん、お口が悪くってよ。それにあなたもお猿さんなのは変わらないでしょう。アルメリアさんは子どもっぽい性格ですから幼子を相手にしたようなものですのよ、きっと。ジャスティンは大人の男性ですから」
「と言っても、あのお嬢ちゃんはねぇ……どう思う、マリーちゃん」
「はぁ、なんといいますか、『完璧』ですよね、アルメリア様は」
四人そろってため息をつきます。
見ためも、強さも、文句の付けどころがありません。
戦闘力は誰よりも上。
容姿も単に整っているだけではなく肌艶がまた素晴らしいんです。
まるで神の作った芸術品のよう。
ニキビやシミ、ソバカスといった肌のトラブルは一切なく、お化粧や美容のために何かをしたことは一度もないそうです。どうやら肌の異常すらも、ある種のダメージとして自動回復する仕組みのようです。日焼けも全くせず陶器のようにすべすべとした肌です。
私たちも出来るだけ気を遣ってはいるつもりなのですが、激しい戦いの疲労やダメージの蓄積からどうしても聖女様と比べるとくすんだ汚い身体を意識せざるを得ません。
それに性格は天真爛漫で、言うほどに馬鹿なわけではありません。一般教養はありますし、指摘したことはちゃんと守ってくれますし、悪い方ではないんですよね。それはもう忌々しいほどに。言葉は悪いですが、嫌みがなくてかえって嫌みだという何とも言い難いお方です。
こうしている今も窓から見える浜辺で、聖女様と勇者様はなにやらお話をしているようでした。内心穏やかではありませんが、そこは勇者様への信頼でどうにか気持ちを抑えています。彼の恋愛に関して一線を置く態度は聖女様を相手にしていても、そこまで変わったこともなく少し親密な程度と言えなくもありません。
ただ、彼らの間に流れる空気は私たちのそれとは明らかに違っています。神の恩寵。勇者ジャスティンと聖女アルメリアはお互いにしかわからない特別な絆で結ばれているのかもしれません。
嫉妬するだけ無駄なことかもしれませんし、勇者様が一線を越えるようなことがないのなら見過ごすしかないんですよね。せいぜいが陰で憎まれ口を叩くのが関の山。人間あまりに上位の人間と認識してしまうと正面切っては何か言うこともはばかられると言いますか……ただ圧倒されるんですよね。
私たちも勇者パーティとして優れた能力を備えていると自負してはいますが、それでもやはり人間の範疇。常識を超えた存在と渡り合うことなどもとより不可能でしょう。
それは同時に、勇者様と並び立つこともできないという容赦のない現実を突きつけられている気がします。そんな一同の心の曇りを知ってか知らずか、勇者様はより一層魔王討伐に向けて燃え、聖女様もこれまで以上に素晴らしい活躍を見せます。
「仲間に傷一つ負わせない」と魔物の攻撃からかばわれることもしばしば。
その身は神によって守られ復元される。
だからと言って自分の体をないがしろにして良いわけはありません。
「アルメリアさん、必要以上に敵の攻撃を受けに行くのはおよしなさい! 神の恩寵とは言えそれが無尽蔵とは限らないんですのよ!!」
「う~でも、私が受ければみんなの負担を減らせるし」
「見ている側は気が気じゃないんですのよ! お気持ちはありがたいですが、周りをもっと信じなさい!」
エリザ嬢が口をとがらせてお説教をします。嫉妬ではなく聖女様の身を案じていることが伝わってくきます。私は僧侶の身として自身の上位互換とも言うべき聖女様に対しては何にも言えないところがあるので、エリザ嬢の凛々しさには憧れすら抱いてしまいます。
思えば「人間」として聖女様に向き合っているのはエリザ嬢だけだったかもしれません。
私としては崇拝と嫉妬の対象。メルさんは陰では罵りますが面と向かってはその力の差もあって何にも言いませんし、ジョアンナさんも「さすが聖女様ねぇ。まるで下々の者たちの気持ちをさっぱり意に介さないようで」と軽く皮肉を飛ばす程度。
勇者様は、何をどう考えているでしょう。そこそこに長い付き合いですから、彼の胸中についてはある程度予測は付きます。勇者として長い旅を続けてきたこれまでの人生の中、唐突に現われた規格外の『同類』。共感や恐れなど複雑な感情が渦巻いていることは想像に難くありません。彼は繊細な面を持っていると感じます。だからこそ異性を遠ざけ続けてきたのでしょうし、アルメリア様とはどこか距離感を掴みかねているのかもしれません。
「ねぇ、マリー。私の戦い方だめかな」
こちらに話が振られると、困ってしまいますね。
「ダメなんてことは全くありませんよ。でも、いくら治るとは言っても痛みがないわけじゃないんでしょう? 苦しみも痛みも分かち合うのが仲間です。私の治癒魔法は聖女様のお役には立てませんが、何年も魔王軍と戦ってきました。私たち結構優秀なんですよ? メルさんもエリザさんもジョアンナさんも、それに勇者様も……みんなで一緒に戦うのがパーティです。あまり無茶はなさらないでくださいね」
口当たりの良い言葉でごまかすしかありません。無理はするな、一人で戦うなと言っても、それが出来てしまうほどに彼女が強いことは誰の目から見ても明らかなのですから。
そして魔王軍との戦いも終局へと至ります。
数々の伝承や各地から集めた情報を総合し、魔王の城に突入するための手段や装備一式を整え、いよいよ本拠地へと乗り込むという段階になりました。
正直を言えば、まだ不安は残ります。四天王は健在、魔王の力は未知数と言うこともあり、ある種の出たとこ勝負。十全に十全を重ねても絶対に打ち勝てるという保証はありません。普段は必要以上に慎重な勇者様ですが、今回の魔王との決戦に関してはほとんど迷わず「突撃だ」と強い意思を持って宣言されています。
聖女様という強力な助っ人の存在も関係しているでしょうが、同時にある懸念が私たちの間でも広がっています。
「勇者の旦那、ちょっと焦ってやしないか?」
「あなたにしては冴えてますわね、メルさん。わたくしも同感です。アルメリアさんが加わり一気にわたくしたちの進行速度は速くなりましたが、四天王の一人すら姿を見せないのは不気味ですわ。ここに来て最強の脅威が現われたというのに」
「状況を総合すると、四天王と魔王がそろってお出迎えってところでしょうねぇ。最大の戦力を整えて一気に迎撃といったところかしら」
「罠、ということでしょうか。ですが、このまま手をこまねいていても、いずれカタストロフが起こる可能性はありますし……」
カタストルフ。伝承に残る魔王のもたらす大災厄。
かって魔王と戦っていた某国の勇者たちは、慎重を期して魔王の戦力を削ぐことに力を注ぎ、結果魔王討伐は遅れ、魔王が発動した大規模な魔法災害によって国もろとも崩壊してしまったと言う話です。その際には他国から新たな勇者が現われるまで長らくの時間がかかりました。
世界に残る伝承はこの戦いには時間的制限があることを伝えています。
魔王出現の時期から逆算すれば、今代の発生確率は極めて高い。
様々な専門家の研究によれば、魔法災害を起こすには早くて数百年から数十年の時間がかかるそうで、どれだけ時間が残されているかは正確には不明。
明日起こるかもしれないし、10年後になるかもしれない。
不確実な話である以上は明日にも起こる可能性があると考えるしかありません。
私たちの戦いに失敗は許されないのですから。
「俺はなにがあっても魔王を倒す。それが彼女との約束だからだ」
「うん、魔王を倒そう! 私も頑張る!」
勇者様と聖女様は揃って意気軒高。実質的なリーダー二名にそう言われてしまえば、私たちも頷くより他はありません。準備に準備を重ねて、それで手遅れになってしまって元も子もないのです。
魔王城での戦いは想像を超えた壮絶なものとなりました。
これまで見たこともないほどの強力な魔物の数々。恐るべき魔術の罠に、おぞましいほどに押し寄せる憎悪と敵意。肌から感じる「魔」の気配に私は完全に押しつぶされそうになってしまい、一切臆すことなく突き進む勇者様と圧倒的な力で敵をねじ伏せる聖女様の輝きだけがこの暗闇の中を駆ける勇気を与えてくれます。
神の恩寵を持つ選ばれし者。魔王との戦いがすでに終盤に差し掛かる直前に聖女様が現われたのは神のご采配だったのかもしれません。
私たちには想像すら及ばない上位の存在による計略。
しかし、魔王もまた人知の及ばぬより大局的な視点の持ち主であることを、私たちは考えるべきだったのかもしれません。
「あっ、ジャス危ない!!」
突然現れた落とし穴に勇者様が落ちそうになったその瞬間、聖女様が彼を押し出します。
無事避けることが出来、二人とも無事です。
ホッとした表情の聖女様ですが、彼女は「えっ?」と言ったかと思うとたちまちその姿が消えてしまいます。はっきりとは目視できませんでしたが、魔法によって空間転移させられてしまったようでした。その場にとどまり、痕跡をたどろうとしましたが、どうやっても聖女様を救出することはかないませんでした。やられた。魔法罠には注意を払っていたはずなのに……!
「彼女を救い出すためには前に進むしかない、俺たちならやれる!」
魔物の血を浴び、目を血走らせながらも強烈な意思を燃やす勇者様。
「わかってるって、あんな小娘いなくたって、お前にはあたしらがついてるんだからな!」
ここぞとばかりに生き生きしだすメルさん。聖女様が消えるなり露骨な態度ではありますが、そのわかりやすいところ、嫌いではありません。
「あぁ、もう、あのおバカ! 後でたっぷりお説教ですわ!!」
エリザ嬢の言葉には魔王城の中においても温かみがあり、人間的な感情に引き戻してくれます。
「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。ただでは死なないわよぉ」
ナイフを舐めるジョアンナさん。蛇のように鋭い眼差し。こんな状況でこそ、鬼気迫るほどに頼もしいです。
「わ、わたしも誠心誠意励ませていただきます!!」
この場面にはこういう台詞で良かっただろうか。思えばこれは勇者パーティに加入したばかりの頃に口にした言葉だった気がする。あの頃とは私だってもうちがう、僧侶として勇者の仲間として経験を積み、実力を付けた。
そう、私たちは最強のパーティだ。
これまでにないほどの一体感を覚え、全身の血が湧きたつのを感じました。
私たちは、頑張った。
数々の罠や敵を薙ぎ払い、空間転移を繰り返して先へ先へと突き進む。もはや恐れはない。世界を救うため、多くの人たちを守るためにも、絶対に魔王は倒す。異様な高揚感と浮遊感を覚え、同時に故郷に残してきた家族の顔が浮かんでくる。
「想いを残してきた人がいる。彼女のために……」
勇者様、ジャスティンもきっと大切な人を守るためにここまで頑張ってきたんだ。この戦いが終わったら、もう一度告白しよう。全員同時にしてもいい。振られても避けられてもきっと、みんなと一緒なら明るい笑顔で終わりにできる。そして万が一、もしも彼を振り向かせることが出来たなら、そんな淡い期待と妄想と空想の狭間で、私たちは魔王の眼前へと到達します。
「良く来たな、勇者」
圧倒的な密度の魔力。肌が引き裂けそうなほどのプレッシャーを感じる。
巨大な広間の奧に玉座に腰かけた人型の魔族が居た。
髪は黒い魔力で燃え上がり、血のように赤い瞳をしている。
禍々しい鎧を身にまとい肌の色は灰色で絵にかいたような人外だ。
これが魔王?
見た目だけならこれまで見たどの魔物よりも矮小と言えます。
けれど、ただならない存在なことは容易に感じ取れました。
わずかな問答ののち、戦いは開始されます。
初手から、圧倒的な魔力によって地面に叩きつけられました。
事前に重ね掛けした防御魔法と反魔法が発動し、体勢を立て直します。気が付くと勇者様の姿は消えており、魔王を前に凄まじい速さで切りかかっていました。
「なるほど『時』か。繰り返しを重ねた多世界の魔力が練られた良い技だ」
不気味なほどに静かな声音です。まるで子供をいなす老人のような口調をしています。
「さぞ無念の死を重ねたのだろう。お前の魂には後悔と絶望の念が擦りこまれておる。上位者によって仕組まれた駒が。お前のすべては神の戯れにすぎんのだぞ」
「黙れ! 俺はお前を殺すためだけにここまで生きてきたんだ!」
勇者様は殺気立っており、日頃見せる穏やかさや賢明さのようなものがすっかり消え失せています。長年追い求めていて宿敵にして怨敵。やり取りの意味は分かりませんが、魔王の言葉に耳を傾けるなど言語道断。問答無用で攻撃を仕掛けることが正しいのは明らかです。
メルさんが勇者様と連携し物理攻撃で責め立て、私とエリザ嬢はありとあらゆる強化魔法や弱体魔法をかけて二人を支援します。二人に気を取られている魔王の背後からジョアンナさんがナイフを一閃。攻撃が重なり魔王の肉体がひび割れると、その内側から真っ黒い巨大な生き物が這い出てきました。これが本体でしょうか。
衝撃波によって弾かれる勇者様とメルさん、ジョアンナさん。エリザ嬢が間髪入れず最大の攻撃魔法を魔王にぶつけ、私は緩和魔法と治癒魔法で勇者様たちを回復させます。魔王を相手にしても、私たちの戦い方は変わりません。ただ普段通りに連携し、死力を尽くす限り。伝承によって受け継がれてきた勇者の剣が輝き、猛々しく振るわれていきます。
こんな状況で何を考えているんだろうと思いますが、この瞬間、私は非常に幸せでした。圧倒的な快感と高揚。選ばれし勇者とその仲間、恐るべき魔王と戦う勇ましき者たち。故郷に戻れば英雄として賞賛され褒めたたえられる。家族にも良い暮らしをさせてあげられるかもしれない。そんな妄想と興奮。決戦を前にして服用した特製ポーションの効果もあったかもしれません。
幸福の絶頂の中、夢を思い描きます。
魔王を倒す、私はそのこと自体には特別な思い入れはありませんが、勇者様にとってそれは非常に重大な意味を持つことがわかります。故郷に残した愛する人。彼女にもう一度会うまで故郷には戻らない、振り返らず、ただ前に進む。全ては魔王を倒し英雄となるため。
崇高な使命感ではなく、それはあるいは卑俗的な功名心かもしれません。
一つの種族を殲滅し、その首魁を打ち滅ぼす。
生きるか死ぬか、得るか失うか。二つに一つ。
野蛮で獣じみた本能に基づく戦いかもしれませんが、良いじゃないですか。
この期に及んで綺麗ごとなんて言いません。
だって、そうじゃないと前を行く勇気なんて湧きません。
恐ろしい敵になんて立ち向かえません。
魔王討伐なんて疲れるし痛いし苦しいし汚らわしいし、やっていられない。
少なくとも私はそうです。
いくつもの理屈と正義と建前で装飾しても、結局は何かが欲しいという欲求が第一です。
私は、そんな矮小な人間。
勇者様だって、きっとそうであると思っています。
こんなに可愛い女性たちに囲まれてすげない態度をして、本当はちょっと怒っていますよ。
でも、だから、勝ちましょう。
掴みましょう。
私たちで、一緒に。
気が付くと、私は地面に倒れ伏していました。
我に返ると、当然のごとく魔王らしき存在は倒れては居ません。
メルさん、エリザ嬢、ジョアンナさん、いずれも周囲にボロボロの姿で倒れています。
勇者様が単身、かろうじて踏みとどまっている状況です。
先ほどからどれだけの時間が経過したのでしょう。
無我夢中で、半ば正気を失っていた気がします。
私は強化ポーションを口にして、何とか回復を図ります。
全員に広範囲治癒魔法と覚醒魔法を展開し、再起動しなくては。
見れば、勇者様の利き腕は凄まじい裂傷によって原形をとどめていませんでした。
かろうじて聖剣をもう片方の手で持っていますが、まともに戦えないのは明白です。
「ジャスティン!」
思わず名前を叫び、彼の前に駆け寄ります。
それより先に優先することがあると頭ではわかっています。
目覚めたばかりの私は幾分混乱していて、判断力が衰えていました。
なんて愚か、こんな時に頭が回らないなんて。
「さぁ、どうする勇者よ。このまま死に、時を遡るか?」
魔王が何か言っています。比喩の一種か、魔族にしかわからぬ言い回しでしょうか。
「時の恩寵を得た者の最大の力、『時渡り』。やり直しによって再び再起を成すか? しかし、あぁしかし、愚かなことだ。それは別の次元の世界への移動に他ならない。この世は見捨てられ放棄される。上位者の観察対象から外れ、次の世界が発生するだけだ。お前も本当はわかっているのだろう?」
「黙れ、黙れ、黙れ!! お前のような奴の言うことなぞ信じるものか!」
「ジャスティン、落ち着いて!」
治癒魔法をかけ、とにかく出血を止めます。復元魔法と肉体の再構築、本来は長時間をかけて行う魔法なので一時しのぎにしかなりませんが、とにかく状況を立て直さなくては。
勇者様は魔王の言葉に翻弄され、混乱しているようです。
「俺は、俺はおまえを倒し、勇者になると約束したんだ!!」
「いつの世の? 誰とのだ?」
「そのためにすべてを犠牲にしてきた!!」
「それは本当に必要な犠牲か? 無駄に費やしてきただけではないのか?」
「辛い道のりも、失ってきた思い出も、経験も、全てはこの日のために!!!」
「愚かな。我を倒す、そのためだけに幾度の屍を重ねてきた。何度仲間を見捨てた? まだ共にする者たちを置き去りにしていくのか?」
「うるさい。うるさい、うるさい、うるさい、うるさい。死ね。死ね死ね死ね殺してやる!! よくも俺たちの村に魔物を放ったなこの外道!! お前のせいだお前のせいだ、全部お前のせいだ!! 俺は悪くない俺は悪くない、俺のせいじゃない!!! 死ね、死ね、死ねぇぇぇぇ!!!」
この場からの撤退。そう判断せざるを得ない状況です。
魔王は勇者様を挑発し、謎めいた言葉で彼を惑わしています。
本来なら耳を貸す必要などないのでしょうが、こんな状況ゆえに仕方がありません。
回復と、転移魔法の構築を。まずエリザ嬢を覚醒させなくては。
幸い、魔王はこちらを一気に責め立てる気はない様子です。
まだ逆転の糸口はある。
落ち着いて、とにかく回復を―――。
そんなことを考えている最中でした。
「わぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
突如大声を発する誰かが走ってきて、魔王を横殴りにします。
爽やかにはじける神聖な魔力。
罠にかかり姿を消していた聖女アルメリア様です。
どのような経緯でここまでやってきたかは不明ですが、さすがの胆力と言うべきか独力でここまで舞い戻ってきたようです。
助かった!
彼女が魔王の注意をそらしている内に、みんなを回復しなくては。
聖女の力ならしばらくの間は保つはず。
その想像通り、聖女様の戦いっぷりはまさに圧巻。
拳を足を頭を振り回し髪を振り乱し、自身の血肉と魔王の肉体の一部を宙に舞いさせながら余人を寄せ付けない戦いを繰り広げます。恐るべき打撃と回復力。
「こ、れは『不死』か? 貴様、四天王はどうした!」
「やっつけたに決まってるでしょぉぉぉ!!!」
凄まじい轟音を立てながら魔王を殴打する聖女様。聞き違いでなければ四天王を下してこの場にやってきたようです。そういえば魔王城に突入してから一度も現れていませんでした。そのうちの一体とは以前私たちも相対したことがありますが、相当な実力者だったはずです。
四天王が聖女様にぶつけられていた?
最大の戦力を分断し隔離したということでしょうか。
我に返り、とにかく私は私の本分を全うすることにしました。
僧侶の役目は回復と治療です。暴れようとする勇者様を押さえつけ治癒を続けます。余力が出てきたところでエリザ嬢を回復し、続いてメルさんとジョアンナさんも復帰させます。
魔王の魔力の影響か、完全回復はしませんでしたが、どうにか意識を取り戻し体勢を立て直す……というところだったのですが、事態はもはや私たちが介入できる次元ではなくなっていました。それはもう絶句するほどに。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
聖女様は全身から闘気を発し、魔力を全開にして魔王を攻撃します。聖女様の肉体も反撃の度に弾け飛び炸裂し、ときに宙を舞う赤い血しぶきとなりましたが恐るべき再生力で復活を遂げます。過去に見た彼女の戦いの比ではないほどに凄まじさで孤軍奮闘しています。
魔王も何事かの言葉を投げかけてはいますが、頭に血が上っている様子の聖女様の耳には一切届きません。これはもう人間の戦いではありません。魔王も人型の器をとうに捨て、影のような異形となって聖女様に全力をぶつけています。さすがの聖女様でも決め手には欠けるようでしたが、ひとたび私たちに魔王の攻撃が向かえば恐るべき速度でこれを阻止。
「みんなに、触れるな! ジャスに近寄るなぁぁぁぁ!!!」
もはや私に観測可能なのは光と音が弾けるだけ。
明滅する視界に頭痛がしてきます。
なんですか、これ。
一体何が起こっているんでしょう。
聖女様ってこんなに強かったんですか?
「なぜ、『不死』が、これほどの、力を……!」
魔王が何か言っていますが、もはや意味が分かりません。先ほど勇者様に何かを言っていましたが、もはやどうでもいいですね。どうせただの戯言です。人類を滅ぼしかねない悪。放っておいては害にしかならないので殺すよりほかはなし。魔王の言葉なんてオークの鳴き声みたいなものです。砕いて踏んで馬の餌にでもしましょう。
魔王討伐の最中なのに、決戦中なのに、ふざけた思考が駆け巡ります。
だって、こんなのもうどうしようもないじゃないですか。
理屈とか常識とか一般教養とか何の役にも立たない世界です。
ここまで来たらもう、ただ呆然とするしかありません。
近寄れない、近づくことすらできないんです。
私の膝の上でボロボロになっている勇者様は血を吐きながら「俺が……俺がやる……」としゃがれた声を出します。私はなんだかどうしようもなくなって、涙が出てきました。メルさんやエリザ嬢、ジョアンナさんも私たちの近くに集まって、ただ聖女の力を目撃します。
おかしい、おかしいですよ。
一体どうなっているんですか、これ。
私たち、勇者パーティじゃなかったんですか?
ただ黙ってボロボロになって木偶の坊みたいに立ち尽くしに来たんですか?
あぁ、わかっています。
わかっていますとも。
私たちは、力不足だったんだって。
女神に選ばれた勇者様ですら、魔王に届くには足りなかった。
時間不足? 経験の問題? あるいは巡りあわせ?
才能? 努力? 神様の愛情?
なにがなんだかわかりませんが、ここまで来た私たちは、ただ魔王が蹂躙されていくのを眺め続けていくしかありませんでした。
勇者様の身体は小刻みに震えています。
何かを恐れるように、極寒の空気の中で凍り付くように。
苦し気に、だけど恐るべき表情で魔王の首を縊り落とす聖女様。
すでに人型ではない姿でも、なぜか頭部は判別することができます。
知性を持った生命体であることが関係しているのでしょうか。
断末魔のうめきを残し、あまりに無惨にその首は引きちぎられました。
ひときわすさまじい光が炸裂し、私は防御魔法を展開。
吹き飛ばされないよう、必死に衝撃に耐えます。
そして、訪れる静寂。
メルさんもエリザ嬢もジョアンナさんも、私も、勇者様も何も言いません。
巨大な広間で、ただ呆然とするしかありません。
静止した時間の中で、空中の塵や光の粒が舞い狂い、徐々に人間の姿を形成していきます。その中には魔王の首が浮遊しており、恐ろしく不気味で悪趣味な光景が広がっています。そして完全に復元された聖女様の姿と、その胸の中には魔王の首が宝物のように抱きしめられています。
そして、聖女様は。
縊り殺した魔王の首を手に、満面の笑みを浮かべ。
勇者様の名前を呼びます。
「ジャス、やったよ!!!!」
一点の曇りもない、光り輝くようなその姿。
きっと生涯忘れることはないでしょう。
凄絶で、残酷で、そしてあまりに美しい。
「ジャスティン?」
私は勇者様の顔を見ます。
肉体は回復し、自力で体を起こせるようになった彼は、呆けたような表情で聖女様を見つめていました。最初はただ驚いているのかと思いました。だけど、その表情は目の前の光景を理解したのか徐々に変わっていきます。血走った両眼を見開き、顔面蒼白になり、涙がぼろぼろとこぼれ落ちています。
「俺は、俺は勇者になるって……」
あまりに悲痛でせつない叫びが漏れ出ていました。
まるで小さな子どものような口調で、普段の彼からはありえないほどに幼げで、あまりにもあどけない。私は思わず、両手で顔を覆います。
何も考えなくていいはずです。
美しく強く素晴らしい聖女アルメリア様。
凛々しく勇ましく恐ろしいその姿はまるで巨匠の描いた絵画のよう。
私たちはこれを目撃するためにこの場にやってきた。
魔王は討ち滅ぼされ、世界は救われる。
馬鹿になれ、馬鹿になってしまえ。
喜んで近づく彼女と一緒になって、飛び上がって踊って「良くやったね」と褒めてあげればいい。
それだけでハッピーエンドとして終わるはずだ。
だけど、それにはあまりにも痛ましい。
目を開き、周囲を見渡します。
みんなの、疲れ切ったような表情。
砕けた武器に鎧、肌艶は損なわれ、髪は血で固まり、無惨な有様です。
私も彼女たち動揺の姿をさらしているに違いありません。
どんな傷みも寄せ付けない聖女様とは違って、私たちは何の恩寵も受けていないんですから。
ただ、私たちだってわかっています。
聖女様は、何も悪くない。
私たちはその後、アルメリア様を伴い魔王城を後にしました。
移動するまでにもひと悶着ありました。
勇者様は混乱しているようで、頭抱えてわけのわからない言葉を口にしています。
「ジャス、どうしたの? ねぇ、しっかり!」
聖女様は不安げに勇者様の両肩に手を乗せますが、私は彼女を引き離し「眠らせます、少しだけ待っていてください」と伝える。
眠りの呪文を彼にかけ、意識を失わせます。
メルさんが勇者様を背負い、私とエリザ嬢で協力して転移を繰り返します。
「やっちゃったって感じね」
ジョアンナさんが強いて軽い口調でそれを言ってくれたので、少しだけ空気が緩みました。
「ジャス大丈夫? 大丈夫?」
「アルメリアさん、ジャスティンは疲れてしまっているだけですわ。あなたも、あの戦いの後で。あのあと……何があったの?」
エリザ嬢が聖女様の相手をします。こんなときでも配慮が出来る彼女はやはり賢くて優しい人です。
「あの、暗闇の中に落ちて、気が付くと変な空間の中に。周りに魔物の群れがいっぱいあって、私に群がってきたから普通に戦って、そのうち四天王? 偉そうな奴らも出てきたから戦って倒したよ。そこからは、みんなの魔力をたどって壁を壊しながらあそこまで」
「はは、あはは……無茶苦茶だな、おい。四天王だろ? 確か最上位のマスターデーモンだったよな、あたしたちが前に相手したのは」
メルさんはもう笑うしかないような様子です。
「強かったけど、何とかなったよ」
まるでその辺のダンジョンを踏破しただけというような軽い口調で、こともなげに言います。私は頭痛が止まらず、勇者様のことだけを見ていました。
その後のこと。
勇者様は回復後、私たちに何も言わずに姿を消しました。
「今までありがとう」
そんな短い書置きを残し、彼は去ってしまいました。
長く付き合ってきた仲間に対し、それだけで済ませるなんて少し残念でした。
だけど、ずっと一緒に旅をしてきて、彼という人も何となく理解はしています。
勇者様、いえ、ジャスティンはいびつな生き方をしてきた人間です。
魔王を倒して勇者になる、という一念。
あらゆる欲望も願望も捨て去り、ただ一つの望みの為に行動してきました。
あり得ない位、彼はストイックでした。
そういう彼だからこそ勇者という名誉職に就いて長年戦って来れたのでしょうが、彼にとってはあの最後の戦いはきっと苦い思い出となったでしょう。
極端な話、私は一介の僧侶ですし魔王を倒したという事実はそこまで重要ではありません。
メルさんは武勲を立てられなかったことで今後しばらく落ちこむでしょう。
エリザ嬢は魔法学校のみんなやご両親に告げるには多少気が沈むかもしれません。
ジョアンナさんは私生活も謎めいている方ですから、その辺りはあまり心配いらないかもしれません。
だけどジャスティンは、彼だけは違っていたのです。
せめて故郷に戻り、穏やかに暮らしてくれれば良いのですが……。
私たちは解散する気にもなれず、しばらくの間共に行動しました。
国への報告とかいろいろありましたしね。もちろん、真実を根掘り葉掘り証言させられることになり、勇者様が武勲を立てることが出来ず姿を消したことも伝えます。
この証言こそが私たちにとって最も辛い瞬間だったと言えるでしょう。
他でもない私たちが、ずっと彼を見てきた、彼を愛してきた私たちの口から、「勇者は魔王を倒すことができなかった」と告げることになったのですから。
みんな泣いていました。
悪いことだとはわかっていても、素直に口にすることができませんでした。証言のために使われた強制魔法の力に抗い、口がねじ曲がりながら、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら吐き出します。
「あたし、たひは、あたひは何もできながった、けど……あいつは、勇者は魔王をたお、うっ、ひっ、倒せませんでし……ちがう、ちがっ、ちがうんだよ、そうじゃないっ、魔王をたお、倒せませんでっ、し、ちがう、ちがうぅぅぅぅっ、あいつは戦ったんだ、臆することなくまっすぐに、立ち向かって、魔王を倒し……倒せま、っ」
メルさんは舌を噛み、口の周りを血まみれにしながらも抵抗します。
だけど最後には切れ切れの言葉で全てを話すことになりました。
「アルメリアさんが駆けつけてくれ……なくても、ジャスティンは……、彼はっ、彼の力なら、倒し、たお、たおすことができず……ちがいます、わたしはうそつきです、お願いします、許してください、彼のことは、だめ、やめて、もうやめてください。やめて、言いたくない言いたくない、言いたくない!! わたしは、わたしはっ!!」
エリザ嬢は魔力で抗ってまでその言葉を言いたくなかったようですが、結果的に王国魔法隊たち十数人がかりで魔力を封じられてしまいます。魔法使いとしてそれは途方もない辱めでした。自分の体面を損なってまで、口にしたくなかったのでしょう。しかし、王の前で虚偽を口にするのは重罪です。すすり泣きながら、真実を口にさせられてしまいます。
まるで拷問のようでした。
「っ……うっ、ぎっ、うっ、うぅっ……うっ、あの子は、魔王を……倒すことが、ちがうっ、ちがう、ちがうちがうちがう、あの子は頑張ったのよぉぉぉ。わたし、わたしたちだけは、知ってる、知ってるんだからっ……!!」
意外なことにジョアンナさんも証言には抵抗しました。日頃は飄々とした人柄で、こんな場面でも適当にやり過ごしてしまうような柔軟さはある人だと思っていましたが、いくら斜に構えていた彼女でも、勇者様を想う気持ちはメルさんたちと同じだったのでしょう。証言魔法って本音を吐き出させる力ですから、普段どれだけ上手く隠せていても、引き出されちゃうんですよね。
馬鹿な話ですよね。こんな場面で意地を張って、一体何の意味があるんでしょう。
わざわざ雁首揃えて何やってるんだか。
魔王を倒したのは聖女、それだけのこと。
勇者様は魔王に破れ、無念にも人知れず姿を消しました。
それだけのことです。
私は、性格があまり良くないですから、素直に言いますよ。
最初から、私一人で来れば良かったです。
「勇者様は、魔王を……たお、たっ、いやっ、いやっ、いわせないで、言いたくない、言いたくない、言いたくないんですっ、私、私だけは彼のこと、あの人は、ずっとずっと戦ってきたんです、どんなつらいことがあっても根を上げたりせず、必死にっ……! ちがうんです、ちがいます、ちがうんです、わかってください、お願いです、お願いします、あの人は立派に戦って、負け……勝つことが、でき、できま、できて、うっ、うううっ」
出てくるのはわけのわからないすすり泣きと懇願が入り混じった情けない言葉の数々。王様も呆れて物を言えないようです。結局、私も馬鹿の一人のようでした。ここに来るまではみんな、結構普通にしていたんですよ? もう済んだことだし、頭を切り替えて事務的に済ませてしまおうって、笑い合ってすらいました。それがこの始末ですから、本当に救いようのない馬鹿の集まりです。
「お願い、やめて、やめてあげてぇぇぇ!!」
あぁ、そして極めつけの馬鹿が来ました。
聖女様だけは色々不味かろうということで、後から来るように伝えておいたはずなんですけれど。どうもその気遣いは無駄だったようです。こんなときだからこそ言います。私この聖女様のこと大っ嫌いです。ジャスティンを傷つけ、彼の名誉もこれまでの人生も全部踏み荒らしておいて、今更どんな顔をしてのこのこやって来ているんだって、そう思います。
「みんなは悪くありません。悪いのは私一人です、私、私がこんな無茶苦茶な力で終わらせてしまって、みんなを守るって、ジャスの望みをかなえるんだって、勘違いして、私が、私がっ、私が悪いの、だからお願い、みんなの口で、ジャスのことを悪く言わせるなんてこと、しないであげてよぉ……」
だから嫌なんですよ、この娘。
どうして今になって気づくんですか。
今更気づいても、遅すぎる。
証言もまともにできないなら、来なくていいんです。
ただ泣きじゃくるだけなら子どもでもできます。
こういうところも、本当に馬鹿で、馬鹿なんだから。
後からやって来ておいて、今更仲間面しないでほしい。
揃ってすすり泣いてさ、本当に、まるでこれまでずっと一緒に旅をしてきた仲間みたいじゃないですか。勘弁してください。
これが、ことの顛末です。
勇者パーティに遅れて聖女様が入り、全部一人で片を付けてくれました。
その結果が、この始末です。誰も笑顔にはなれませんでした、勇者様も、戦士も、魔法使いも、盗賊も、僧侶も、そして聖女も。救いとしては魔王が倒されて、世界が平和になるだろうということだけ。それで本当は全部まるっと包み込んで終わりにすればいいだけなんですよね。
こうして勇者パーティは王の眼前に恥を晒して終わりました。この証言の一元一句が記録され、後世に残されることが決定しました。
さすがに世間様に向かって、こんな珍事を公開するわけにはいきませんでしたし、聖女様とその仲間たちが果敢に立ち向かい見事魔王を滅ぼした、という話が流布されることになりました。
強調して語られるのはあくまでも聖女様の力で、勇者ジャスティンの名前は結局一文字もその後の伝説に刻まれることなく、まるで彼の冒険も努力も何もなかったように伝えられることになります。
ジャスティンも、王の前に一緒に来ていれば、たとえ魔王を倒せなかったとしても聖女の仲間の一人として認められたはずなんですけどね。でも、それで良かったと思います。私たちの口から彼の無念をわざわざ改めて伝えるなんて残酷なこと、口が裂けてもしたくなかったですから。
結局、私たちは、ジャスティンは、アルメリアは一体どうすればよかったんでしょう。何が悪かったんでしょうね。どう転んでも気まずい結末は決定されていますけど、せめてもう少し受け入れやすい終わり方はなかったんでしょうか。アルメリアが圧倒的な力で魔王を滅ぼさなければ良かった? 少し手加減して、ジャスティンにも手柄を立てられるようお膳立てすれば良かったのでしょうか。
あの魔王に対して、そんな中途半端な手加減をして、ですか?
さすがに無理な話でしょう。
ただ、アルメリアが遠慮の容赦もなく徹底的にやり尽くしたのは、結局ジャスティンの為だったようです。彼女も彼のことを想っていて、故郷にいる想い人のことも知ったうえで彼の役に立ちたい、ひょっとしたら自分のことを見てくれるかもしれない。
すべてが終わった後で彼女が語ったことはおおむね、誰もが予想した通りでした。彼女はただ一生懸命だっただけなんですよね。細かい配慮や、ジャスティンの気持ちに寄り添うことができなかっただけで。
一つだけ、惜しむべきことがあるとすれば、それは彼女が、アルメリアが私たちの旅の後半にパーティに加入したことでしょう。せめて、もう少し共に行動していれば。彼女と私たちはやはりどこか心に距離があり、ジャスティンに対する理解や配慮も、共有しきれていなかった。あと少しの時間と積み重ねがあれば、たとえどんな形で終わっても彼を傷つけず、共に笑いあえる未来もあったのではないか、とほんの少しだけ思い描いてしまいます。
私たちのその後についても少しだけ語ります。
「みんな、ジャスに会いに行こう、ね?」
アルメリアはそう訴えましたが、私たちが同意を示すことはありませんでした。彼にとって必要なのは何よりも時間です。時の女神の恩寵を受け、私たちには理解できない苦労を経て旅をしてきた彼だからこそ、一人きりの誰にも気持ちを振り回されることのない時間が何よりも必要だろうと、そう思えたからです。
また、アルメリアは自分さえいなければと、思い余って一時期自傷行為に走りました。
自分の顔を拳で砕いては戻り、砕いては戻り、血肉にまみれる凄まじい光景でした。
正直、ドン引きでしたね。そんなことをして誰が喜ぶはずもありません。自虐的な思いに駆られて自分を傷つけているのは、そりゃ楽しいでしょう。可哀想な自分に酔うのもさぞかし気持ちがいいでしょう。だけど、そんなことで自分を慰めるなんて絶対にしないでほしい。
全員で怒り、頬を叩き、ぶん殴り、最後には抱きしめて、みんなでわんわん泣きました。しばらくの間は、ずっとそんな感じで良くわからない集団として過ごしていました。
それからしばらくして、やはりそれぞれの道があると言うことで別れることになります。
年単位の時間も経ったこともあり、やはり最後にもう一度彼の顔が見たいと思うようになりました。ようやく私たちの心境も変化するに至ったと言うべきか、何事も時間というのは全てに解決を示してくれるものです。アルメリアは自分は行けないと固辞しましたが、そこはもう全員で無理やり引っ張っていきました。
彼の故郷は過去に聞いた話から大方検討は付いていましたので、みんなで彼の元に訪ねて行く最後の旅です。彼の足跡をたどるような道のりは決して悪い旅路ではなく、女ばかりの気やすい間柄なので楽しく過ごすことが出来ました。そしてそれなりの時間をかけて、ようやく彼の故郷の村を見つけます。
残念ながら、ジャスティンはもう村には居ませんでした。
一度生家に戻ってからすぐにどこかへ行ってしまったそうで、ご両親にも何も話していなかったようです。ただ疲れた顔をして戻ってきて、すぐに姿を消した、と。
聖剣だけが彼の部屋に寂しげに残されていたそうです。
話を聞くと、ジャスティンは誰もが褒めたたえる村の英雄のような扱いでした。
10年以上前に村に魔物が襲ってきた際、素晴らしい能力と働きを見せて一人の犠牲も出すことなく、魔物を撃退したという話です。
彼の幼馴染という方にも話を聞きましたが、結局ジャスティンの想いを残していた人が誰かはわかりませんでした。同い年の人とは限りませんし、年上かもしれない。故郷の村に彼の姿がないことは、全ての答えであるかのようです。思えば、彼のことを本当の意味では誰も良く知らなかったのです。結局のところ私たちもこれまでの彼との付き合いの中から想像し、わかった気になっていただけかもしれません。
誰もが正しい答えを知らず、全ては彼の刻んだ時間の中にしか答えはありません。
彼はどこへ行ったのでしょう。
時の女神の恩寵が与えられた勇者。けれど、その神の愛は彼を本当の意味では幸せにはしてくれませんでした。長い年月を一つのことに費やし、結局は最後につかみ取れなかった。
ふざけるな、と天に向かって吐き出したい気持ちでした。
「ジャスは、別の時間の中に消えたのかもしれない」
やがてアルメリアはそんなことを呟きました。
彼女が『不死』の力を持つように、ジャスティンは『時間』の力を持ちます。その力を使い、これまで窮地が訪れては時間を遡りやり直しを重ねて今まで旅を続けてきた、彼女はそんなことを語ります。今更聞かされても首をかしげてしまうような話ですね。
いままで妙に勘が良かったのはその力を使っていたからなのでしょうか?
時の女神の恩寵。
その力は、時間を巻き戻すのではなく、別の世界の過去へ飛ぶ。
だから、一度去った世界には二度と戻ってこない。
そういえば魔王がそんなようなことをほざいていたようでしたが、私には今一つ理解できないので、わからないことにしておきます。
そんな、手の届かないようなところに行かれるなんて、絶対にごめんですから。
それから、それぞれの暮らしの中に戻っていった私たちですが手紙のやり取りや時折顔を合わせる程度の付き合いは続きました。
メルさんは冒険者ではなく傭兵として王都から離れた土地などで盗賊や魔物を退治したりして過ごしています。魔王が消えても時折何かの残滓のごとく魔物は出現するようです。以前ほどの脅威はなくなりましたし、誰かが命を落とすような戦いも減ったようです。それでもメルさんは各地を転々とし、恐らくどこかで彼の姿がないかを探しているのかもしれません。
エリザ嬢は故郷に戻り、旅の中で得た様々な魔法の研究や解析を進め、魔法研究者として活動しています。魔王のことや神の恩寵について彼女なりに気がかりとなったことを調べ、後世の役に立つように文献として残すのが目標らしいです。彼女もまた、消えた彼の影を追い求めているのかもしれませんね。
ジョアンナさんは、何をやっているのかはさっぱり不明です。
案外どこかで腰を落ち着けて平凡な女性として過ごしているのかもしれませんし、影の世界の中で怪しげなことに関わっていたりするのかもしれません。たまに手紙が届くので生きてはいるのでしょう。彼女の心中を深く察するのは私には難しいです。
アルメリアについて。結局、彼女とは教会関係のつながりを持つ私が一番深く関わり続けることになりました。付き合いが続くうちに、奔放で空回りしがちな彼女の世話役として認知されるに至ります。後世にはうっかり聖女の親友と名前を残してしまいそうです。何の皮肉でしょう。
ちなみにアルメリアの持つ『不死』の恩寵ですが、時間の経過とともに薄れていき、やがて消えてなくなっていきました。魔王を倒し、役目を終えたことでその運命からも解放されたようです。それはつまり、ジャスティンもまた彼の与えられた恩寵を失ったことになります。彼にとってそれが善いことであることを、願うばかりです。
あの人は、どこかで幸せに過ごしているでしょうか。
メルさんも、エリザ嬢も、ジョアンナさんも、私も、アルメリアも、彼の幸せをずっと願い続けていくのでしょう。歴史の中に刻まれない、名前のない勇者。
私たちだけは、彼のことを決して忘れません。
誰よりも勇敢にまっすぐ突き進んだ彼の名前を。
最後までお読みいただきありがとうございました。
消えた勇者のその後は過去作(https://ncode.syosetu.com/n9566hb/)にて書かれています。
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