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7章 もうひとりの私(8)

第59話 10万えんゲットの君

★★★(サトル)



 トイレから帰ってきたら、奥さんの友達の数が増えていた。

 奥さんの仕事仲間の、背の高い女の人のアイアさん。

 それに、以前奥さんの浮気を疑って、それが間違いだったからと、お詫びに頭を丸めて土下座した、凄く真面目な女の子のセンナさんが加わっていた。


 ……一体なんで?


 正直、辛い。

 クミさん以外とまともに女性と向き合ったことのない俺に、この状況は耐えられない。

 無論、好きになってしまうとかは無いつもりではいるんだけど。


 夫が友達とはいえ他の女性に親身に尽くしているのを見るのは、やっぱりいい気はしないはずだし。

 だって俺がそうだから。


 クミさんに家族以外の他の男に親切にして欲しくない。どうしても嫉妬心が燃えてしまう。

 言わないけど、本音はそれだ。


 だったら俺もしたくは無いよ。


 それに……


 ……最近、クミさんの「数値化できないものを絶対視するのは良くないですよ」って言葉に影響受けてきたのか。

 自分は油断すると浮気するに違いない、って前提で動くようになってきた。


 良い事なのか悪い事なのか……。


 工房でも、お客さんの応対は全部親父に任せるようになったし。(理由を言ったら「しょうがないな」と許してくれた……)

 女性に話しかけられても、まともに顔をみて話さないように心掛けるようになった。

 だからまぁ、この状況はあまり嬉しくない。


 要らない苦労が増えるから……。


 けどさ……


 奥さんの友達に失礼な態度をとったら、クミさんが辛い思いをする。

 それは駄目だから。


 だから正直、困る。

 親切にし過ぎても問題だし、しなくても問題。


 全くモテなくて、加えて自分からまともに女の子を好きになれなかった寺子屋時代の俺からしたら、こんなことで困る日が来るとは思わなかった。


 もし何か間違いが起きたら、クミさんの「サトルさんは誠実で立派な男の人です」って褒めてくれた言葉が全部壊れる。

 そんな事態を想像すると、叫びだしたいくらいの恐怖を感じるよ。 


 嫌だ……そんなのは絶対に嫌だ……!

 一時の気の迷いで、クミさんの愛を失うなんて……!


 女性3人に囲まれながら、俺は多分、ぎこちない笑顔を浮かべていた。



★★★(センナ)



「この前に依頼で100キロカマキリを討伐したんだけど」


「あの熊を超えるっていう超危険生物ですか?」


「そう」


「知っているのクミちゃん!?」


「うん。オータムさんの家に居たとき、図鑑で見た。最凶の野生動物だって。想像してみて? ……カマキリは通常サイズでも、ネズミより強いんだよ? 100キロもあると相当だよ」


「ああ、かなりキツかった。緊張したよ。捕まって、力比べでもし負けたら、死ぬからね……」


「でも、カマキリで100キロって、カマキリの赤ちゃんの数を考えると、危ないんじゃ?」


「そのへんは大丈夫なんだな。100キロカマキリの雌は1度に100匹の仔を産むけど、成長過程でほとんど共食いで死ぬから、成体になるのはその中の1~2匹なんだよ。でもま、それだけその生き残った個体は強いってことなんだけど……」


 女3人の会話に挟まれて。

 クミちゃんの旦那さんのサトルさんが、どうみても対応に困ってるみたいだった。


 ……そういや、クミちゃん、旦那さんの事、深い仲になる前に「女慣れしてなくてカワイイ」って言ってたっけ。

 多分、今はクミちゃん相手なら慣れたもので、普通にしてられるんだろうけど、その他はまだ無理なんだ……。

 今、クミちゃん以外に2人も居ることに対応できないのか……。


 でもま、夫婦でいるならそっちの方が都合良いと思うし。

 いいんじゃないかな。

 社交的で女の子にホイホイ話しかける旦那さんって、不安になるし。


 ……現在進行形で肩身の狭い思いをしているクミちゃんの旦那さんには気の毒だけど。

 私みたいなショボイ女子ひとりだけなら、太刀打ち出来ても。

 そこに、このアイアさんという、ドラゴン級女子に出てこられたら……


 白旗上げるしか無いよね。

 ホント、気の毒。


 背が高いと女性はモテないっていうけどさ。

 この人レベルで綺麗で、えっちな身体をしてたら、話は別だと思うんだけど。

 違うのかな?


 まあ、あの状況で「クミさんが俺を裏切るわけがない」って迷いなく言い放った、超オオアタリの旦那さんだし。

 気の迷いでフラフラとアイアさんに寄っていくことは無いと思うんだけど。


 そういう要因が近くにあるのって、絶対辛いはずだよね。

 奥さんに疑われるのでは? って思ったり。


 何とかしてあげた方がいいはずだ。


 なので。


「アイアさん」


 私は隣に座ってるアイアさんに、そう呼びかける。

 アイアさんは気づいてくれて、私を見た。


「そろそろ約束の時間では……」


 約束。

 そんなものはしていない。

 嘘なんだけど。


 だけど、私の視線を見て、アイアさんは察してくれたようだった。

 ニコリと微笑んで。


「そうですね。行きましょう」


 そう言って、席を立ってくれる。


 あ、この人、きっと良い人だ。

 私はそれを確信した。


 邪魔しちゃ悪いから、って言ったり。

 黙って「それじゃ」って言ってしまうと、なんだか迷惑がってるように見えるし。

 穏便に行くなら、これがベストだと思うんだ。


「ゴメンネ。私たち約束あるから、これで」


「うん。また今度ね」


 クミちゃんは、これが嘘だって分かってるはずなのに、笑顔でバイバイしてくれた。



「えっと、この後何か予定有りますか?」


 店を出た後、私はアイアさんにそう訊いた。

 クミちゃんの仕事仲間だったら、私も友達になりたいし。


 そしたら


「お昼ご飯を食べに行こうと思ってました」


 ……と、お腹を押さえてアイアさん。


 おお。

 おあつらえ向きじゃない!


 私の実家はお蕎麦屋さん。

 常連になって貰えば、売り上げにも貢献できるし、親交も深められる!


「だったら私の家に来てください!」


 私はアイアさんの手をとって、そう提案する。

 ウチの蕎麦は美味しいはずだから、きっと満足してもらえるはずだよ!



★★★(アイア)



「ただいまー」


「おお、センナ! 神官の資格は取れたのか?」


「うん。バッチリ」


 クミさんの友達の、センナさんに連れられて。

 私はお蕎麦屋さんに来ていた。


 先導するセンナさんが店の引き戸を開けて、私がそこに続く感じ。

 暖簾の潜って店に入ると、私に一斉に視線が集まる。


 まぁ、女でこれだけ身長高いと目立つのは理解できるし。

 慣れてるけど。


 センナさんは入店して即、奥に居た自分の父親を呼び出して、報告していた。


「見て見てお父さん! これが神官の証の聖印のペンダントだよ!」


 帯の中から、センナさんが銀色のペンダントを取り出して、彼女のお父さんに見せていた。

 ……さっきの店で取り出さなかったのは、命知らずのオバカさんが、掏りとろうとしてこないように、っていう配慮かな?


 神官の肩書があると、社会的にかなり色々と便利なので、たまにそれを僭称しようと、聖印のペンダントを盗もうとするオバカさんが居る。

 そんなことしても無駄なのに。


 ペンダントには名前が刻まれてるらしいし、もし不信に思われて、神殿に問い合わされたら、バレるのにね。

 神殿の方には記録が残ってるから、照会されたら終わりだ。


 まあ、手間だからなかなかそうは踏み切らないかもしれないけど、それでも照会されたらバレる。

 このリスクはデカすぎる。


 何故なら、神官の僭称は死罪だからだ。

 誰かが気合入れて照会して来たら、その時点で命が無くなる。

 リスクとしてはデカすぎる。割に合わないよ。


 でも、たまに「神官を僭称した」という罪状で晒し首になってる奴を見るから「自分だけは大丈夫」って思っちゃう奴、居るんだなぁ。

 私からすると、アホ過ぎるとしか言いよう無いけどさ。


 一応、店内を見回した。


 そこに居たのは「センナちゃん久しぶり」「大変だったね」「病気になったらよろしく頼むよ」なんて。

 顔なじみの常連さんばっかりみたいだったから。

 大丈夫、なのかな。


「さ、アイアさん、座って座って」


 薦められたのでとりあえず、私は適当な席についた。


「クミちゃんのお仕事仲間繋がりで、新しいお客さんを連れて来たんだ。お父さんお願いね」


「あいよ」


 奥に行き、センナさんは前掛けを身に着けた。

 店員の制服なんだろうか?


 とりあえず、何を食べるか決めなきゃね。


 私はメニューを開いて品目を確認する。


 ……あ、鰊にしんそばあるのか。


 私、これがそばで一番好きなんだよね。

 甘辛い鰊の切り身の味が、つゆに溶ける感じがたまらないから。


 私の中では、そばの最高峰が鰊そばだ。


 だったら、答えは決まってる。


「鰊そばをください」


「お父さん、鰊そば~」


「あいよ」


 ……楽しみ。

 味には自信あるそうだから、どういうのが出てくるんだろう?

 わくわくする。


 そのときだった。


 ガララ。


 また引き戸が開き、誰かが入って来たんだ。


 何気なくそっちを見やった私は、驚愕した。


 だって……


 茶色の髪。クールな印象の目。そして黒と白のエプロンドレスのメイドさん。


 的屋10万えんゲットの君じゃないですか!

 まさかここで再会するなんて!


 これは何かの縁かもしれない。

 是非、お話してみたい!


 しかし。


 ……さて、どう話しかけよう?


 いきなり「的屋で見ました! お話ししましょう!」はさすがに無いよね。

 どうしようかな……?


 そう、迷っていると。


「あ、セイレスさん。いらっしゃい」


「いつも通り、きつねそばをお願いいたします」


 ……え?

 今、セイレスさんって、言った?


 確か、あれだよね?

 オータムさんのお屋敷のメイドさんの名前が、確か「セイレスさん」

 クミさんが言ってたけど。


 ……これは、運命だわ。絶対そう。

 私は確信した。

 よりにもよって、ふらりと立ち寄った的屋で偶然出会って。

 成り行きで来たお蕎麦屋さんで、再会してしまうなんて。


 話しかけるしかない。


 私は自分の席を立ち、そのメイドさんの傍に行く。


「……オータムさんのお屋敷のメイドさんの、セイレスさんですか?」


 私がそう聞くと、その「的屋10万えんゲットの君」ことセイレスさんは。


「……ええ。オータム様の屋敷で働いている者ですが、あなたは?」


 私に気づいてそう返し、私に茶色の瞳を向けて来た。

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