5章 私、冒険者に転職します!(2)
第31話 私の助手になりなさい!
★★★(オータム)
「……自由王フリーダって襲名するのかしら? あなた何代目?」
「さてね」
私の質問は流された。
まぁ、答えは期待して無かったけど。
……この男の言葉が正しいかどうか分からない。
けれど。
監督官を名乗る男を殺害しても魔神が消えなかった理由が理解できた。
答えは単純。
この男が召喚したんだろう。
だから消えなかったのだ。
あの魔神は借り物だったんだ。
「……グレーターデーモンはあなたが召喚したの?」
答えが返ってくるかどうか分からないけど、一応、聞いた。
「そうだよ」
……今度は返答があった。
言葉だけだ。
証拠にはならない。
けど。
嘘を言ってるとは思えなかった。
「……さっきから質問ばかりしてるけど、戦わないのかな?」
男……フリーダがそう、含み笑いを交えてそう言ってくる。
性格の悪いことを言うわね……?
「……そこの男性を巻き込んで?」
目で示す。
生き残ってる戦えない人……この村の住人の男を。
この男と戦うとなれば、魔法を交えた激しいものになると思う。
そうなると、その余波でこの男性が巻き添え死する可能性が高い。
挑まれたらこちらとしては死ぬわけにはいかないから応戦するけど、自分からはやれない。
そういう状況なのよ。
それを分かってて、このフリーダを名乗る男は言っている。
「だよね。はっはっはっは」
愉快そうに笑う。
……ここで、ひとつ悟った。
彼らもまた、戦う気が無い。
……だったら、何で現れたの?
そこが謎だけど……。
自己紹介?……まさか。
「あぁ、戦闘する気無いのに何故現れたのか?って聞きたそうだね」
くくく、と含み笑いをしつつ、フリーダは言った。
「ええ。とっても気になるわ。……まさか、私に挨拶したかったからじゃ無いわよね?」
そんなことあるわけない、と内心ツッコミながらそう言うと。
「無論そんなわけないよ。……単にそこの牝豚を殺処分したかっただけ。この子が」
隣に立っているフード付きマントで正体を隠している少女を手で示しながら。
牝豚……!
おおよそ人間に対する所業とは思えない仕打ちをしておいて、なおそんな事を言うって……!
「この女性が何をしたって言うの!」
義憤に駆られた私がそう口走るように言うと
「托卵、裏切り。あと我が身可愛さに我が子を見捨てた」
間髪入れず、だ。
淡々といった感じで、フードの少女が被せるように言って来た。
え……?
私は絶句する。
予想していなかったからだ。
どういうことなの……?
殺された女の亡骸、生き残った村人の表情。
そして現れた混沌神官の一派。
それらを一巡するように見回した。
「あぁ、ちょっと詳しく説明するのは女の子にはツライかもしれないね」
……フリーダが割り込んで来る。
彼は、語った。
この村で何があったのか、を。
~~~~~~
そこでキミに生首にされた彼さ、イイヤツだったんだよ。
真面目で、几帳面で。
決まりきったことを決まり通りにキッチリやり遂げるタイプ。
だけど、生まれつき小柄で、喧嘩で勝ったことが1回も無い男だったんだな。
だから、寺子屋では舐められ、虐げられてた。
ようは虐めに遭ってたんだ。
いじめのリーダーになってたのは、村長の次男坊。
体格も良く、家の格も上。
学業成績は彼の方が上だったけど、その他は全部劣っていた。
彼はそんな男からの理不尽な扱いに耐え抜き、寺子屋を無事に卒業して、家の農作業を手伝うようになった。
彼は一人っ子で長男だったから、家の農地を引き継ぐ立場だ。
彼の働きは悪くなく、それなりの収穫高を出していたよ。
年老いた両親と彼だけで。
大したもんだと思わないか?
で、その真面目で確実な働きぶりが功を奏したのか。
彼のところにひとり「嫁になりたい」って言って来た女の子がやってくる。
それがそこの女なんだけど、寺子屋で学んでたときに、人気のあった女の子で、彼も密かに憧れてた。
真面目に働いていれば報われる。
そう、彼は思って幸せになった。
……はずだったんだけどね。
子供が生まれた。
男の子だった。
生まれたときは嬉しかったんだけど。
2年ほどして、妙なことに気づいてしまった。
この子、俺に似てない。
なんだか、あの大嫌いなあの男に似ている。
俺を虐げて来たあの男に。
それがどうしても「嫌な妄想」と思えなかった彼は、自分の女房の動きを調べた。
そしたらさ。
彼の女房、村長の次男坊とデキてて。
自分の息子だと思っていたものが、そいつの子だと分かってしまった。
女房を問い詰めると、最初はシラを切っていたけど、言い逃れ出来ないと分かると
「その通りだけど?」
「だから何? アンタ程度の男でも、アタシとやれたんだから感謝すべきだと思うんだけど?」
「ちなみにさ、結婚した当初からそのつもりだから。彼、次男坊で家の財産引き継げないから、相続する農地の確保が必要なのよ」
「彼みたいな男が、生まれのせいで自分の農地持てないなんて理不尽だと思わない? ねぇ、アナタ?」
「ああそうそう。村に訴え出ても無駄だから。村長さん彼の事愛しているから、総力を持ってアナタの訴えを叩き潰してくれるはずよ」
「だから諦めて、彼の子供を育ててね。そして出来れば、早目に死んでくれると嬉しいな。彼と再婚するから」
……酷い話だよね。
彼はずっと騙されていたんだよ。2年近くも。
だから僕は思ったんだ。
彼のように、虐げられてきた人は、本当の正義が分かるはずだと。
僕の考える「監督官」に相応しいのでは、と。
……僕さ、法律に依らないで、個人の裁量で全てを決める人間……僕はそれを「監督官」って呼んでるんだけど……作ろうと思ってるんだよね。
この村はその実験ケース。
最初は上手く行くかな~と思ったんだけど、なかなかね。
間男だった村長の次男坊と、そいつが仕込んだ忌むべき偽りの息子を処刑したのまではいいとして……あ、ちなみに「息子か自分の命か、どちらか守りたい方を選べ」と、そこの女に選択を迫った結果だからね? 息子に罪は無い、って非難はあたらないよ。やったのは実質その女と言って差し支え無いんだ……
最初は「彼なりの正義」の範疇で収まる行動が多かったんだけど。
段々「昔の私怨を晴らすだけ」な行動が目立ってきてね。
そこで怯えてる男、村長の家の長男なんだけどさ。
今日呼ばれたの「お前の妻を俺の奴隷にするから差し出せ」と命じるためだったんだよね。
彼、どうも2年も騙されてた恨みが忘れられなかったらしくて。
同じことをしてやりたいと思ったけど、当の相手は殺してしまったからもう居ないし。
加えて、そいつは結婚してないから同じことをする相手が居ない。
だったら、兄嫁で良かろうと。
……これはさすがにちょっとやり過ぎかな。このままじゃ僕のやりたかったことやれないし。
警告して初心に立ち返って貰わないと。
そう思って、今日ここに来たんだけど。一足遅かったようだね。
いやあ、残念残念。
まあ、諦めずに今後も頑張るよ。
監督官、完成ケースはたった一人だけど、居るわけだしね。
~~~~~~
そう言って、フリーダは隣のフードの女の子を示す。
彼女が完成された監督官……?
「……そういうことよ。私の正義で「クズが生き残って、被害者が泣きを見る」って構図が許せなかったから、そこの卑しい奴隷女を処刑したの。それだけ」
彼女はそう言った。
私は村の男を見た。
目を逸らした……
ああ、そういうことか。
おそらく、彼らが今言ったこと、本当の事なのか……
まあ、だったら色々納得のいく内容ではあったけど。
最初に見せしめで処刑した人間のところなんて特に。
まぁ……それはそれとして。
私は、スッと手をあげて、手のひらを彼らに向けた。
同時に、私の手のひらから大量の水が放射される。
水の精霊魔法の「水呼びの術」
本来は「飲み水確保」「緊急消火」に使う術なんだけど。
今回はこういう使い方。
水をひっ被せる。
……呪文はさっき、口の中で小さく唱えていたのだ。
フリーダは横に避けるが、フードの女の子はまともに被り、びしょ濡れになる。
「ぶわっ! な、何で? 願う対象に聞こえるくらいの声で呪文を唱えないと魔法って使えないんじゃないの!?」
フードの女の子、フードが放水で吹っ飛ばされてしまっていて。
びしょ濡れの顔を手で拭っている。
……四角い眼鏡を外しながら。
女の子は、頬にちょっとそばかすのある可愛い感じの子だった。
髪型は、首のあたりでばっさり切り落とした感じのショートスタイル。
色は、黒髪。
「水と、雷の精霊魔法だけは別なんだよ。……水は分かるんだけどね。人間の体の中には水があるから」
ごめんね、言ってなかったっけ? とフリーダ。
聞いて無かったよ! 教えてよそんな大事な事! 油断しちゃったじゃない! と女の子。
2人のそんな掛け合い。
私は聞いて無かった。
……驚愕と、ある種の納得をしてしまったからだった。
フードの女の子は、私の良く知ってる女の子……クミちゃんとそっくりだったのだ。
道理で声に聞き覚えがあるはずよ……。
一瞬硬直した。
だけど、女の子が慌てて眼鏡を掛けて、濡れたフードを被り直したところで、私も金縛りが解ける。
「ちっ」
フードの女の子が、似合わない舌打ちをするのが聞こえた。
そして身を翻す。
「いこっ! フリーダ! もう用は無いし!」
「顔見られたのに、いいのかい?」
「画家でも無ければ、一目見たくらいで顔を覚えられないでしょ! それにあの女の人、簡単に倒せる相手じゃ無いと思うし!」
「……確かに。もし問題になるようなら、そのとき対処しようか」
2人は去っていく。
廊下の奥に消えていった。
……私は、2人を追えなかった。
追えば、彼らは周囲を巻き込みながら反撃に出てくるはず。
それを恐れたのと。
あと、やはりあの女の子のこと……
フードの奥の顔を確認したくて、水呼びの術を使ったけど……
とんでもないものを、見てしまった。
私は、ひとつ、予感した。
だから……
仕事を終え、依頼主の領主様に報告し、約束の報酬を貰うと。
私は屋敷に帰った。
……ちなみに、あの監督官を名乗っていた男は、私が火葬して遺骨はあの村から持ち去った。
あの村に置いておけば、どんな扱いを受けるか分からないと思ったから。
男のやったことは許されることでは無いけれど、だからといってあの村の連中が死後遺体に復讐するのを放置するのは気分が悪かったから。
遺骨は帰りの道中で葬った。
誰もお参りには来ないかもしれないけど、あの村で放置されるよりはマシでしょ?
屋敷に帰ると、メイド服に身を包んだ女……セイレスが居て……この前善良そうな若い男性と結婚した、緑色の着物の丸眼鏡の女の子……クミちゃんが居た。
クミちゃんの着ている緑色の着物は、彼女の旦那さんからの贈り物だ。彼女のお気に入り。
「ただいまセイレス」
「おかえりなさいませ。オータム様」
深々と私にお辞儀をし、私のコートや帽子を回収してくれるセイレス。
いつもなら、ここでお風呂に直行し、その後赤ワインとチーズで仕事のことを忘れるところなんだけど……
「久々ね。クミちゃん」
今日はちょっと違う。
いいタイミングで居てくれた。
「はい。オータムさん」
彼女も久々に会うからか、嬉しそうにしてくれる。
「今日はどうしてここに居るの? セイレスに料理を習いに来たの?」
「ええ。ちょっと、ウエイトレスをクビになっちゃいまして……」
人妻はウエイトレスとして使えないから、申し訳ないけど、って。
クミちゃんはそう言って、困ったように笑う。
「次の仕事決まるまでは、私の妻スキルを上げようかなって」
夫に、家族に、もっと美味しいものを食べさせてあげたいですし……
恥ずかしそうにそういうクミちゃん。
……あのときに出会ってしまったあの女の子と、本当にそっくりだけど……
受ける印象が、まるで違う。
万一を考えたけど、やっぱり別人。
これは間違いない。
どういうことなんだろう?
そこに興味を覚えてしまう。
そして。
これは、予感なんだけど。
あの子とクミちゃん。
いつか出会ってしまう気がする。
そうなったとき、どうなるのか……?
だから、私は話を切り出した。
「今のクミちゃんは無職なのね?」
「ええ、まぁ、そうなりますかね」
このまま専業主婦になることになるかもしれませんけども、とクミちゃんは続けたが。
私は彼女の手を握った。ギュっと。
「え?」
キョトンとしてるクミちゃんに顔を近づけ、一言。
「ちょうどよかった。私の助手になりなさい」




