6章 3人目の異能使い(3)
第40話 色々不満があるのは分かるけど
「……そういうわけで、髪を赤く染めるのは、ムジード一族の成人の証なんですよ」
カフェで、テーブル挟んで私の向かいに座ったアイアさん。
そう言って、彼女はにこやかに笑う。
自分の前髪の一房……赤い部分を弄りながら。
「なるほど」
私は微笑み返しながら紅茶を一口。
地雷が怖いけどさ。
アイアさん、確かに悪い人には感じないよ。
……地雷に触れなきゃ良い人なんだろうね。
今さっき聞かせてもらった「ムジード一族のはじまりの物語」も面白かったし。
ガンダ・ムジードさんに「拙僧の格好は民族衣装でござる」と前に教えてもらったんだけど。
どうしてそうなったのかについて詳しく教えてもらって無いなと思ったんで、聞いたら。
教えてもらえた。
結論から言うと、一族の危機を救った英雄の装束があれだったそうで。
ガンダさん(ムジードさんだとアイアさんと区別つかないんで……)はそれにあやかって、髪型も合わせてああなんだそう。
で、その「ムジード一族の英雄」なんだけど。
名前をビクティ・ムジード。
当時の一族随一の戦士で。
あるとき、一族を襲った火竜を退治するために、命を投げ出した男。
……この世界には竜……つまりドラゴンというモンスターが実際にいる。
前の世界での神話伝承にある通り、翼を持ったデカイ蜥蜴のような怪物で、知能は人間と同等かそれ以上あるらしい。
その性質は個体差が激しいとのこと。
体内に精霊の力を宿していて、宿している精霊の力に応じた特殊な吐息……ブレスというらしいんだけど……を吐く。
そして宿した精霊の力に応じた精霊魔法を、ほぼ無制限に使うことが出来る。
そんな恐ろしいモンスターなのだ。
……聖典によると、人間は「この世界の主人の種族」として作られたのに、何故そんな魔物が居るのか?
人間と同等かそれ以上の知能があって、かつ人間よりも強大な力があるモンスターが居たら、全然人間が世界の主人じゃないじゃん!
そう、思われるかもだけど。
これには理由がある。
……というのも、ドラゴンという種族が生まれたのはイレギュラーらしいんだよね。
聖典に書かれている神話の「メシアとサイファーの一騎打ち」のくだり。
激しく戦い合うメシアとサイファーの流した血が、入り混じり、そこに近くにいた精霊が宿って、生まれて来た存在が「ドラゴン」なのだ。
なので、神様が創ろうと思って創った種族じゃないんだね。
納得の理由だよ。
そしてそんな「法神と混沌神の血のブレンド」から生まれたモンスターだから、個体差が激しくて。
善良なのも居るんだけど、邪悪なのも居るらしく。
ムジード一族をかつて襲った火竜は、その邪悪な方に分類されるやつだったんだね。
……炎のブレスを吐く火竜が突如一族を襲い、戯れにムジード一族の面々を焼き殺し、喰らって回ったんだそうだ。
一族滅亡の危機。そのときだ。
そんな邪悪な火竜を退治するために、彼は、ビクティはその場で火の精霊に契約を願い、魔法使いになったそう。
その契約の代償は「彼の明日」つまり、明日以降の残りの寿命。
そんな大きすぎる代償を彼は受け入れ、魔法使いになったんだ。
そして「耐火の術」を使用し、火によって傷つかない身体になり、見事火竜を退治した。
そんな偉大な英雄らしい。
明日以降の命を捨て、皆を救った大英雄……。
彼は生まれつき赤い髪をしていて、髪型はモヒカンだったとか。
なので、一族のものは皆、彼にあやかるために成人したら髪を赤く染めるんだとか。
そして彼の事を心から尊敬している者は、髪型も合わせるんだって。
「私もビクティは尊敬していて、小さい頃から『英雄ビクティみたいな立派な最強の戦士になる!』って夢見てました」
アイアさんは遠くを見る目でそう語った。
嘘を吐いているようには見えない。本当にそう思ってるんだろうね。
……単純に男を敵視してるってわけじゃないのかな?
まぁ、叔父さんであるガンダさんには普通に接してるみたいだし。
何か、条件があるのかなぁ?
「成人のときは、髪型も合わせるべきなんじゃないかと、かなり本気で考えました」
ハハ、と笑うアイアさん。
……うん。それはやめといて正解だったと思うなぁ。
なので。
「そんなに綺麗な髪を、モヒカンにするのはさすがに勿体ないですし。それで良かったのでは」
……と、私が思ったことを正直に言ったら。
ぴく、とアイアさんの髪を弄る手が震えた気がした。
あ……やば……。
髪を褒めたことが「女らしさを褒めた」って取られて、地雷になったかも……?
少し、血の気が引いてしまう私。
動揺を隠すために、紅茶を飲んだ。
そしたら
「……私も、頑張って伸ばした髪をそれだけのために切り落とすのは違うと思ったんで、やめときました。ビクティにあやかるってのは、外見は重要なファクターじゃないはずだし。その生きざま、心根を真似てこそ真のあやかりですよね」
わかってますねぇ、って言いたげな良い笑顔で笑って返してくれた。
ほっ。良かった……。
怒られて無くて。
心臓に悪いよ。
で、カフェを出た後。
2人で、お芝居を見るために劇場に足を運んだ。
「これからお芝居を観に行きませんか?」
お茶した後、そう言われたから。
……この世界だと映画館もテレビも無いわけだから。
お芝居が「動きのある物語」の役目を全部担ってるんだよね。多分。
前の世界だと、まず「お芝居興味あります?」がまず最初に来るわけだけどさ。
でないと、相手の好みや都合を聞かない自己中ヤローになるわけだけど。
この世界なら、無くても問題ないかもしれない。
だって、テレビも映画も演劇も興味ない人間って、まず居ることを想定できないのでは?
この場合、問題なのは……。
「何のお芝居ですか?」
「ゴール王国建国物語」
ほう。
私はアイアさんの話に興味を持った。
実を言うと、この国の建国の物語って、まだノータッチなんだよね。
聖典は飽きるほど読み込んで、内容ほぼ暗記してるけど。
非常に興味ある。
是非見たい。
「観ます!」
思わず食い気味に返事した。
アイアさん、私の返答に喜びを感じたのか、すごく満足そうに微笑んだのが印象的だった。
劇場の入場料はひとり5000えんで。
私たちは中ごろのそこそこの席をゲットできた。
「これからはじまるはゴール王国建国の物語~!」
舞台の中央で、黒い洋服を着た男性が、よく通る声でそうナレーションっぽい台詞を発する。
……ほう……。
お芝居……演劇、悪くないかも。
物語には興味あったんだけど、実のところ、テレビドラマや映画と比較して、見劣りみたいなものを感じちゃうんじゃないか?
私、自分を思い出すような個人の記憶は無いけどさ。
テレビドラマを見たり、映画を観た経験のようなものは覚えてるんだよね。
だから、それを気にしてたんだ。実は。
でも、実際に見たら、これはこれで。
役を演じる人が、目の前に居る。
これはテレビや映画では味わえないかな。
ライブ感? それが全然違う。
演劇、楽しいかも。
今度、サトルさん誘って観に行こう。
結婚後、家でお話しするくらいで、外に一緒に遊びに行ったこと、ほとんど無いもんなぁ……。
そんなことを考えながら、お芝居を観た。
楽しかった。
演劇自体の楽しさもさることながら。
内容も興味を引かれた。
それによると、この国「ゴール王国」
建国王、女性らしいんだよね。
だから、建国女王かな?
元々、この国は邪竜ユピタという、邪悪なドラゴンが支配するところで。
ちなみに雷の精霊力を有するドラゴンで、雷のブレスを吐いたとか。
そこでユピタが戯れに飼っていた奴隷のような領民の中の、一人の少女。
それがこの国の建国を行う初代女王・ベルフェだった。
彼女はメシア様の声を受け取る。
「ユピタを打倒し、ここに民を幸せに導く国を建てろ」
という。
そしてその声に従い、同時に授かった最高レベルの「メシアの奇跡」と、一緒に立ち上がった仲間……後の家臣たちの力で、ユピタを倒し、ゴール王国を建国。
その初代国王……女王として即位した。
お芝居は、最後にベルフェがメシア様の夢を見て、王太子を処女懐胎し、次世代の王子が誕生したところで終わるんだけど……
ふーん。そっか。
この国、女性が建国したのかぁ……
多分、作り話じゃ無いよね。
処女懐胎はどうか知らないけどさ。
大体の国の場合、建国は男性が行う場合が多いんだし。
それをわざわざ「女性が行った」って言う以上、嘘な訳無いよね。
逆はあるかもだけど。
本当は女性なのに、男だった、っていう。
「面白かったです」
劇場を出た後。
またカフェに入って、感想をアイアさんに言った。
「喜んでもらえて嬉しいです」
私の向かいの席に座るアイアさん、満足そう。
「ゴール王国の建国の話は私も国史の話で一番好きなところですから」
ニコニコしながらアイアさん。
うーん。国史……つまり、この国の歴史……。
そっちもまだほとんど勉強して無いなぁ。
演劇観たら、興味出ちゃったよ……
オータムさんのお屋敷の蔵書に、歴史書あるかしら?
「実は、私、最近この国の国民になりまして」
興味が湧いたので、私は打ち明けた。
「元々この国の生まれじゃないんですよね」
紅茶を飲みながら。
「あ、そうなんですか」
アイアさん、興味を引かれたのか、ちょっと身を乗り出してくる。
「だから、実はまだこの国の歴史、よく分かって無くて」
だから面白かったです、と続ける。
「初代建国王が、女王だったんですね」
「はい。聖女王ベルフェって言われてて、伝説の人物ですね。だいたい700年前の人ですけど」
……かなり歴史長いんだな。ゴール王国……。
「女王は、初代ベルフェと、3代目の慈母王ハルコだけですけどね」
……まぁ、そうなるよね。
2代目がまず男の子なんだし。
で、男性の方が直系の子孫を残しやすいから、そりゃそうなるよ。
男性は女性さえ居れば、同時に複数の子供を作れるけど。
女性は自分のおなかを使うしか無いから、基本1人ずつしか産めない。
後継者を作るって意味合い考えると、男性の方がそりゃ都合良いはずだし。
そりゃそうなるよ。
前の世界だったら、不慮の事故や病気で若くして亡くなる確率が低いからそれでも大丈夫だけどさ。
この世界だとわかんないもんね。
安全考えるなら、男性の方が都合良いはず。
と、私がアイアさんの話に納得していると。
……アイアさん、なんだか不愉快そう。
……えっと。もしかして……
「アイアさん? どうかされました?」
「……ハルコ女王以後は、1人も女王は即位してないんですよね。この国」
ムスっとした感じで、アイアさん。
ちょっと声を控えめにして。
……えっと。
ひょっとして、女王が即位しないことが不満?
「ハルコ女王の次の代に、狂王オウンと後で言われる悪い王様が即位するんですけど」
不愉快そうに続ける。
「狂王オウンを、その息子の王太子……後の聖王デンカムイが討って、即位した後。この国から『王妃』って立場の女性が消えて」
軒並み『妃』って呼ばれるようになり、この国の王室から女性は消えたんです。王の娘である姫以外は。
そう続ける。不愉快そうに。
「……何で消えたんです?」
私が聞くと
「オウンが狂ったのが、王妃にダッキという邪悪な女を迎えたから、って話です」
オウンはダッキの言うがまま、税を重くし、無実の人を処罰し。
放蕩三昧。残虐な処刑を戯れに行ったらしい。
ちなみにダッキは後添いで、元々の王妃はダッキの策謀で処刑されたとか。
聖王デンカムイはその前王妃の子らしい。
で。
王が1人の女を特別扱いする余地を作ると、国が乱れる。
王の愛は国民全てに平等に向けられないといけない。
だから、今後は王は婚姻を結ばず、王妃を迎え入れないことにする。
そう、デンカムイが宣言し、王妃が廃止されたんだとか。
「で、ついでなのかなんなのか。王様もその後はずーっと男性です」
アイアさんは本当に不愉快そうだった。
……まあ、アイアさん的には不愉快なのは分かるけど……
……この世界的に、他人に聞かれたらしょっ引かれたりしない?
不敬罪で。
私は周囲の目が気になって、オタついてしまった。
アイアさん、そんなことに目くじらを立てなくても……
大体、国の最後の重責を担うって、とてもしんどいことのはずだし。
そこに女性が選ばれなくなった、ってこと怒るに値することかな?
もし怒るに値することだったなら、私がとても住みづらい国だったと思うんだけど。
比較的自由にやらせてもらってるしさ。
アイアさん、あなただって望み通り冒険者やらせてもらえてるじゃん。
それでもまだ不満なの?
それは結果論だと怒るかもしれないけど、現状がそうである以上、とりあえずはそのルール改変、そんなに悪くはなかったんじゃ無いのかな?
ベストかどうかは分からないけど。
どうしてそういう風に考えて、納得することができないのかなと思いつつ、それを言うと絶対に喧嘩になるよなぁ、と思い、黙る私。
……訪れる沈黙。
……うう。気まずい……。
アイアさんは、俯いてて。
何だか、肩を震わせている。
えっと……
ひょっとして、思い出し怒り?
今の話をして、元々持ってた怒りが再燃したとか?
ちょっと……やめてよ……!
私のオタつきが高まっていく。
誰か、アイアさんを止めて……!
ガタッ。
突如、アイアさんが席を立った。
そして。
つかつかつか、と2つほど向こうのテーブルに行き。
そこでお茶していた若い男たち3人に向かって。
「ふざけんな! 誰が牛だ!」
いきなり大声で怒鳴りつけた!
私は驚きの余り動けなくなった。
えええええ~~!?
何なの!? いきなり!?




