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3章 混沌神官に遭遇してしまった。(5)

第17話 混沌神官の影が……

「クミさんか。ささ、上がってくれ」


 ……サトルさんのお爺さんに家に上げてもらってしまった。

 頭の片隅で、仕事のことがちらつくけど、こんなに喜んでくれてるのに断るの、ちょっと申し訳ないので。


 ……最初の予定だったら「帰れ!話すことなど無いわ!!」って怒鳴られて、こっちとしては「義理は果たした!」で仕事に行く予定だったんだけど。


 サトルさんち。

 掃除はちゃんとされてるし、よく片付いていた。

 男の人だけの家だから、もっと凄まじい状況を想像してたんだけど。

 本棚もあって、刃物に関する書籍が数冊並んでる。


 ……あ、ちょっと興味あるなぁ。


 思わず騒ぐ本の虫。


「いやあ、サトルのやつ、こんなしっかりした娘さんを連れてくるなんてワシは嬉しいわ」


 お爺さん、湯呑にお茶を準備してくれて。

 羊羹まで出してくれた。


 ……メチャメチャ喜んでくれてる。

 

 ちゃぶ台の前で座らせてもらいながら、お爺さんの様子を観察。

 演技だとはとても思えない。

 どうみても、本心。


 むしろこれが本心で無いなら、ちょっと怖いんですけど。


「あいつは、寺子屋卒業した後、ずっと職人一筋で、女の子と縁が無くての。心配しとったのよ」


 お茶、とても美味しかった。

 羊羹も美味しいです。


 ……これ、本気でもてなされてるよねぇ?


「えっと」


 何だか、言うべきことが頭から消えてしまった。

 混乱してしまっているんだろうか?


「サトルさん、ずっとこれまで仕事で生きて来たんですか?」


 継ぐ言葉が出てこなかったので。

 さっきお爺さんが言った言葉で、ちょっとだけ気になったことを聞き返した。


 サトルさんとの馴れ初めは「俺なんかどう?」って甘味処で声をかけられたことだけど。

 あのときは「こういうこと言い慣れてる男性の軽口」って思ってたんだけど。


 違ったの?


「ワシの記憶の中では、あいつが女の子と遊んでた記憶は無いなぁ」


 ……えーと。

 ということは、あれ、女の子と付き合ったことのない男の人が、意を決して放った精一杯の口説き文句?


 ……あれ?


 ……なんだか、サトルさんがものすごく可愛く思えてきてしまったんですけど……?

 ドキドキしてきた……!


「……どうしたんじゃ?何かあったのか?」


 私が黙ってしまったもんだから。

 何か問題発生したのかと、お爺さんが気をつかってくれた。


「いえ、全然問題無いです。ちょっとときめいて?しまって」


 で、思わず口走ってしまったことを突っ込まれてしまい。

 馴れ初め部分を話す羽目に。


 そしたらお爺さん、楽しそうに笑ってた。


「……まともに向き合って来なかったから、いざ気になる娘が出来たときに、まともにアプローチ取れんのじゃなぁ」


 ふふふ、と愛おしげに笑うお爺さん。

 本当に、サトルさんのことをよく見てる人なんだな。

 それが伝わってくる。


「まあ、じじいの口から言うのもなんじゃが、あいつは自分の発言には責任持つヤツじゃから、浮気その他は心配しなくて良いと思うぞ」


 もし、お前さんと結婚して、その後外に女を作るような真似をしたら、ワシもあいつの親父も、あいつを許さんじゃろうしの。

 それをあいつ自身がよく分かっとるはずじゃ。


 ……うーん。


 言ってくれることは嬉しいんだけど。


 やっぱ、変だよねぇ?


 どうしよう?

 確かめた方が……いいよね。絶対。


 怒らせちゃうかもしれないけど。

 ここは、サトルさんとのことを先に進めて行くならばハッキリさせないといけない気がする。


「あの」


「なんじゃの? クミさん」


 ……すごく、聞きづらいなぁ。

 雰囲気、今、すごくいいもんね。


 でも。


「……正直、今日、怒鳴られるつもりで、来たんですよ。その……」


 サトルさんとお爺さん、喧嘩しているって聞いてたから。

 でも、そんな風に全然見えなくて。

 戸惑ってます。サトルさん、嘘を言ってたの?って思っちゃうくらい。


 さっきからずっと抱えていた疑問。

 聞いてた話と全然違うじゃん。


 それを、ストレートに口にした。


 すると。


「…………」


 お爺さん、俯いてしまった。

 すごく、悲しそうだった。


「あの」


 耐えられず、声を掛ける。


「あ、スマンスマン」


 お爺さんは顔を上げ、笑う。

 作り笑顔なの、私だって分かる。


 多分、何か事情がある。


「……私で良ければ事情をお聞きしますけど?」


 こういうの、分かってもらえる人が一人でも居たら、心が耐えられる場合、あると思うし。

 私は、お爺さんにそう言った。


「実はな……」


 お爺さんが、話してくれた。



★★★



 ワシはあの日、倅が


 どうしても家の有り金を全て継ぎ込まないといけない事情が出来た。

 何も言わず家の貯金を全部出してくれ。

 幸い、僕らの仕事は工房さえあれば成り立つし、生活破綻はしないだろ?

 だから、頼む! 親父!


 そう、土下座で頼まれて、これは余程のことだと思ったからタンスに入れていた「もしも貯金」を全額アイツに渡したんじゃ。

 事情は分からんが、これで問題が解決すればいいと思いながら。

 

 そしたら、後で家に帰って来た倅が「親父! 貯金が無くなってる!? 知らないか!?」なんて言いおる。

 ワシは言ったよ。


「いや、お前に渡したじゃろ?」


 って。


 そしたらこう言いおった。


「はぁ?」


 って。

 意味が分からない。そんな感じじゃった。


 するとだ。ワシ、頭に血が上ってな。

 カーッとなって、罵詈雑言の嵐よ。


 今になって思うと、何でそんなことを言ったのかまるで分からんの。

 話し合えば良かったのに。

 

 そんな、冷静な対応ができんかったのよ。

 ワシは反省した。


 でもな。


 その後もだ。

 倅の顔と孫の顔を見ると、カーッとなってしまって。

 心にも無いことを言ってしまったり、怒ってみせたりしてしまうんじゃ。


 ワシ、子供じみた思いを抑えられんようになっとるんじゃろうなぁ。

 自分を否定されるのはそりゃあ、不愉快に違いないものな。


 でも、普通の大人は抑えるんじゃ。

 それがワシ、どうもできなくなっとるらしい。


 情けないわ。


 クミさん、ワシのことは無視してくれて構わんよ。

 もし、本気で孫の事だけは気に入ったなら、是非付き合って、できれば嫁に来てくれたら嬉しいわ。

 そうなったら、ワシはどっかに消えることにする。

 ワシが居たら、孫の人生を壊してしまうかもしれんからな。


 イヤ、別に同情を買おうとは思っとらん。

 本気じゃし、本当に気にしないでくれ。

 孫の人生が壊れる方が、ワシは悲しい。



★★★



 ……サトルさんのお爺さん、可哀想。

 なんとかしてあげたい。

 

 多分だけど。

 サトルさんのお爺さんのこれ、脳の病気じゃない気がする。

 理由は、別にあるんじゃないかな?


 例えば、幽霊の憑依とか。

 この世界に幽霊が居るかどうかは分かんないんだけど。


 だって、私と会話するときは全然普通なのに、ピンポイントでサトルさん親子と会話するときだけ正気を無くすっておかしいじゃん!

 病気であるなら、平たく、同じ条件で同じ症状が出ないとおかしいよ!

 人によって症状が出たり収まったりってどう考えても変!

 何で私相手の時は正気を無くさないのよ!?


 私だって、取りようによってはお爺さんを怒らせるかもしれないことは言ってるはずだし!

 例えば、まず最初に私は名前を名乗らなかったし。無礼でしょこれは!


 それに、ついさっきだって、サトルさんのアプローチを馬鹿にしているように聞こえることを言ってしまったかもしれないし!

 女慣れしてないのがすっごく可愛く感じて、こんな人なら恋愛期間の3年間は楽に突入できそうだな、とか。

 孫が大事なら、見ず知らずの女にそんな見下したようにも取れることを言われたら気に障るかもしれないじゃん。

 でも、このお爺さん、怒らなかったよ!?


 変でしょこれは!



 その日。

 仕事に行った後。


 帰宅後セイレスさんにお願いして、オータムさんの書庫に入らせてもらった。


 赤色の高級絨毯が敷かれた狭い部屋。

 そこにぎっしり置かれた黒い本棚と、そこに並べられている大量の本たち……


 一瞬、ぎっしり本が詰まった壁一面の本棚。

 そしてその部屋に置かれた、褐色の木製の、立派なデスク……


 そんな映像がフラッシュバックした。

 それが何の映像なのか。それが思い出される寸前で、記憶自体が脳の奥に沈み込んで見えなくなり、分からなくなってしまったけど。


 私は気を散らせては駄目だと、その出来事を頭の隅に追いやり、この部屋に入らせてもらった目的を果たすために動き出した。


 目的は、この世界のモンスターの調査。


 この世界のモンスターは、ノライヌだけじゃない。

 他にもノラウシ、ノラウマ。海にはノラタコ、ノライカ、ノラクラゲが居るって話だ。


 そしてもちろん、それだけでも無いはずだ。


 上記ノラ系モンスター以外にも、色々居るはず。

 それを、調べる。


 ……一番私が怪しいと踏んでいるのは、幽霊。

 幽霊について調べようと思った。


 性格の豹変って、憑依現象みたいだし。


 果たして、この世界には幽霊が実在するのか?

 そして居るならそれはどんなものなのか?



~~~



 幽霊に関する記述を見つけた。


 ユウレイ:人間の魂が魔物化したもの。主に3種に分けられる。


 1)ジバクレイ:死んだ人間の魂が、自分が死んだ場所に縛られているもの。すでに正気を失っており、死の直前に抱いた思いに沿った行動を、その地に踏み入った人間に憑依して強制的に取らせる。

 2)フユウレイ:成仏できなかった人間の魂が魔物化したもの。時間の経過とともに生前の記憶を忘れる。常に身体を得ようと狙っており、不用意に精神統一を試みた未熟な修行者や、言葉巧みに同意を取った不注意な人間の身体に入り込み、憑依する。

 3)イキリョウ:生きた人間の魂が、あまりに強い思いのために分離。その思いの元に飛ばされたもの。その思いが恨みである場合は非常に危険。標的の運勢を下げたり、体調悪化を招く。対処法は本体になってる人間と和解する以外無い。(本体を殺害してもイキリョウは消えない)


 ……う~ん。

 この3種の説明だと、あのお爺さんの性格豹変には関わって来てない気がする。

 あのお爺さん、外に出てないし。精神統一も多分してないでしょ?

 条件に合わない。


 ……無論、この本に書かれていることがユウレイの全てじゃないかもしれないけど。

 少なくとも、この本では「らしいこと」は書かれてなかった。


 じゃあ、違うのかもしれないなぁ……


 こういうの、あまり一個の説に固執すると、本質が見えなくなるよね。


 他に、無いだろうか……?


 私は覚えている限りで、お爺さんのお話を思い返す。


 確か……


 突然、サトルさんのお父さんが、お爺さんに土下座して、お金を出してくれと頼んで。

 戻って来たサトルさんのお父さんが、何も知らなかった。

 その後、お爺さんがおかしくなった……


 ……ちょっと待った。

 まず、そこだよね?


 最初の部分。

 そこがまず、変じゃん。


 お爺さんの話を信じるのが前提なら、一番変なのは最初のところでしょ!?


 土下座したお父さん、それ、何なの?

 まずはここを変に思わないと!


 ……私は自分の馬鹿さ加減が恥ずかしい。


 最初にやった行為を、後のお父さんは覚えてない。


 これはつまり……


 最初のお父さんが、正気じゃ無かったか。

 それとも、本物じゃ無かったか。


 この、2種類。

 とりあえず、思いつくところは!


 ……そっちの方向でもう一度調べよう!



~~~



 最初のお父さんが正気じゃない説に関しては、仮説が1個ある。

 それは、サトルさんのお父さんが「呪言の奇跡」を掛けられていたってことだ。

 ただし、この場合、お金を得た後のお父さんが正気になってることの説明がしにくい。

 どうしてお金を得るときだけピンポイントで正気を無くすの?


 私としては、もう一個の説についてを推したかった。


 もうひとつの説は「最初のお父さんが、本物では無かった」これだ。


 これに関しては、出来そうな魔物がひとつ、見つかった。


 魔神だ。

 無法神サイファーが創ったとされるモンスター。


 その魔神のいち種族「カオナシ」の特殊能力。

 それを使った説。


 カオナシとは、目鼻口を持たない、魔神のいち種族。

 全身真っ黒で、のっぺらぼうの顔を持つヒトガタの姿をしている。

 顔を向けた相手をコピーする能力を持つ。


 レッサー種は、顔を向けた相手の姿と身体能力、癖までを一瞬でコピーする。それ以外は普通の人間と変わらない。

 グレーター種は、それに加え、自身の能力として高いレベルのサイファーの奇跡を使用できる。

 アーク種になると、コピーに「記憶」が加わる。

 そしてロード種は、取得技能までコピーすることが出来る。


 ……これじゃない?

 そんな気がする。


 最初のお父さん、カオナシが化けてたんじゃないかな?

 グレーター種以上で無いことを祈るよ……!


 そして、魔神の仕業だった場合。

 ひとつ、確定することがある。


 それは、バックに混沌神官が居るということだ。

 なぜなら、魔神は召喚者が居ない場合は、この世界にやってくることが出来ないからだ。

 (召喚者を殺害すると、召喚した魔神も消滅するらしい)


 そして、魔神を召喚できるものは、混沌神を信仰する「混沌神官」のみ。

 なので、魔神の存在は、バックに混沌神官が居ることの何よりの証になる。


 ……そして、混沌神官が居る場合。

 考えられることは……


 最初に言ったけど、人の正気を失わせるために「呪言の奇跡」を使用するのはあり得る選択なんだよね。

 ただ、それがサトルさんのお父さんだった場合、その後の行動が正常というのがおかしいので説明がつかないだけで。


 でも、それがお爺さんだったらどうだろう?


 サトルさん親子と顔を合わせるときの行動、一定じゃない?

 私は背筋が寒くなった。その結論に。


 ……サトルさんのお爺さん、ひょっとしたら、呪われているのかもしれない……!!

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