5章 私、冒険者に転職します!(1)
第30話 究極混沌神官
★★★(オータム)
「土の精霊よ、私をアナタたちの中に迎え入れて」
土の精霊に対して呼びかけ、『呪文』を唱える。
私は、「大地潜行の術」で石で作られた建物の中に侵入した。
土の精霊による精霊魔法で、1時間程度、土と、鉱物で作られたものの中に自分の意思で潜り込むことが出来る。
潜り込めば内部の移動は自由自在。
だけど、わりと危険な魔法。
効果が切れると土や石の中で埋まってしまい、抜け出せなくなる。
死亡必至。
だから、効果ぎりぎりまで使用するのはまず出来ない術で、あまり多用するべきではない術なのだけど……
今回使用したのは、例によって「混沌神官の斬首作戦」の依頼を領主から受けたから。
話によると、この村は「監督官」と名乗る混沌神官に支配されているらしい。
表面上は普通の村を装うように強制されているが。
ある日、村の男の一人が「今日から俺がこの村を監督する」と言い出し。
グレーターデーモン3体を従えて、見せしめに一人の男と子供一人を惨たらしく処刑した。
男は村長の次男坊。
子供は監督官を名乗る男の子供だったそうだ。
理解できない。自分の子供を見せしめに殺すなんて……。
そして、逆らったり逃げ出したりすれば、そいつだけでなく家族を八つ裂きにすると脅し。
以後、村長の住んでいた邸宅に移り住み、監督官として君臨している。(元の村長一家は監督官が元々住んでいた家に追いやられたそうだ)
外の音を聞きつつ、泳ぐ感覚で潜入し、建物内に侵入。
術によって壁抜けをしつつ、監督官が居る部屋を探していたのだけど……
「俺の妻は関係ないだろ!」
「……アイツの家族だったんだ。大ありだ。愚弟の責任は義理とは言え姉に取ってもらわんとな」
廊下に出たとき。
言い争う声を聞いた。
話の内容からするに、アタリの可能性が大きい。
「立場ってものが分かって無いらしいな。お前のオヤジもそうだったから、右腕を失うことになったんだぞ?」
「悪魔……!」
「は?」
言い争いが白熱しそうだ。
都合がいい。
私は問題の部屋に近づいた。
気配を殺しながら。
「どっちが悪魔だ。お前たち家族のせいで、俺がどれだけの苦しみを受けたか」
声で分かる。激怒している。
この監督官の家となってる家で、それをするということは……
おそらく、そうだろう。
さて、どうやるか……
「おい、サギナ。こいつを達磨にしてやることは出来るか?」
「カノウデス」
「じゃあ、頼む」
「ショウチシマシタ」
「ひっ……」
会話の内容……
……ちょっと、猶予は無さそう。
危険だけど、やるしかない。
隣の部屋に回り込み、壁抜けで部屋に飛び込んだ。
……中はなかなかに狂っていた。
茶色の絨毯が敷かれた部屋で。
テーブルに置かれたランタンの明かりひとつ。
時間は今は夜だから。
中には男が2人、女が1人。
そして全身真っ黒の怪物が3体。
うちふたつは、額の上に2本の角を生やした全裸の屈強な男の姿をした魔物。
魔神のオウガ。それのグレーター種だ。
のこりひとつは、髪の毛の無い全裸の成人女性の姿をした魔物。
ただし、目はひとつだけ。顔の半分くらいある巨大な赤い目がひとつだけ。
その下には鼻が無く、裂け目みたいな口があるだけ。
魔神のヒトツメ。それのグレーター種だ。
そんなのが、四つん這いにした全裸の成人女性を椅子として扱っている男の傍に控えている。
間違いなく、こいつが監督官だろう。
神経質そうな、眼鏡を掛けた男だった。背はあまり高くなく、体格は良くない。
監督官などと大層な肩書を名乗る割には、その衣装は普通の村男だったけど。
私が部屋に飛び込んだことはまだ気づかれて無いけど、数秒も持たないはず。
この一瞬。この一瞬に決めなくっちゃ。
私は異能を使用するため、髪の毛に魔力を込めた。
自慢の艶やかな長い黒髪に。
私の異能は「自分の身体を自由自在に操作する」こと。
その操作には「本来動かせない個所を動かす」「その部位の強度を増強する」が含まれる。
その力で、私は髪の毛一本を金属の糸より強くし、それを自由自在に伸縮させ、操作することが出来る。
操髪斬、と名付けたこの技。
射程はおよそ5メートル。いけるか?
躊躇している時間は無い。
私は迷いなく、一本の髪の毛を異能で強化し、伸ばし……
監督官の首に巻き付けて、一気に首を切断した。
……人を殺すのは、やっぱり気分が悪い。
相手が社会に放置してはいけない混沌神官だったとしても。
仕事だ、任務だ、私がやらないと誰もやれない。
そう思って、折り合いをつけてはいるんだけどね。
混沌神官「監督官」は、私の存在を首だけになった後、認識したのだろうか?
首が飛んだ瞬間、驚愕の目で私を見ていた気がする。
血の雨が降る。
ドシャ、と椅子にしていた女性の身体から崩れ落ち、床に転がる胴体。
あまり見ていて気分の良い光景では無いけれど。
これで、2人が救われたはず……
……
………
え?
3体のグレーターデーモン。
召喚者を殺害したのに、依然として存在している。
そんな、馬鹿な。
「魔神召喚の奇跡」で呼び出した魔神は、召喚者を殺害すると魔界へ強制送還されるはずなのに。
どういうことなの?
この男は、監督官じゃ無かったの!?
魔神3体が動き出す気配があった。
……まずい!
逃げるか、突っ込むか。
二択だ。
迷ってる暇は無い。どうする?
……椅子にされていた女性と、監督官に嬲られようとしていた男性。
何もできない2人の人間。
逃げれば、彼らをグレーターデーモン3体の前に放置することになる。
……答えが決まってしまった。
髪の毛による補助を交え、限界速度で突っ込んだ。
魔神のオウガはグレーター種になるとサイファーの奇跡を行使するようになる。
遠距離で「波動の奇跡」を2体がかりで浴びせられると、まずい。
だからそれを防ぐために、まず接近しなければならない。
接近してしまえば、巻き込みを恐れて波動の奇跡を使い辛くなるはずだから。
迷うなッ!
躊躇いはブレーキになり、この場合致命的。
恐れを封印し、私は突っ込んだ。
息を吸わず、吐かず、単眼の魔神・グレーターヒトツメの目の前まで接近し。
全力速度で、操髪斬の髪の毛で、グレーターヒトツメを肩口から脇腹までを一気に両断した。
……一番やっかいな魔神をまず、落とす。
ヒトツメは魔力保有量が膨大で、サイファーの奇跡を人間の倍以上の回数、使用が出来る。
残しておくと、砲台、援護要員としてやっかいなのだ。
その代わり、肉体強度は人間の成人男性くらいしかない、って欠点はあるんだけど……。
オウガはその逆で、奇跡の方は並の人間とどっこいなんだけど、肉体強度がとんでもなく高い。
身体が固く、並の剣士だと剣で切っても有効打を与えることが難しいそうだ。操髪斬も効かないかもしれない。
加えて、獣と同レベルの身体能力。
ヒトツメが魔法使い全振りの魔神だとするなら、オウガは戦士の魔神というところだろうか?
斬撃を受け、斜めに両断されたグレーターヒトツメは、その肉体をドロドロに溶かして消滅していく。
やった!……しかし。
喜んでる暇は無い。まだ魔神は2体も残っているのだから。
グレーターオウガ2体がその鋭い爪で襲い掛かってくる。
まともに喰らえば行動不能になる。
治癒の奇跡を使う暇はおそらく与えてもらえないだろう。
私は魔力を流した髪を異能で操作し、グレーターオウガの爪を躱し、受け流した。
凄まじい緊張感だ。
当たったら終わらされるかもしれないのだから。
魔力を流した髪の毛を触角、盾、受け流す腕として使用し、グレーターオウガの連撃を回避する。
そしてグレーターオウガ1体の連撃が停止した瞬間を狙い、グレーターオウガの耳を操髪斬で切断した。
その痛みで怯んだところに追撃。
グレーターオウガの目に髪の毛を突き刺し、体内に入り込んでその奥にある脳をズタズタにする。
目と鼻からどす黒い血を流してガクリ、と膝をつき、そのままドロドロに溶けて消えていくグレーターオウガ1体。
……残り、1体!
私は最後の1体に向き直ろうとした。
そのときだ。
生き残りのグレーターオウガは両手をこちらに構えて
「サイファーヨ、ナギハラエ!」
呪文を吠えるように唱える。
サイファーの「波動の奇跡」が来た!
もはや巻き込むものが無い。
そして自分の直接攻撃は回避される。
ならば魔法による範囲攻撃。
その状況判断か。
正解だとは思うけど。
あんまり、使い慣れて無いでしょ!?
アナタ!?
とっさに跳躍し、まだ効果中の大地潜行の術の効果による壁抜けで、天井に髪を引っかけ、回避する。
奇跡を行使したグレーターオウガから駆け抜ける波動。
「っつ!」
だが、回避しきれず、私の足が波動にやられた感覚があった。
襲ってくる激痛。
とんでもない骨折が起きていると思う。
心配な反面、見るのが少々怖い。
けれど。
それは後にした方が良い。
ここが正念場よ!
私は足の重大な負傷を後回しにし、天井に張り付いたまま、グレーターオウガに向けて手のひらを向けた。
そして髪を操作し、その方向に自分を投げる。
その、接近してくるグレーターオウガに向けて
「オモイカネよ!薙ぎ払え!!」
……波動の奇跡は、私だって使えるのよ!
次の瞬間、超至近距離でグレーターオウガに向けて、私の手のひらからオモイカネによる力の波動が放射され。
グレーターオウガの頭部が粉々に吹っ飛んだ。
「……さて」
グレーターデーモン3体を攻略し、私は負傷した足を「治癒の奇跡」で「修復」した。
……グレーターオウガの波動の奇跡に巻き込まれた足は、わりと笑える状態になってて。
奇跡の行使が不可能だったらどうなっていたのか。
切断を余儀なくされてたんだろうなぁ、って感じ。
私が魔法を行使できる回数は1日12回。
人間で10回使用できると「天才」と呼ばれる状況からすると、おそらく破格の才と言っていいと思う。
自惚れでは無い。事実だ。
今日は「大地潜行の術」「波動の奇跡」「治癒の奇跡」
3回使ってるから、残り9回。
使い切ると、異能以外魔力を使用する行為を取れなくなるんだけど。
余裕あるうちに終わらせられて良かった。
「もう大丈夫よ」
「アンタは……?」
生き残った2人に呼び掛けると、男性の方が反応してくれた。
少し固太りしてる感じの、がっしりした男性だった。
この部屋に入って速攻で首を刎ねた、監督官の男とは対照的な感じだ。
「私はオータム。ご領主様の依頼で、混沌神官に支配されているこの村を助けに来たの」
「おお……」
そう告げると、男性は感激する。
すげえ、今日ほど税金払ってて良かったと思ったことは無い、助かった!もう、恐怖と屈辱の日々は終わりだ!
そう言って、泣いて喜んでいる。
まあ、辛かったんだろうね。
もう1人は……?
私は女性の方を見た。
素っ裸で、椅子の役割を務めさせられていた女性だ。
「あなた大丈夫?立てる?」
女性は、四つん這いのままだった。
ひょっとしたらだけど、2本足で立つことを禁じられていたのかもしれない。
立とうとしない、ってところを見るに。
それで身体が固まって、立つことができないの……?
悲惨な予想が次々湧いてくる。
そんな中、その女性は涙目でこちらを見て
「ありがとうございまふ……」
なんだか、モノの言い方がおかしかった。
それもそのはず。
動く口の中に、当然見える白いもの……歯が1本も無かったのだ。
どうやら、歯を全部抜き取られているみたい。
酷いことを……
私は胸が痛くなった。
悔しいことに、私の治癒の奇跡で治療できるのは骨折、外傷までで「欠損」を治癒することは出来ない。
折れてグラグラになった歯だったら元通りに出来るけど、完全に抜歯されて欠損した歯を元に戻すことは無理なのよ。
それを実現するには、かなり高位の神官が行使できる「再生の奇跡」を使用しないと無理。
そして残念な事に、私は神官としてはその域に達していない。
都の方の神殿に連れて行けば可能かもしれないけど、それには多額の寄付がいる。
もしくは有力者の口利き。
……今回の依頼を出して下さったご領主様に、この人の事を頼んでみようかしら。
でもま、とりあえずは服よ。
女性を裸のまま放置って酷過ぎる。
こういうことに容姿を持ち出すのはなんか違うかもだけど、わりと綺麗な女性だし。
顔立ちは可憐な感じで、体型だって悪くない。
茶色の髪をふたつに括ってまとめている。
歯さえ揃っていたら、村一番の美人だ、って紹介されても納得のレベルだと思う。
そんな女性から、歯を全部抜くなんて……
この男、酷過ぎる……!
今は首だけになってる監督官の男を、私は睨むように見た。
私は身に着けている衣服で、上に羽織っている黒いコートを脱ごうとした。
女性に着せてあげるために。
そのときだった。
その四つん這いの女性に、何かが張り付いた。
尻、頭、背中、腹……
「え?」
ひとつじゃない。数匹。
……小人?
赤い色をした、手のひらサイズの人影だ。
それが、私の視界の外から高速でやってきて、くっついたのだ。女性に。
女性にくっついたそれは……
「ぐえええっ!」
女性の叫び。
断末魔の悲鳴となった。
くっついた人影が、片手をナイフのような形状に変化させ、女性の身体中を切り刻んだからだ。
あっという間だった。
私の目の前で、女性は命を失った。
横倒しになる女性。
死に顔は、目が見開かれ。
涙に濡れていた。
「……警告に来てみれば、その前に倒されていたとは」
突然のことに硬直する私の耳に、男の声が響く。
弾かれたように見やると、この部屋の正規の出入り口に、人影があった。
1人は黒い革の衣装に身を包んだ、赤い髪の男。
目元は優雅なデザインの仮面で隠しているので顔は分からないが、鼻筋、口元から判断するに、おそらく美形なのだろう。
若い男だった。
その隣にもう1人。
仮面の男より小柄だ。
濃い緑色で、だぶだぶのフード付きマントを身に着けているので顔も性別も分からない。
でもなんとなく、女の子のような気がした。
「……主人が死んだなら、奴隷も死ぬべきだよね。特に、お前のような卑しい奴隷はね」
フードの人影が発する声。
女の子の声だ。
……何故だか、聞き覚えある気がするけど……。
しかし、奴隷?
……この、今さっき殺した女性の事を言っているの?
無理矢理奴隷にしておいて……!
許せない!
でも……
「……色々聞きたいことあるけど、まずは名乗ってもらえると嬉しいんだけど?」
感情を押さえつけ、私は今とるべき対応をとった。
すると。
仮面の男は両手を広げて楽しそうに名乗った。
「僕は、フリーダって言う。聞いたことあるだろ?」
聞いて、私は、絶句する。
……フリーダ?
あの「自由王」を名乗る、サイファーの究極混沌神官!?
約100年前からその名前が存在し続けているっていう、あの……?
信じられない……フリーダが、こんな若い男だったなんて……?
どういうことなの?




