8章 メシアの瞳(18)
第86話 メシアの瞳
★★★(センナ)
……眠れない。
どういうわけだろう?
再度、ムッシュムラ村を出て、スタートの街への帰路についた後。
眠気が完全に吹っ飛んで、眠れなくなった。
今の時間は、深夜。
本来だったら寝る時間のはずなのに。
……うーん。
ホント、どういうわけなのかな?
クミちゃんの旦那さんとの春画な行為を未遂で見て、興奮してしまった?
それが今でも続いてるの?
……いや、それはさすがにまずいでしょ。
本気でそういう理由だったら、どんだけ私ドスケベなんだって話。
確かに、あのときのクミちゃん、すごく大人の女って感じでドキドキしちゃったけど。
……当たり前だけど、クミちゃんはすでに大人の階段登っちゃってるんだなぁ……。
でも、それだけでこんな状態になっちゃう?
全く眠れないんだけど?
私は身を起こした。
私が寝ていた馬車の内部では、アイアさんとクミちゃん、そしてクミちゃんの旦那さんのサトルさんも寝ていた。
うちアイアさんとクミちゃんの2人は、鎧を完全には脱いでなくて。
いざとなったらすぐに戦える状態になれるように、臨戦態勢だった。
そして奥の方に、小さな檻。
中には、あの村を襲撃してた混沌神官。
その正体は、かつて私をノライヌの巣の砦に置き去りにした、駆け出しパーティのリーダーだったんだけど。
その彼、後でさらに重大な犯罪を犯して捕まって、サドガ島に島送りになっちゃって。
そこでの厳しい生活で、さらに歪んで、とうとう混沌神官に覚醒してしまったみたい。
……ちょっとだけ哀れではあったけど、もう、どうしようもない。
混沌神に愛されてしまった人間は、この国では生きていてはいけないことになってるし。
中の彼、寝てるかどうかわかんないけど、確認はできなかった。
さすがに、危ないからね。
このままスタートの街に着いたら、彼の事は役人に引き渡す。
で、待ってる先はおそらくすぐさま刑場だと思う。
多分、数日以内に晒し首。
それが分かってるはずだから、近づいたら危ない。
死に物狂いで最後の抵抗をしてくるかもしれないんだから。
彼に関しては、ちょっとだけ揉めた。
あのまま、ムッシュムラ村の人に処遇を任せるって手もあったんだけど。
重大犯罪者の処刑なんて事を、村人に任せるのは酷なんじゃないのかって話になって。
私たちが連れていくことになった。
そのときに「使ってください」って言われて。
檻をひとつ貰ってしまった。
本来はダチョウを出荷するときに使用するものらしいんだけど。
人もなんとか閉じ込めておけるから、って。
で。
猿轡と手足の拘束をして、放り込んだ。
……クミちゃんにボコにされてて、メチャメチャになってたけど、そこは私がメシア様の奇跡を使って、治してあげたよ。
街に着くまでに、死なれると面倒だしね。
で、それっきり。
私は彼の事は無視してる。
さすがに、いくら混沌神官でも、数日後に処刑が決まってる人間と会話なんて。
趣味がね、ちょっと悪いしね……。
そして身を起こした私は、毛布を畳んで、ちょっと外に出た。
足音を忍ばせながら。
寝てる人を起こすと悪いし。
……アイアさんとクミちゃんは、特に敏感そうだなぁ、と思いながら。
外ではアイアさんの叔父さんのモヒカンさん……冒険者のガンダさんが見張りをしてた。
焚火して、座ってる。
多分、アイアさんとクミちゃんとで交代でやってるんだろうね。
ご苦労様です。
「おや、センナ殿」
私が馬車から出ると、ガンダさんが気づいた。
まぁ、当然かな。
だって、見張りだもん。
「どうなされた?」
「ちょっと、眠れなくて」
気遣ってくれたので、そう答える。
そのまま、向かいに座った。
「そうでござるか……」
そう返して、ガンダさんは炎を見つめ続けていた。
そして、しばらく沈黙が訪れて。
唐突に。
「センナ殿」
ガンダさんがね、視線を上げて話しかけてきたんだよ。
こんなことを。
私が「なんですか?」って返したら。
いきなり言われたんだ。
「ちょっと、手をナイフで切ってみてくださらんか?」
……へ?
時間が、一瞬停止した。
いやいやいや!
いきなりなんですか!?
その言葉を聞いた後の私の反応は、それだった。
「え? 嫌ですよそれは!」
首を左右に振って、慌ててそう返す。
身体も少し引いていた。
でも。
「……別に、変な意味では無いのでござる。そうしないと確かめられないことがありましてですな……」
ガンダさん、真剣な顔だった。
どういうことなのか……?
「……詳しく聞いていいですか?」
そう、聞いたら。
「申し訳ない。手を切ってみてからとしか言いようがないのでござるよ」
……うーん。
私はちょっとだけ考えた。
まぁ、ガンダさん神官だし?
善人なのはオロチ様が保証するところだよね?
そんな人が「ナイフでちょっとだけ手を切ってみて」なんて言うんだ。
多分、本当に意味がある行為なんだろう。
……だとするなら……
「……わかりました」
……こうすべきだよね?
大丈夫。傷はメシア様の奇跡で治せばいいし。
そう思ったので、承諾。
ガンダさんが渡してくれたナイフを使って、私は手の甲を少しだけ切ってみた。
痛かったけど、我慢。
すると……
「……え?」
切った傷がね、スーッと、消えたんだ。
……どうして?
私、まだお願いして無いよ?
ガンダさんも呪文唱えてないし?
「……やはりか……」
それを見たガンダさんは、少し複雑な顔をしていた。
どういうことなのか、知ってるようだった。
「これ、どういうことなんですか? 私、魔法なんて使って無いですよ?」
ガンダさんにそう言って迫ったら「センナ殿、声を小さく」
そう言って、押しとどめられた。
言い方にただならぬものを感じた私は
「あ、スミマセン」
素直に従う。
すると、ガンダさんは教えてくれたよ。
私の今の状態を、声量を落としながらね。
曰く……
今の私、メシア様の奇跡の、治癒系魔法が自分に対して常時発動の状態になってるらしい。
そして、極めて高性能で、正確な「邪悪看破の奇跡」も常時発動。
昼間に、私がいきなり混沌神官の襲撃を察知したの、そのせいだろう、って。
だから、ナイフの傷が魔法も使って無いのに消えたらしい。
自動で「治癒の奇跡」が自分に掛ったから。
これからの私は、もう病気にも絶対にならないし、呪われても呪われず、眠りに落ちることも無いんだって。
常時発動の魔法で、病気が治り続け、すぐさま解呪され、疲労も蓄積する前に取り除かれるから。
毒に関しても、効果が出るまでに解毒されるから効かないそうだ。
……素直に私は、それを聞いたとき。
すごい、って思ってしまった。
何でか知らないけど、そんなすごい状態になってしまったの? 私?
でも、眠れないのはちょっとだけ残念かな。
あの気持ちよさがもう、味わえないのか……。
そんな風に残念がってた。
そこに込められた本当の意味合いを知らなかったから。
ガンダさんは続けた。神妙な面持ちで。
「センナ殿の今の状態を、その、常時発動する本来よりも極めて高性能な邪悪看破の奇跡、から『メシアの瞳』継承者と言うのでござる」
「メシアの瞳……?」
聞いた覚えが無い言葉だった。
それを言うと、ガンダさん「当然でござる。王室と、神殿関係者のごく一握りしか知らない事実でござるゆえ」って。
ガンダさん、昔はオロチ様の神殿で修行してたらしく。
そこでの地位もかなり高かったみたい。
今は修行の意味合いで冒険者してるけど、神殿を出る前に、そこで聞いたんだって。
「次世代のメシアの瞳継承者に目を光らせよ」
って。
ガンダさんの冒険者稼業、その意味合いもあったそうで。
私は、そんなガンダさんに見つけられてしまったんだ。
「センナ殿。この事は誰にも言ってはいけないでござる」
アイアにも、クミ殿にも。そして御父上にも。
そう、念を押されてしまった。
そりゃま、吹聴するほど私は目立ちたがりでは無かったんだけど、それにしても異常だった。
異常な、念の押され方。
まるで、絶対に洩れてはいけない事実なんだ、そんな感じで。
……さっき、王室と神殿関係者のごく一部しか知らないって、ガンダさん言ってたけど。
それと、何か関係あるのかな……?
「それは、何故なんですか?」
だから、聞いた。
すると、教えてもらえたよ。
私以外には絶対に聞こえないような、小さな声で。
……このゴール王国がどういう建付けで、国を維持しているのか、ってことを。
そんなこと、寺子屋でも教えてもらえなかった……。
そうだったんだ……
この国って、そういう風な仕組みで作られて、動いてたんだね……。
~8章(了)~




